第4話:その泥棒猫、雇います!
『麦の穂亭』での大活躍から数日。
アタシの予想通り、下町のパン屋を救った「凄腕のピンク髪のオネェ」の噂は、口コミで瞬く間に王都へと広がっていた。
午前10時。
『よろず屋オネェ』の広々としたカウンターで、アタシは優雅に爪のケアをしていた。
「ねぇレン、お腹空いたぁー。今日の朝ごはんは何ぃ? あ、それとついでにこの爪もピンク色に塗ってー!」
カウンターの端っこで、最高級シルク(エリーちゃんの貢ぎ物)にくるまってゴロゴロしているルミナちゃんを、「あんたは昨日からパン食ってるだけじゃないのよ。あと神様がマニキュアねだるんじゃないわよ、このニート女神」と鼻で笑い飛ばす。
すると、お店の正面扉が「ギィ……」と、遠慮がちに細く開いた。
「……ちわっす」
入ってきたのは、ボロボロのフードを被った小柄な影。
見覚えのあるネイビーブルーのベリーショートに、琥珀色の鋭い瞳。パン屋でアタシの手首掴みから鮮やかに逃げ出した、あの泥棒猫ちゃんじゃない。
「あらぁ! いらっしゃい、可愛い泥棒猫ちゃん。今日はアタシの店の備品でも盗みにきたのかしら?」
「ち、違うよ! ボクは盗みに入ったわけじゃない! ……これ、返しにきたんだ」
少女は顔を真っ赤にしてそっぽを向くと、カウンターの上にコトッと小さな包みを置いた。中身を開けると、数枚の銀貨が入っている。
「これ……パン屋の親父に渡してくれ。あの時、アンタが代わりに払ってくれた分のパン代だよ。ボクは『仕事』で盗むことはあっても、他人に施しを受ける筋合いはねぇんだ」
「あっ! あんた、あの時の泥棒猫!? ちょっと、神さまである私の目を盗んでパンを盗ろうだなんて――」
横からルミナちゃんが偉そうに怒鳴り散らそうとしたけれど、アタシは無言でルミナちゃんの口に近くにあったマフィンを丸ごと突っ込んでチャックしたわ。
ふーん、プライドだけは一人前ってわけね。
アタシは銀貨を指で弄びながら、少女の体を頭から爪先までじっくりと観察した。
相変わらず服はボロボロで、手足は細い。そして何より、前世で何百人ものお客様の髪と肌を見てきたアタシの目には、彼女のお肌が完全に悲鳴を上げているのが見えた。
「銀貨は確かに預かったわ。……それより、あんた名前はなんていうの?」
「……ニア。ニア・ローウェル」
「ニアちゃんね。いい名前じゃない。ねぇニアちゃん、あんた最後にまともなご飯食べたの、いつ?」
「はぁ!? そんなのアンタに関関係――」
「関係大ありよ!」
アタシはカウンターをドンッと叩いて立ち上がった。
「見てみなさい、そのカサカサの肌! ビタミンとタンパク質が圧倒的に足りてないわ! 髪もキューティクルが死んでボサボサじゃないの! そんなボロボロの体でコソコソ泥棒なんて、アタシの美意識が絶対に許さないわよ!」
「な、なんだよ急に……!?」
ニアちゃんが怯んだ隙に、アタシはカウンターの奥へと彼女を強引に引っ張り込んだ。
「ちょうどお昼時だし、アタシ、お母さん属性には弱いのよ。そこに座って大人しく待ってなさい!」
よろず屋の奥にあるキッチンへ向かい、前世の『何でも屋』で培った料理スキルをフル稼働させる。
エリーちゃんが貢いでくれた最高級の魔導コンロに火をつけ、昨日仕入れておいた新鮮な鶏肉と、たっぷりの温野菜を素早く調理していく。鶏肉のジューシーな香りと、バターとハーブの香ばしい匂いが一瞬で店内に広がった。
マフィンを必死で飲み込んだルミナちゃんが「お肉の匂い! 神様を差し置いてお肉焼いてるー!」とキッチンの柵から身を乗り出している。
「ほら、お待たせ♡ 特製チキンのハーブソテーと、ビタミンたっぷりの具だくさんスープよ。残さず食べなさい!」
目の前に出された湯気立つ料理に、ニアちゃんはゴクリと喉を鳴らした。
「……毒とか、入ってないだろうな?」
「失礼ね! アタシが作るのは美しくなるための料理よ! いいから早く食べな! ……って、ちょっとルミナ! あんたの分はそっちの余った野菜クズのスープよ!」
「えぇぇ!? お肉! 私にもお肉ちょうだいよぉぉ!」
ニアちゃんはおそるおそるフォークを手に取り、お肉を一口口に運んだ。
その瞬間、彼女の琥珀色の瞳がこぼれ落ちそうなくらい大きく見開かれた。
