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そのオネェ、異世界に降り立つ  作者: Saaaya


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第1話:そのオネェ、定時内につき


 世の中には、一つの職業を極めた『プロフェッショナル』と呼ばれる人間がいる。

 ならば、同時にいくつもの職業を極めた人間は、一体なんと呼ぶべきかしら?


「はーい、あんた! 今日のライブ、世界で一番可愛くしてあげるからシャキッとしなさい!」


 午前10時、都内の一等地にある超高級美容室。

 鏡の前で緊張に震えるトップアイドルを、私は華麗な手捌きでプロデュースしていた。目の覚めるような鮮やかなピンクの髪を揺らし、ミリ単位の狂いもなくハサミを滑らせる。

 私の名は桃瀬蓮ももせ れん。24歳。

 まぁ、業界じゃあ『カリスマ美容師のレンちゃん』って言えば、知らないモグリはいないんだけどね。


 でも、アタシの本業は『何でも屋』。要するに、頼まれれば何でも一級品レベルでこなす, プロの助っ人よ。


「プルルルル!」と鳴り響く仕事用スマホ。


「はいはーい、レンちゃんよ♡ ……え? 駅前のコンビニがシステム障害と通勤ラッシュでパンク寸前? オッケー、今すぐ行ってあげる!」


 午後2時、修羅場と化した駅前コンビニ。

 長蛇の列と怒号が飛び交うレジカウンターに、アタシは颯爽と滑り込んだ。

「お待たせしちゃってゴメンなさぁい♡ はい、温めは30秒ね! Tポイントカードはお持ちぃ?」

 元コンビニ店員のスキルを舐めないで。超高速レジ打ちと神がかった客捌きで、わずか15分でクレームをゼロにし、店舗の売上ギネスを更新してやったわ。


 そして――午後5時。アタシは黒いパンツスーツに身を包み、政界の大物の背後に立っていた。

 そう、要人警護(SP)もアタシの得意分野。

 突如、人混みからナイフを持った暴漢が飛び出してくる。周囲が悲鳴をあげる中、アタシは一歩前へ出た。内股気味だったスタンスを瞬時に崩し、無駄のない体術で暴漢の腕をひねり上げ、地面に叩きつける。

「やだぁ〜! 返り血でスーツが汚れるじゃない、このドブネズミッ!」


 文武両道。どんな仕事も完璧にこなす。それがアタシ、桃瀬蓮の生き様。

 だけど、アタシには絶対に変えない『鉄のルール』があるの。


 ピピッ、ピピッ。

 腕時計のアラームが、午後6時を告げた。


「……あ、お疲れっしたー」


 その瞬間、アタシはピンクの髪を結んでいたシュシュを外した。

 地を這うような、低く、気怠げな、大人の男の声。

「桃瀬さん!? まだ暴漢の引き渡しが……!」と焦る部下を片手で制し、アタシ――いや、俺は背を向けた。

「定時。18時過ぎたから。こっから先は時間外労働。俺、これから地元の居酒屋でビール飲むって決めてるんで。じゃ、お先」


 オンモードは、華やかな最強のオネェ。

 オフモードは、定時退社を愛する普通の男。

 この完璧なワークライフバランスこそが、俺の誇りだった。


 ――そう、あの日。

 18時30分、俺がいつも通り地元の居酒屋へ向かって歩いていた、その時だ。


 突如として、俺の真上の空間がグニャリと歪み、見たこともない巨大な『光の裂けゲート』が出現した。凄まじい引力が俺の身体を吸い上げようとする。

 普通の人なら腰を抜かして取り込まれるだけの異常事態。だが、俺の元SPとしての超人的な危機察知レーダーが、瞬時に最高警戒アラートを鳴らした。


「チッ、なんだこれ……!」


 俺は地面を強く蹴り、引力圏から脱出するために完璧なステップを踏んだ。重力を無視したかのような電光石火の身のこなし。本来なら、これでどんな怪奇現象だろうと完全に回避できるはずだった。

 しかし、頭の中に直接、響き渡るような焦った声が聞こえてきた。


『う、嘘でしょ!? 神である私の強制召喚を自力で回避しようとしてる!? どんだけ身体能力高いのよこの人間! あぁもう面倒くさい、出力最大!!!』


「あ?」


 次の瞬間、世界のすべてが真っ白な光に包まれた。


 ◇ ◇ ◇


「……ちょっと、やだ。ここ、どこかしら?」


 目が覚めると、アタシは見知らぬ森の中にいた。

 見渡す限りの巨木。漂う澄んだ空気。


そして何より、自分の姿を見ると、現代日本のスーツを着たまま、髪は相変わらず派手なピンク色。


 ポケットからスマホを取り出してみる。当然のように圏外。だけど、画面の上部に表示された『時計』だけは、正確に動いていた。


【11:30】


「空気の成分も違うし、あのゲートの感じ……。なるほどね、アタシ、神様だか何だかに『異世界転移』させられたわけね」


 前世のコンビニバイト時代、暇つぶしに読んだWeb小説の知識が、一瞬で答えを導き出す。普通なら絶望するかパニックになるところだけど、アタシはフッと鼻で笑った。


「まぁ、いいわ。あっちの世界じゃ全職極めすぎて退屈してたところだし、新天地での市場開拓ビジネスと考えれば悪くないじゃない。アタシの労働時間は、午前9時から午後18時まで。今は営業時間内オンモードよ!」


