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そのオネェ、異世界に降り立つ  作者: Saaaya


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第5話:その元騎士、不採用につき


 ニアちゃんがよろず屋の2人目の従業員として加わってから、さらに数日。

 今日も午前9時ちょうどに扉を開け、アタシの営業時間がスタートした。


「ふぅ、カウンターの鏡が曇ってるわね。ニアちゃん、そこはもっと円を描くように優しく拭きなさい!」

「へいへい、ボス。……ってか、ボスのそのピンクの髪、今日も絶好調に派手だね」

 新調した可愛いエプロンを着たニアちゃんが、文句を言いながらも楽しそうに手を動かしている。すっかりお店の空気にも馴染んできたわね。

「あー、そこちょっと拭き残しがあるわよ。神の目で見たら一目瞭然なんだから!」と、カウンターの奥でエリーちゃん直伝の高級ハーブティーを優雅にすすっているルミナちゃんを、「あんたは口を動かす前に手を動かしなさい、この穀潰し」とアタシとニアちゃんの冷ややかな視線で黙らせる。


 そんな穏やかな朝の空気を破るように、ドスン、ドスンと、地響きのような重い足音が店内に近づいてきた。

 扉が勢いよく開くと同時に現れたのは、見上げるような巨躯の大男。

 背中には身の丈ほどもある大剣を背負い、歴戦の傷跡が刻まれた硬そうな鎧をまとっている。しかし、その表情はひどく険しく、全身から威圧的なオーラが漂っていた。


「……ここが、王女殿下からお聞きした『よろず屋オネェ』か。俺は元王宮騎士団のガイルだ」


 低く、地鳴りのような声。

 ニアちゃんが本能的に危険を察知し、ボスの後ろ(アタシの背中)へサッと隠れてナイフに手をかける。ルミナちゃんにいたっては、「ひゃうっ!」と短い悲鳴を上げてカウンターの下へ音速で潜り込んだわ。情けない神様ね。


「あらぁ、大きな男の人ねぇ! アタシはレンちゃんよ♡ そこの下でガタガタ震えてる羽虫(神様)は気にしないで。それで、元騎士のガイルさん、そんなに怖い顔をしてアタシの可愛いお店に何のご用かしら?」


「ちょっと、誰が羽虫よぉ……!」という床下からの抗議は、ガイルさんの放つ凄まじい威圧感にかき消された。

 ガイルさんはアタシのピンク髪とエプロン姿を見て、明確に不快そうに眉をひそめた。その目は、明らかにアタシを「軽蔑」している。


「……エレオノーラ王女殿下の紹介状を持ってきた。騎士団を理不尽にクビになり、どこのギルドにも断られた俺に、殿下が『ならばレンのところへ行け』と。……だが、まさかこんなふざけたおままごと生物の下で働けと言われるとはな。殿下も乱心されたか」


 おままごと生物。んまぁ、ずいぶんと口の悪いカタブツさんね。


「ちょっとあんた、言葉を選びなさいよ。アタシ、ただでさえプライドの高い男って嫌いなのよね。……それに、何よその『見た目』。騎士をクビになったショックか知らないけど、髪はボサボサのバサバサ、鎧は泥まみれ。そんな清潔感ゼロの男、アタシの美しいお店に置けるわけがないでしょ!」


「黙れ! うわべの美しさばかり気にする軟弱者が、俺の武勲を侮るな!」

 ガイルさんがドンッと床を強く踏み鳴らす。凄まじい威圧感に店内の調度品がガタガタと震え、カウンターの下から「ひいいぃぃっ!」とさらに情けない悲鳴が聞こえた。


「俺は戦場で生きる武人だ! 王女殿下の顔を立てて足を運んでやったが、男のくせに女の真似事をしてヘラヘラしているような者に、この大剣を捧げるつもりは毛頭ない! おいお前、そこの泥棒猫」

