第6節
~登場人物紹介~
道上 準貴:本作の主人公、高校一年生。イケメンだがオタク。
高橋 遥 :主人公の幼馴染。元野球部マネージャーで現在諸事情で入院中。
その後、公園のベンチで無言になって空を仰いでいると、隣で彼女も俺の姿の真似事のようなことをしながら空を仰いでいた。今日の晩飯のこと、明日の学校のこと、部活のこと、遥のお見舞いのこと、退院後の彼女のこと。いろいろと考えてみたが、結局この広い空がすべてを忘れさせてくれた。結局のところ、なるようにしかならない、あるいはなるようになる。この広大な空はそう思わせてくれるには十分すぎるほどだった。
しばらくした後、ふとしたときにちょっとだけ隣を見ると二人で同じようなポーズをとっていたので少し笑ってしまう。これが学校帰りに二人きりでとかなら青春っぽいのかもしれない。しかしここは病院の敷地内のベンチ。普通に周りに看護師さんやら、ご老人やらもいっぱいいるし、能天気なことも言える雰囲気でもない。屋上にはドクターヘリなんかも飛んでくるし、正直物騒といえば物騒だ。おまけに隣にいる女子は顔は良けれど腐れ縁の幼馴染で、左手、左足を骨折した怪我人だ。全く持ってそんなロマンチックな雰囲気にはなれなかった。
「あんた、今、失礼なこと考えてたでしょ」
「・・・なんで分かんだよ」
「うわ、最悪。そこは嘘でも『考えてねぇよ』って言えないの?」
エスパーかよこいつ。なんでこんなにも鋭いのか。幼馴染が最近、ほんの少しだけ怖い。ってか俺の真似するのちょっと上手いしなんだよ。その根暗っぽいのまで再現しなくてもいいだろ。
「・・・人のおっぱいばっかりじろじろ見て。ほんといやらしい」
そんな威張るほどねぇだろ、と内心思ったのだがそれは咄嗟に言わないようにした。というか内容当て損ねてるんだから、最初からこいつはエスパーなんか持っていないのか。
「そっち?ってかなんでおっぱいでてくるんだよ」
「そっちって、じゃあ逆になに失礼なこと考えてたのよ」
「教えるかバーカ」
「ってか、『お前、そんな見栄張るほど胸ないだろ』って思ったでしょ?ほんと最悪」
なんなんだよこいつ、分かってるのか分かってないのかはっきりしないあたりがもどかしい。あと俺の声真似がすごい上手い。根暗な上に滑らかでない喋りを再現させるのが非常に腹立たしい。
「おっぱいは見てないって」
「じゃあどこ見てたのよ」
「どこも見てないから」
「どこも見れないっての?!」
「なんなんだよめんどくせぇなぁ・・・」
もうついていくのもやっとだった。さっきの傷心的だった時間を返せ。
「男の人ってすぐ胸見るわよね」
「・・・性なんじゃねぇの?」
「クラスの男子とか、ってか」
そう言って遥が少し小声になる。
「空見てたときも、ちょくちょく周りの男の人の目線気になるくらいには見られてたから」
「・・・自意識過剰なんじゃねぇの?」
っつかそれ空見てねぇじゃん。そう思ったのも束の間、やっぱりこの答えは彼女的には不正解だったらしく、横っ腹に彼女のパンチをお見舞いされる。怪我人とは思えないほどの鋭いやつを。
「準貴が空眺めてたからうちも同じことしよーって思ったら周りからジロジロ見られてそれどころじゃないんだもん。ホント困っちゃう」
「俺へのパンチに対するコメントはなしですか・・・」
「・・・あんたってほんと胸見ないわよね。ちょっと腹立つんですけど」
「見たら見たで怒るくせに何言ってんだお前」