 そうと決まれば、まずは市場調査を兼ねて街を探さなきゃね。アタシはヒールを鳴らして(男物の革靴だけど)草むらを歩き始めようとした――その時。


「うぅ~……お尻痛いぃ……。何で神さまである私がこんな目に遭わなきゃいけないのよぉ……」


 すぐ近くの茂みから、シクシクと情けない泣き声が聞こえてきた。

 草をかき分けて覗き込んでみると、そこには背中に小さな羽を生やし、いかにも「神様です」と言わんばかりの神々しいドレスを着た、だけど頭に思いっきりタンコブを作った超絶美少女が涙目でしゃがみ込んでいた。


「あら、あんた誰かしら? 迷子?」


「ひゃうっ!? な、何よあなた! ……って、桃瀬蓮!? なんであなた、もうピンピンして優雅に立ってるのよ!?」

 少女は飛び上がってアタシを指差した。


「え、アタシの名前を知ってるってことは……さっき頭の中で『出力最大!』とか馬鹿みたいな声で叫んでた、あの誘拐犯(神様)?」


「ゆ、誘拐犯って人聞きが悪いわね! 私は偉大なる時空の女神・ルミナよ! あなたがあまりに規格外の動きで召喚に抵抗するから、こっちの出力がバグっちゃって、その反動で私も一緒にこっちの世界に引きずり落とされちゃったじゃないのよぉ! どうしてくれるのよ、天界に帰れないわよ!」


 ギャーギャーと泣きつく自称女神・ルミナちゃん。神様のくせにびっくりするほどポンコツね。


「やだ、自業自得じゃない。アタシは定時後のビールを楽しみに生きてんのよ。それを邪魔して巻き添え食うなんて、お笑い草ね。……まぁいいわ、アタシはこれから市場調査に行くから、あんたそこに植わってなさい」


「待って、置いてかないでぇー! 誰もいない森とか怖いし、お腹空いたのぉー!」

 アタシのスーツの裾を掴んで必死に縋り付いてくる女神。


「ったく、手がかかるわね。じゃあ、アタシの『よろず屋』の記念すべき荷物持ち第1号にしてあげるわ。はい、アタシのこの重いブランドバッグ持ちなさい」


「えぇー!? 神さまである私にパシリをさせる気ぃ!?」


「嫌なら置いていくわよ? 営業時間内のアタシは非情よ?」


「持ちますぅ……!」

 こうして、高級バッグを涙目で抱えたポンコツ女神を従え、アタシは改めて草むらを歩き始めた。


 それから1時間ほど歩いた時だった。

 突如、風に乗って、金属がぶつかり合う激しい音と、少女の悲鳴が聞こえてきた。


「キャァァァッ! 誰か、誰かお助けになって!」


「んまぁ! 女の子の悲鳴じゃない!」

 時間は午後1時。お昼休憩を終えて、まさに営業絶好調の時間帯。

 アタシはルミナちゃんを置き去りにする勢いで、声のする方へと猛ダッシュした。木々を飛び越え、開けた街道に出ると――そこは凄惨な戦場だった。


 見たこともない豪華な馬車が、ボロをまとった凶悪な男たち(盗賊)に囲まれている。馬車を守る鎧姿の騎士たちは、すでに大半が血を流して倒れていた。

 馬車の窓から外をのぞいているのは、シルクのような美しい金髪。だけど、その毛先にかけて、まるで魔法のように綺麗なピンク色へのグラデーションがかかっている、息を呑むほど可憐な美少女だった。


「ひひひ! 運のいいことだ、こんな上等なタマ、裏に流せば大金になるぞ!」

 ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべた盗賊の頭領が、金髪ピンクグラデの少女の腕を掴もうと手を伸ばす。


「ちょっとあんたたちィィィッ!!」


 街道に、アタシの甲高い怒声が響き渡った。

 盗賊たちと、怯えていた少女の視線が一斉にアタシに集まる。

 遅れて草むらから息を切らして追いついたルミナちゃんが、「はぁ、はぁ……ちょっと、急に走らないでよオカマ……ひぇっ! 盗賊!?」と悲鳴をあげてアタシの背中に隠れた。


