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鑑定チートの面倒くさがり、港街の贋作事件に巻き込まれる  作者: 蒼月よる


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本物の証明

 ギルドの広場。朝市の時間帯。

 人が集まっていた。遺物商、冒険者、一般の市民。バルドが公式に告知を出したのだろう、普段の朝市より人が多い。広場の中央に、仮設の鑑定台が置かれている。木の台に布を敷いただけの簡素なものだ。

 おれは広場の端に立っていた。革のエプロンを締め直す。ルーペを懐から出し、手のひらで温めた。冷えたレンズは曇る。いつもの手順だ。場所が違うだけだ。

 ここで失敗すれば、おれの名前は終わる。偽造を暴けなければ、デルガの鑑定士ノルは——おれ自身が偽物だということになる。


「ノルさん」


 リタが横に立っていた。拳を握っている。


「大丈夫です。ノルさんの鑑定は本物です」

「知ってる」

「知ってます。でも、言いたかったんです」


 おれは何も言わなかった。鑑定台に向かって歩いた。


 広場の中央に立った。目の前に、遺物商たちの顔が並んでいる。フラン。ベネック。他にも見覚えのある顔がいくつか。知らない顔もある。ゴルツは群衆の端に立って、腕を組んでいる。マリカは反対側の端で、手帳を手にしている。

 バルドが広場の前に出た。


「本日、偽造鑑定書に関する公開鑑定を行う。ギルドの場として提供する」


 バルドの声が広場に響いた。低く、太い声。この男の声には重さがある。ギルドマスターの重さだ。


 おれは鑑定台の上に、二枚の鑑定書を並べた。一枚は本物——おれが三ヶ月前に書いた鑑定書。もう一枚は偽造品。並べてみると、一見して区別がつかない。紙の色も、印章の位置も、署名の形も似ている。よくできた偽造だ。

 群衆がざわめいた。見分けがつかないことに、不安が走ったのだろう。


「まず紙を見てくれ」


 声が出た。思ったより落ち着いている。鑑定の話をしているとき、おれの声は安定する。工房でルーペを覗いているときと同じだ。場所が違うだけで、やることは変わらない。


「ギルドの公用紙には海藻由来の繊維が混ざっている。光にかざすと、繊維が青く透ける」


 本物の鑑定書を持ち上げ、朝の光に透かした。紙の中に、青い繊維が光る。


「偽造品にはこの繊維がない。似た手触りの紙を使っているが、海藻繊維の代わりに木材由来の繊維を混ぜている。光に透かせば——」


 偽造品を同じように透かした。青い光は出ない。


「——見えないだろう。紙が違う」


 群衆が静まった。前列の遺物商が二枚の紙を見比べている。後ろの方で、冒険者が首を伸ばしていた。朝の光が二枚の紙を照らしている。一枚は青く透け、もう一枚は透けない。言葉ではない。光が証明している。


「次に印章だ」


 二枚の鑑定書を台の上に並べた。


「本物の印章は、おれの右手で押している。右利きの人間が押すと、左から右に圧力が抜ける。偽造品は逆だ。右から左に力が抜けている。——おれが押した印章じゃない」


 ルーペを群衆に向けて差し出した。前列の遺物商が受け取り、二枚の印章を見比べた。頷いた。次の人間に回す。ルーペが群衆の中を回っていく。


「最後に署名」


 おれは鑑定書の署名部分を指さした。


「おれの字には癖がある。『ノ』の払いが長い。筆圧が強い。偽造品はおれの署名をなぞっている。だから一画ごとの形は似ている。だが——」


 指先で偽造品の署名をなぞった。


「なぞった字には、リズムがない。人が自分の名前を書くとき、一画ごとに考えない。手が覚えているから、流れるように書く。偽造品の署名は、一画ごとに止まっている。まるで——他人の名前を、初めて書いているように」


 広場が静まった。

 おれの声だけが残っている。


「次に、遺物そのものを見てもらう」


 台の上に二つの遺物を並べた。一つは、おれが実際に鑑定した品。もう一つは、偽造鑑定書付きで流通していた品。


「この二つの遺物を見てくれ。どちらも中層東側の出土だ。だが——鑑定書の記載が違う」


 偽造鑑定書付きの遺物を手に取った。


「偽造鑑定書にはこの品を第二層出土と書いてある。だが、見ろ」


 ルーペを目に当てた。加工痕に焦点を合わせる。


「この加工痕の削り角度は14度。第二層の遺物の標準角度は10度前後だ。14度は第三層の加工技術。圧力のかかり方が違えば、削り角度が変わる。層が違うんだ」


 遺物を台に置いた。指先から、鑑定焼けの青い痕が微かに残った。おれの手が触れた証だ。

 前列の遺物商が一人、ゆっくり息を吐いた。隣の冒険者が顔を見合わせている。言葉はない。だが——おれの目が正しいことを、この広場が認め始めている。


「嘘だ。この鑑定書は嘘をついている。おれの名前で、嘘をついている」


 声が低くなっていた。怒りではない。事実を述べているだけだ。だが——事実が、怒りと同じ形をしていた。


 群衆の中から声が上がった。


「ノル。お前の鑑定書は信用できるよ。今日ので確信した」


 遺物商のフランだった。腕を組んで、渋い顔のまま——だが、目が真剣だった。


「当たり前だ」


 口から出た言葉は、いつもと同じだった。だが——その言葉が、今日は少し違う重さを持っていた。いつもは面倒くさいから言っていた。今日は——証明した後で言っている。


 マリカが前に出た。


「外部の鑑定士として証言します。ノルさんの分析は正確です。紙質、印章、署名、加工痕——すべてにおいて、偽造品と本物の差異を正しく指摘しています」


 マリカの声は淡々としていた。データを読み上げるような声。だがおれの方を見たとき、小さく頷いた。鑑定士が鑑定士を認める仕草だ。方法は違う。思想も違う。だがこの瞬間は、同じものを守っている。


 バルドが最後に前に出た。


「ギルドとして、偽造鑑定書の回収命令を発出する。該当する鑑定書を所持している者は、ギルド支部に届け出ていただきたい。——ノル。ご苦労だった」


 バルドの声に、珍しく柔らかい色が混じった。この男が公の場で個人を労うのは、おれが知る限り初めてだ。


 広場が解散していく。遺物商たちが戻り、冒険者が散る。さっきまで静まっていた朝市の喧騒が、少しずつ戻ってくる。

 リタが走ってきた。


「ノルさん! すごかったです!」

「別にすごくない。鑑定しただけだ」

「それが一番すごいんです!」


 こいつの語彙は単純だ。だが——悪い気はしなかった。

 ゴルツが群衆の端から手を挙げた。何も言わず、ただ手を挙げた。あの男なりの賛辞だろう。面倒な表現を選ぶ。


 広場に一人残った。

 空を見上げた。朝の空は高い。雲が一つだけ、港の方に流れていく。

 証明した。おれの名前はおれのものだ。おれの鑑定書は嘘をつかない。ルーペの硝子が、懐の中でまだ温かかった。


 だが、おれの名前にこれだけの値段がついているなら。北方から品が流れてくるほどの構造が動いているなら。

 次はもっと面倒なことが起きるだろうな。


 ルーペを懐に戻した。革のエプロンの紐を締め直した。

 朝市の喧騒が、いつも通りに戻っていた。


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