第2話:お姫様の貢ぎ癖がカンストしている件について
「――というわけで、お父様! 私はこのレンお姉様に、王都で一番素晴らしい場所でお店を開いていただきたいのです!」
ここは、この国の中心である王宮の謁見の間。
豪奢な玉座に座る国王の前に、アタシとエリーちゃん、そして辛うじて生き残った数人の騎士たちが並んでいた。
……あ、あとアタシの高級バッグを涙目で抱えたまま、借りてきた猫状態でおろおろしているポンコツ女神・ルミナちゃんもね。
それにしてもエリーちゃん、お父様(国王)への説明の勢いが凄まじいわね。
「む、娘を救ってくれたことは感謝する、桃瀬蓮とやら。しかし……王都の一等地にある『あの物件』を、素性の知れぬ者にただで譲るなど……」
立派な髭を蓄えた国王が、困惑した顔でアタシを見る。当然の反応よね。いくら命の恩人でも、いきなり「王都の超一等地のビルをまるごと一棟ちょうだい!」って娘にねだられて、はいそうですかって言えるわけがないわ。
だけど、エリーちゃんは一歩も引かなかった。
金髪ピンクグラデの美しい髪を激しく揺らし、国王に詰め寄る。
「何を仰るのですか! レンお姉様は、ただのよろず屋ではございません! あの凶悪な盗賊たちを、素手で、それこそ舞うように一瞬で片付けたのですよ!? もしレンお姉様が他国に囲い込まれたら、我が国にとってどれほどの損失か……! それにっ!」
エリーちゃんはハッと胸元を押さえ、頬を赤らめた。
「レンお姉様に頭を撫でていただいた時……私、脳がとろけるかと思いましたの……! あの方のいない王都など、私にとってはただの砂漠も同然です!」
「エリー、お前、完全に恋に落ちとるな……?」
国王が顔を引きつらせる。うん、アタシもそう思うわ。お姫様、一目惚れのブレーキが壊れちゃってるじゃないの。
すると、アタシの背後でルミナちゃんが、
「ちょっと王女様! 目を覚ましなさいよ、このオカマ、神である私を完全にパシリ扱いする恐ろしい男よ!?」
とかボソボソ呟いたので、アタシは無言でルミナちゃんの足の甲をヒールでグリグリと踏みにじって黙らせておいたわ。
これ以上長引くと、せっかくの営業時間がもったいないわね。アタシはスマホの画面をチラッと確認する。
【15:45】
よし、まだ18時の定時までは2時間以上ある。
「陛下ぁ♡」
アタシは腰をくねらせ、とびきり華やかな笑顔で一歩前に出た。
「アタシ、ただで物件を貰うつもりなんてないわよ? もちろん、よろず屋としての実績で、この国の経済にキッチリ貢献してみせるわ。まずは、そのお疲れ気味のお肌と、ボサボサの髭をプロデュースしてあげる!」
「なっ、無礼者、国王陛下の容姿にケチをつける気か!」
側近の騎士たちが剣に手をかけるが、アタシはそれを手で制し、前世の『カリスマ美容師』の知識をフル回転させて言葉のナイフを放つ。
「無礼なのは陛下のスキンケアよ! お髭の剃り跡が乾燥してカサカサだし、王務のストレスで毛穴が詰まってるわ! そんなんじゃ支持率も落ちちゃうわよ? ちょっと、そこに直りなさい!」
アタシは懐から、なぜかスーツのポケットに入っていた高級植物性のヘアオイルと保湿クリーム(前世の愛用品)を取り出すと、驚いて固まっている国王に歩み寄り、その顔に躊躇なく塗りたくった。
「やだ、お髭の毛並みが死んでるわ。こういう時はね、生え際からこうして……マッサージしてあげるから!」
「お、おおっ!? なんだこの芳醇な香りは……! それに、指の圧が……心地よい……!?」
元カリスマ美容師かつ、エステティシャンのスキルを舐めないで。アタシの神がかった運指によって、国王の顔の血行がみるみる良くなり、くすんでいた肌に20代のようなハリとツヤが戻っていく。