 ガイルさんの鋭い視線が、アタシの後ろにいるニアちゃんに向けられる。

「そんなふざけた奴の下でコソ泥の真似事をする暇があるなら、もっとマシな生き方をしろ。こんな店、早晩潰れるぞ」


「……っ!」

 ニアちゃんが悔しそうに歯を食いしばる。


 その瞬間、アタシの心の中のスイッチが冷酷に切り替わった。

 営業時間内オンモードだから笑顔は崩さない。だけど、アタシの目は一切笑っていなかった。


「おじさん、アタシを侮るのは勝手だけど――アタシの大切な従業員を傷つける言葉は、一言だって許さないわよ?」


「フン、口先だけのオカマが、俺に何ができるというのだ」

 ガイルさんは鼻で笑い、踵を返して扉へと向かおうとした。


 その背中に向けて、アタシは一切の予備動作なしに、カウンターの奥から一瞬で間合いを詰めた。

 気配はゼロ。前世の要人警護(SP)として磨き上げた、完璧な暗殺術に近い踏み込み。


「――なっ!? いつの間に後ろに――」

 驚愕したガイルさんが本能的に振り返り、大剣の柄に手をかけようとする。

 だが、それよりも早く、アタシの手がガイルさんの分厚い手首をガシッと掴み取った。元SPの、鋼鉄のような握力が大男の動きを完全に封じる。


「ぐっ……!? なんだこの、馬鹿げた力は……!?」


「いい? 今回はエリーちゃんの顔に免じて見逃してあげる。でもね、次にアタシの店やニアちゃんをバカにしたら……その大剣ごと、あんたを細切れにしてドブに捨ててあげるから。……二度とアタシの視界に入らないで。不採用よ、さっさと失せなさいッ!」


 アタシが手を離すと、ガイルさんは驚愕と屈辱に震えながら、アタシを睨みつけた。

 その瞬間、安全圏を察知したルミナちゃんがカウンターの下からバッと飛び出し、

「そうよ! この男は怒らせると神様(私)でも容赦なく倉庫に閉じ込める凶悪オカマなんだから! さっさと帰れーっ! べーっ!」

 と、アタシの背後から思いきりイキり散らした。燃料を投下するんじゃないわよ、このポンコツ。


「……この屈辱、忘れんぞ。俺をただの無能と思うなよ!」

 捨て台詞を残し、ガイルさんは激しく扉を閉めて出て行った。


「ふぅ……。やだ、朝から血圧が上がっちゃったわ。ニアちゃん、大丈夫だった?」

「ぼ、ボス……凄かった……。あいつ、めちゃくちゃ強そうだったのに、ボスの前では手も足も出てなかった……」

 ニアちゃんが目を丸くしてアタシを見上げている。その横でルミナちゃんが「ふん、私の応援のおかげね!」と胸を張っていたので、無言で頬を引っ張って引きちぎっておいたわ。


 ◇ ◇ ◇


 それから数時間が過ぎ、お店の業務をこなしていると、あっという間に外は暗くなっていった。

 結局、あのカタブツ騎士のせいで、一日中なんとなく不穏な空気が残ったままだわ。


 ピピッ、ピピッ。

 腕時計のアラームが午後18時を告げる。


「――あー、時間だな。お疲れ」


 アタシは頭のシュシュをパッと外した。

 前髪がハラリと落ち、華やかだったオネェのオーラが霧散する。目つきは冷徹な男のものになり、声のトーンがぐっと低くなった。


「ボス、今日の戸締りはボクがやっておくよ。……あのガイルって奴、なんか恨みがましそうに出て行ったから、夜道、気をつけてね」

 ニアちゃんが心配そうに俺を見る。


「桃瀬だ。あんな雑魚、何百人来ようが関係ねぇよ。18時過ぎたから俺はもう帰る。ニア、戸締りだけきっちり頼んだぞ」

 そう言って、俺はジャケットを羽織り、気だるげに鍵をポケットに突っ込んだ。


「へいへい、お疲れ、桃瀬のボス」

「あ、ちょっと待って桃瀬! 私も行く! 私も美味しいビールとお肉の出る大人の酒場についていくぅー!」

 シルクから這い出てきたルミナちゃんが服の裾を掴んできたが、フッと鼻で笑ってその手を剥ぎ取る。

「神様は未成年だろ。お前はニアの手伝いして残ったスープでも飲んでろ」

「ええぇぇー! 神に年齢なんてないわよぉー!」


 ニアちゃんに見送られ、ルミナちゃんのブーブー言う抗議を背中で聞き流しながら、俺は夜の王都のストリートへと歩き出した。


冷たい夜風を浴びながら、俺はふと思う。

「(あのガイルとかいう元騎士、プライドばかり高くて隙だらけだ。あの様子じゃ、近いうちに裏通りのゴロツキか、あるいはクビにした貴族の差し金にでもハメられて、手痛い目に遭うな……)」


 だが、今はオフモード。定時を過ぎた俺には関係のない話だ。

 俺はため息をひとつつき、美味いビールを求めて、下町の居酒屋の暖簾をくぐるのだった。



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