「な、何だあ? あのピンク頭の……オカマは……? あと、後ろの変な羽の女は?」

「オカマじゃなくて、よろず屋のレンちゃんよ! 大勢で寄ってたかって女の子をいじめるなんて、美しくないわよ! 万死に値するわ!」


 アタシはピンクの髪をシャキッとシュシュで一つに結び、盗賊たちを指差した。

 頭領はハッと我に返り、「ケッ、ただのイカレ野郎か! おい、お前ら、あのピンク頭を細切れにしちまえ!」と部下に命じる。


 三人の盗賊が、ギラギラと輝く斧や剣を構えてアタシに襲いかかってきた。

後ろでルミナちゃんが「いやぁぁ! 殺されるぅぅ!」と神の威厳ゼロで叫び、倒れている騎士が「危ない、逃げてくれ!」と声を絞り出す。


 だけど、アタシはフッと口角を上げた。

「悪いわね。営業時間内のアタシに、勝てると思っていやがんの?♡」


 一人目の盗賊が、大斧を頭上から振り下ろす。

 スローモーション。前世で数多の暴漢の動きを見切ってきたアタシの目には、その攻撃は止まっているも同然だった。

 わずか半歩だけ横にズレて斧をかわすと、アタシは盗賊の懐へ滑り込む。

「まずは、姿勢がなっとらんのよ!」

 容赦のないアッパーカットが、盗賊の顎を正確に撃ち抜いた。ガゴォンッ!と鈍い音が響き、大男が白目を剥いて消し飛ぶ。


「なっ……!?」

 驚愕する残りの二人。アタシは間髪入れずに足払いを繰り出し、一人を転倒させると、その顔面を容赦なく踏み抜いた。

最後の一人が恐怖で剣を振り回すが、アタシはその手首を掴んでパキリとへし折る。

「やだ、手応えがなさすぎて退屈しちゃうわね」

 仕上げに、前世のSP流の回し蹴りを叩き込む。盗賊はキレイな放物線を描いて遥か彼方の巨木へと激突し、動かなくなった。


 わずか数十秒の出来事だった。

 街道には、静寂が訪れる。


「ひ、ひぃぃぃっ! バケモノだぁ!」

残った盗賊たちが、頭領を含めて一目散に森の奥へと逃げ出していく。追うのも面倒だし、定時内とはいえ無駄な残業はしたくないから、見逃してあげるわ。

後ろを見ると、ルミナちゃんが顎が外れそうなほど口を開けて固まっていた。「な、なによあの人間……やっぱり召喚する相手間違えたわ……」とか呟いてるけど無視よ。


「ふぅ。汗をかいちゃったじゃない。お肌に悪いわ」

アタシは懐からハンカチを取り出し、エレガントに額の汗を拭った。


 すると、馬車の中から、先ほどの金髪ピンクグラデの少女が、おそるおそる降りてきた。

 彼女は、血の海の真ん中で一人美しく佇むアタシを、信じられないものを見るような目で見つめている。その大きな瞳には、涙がたまっていた。


「あ、あの……お命を救っていただき、なんと御礼を申し上げればよいか……!」


 少女は胸元に手を当て、深く頭を下げた。その仕草一つをとっても、育ちの良さが隠しきれていない。

アタシはふんわりと微笑み、彼女に歩み寄った。


「いいのよ〜、女の子のピンチを見捨てたら、アタシの美意識が許さないからね。怪我はない? 可愛いお顔に傷がついたら大変よ?」

「は、はい……私は大丈夫です。あの、私はエレオノーラと申します。この国の、王女をしております……」


 王女様。やだ、最初からものすごい大物を釣っちゃったわ。


「あら、エレオノーラちゃんね。素敵な名前!」

「い、いえ! 私のことは、どうか……エリーとお呼びください! 誰も呼ぶことを許さぬ名ですが、あなた様には、ぜひ……!」


 エリーちゃんは、頬をりんごのように真っ赤に染め、金髪ピンクグラデの髪を震わせながらアタシを見つめている。その目は、完全に恋に落ちた乙女のそれだった。


「あら、エリーちゃん。可愛いわねぇ」

アタシはエリーちゃんの頭を優しく撫でてあげた。エリーちゃんは「はぅあうっ……!」と、尊さのあまり今にも卒倒しそうな声をあげている。

その横で、ルミナちゃんが「ちょっと王女様目を覚まして! その男、中身は完全に獰猛なゴリラよ!?」と騒いでるけど、アタシの綺麗なヒールで静かに足を踏んづけて黙らせておいたわ。


「アタシはレンちゃん。これからこの世界で『よろず屋』を始めようと思ってるの。だからエリーちゃん、今回の件、あとでキッチリ実家に請求書送るから覚悟しなさいね♡」


 バチンッ、と完璧なウインクを飛ばす。


 こうして、異世界の常識を1から10まで叩き直す、最強のオネェのビジネスが幕を開けたのだった。


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