横でルミナちゃんが「え、嘘……神の奇跡でもないのに、ただのモミモミで王様の顔が輝いていく……何この人間怖すぎるんだけど……」とガタガタ震えているわ。
わずか数分後。鏡を見た国王は、我が目を疑うように絶叫した。
「なんということだ……! ワシの顔が、まるで10歳若返ったようではないか! おまけに肩の凝りまで完全に消え去っておる!」
「当然よ♡ アタシの施術、本来なら1回3万ギル(現代日本円で3万円)は貰うんだから。どうかしら、陛下?」
国王はパッと目を輝かせ、玉座を叩いた。
「素晴らしい! これほどの名医……いや、技術者を見たことがない! エリーの言う通りだ、お前のような天才を市井に埋もれさせておくのは国の損失である! よし、王都大通りの一等地にある『白銀の館』を、桃瀬蓮に下賜する!」
「決まりね♡ ありがと、陛下!」
「流石はお父様です! お目が高い!」
エリーちゃんはぴょんぴょん飛び跳ねて大喜びしている。こうしてアタシは、異世界に来てわずか数時間で、王都の一等地に店舗を手に入れてしまったのだった。
◇ ◇ ◇
翌朝、午前9時。
「さぁ、営業時間よ! よろず屋オネェの店、開店準備を始めるわよ!」
アタシは新店舗である『白銀の館』の前に立っていた。
さすが王女様が推薦しただけあって、大理石で作られた3階建ての立派なビルよ。だけど、長い間使われていなかったのか、中は埃まみれで、内装も古臭い。
「ふえぇ……朝の9時から労働なんて神様への冒涜よぉ……。あと、なんで私がこのお店の雑用係みたいなポジションになってるのよぉ……」
昨晩、行く当てがなくてアタシの後ろをトボトボついてきて、結局アタシが高級宿で頼んだルームサービスの残りを「美味しいぃぃ!」と完食したルミナちゃんが、バケツと雑巾を手に文句を言っている。
「つべこべ言わずに床を磨きなさい、この穀潰し女神。働かざる者食うべからずよ」
「うぅ……時空の女神としてのプライドがぁ……」
ルミナちゃんが涙目で床を拭き始めたところへ、タタタッと足音を響かせてエリーちゃんがやってきた。私服のドレス姿なんだけど、その毛先のピンクグラデーションが朝日に映えて本当に可愛いわね。しかも、後ろには数台の大きな馬車を引き連れている。
「あら、エリーちゃん。おはよう。その馬車はなぁに?」
「ふふん、レンお姉様のお店のために、王宮の倉庫から最高級の家具と、調度品を持ってまいりましたの! あ、それから、レンお姉様のお肌に合う最高級のシルクの寝具もございます!」
「んまぁ! 気が利くじゃない!」
お姫様、貢ぎの規模が国家レベルなのよ。
それを見たルミナちゃんが「ちょっと! 神である私への貢ぎ物より豪華じゃないのよ! ずるい!」と嫉妬で見苦しく騒いでるけど無視よ、無視。
だけど、ただ並べるだけじゃ『美しいお店』にはならないわ。ここからはアタシの出番。
「エリーちゃん、家具の配置はアタシに任せなさい。前世で、何店舗もの美容室やアパレルショップの立ち上げを手掛けてきたんだから!」
アタシは腕をまくると、元コンビニ店員の効率的な『動線確保』のノリと、カリスマ美容師の『魅せるレイアウト』を融合させ、テキパキと指示を出した。
「そこのでっかいソファーは右奥! お客さんが最初に入る瞬間の視界を遮らないように! その魔導具のランプは、光が直接目に当たらないように間接照明として配置して! ……って、ちょっとルミナ! そこの棚、神の力かなんかでちょっと浮かせなさいよ、アタシが下にラグ敷くから!」
「えぇー!? 神の奇跡をそんな引っ越しの手伝いみたいに使わないでよぉ! ……えいっ(フワァ)」
