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鑑定チートの面倒くさがり、港街の贋作事件に巻き込まれる  作者: 蒼月よる


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遺物商たちの朝

 朝市に行った。いつもより早い時間に。

 魚屋の前を通り過ぎ、遺物商の並ぶ一角に向かった。リタが半歩後ろをついてくる。


「ノルさんが自分から人に話しかけに行くなんて……」

「うるさい。必要だからやってるだけだ」

「はい。でも、すごいです」

「すごくない」


 遺物商のフランに声をかけた。偽造鑑定書の件で、ギルドが公式に動くことを伝える。フランは渋い顔をしたが、頷いた。隣の店のベネックにも声をかけた。ベネックは最初から不機嫌だったが、おれの鑑定書が偽造されている事実を聞いて、顔色が変わった。

 四軒回った。全員に同じことを伝えた。面倒だった。一軒ごとに同じ説明を繰り返すたびに、喉の奥が乾いていく。人と話すのは面倒だ。だが——放っておけば、偽造鑑定書がおれの名前ごと市場を腐らせる。

 朝市を出るとき、魚屋の親父が声をかけてきた。「ノル、今日は魚買わねえのか」「今日は買い物じゃない」「珍しいな、お前が用事で歩き回るなんて」。余計なお世話だ。


 昼前に工房に戻った。

 机の上を片づけ、椅子を増やした。リタが予備の椅子を倉庫から引っ張り出してくる。工房に四人以上入るのは初めてだ。


 最初に来たのはバルドだった。大柄な体が扉をくぐるとき、鴨居に頭をぶつけそうになった。


「狭い工房だな」

「文句なら帰れ」


 バルドが椅子に座ると、工房がさらに狭くなった。ギルドマスターの肩書きを背負った巨体が、カウンターの前を占領している。

 次にゴルツ。裏通りから来たのか、革の上着の襟を立てたまま入ってきた。バルドを見て一瞬足を止めたが、何も言わずに壁際に立った。ギルドの人間と同じ部屋にいるのは居心地が悪いだろう。


 リタが茶を淹れた。四つ分。おれは頼んでいない。こいつはいつの間にか、工房の茶の場所を覚えている。


 最後に、マリカが来た。

 扉を開けたとき、一瞬だけ工房の中を見回した。バルドとゴルツの存在を確認して、表情を引き締めた。


「お邪魔します」


 全員が揃った。おれの工房に、鑑定士以外の人間がこれだけ集まるのは異常だ。だが、今は必要な異常だ。


「状況を整理する」


 おれは机の上に偽造鑑定書と地図を広げた。


「偽造鑑定書の実行犯は、港の新しい店の左利きの店主。流通経路はほぼ特定した。だが——こいつは末端だ」


 バルドが頷いた。


「ギルドとしても同じ認識だ。偽造鑑定書の回収命令は出せる。だが、構造を潰さなければ意味がない」


 ゴルツが壁に寄りかかったまま言った。


「裏通りの情報だと、港の店に品を卸してる連中が三組いる。全部、ヴィクトの組織が使ってた採掘ルートに繋がってる。残党だな」


 リタが手を挙げた。


「冒険者ルートで購入者への連絡はできます。偽造鑑定書付きの遺物を買った人、もう十二人特定してます」


 十二人。前回の七人からさらに増えている。こいつはいつの間にそこまで広げた。おれが軍の茶屋で渋い茶を飲んでいた間に、リタは自分の足で情報網を伸ばしていた。


 マリカが口を開いた。声がいつもより低い。


「わたしからも一つ。サクヴァラ商団の取引データに、異常を見つけました」


 工房が静まった。


「商団の遺物仕入れ値が、偽造鑑定書が出回り始めた時期に合わせて下がっています。具体的には、二週間前から中層東側の遺物の仕入れ値が平均で三割下落。通常の相場変動では説明できません」


 マリカが手帳を開いた。数字が並んでいる。日付と金額。あの女の手帳は、データの塊だ。


「つまり——商団の誰かが、偽造鑑定書による市場の混乱を利用して、安値で遺物を仕入れている。混乱を知っていた。あるいは——」

「仕掛けた側、か」


 おれが引き取った。マリカが頷いた。


「商団全体ではありません。取引記録を見る限り、特定の幹部が個人的に動いています。商団の名前を使って、個人の利益を図っている」


 マリカの声が硬い。目が据わっている。


「わたしは商団に雇われていますが、鑑定の信用を道具にされるのは——許容できません」


 リタがマリカを見ていた。まっすぐに見ている。前回の「引っかかる」という顔ではなかった。


 全員の情報を机の上で繋ぎ合わせた。地図の上に、それぞれの情報を書き加えていく。ゴルツの流通ルート。リタの購入者リスト。マリカの取引データ。バルドのギルド調査。一つずつは断片だった情報が、一枚の地図の上で線になっていく。

 偽造者は港の店主。品物の供給はヴィクトの残党ルート。利益を吸い上げているのはサクヴァラ商団の内部の人間。そしてその構造の上に——おれは昨日の軍情報部の話はしなかった。あれをここに出せば、バルドはギルドマスターとして動かざるを得なくなる。今はまだ、おれの手元に置いておく。だが、構図の全体像はこの部屋にある情報だけで十分に見えている。


「偽造鑑定書を回収するだけでは足りない」


 おれは全員の顔を見た。バルド、ゴルツ、リタ、マリカ。


「おれの鑑定書の信用が崩れたのは、市場がおれの鑑定を『見た』ことがないからだ。紙の上の署名しか知らない。だから偽物と見分けがつかない」

「……ノル。何を考えている」


 バルドが低い声で聞いた。


「公開鑑定をやる。ギルドの広場で。遺物商と冒険者が見ている前で、おれが偽造を暴いて、本物の鑑定を見せる」


 誰も口を開かなかった。全員の目がおれに集まっている。


「証明するんだ。おれの名前が嘘をついていないことを」


 バルドが腕を組んだ。数秒、黙った後に言った。


「ギルドの広場は提供できる。公式の場だ。——だが、失敗すれば逆効果だぞ」

「失敗しない」


 即答した。自分でも驚くほど迷いがなかった。おれの目は偽物を見逃さない。十年、この手で遺物に触れてきた。その十年に嘘はない。


 ゴルツが鼻を鳴らした。


「お前がそう言うなら、まあ間違いないだろうよ」


 リタが拳を握っていた。何か言いたそうだが、堪えている。いい判断だ。


 マリカが最後に言った。


「わたしも立ち会います。外部の鑑定士として、ノルさんの鑑定の正当性を証言できます」

「……あんたが証人か」

「方法は違いますが、鑑定の信用を守りたいのは同じです」


 あの女の目が、おれと同じだった。方法は違う。思想も違う。だが、鑑定士の名前に嘘をつかせたくないという一点で、同じ側に立っている。


 全員が帰った後、工房に一人残った。

 窓から港が見える。夕日が水面を赤く染めている。明日の朝、ギルドの広場だ。


「面倒だな」


 口に出した。だが——おれの名前はおれが守る。他の誰にも任せない。


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