第103話
「セシル。居室の件、そのままでいいって聞いたけど、本当にいいのか?」
夜になり、セシルの居室を訪れたエドアルドはソファに座り、セシルにそう問いかけた。それに対し、セシルは小さく頷きながらエドアルドの隣に腰掛けた。
「あの居室の家具や調度品は母上が一回くらい新調してた筈だが、それでも結構な年代物だぞ?」
エドアルドはセシルが遠慮しているのでは無いかと懸念していた。あまり欲の無いセシルは自分のために贅を尽くすことを良しとはしないだろう。それはエドアルドも分かってはいるのだが、折角なら自分好みの居室に住んでもらいたいという想いもエドアルドは抱いていた。
「それはそうかもしれないけど、使い勝手は悪く無さそうだったし、色も形も好きな感じなの。実際に住んでみて、不便を感じたり、必要な物が出てきたらまた考えようかと思ってるんだけど・・・」
セシルは俯きがちにそう言った。エドアルドがどんな想いで本当にいいのかとか聞いてきたのかセシルにも分かっている。自分ではそれが最良だと思っての行動だったのだが、逆にエドアルドに気を使わせてしまったようだ。
「お前がそう思ってるんならいいけどな。但し、不便を感じたり、必要な物が出来たら遠慮せずに言うこと。いいな?」
エドアルドの言葉にセシルは顔を上げて頷いた。そんなセシルの髪を撫でながらエドアルドは思う。
セシルの控え目は所はエドアルドが好ましいと思っていることの一つだが、同時にもどかしいと思っていることでもある。
もっと望んでくれてもいいのにと、セシルの望むことなら可能な限り叶えてやるのにと・・・。
「・・・エドアルド」
セシルが不意に呼び掛けた。
「ん?」
飽きもせずセシルの髪を撫でていたエドアルドはその手を止めて、セシルを見つめる。
「好きな色ってある?」
セシルからの問いかけにエドアルドは器用に片眉を上げた。
「・・・唐突だな。好きな色か」
そう言いながらエドアルドはセシルの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「・・・青だな。お前の瞳の色だ。綺麗だよな、海みたいで」
思ってもみなかったことを言われてセシルは真っ赤になって俯いた。
「・・・急にそんなこと言わないでよ。それに海みたいって言われても良く分からないわ。見たこと無いもの」
「海、見たこと無いのか?あぁ、ブルックナー領は内陸だったな」
エドアルドの問いかけにセシルは頷く。セシルは領地と王都にしか行ったことが無い。アルコーン王国は海に面してはいるが、領地も王都も内陸部だ。海を目にする機会など無かったのだ。
「じゃあ、海を見に連れてってやるよ。俺もお前もやることが山積みだから、いつになるか分からないけど、いつか必ず、連れて行ってやる。約束だ」
エドアルドが告げた約束いう言葉にセシルは嬉しさが込み上げるのを感じていた。何時になるか分からない、実現するのも難しいかもしれない。けれど、その約束があるならセシルはこれからも様々な事を頑張っていけるような気がした。
「うん!約束ね!」
セシルはそう言いながらエドアルドに抱きつき、その頬に口付けた。そんなセシルを抱きしめ返しながらエドアルドが呟く。
「・・・珍しいな?セシルの方からくっついて来るなんて」
「・・・駄目なの?」
セシルは少し体を離して小首を傾げ、エドアルドを見つめる。その瞳は潤んでいて、妙に扇情的だ。エドアルドはセシルの顔に手を伸ばし、その頬に触れ、親指でそっとセシルの唇を撫でた。
「駄目じゃないよ。欲を言うなら口付けは唇が良かったかなとは思うけどな」
エドアルドの言葉を受けてセシルは自分の頬に触れているエドアルドの手を取り、少しだけ躊躇う仕草した後、エドアルドに身を寄せ、自分からエドアルドの唇にそっと触れるだけの口付けを落とした。口付けた後、セシルがエドアルドから体を離すとエドアルドは片手で目元を覆い、溜息をついた。
「・・・セシル、煽ったのはお前だからな」
「え?きゃあ!」
エドアルドはセシルを抱き上げ、ベッドへと足早に歩を進めた。
「覚悟しろよ?今夜は加減出来そうにないからな」
もう少しでベッドに着くという所で告げられた一言にセシルは期待と不安を感じたのだった。