「あ、結構便利ねあんた。よし、次はあの重い姿見をあっちに」
「完全に便利家電扱いされてるぅぅ!」
ルミナちゃんを雑にコキ使いつつ、重い棚を一人で軽々と持ち上げるアタシ(元SPの筋力)を見て、エリーちゃんは再び目をハートにしている。
埃まみれだった館は、わずか数時間で、現代の高級セレクトショップかホテルのラウンジのような、洗練された「美しすぎる空間」へと生まれ変わった。
さらに、エリーちゃんが持ってきてくれた『通信用魔導具(こちらの世界での固定電話のようなもの)』をカウンターに設置する。
「よし、これで依頼の受付もバッチリね。看板も付けたし!」
お店の正面には、ピンク色の文字で大きく『よろず屋オネェ』と書かれた看板が掲げられている。うん、我ながら最高のセンスよ。
時計を見ると、時間は午後17時50分。
「ふぅ、我ながら完璧な仕事だわ。エリーちゃん、手伝ってくれてありがとうね」
「いいえ! レンお姉様のためなら、私は何だっていたしますわ! あの……もしよろしければ、この後、私の行きつけの高級レストランで、一緒にディナーでも……」
エリーちゃんがモジモジしながら、お誘いをしてきた。可愛いわね。
すると、床にのびていたルミナちゃんがパッと起き上がり、
「ディナー!? 行く行く! 私も高級レストランの美味しいご飯食べるー!」
と目を輝かせて割り込んできた。
だけど――ピピッ、ピピッ。
腕時計が午後18時を告げた。
「……あー、わりぃ。また今度にして」
その瞬間、アタシは髪のシュシュを外した。
一瞬でオネェの華やかさが消え、前髪がハラリと額に落ちる。目つきは冷徹になり、声は地を這うような低音ボイスへと切り替わった。
「え……? れ、レン、お姉様……?」
エリーちゃんが、突然の雰囲気の変化に息を呑む。
ルミナちゃんにいたっては、「ひぇっ……出た、ガチモードのゴリラ……!」と恐怖で椅子を盾にして震え出した。
「俺、18時過ぎたら完全オフだから。残業はしない主義なんだわ。悪いな、お嬢様。今日はもう店閉めて、そこらの安い酒場にでも行くから、あんたも早く城に帰りな。……おい、ルミナ」
「ひゃいっ!?」
「お前は居残りだ。明日の開店に備えて、裏の倉庫の片付けやっとけ」
「えぇぇー!? ブラック企業! 神様に対する完全な労働基準法違反よぉぉぉ!」
ギャーギャー喚く女神を完全に無視し、俺はカウンターの奥から自分のジャケットを羽織り、気だるげに鍵をポケットに突っ込んだ。
「あ……あう……」
エリーは、目の前にいる「冷徹で最高にセクシーな大人の男」と化した俺を見上げ、顔から湯気が出るほど真っ赤になっている。
「(な、何ですの今の低いお声は……!? 普段はあんなに優しいお姉様なのに、時間が過ぎた瞬間、こんなに強引で格好いい男の男の人になるなんて……不意打ちすぎますわ……!)」
胸を痛めつけるような動悸に耐えかね、エリーちゃんはその場にしゃがみ込んでしまった。
「おい、大丈夫か? 体調悪いなら城の馬車呼ぶけど」
「だ、大丈夫です! 私、幸せすぎて死にそうなだけですから! 失礼しますっ!」
エリーは真っ赤な顔のまま、脱兎のごとく店を飛び出していった。相変わらず忙しい子ね。
「やれやれ……さて、俺も美味いビールでも探しに行くか。ルミナ、サボったら明日の飯抜きだからな」
「鬼! 悪魔! オカマァァァ!」
暗い倉庫から響く女神の悲鳴を背に、俺は店の明かりを消し、鍵をかけた。
こうして、王都の一等地に『よろず屋オネェ』の拠点が完成した。明日からは、いよいよ本格的な依頼が舞い込んでくるはずだ。