「――っ!? う、うまい……! なにこれ、お肉がすっごく柔らかくて、スープも体に染みる……!」
そこからの彼女の食べっぷりは凄まじかった。さっきまでの警戒心が嘘のように、一心不乱に料理を口に放り込んでいく。(横からルミナちゃんが「一切れちょうだい!」と手を伸ばしたのを、ニアちゃんが音もなくフォークで威嚇して追い払っていたわ。ナイス身のこなしよ)
スープを最後の一滴まで飲み干した時、ニアちゃんの頬には、年相応の健康的な赤みが差していた。
「ぷはぁ……食った食った。……で、ボクをこんなに手厚くもてなして、何の企みがあるんだよ。まさか衛兵に突き出すためか?」
「やだ,そんな面倒なことしないわよ。アタシがしたいのはね――」
アタシはニヤリと笑って、ニアちゃんの前に一枚の書類を差し出した。
「ニアちゃん、あんたを『よろず屋オネェ』の正規従業員としてスカウトしてあげる!」
「はぁ!? ボクを雇うだって!?」
「そうよ。あんたのあのパン屋での身のこなし、普通の泥棒のレベルじゃないわ。気配の消し方、動線の選び方……よろず屋の『隠密・情報収集係』にぴったりなの。泥棒なんてコソコソした犯罪じゃなくて、プロの隠密として、アタシの下で働きなさい。固定給は月給3万ギル、もちろん、毎日アタシの美味しいご飯付きよ♡」
「毎日、このご飯が……?」
ニアちゃんは書類とアタシの顔を交互に見つめ、信じられないといった様子で声を震わせた。
「ボクは……スラムの孤児で、泥棒しか生きる方法がなかった。そんなボクを、本当に信じるのか?」
すると、お肉の骨をしゃぶっていたルミナちゃんが、偉そうにふんぞり返った。
「そうよ! このレンってオカマは、神である私をアゴで使う恐ろしい男だけど、ご飯の味だけは本物よ! あんたも私の下っ端として――」
「……あの、ボス。この頭の悪そうな羽付きのトカゲみたいなのは何?」
「トカゲぇぇぇ!? 私は偉大なる時空の女神ルミナよ!」
「はいはい、ルミナちゃんはただのコスプレ居候よ。ニアちゃん、気にしなくていいわ」
「アタシの目に狂いはないわ。あんたは磨けば光るダイヤモンドよ。……まぁ、アタシの仕事は厳しいから、覚悟しなさいね?」
ニアちゃんはしばらく俯いていたが、やがてゴシゴシと目元を袖で拭うと、不敵な笑みを浮かべて書類にサインをした。
「……わかったよ、ボス。アンタの目が確かかどうか、ボクが特等席で見極めてやる。これからよろしく」
「ええ、よろしくね、ニアちゃん♡」
これでアタシに続いて、よろず屋の2人目のメンバー(+ペット1匹)が決定ね。
◇ ◇ ◇
その後、ニアちゃんに店内の掃除の仕方を叩き込んでいると、あっという間に時間が過ぎていった。
ピピッ、ピピッ。
腕時計のアラームが午後18時を告げる。
「――あ、時間だな。お疲れ」
アタシは頭のシュシュをパッと外した。
前髪がハラリと落ち、華やかだったオネェのオーラが霧散する。目つきは一瞬で冷徹な男のものになり、声のトーンがぐっと低くなった。
「へっ……!? ボ、ボス……!?」
目の前で起きた「変身」に、ニアちゃんが猫のように髪を逆立てて飛び退いた。
ルミナちゃんだけが「ほら出たわよ、ブラック定時男……!」と机の下に潜り込んでいる。
「桃瀬だ。18時過ぎたから今日の業務はここまで。ニア、残ったスープは冷蔵魔導具に入ってっから、夜腹が減ったら勝手に温めて食えよ。……あとルミナ」
「ひゃいっ!」
「お前、ニアに変な神罰とか言ったら明日から米だけだからな。じゃ、俺は街の酒場に行ってくる」
そう言って、俺はジャケットを羽織り、気だるげに鍵を鳴らした。
「な、なんだよその声……! ボスのオネェは偽物だったのか!?」
「偽物じゃねぇよ。仕事中はオン、定時後はオフ。これが俺のルールだ。……じゃあな、しっかり鍵閉めて寝ろよ」
俺は唖然としているニアちゃんを置いて、夜の王都へと繰り出した。
背後から、「ちょっとトカゲって言ったの謝りなさいよー!」「うるさいな、偽物の神様はあっち行ってろよ!」という喧嘩の声が聞こえる。
こうして、よろず屋オネェに初の「頼れる部下」が加わり、お店はますます賑やかになっていくのだった。