こいつは時々何言ってるのか本当に分からないから恐ろしい。少し話は飛ぶが、ラノベとかで着替えの最中の女の子の部屋に間違って入ってしまった主人公などが、十中八九とるリアクションで全身をくまなく見つめてから扉を閉めるのはおかしいと俺は思う。とりあえず部屋に半裸の女の子がリアルでいたのであれば、まず第一声に「うわっ」って言って、その後素早く扉を閉めるのが普通だと俺は思う。ソースは俺の親父がカギをかけずにトイレに入っているのに気が付かず、扉を開けてしまった時の自分。・・・女子じゃねぇじゃんってか?男も女も反応は同じようなもんだろ。とりあえず女子の全裸をくまなく見ているようじゃおかしいって話だ。新○魔王のなんちゃらとか、落○騎士のなんちゃらもそうだ。それに甘城なんとかパークとかもそんな展開があるラノベの仲間たちだ。叫ぼうとする女の子の口を塞ぎに行く主人公とか正直信じられん。全くけしからん、もっとやれ。ってかリアルに妹がいたら、妹が入っている脱衣所を間違ってあける展開とかあるのかもな。今度友哉に聞いてみよ。ちょっとワクワクしてきた。
「なにぼけっとしてるのよ。・・・確かにニヤニヤとか鼻息荒くしながら胸見られるのは確かに嫌だけどさ。でも普通にチラチラ見られる程度なら、それは結局男が私の胸の価値を評価しているってことでしょ?それはもう紛れもないステータスじゃない」
「・・・なんか気持ち悪いな、お前」
「・・・待って。私もちょっと言い方が気持ち悪かったのは認めるわ。でもね、見られているうちが華だってのはあんたでも分かるでしょ?」
「まぁ、それはなんとなく」
「だからつまり、そういうことなのよ」
なんか幼馴染が急にビッチっぽいこと言いだしたんだけど大丈夫だろうか。俺は多分一生童貞だろうけど、彼女が早くもビッチ化してることには悲しみを隠せない部分がある。
「お前・・・、やっぱ頭も打っておかしくなったのか?病院行くか?」
「ここ病院よ。それに頭はCTスキャンしてもらって正常だって言われてるわよ」
それもそうか。ということは彼女はビッチと言うことになってしまう、これは紛れもない事実。
「なんで急にそんな話になったんだよ」
「いや、だから・・・。もういいわよ。なんかちょっと恥ずかしいからやめてもう」
お前から言い出したんだろ、とは思ったが結局パンチが飛んでくるのも怖かったし言うのはやめておいた。
「で、何考えてたのよ」
「・・・今後のことかな」
嘘は言っていない。今後のことについてじっくり考えていたところだ。
「お前は何考えてたの?おっぱいのことばっかり考えてたわけじゃないだろ?」
「私もだいたいあんたと同じことよ」
少しふざけてみたのだが、見事に無視され、彼女は比較的真面目そうな声でそう答えた。
「・・・お前、今後どーすんだよ。北高に戻ってくるのか?」
「どーしよ。どーすればいい準貴?」
「お前が決めろよ。大事なことだろ?」
そう俺が言ったものの、彼女は首を横に振った。
「違う。このままじゃ私とてもじゃないけど北高には戻れないわよ。・・・帰れるわけないじゃない」
「・・・そっか」
「でもさ、中卒で仕事なんてあるわけないし。私自身も高校は卒業したいんだけど・・・。どうすればいいかな?」
「なんも考える必要なんかないだろ。普通に北高戻ってくればいいじゃん」
俺ははっきりそう言ったのだが、彼女はしばらく沈黙していた。間違ったことを言ってしまっただろうか。
「・・・いいのかな?戻っても」
「親が働けっていうならそりゃあ無理だけどさ。お前は北高に戻ってくるべきだと俺は思うよ。先輩となにがあったかはよく分かんないけどさ。学校が嫌なら尚更戻ってくるべきだよ。先輩にお前の人生踏みにじられておいて黙ってるなんて、お前らしくないし、図々しく戻ってくるくらいじゃないと。一年遅れでもいいなら戻ってくればいいさ」
「・・・うん」
「どうせ一年遅れでクラスも違うんだ。担任だってきっと池田先生じゃないだろうし都合はいいだろ?」
「・・・準貴は、私に戻ってきてほしいって思う?」
「そりゃあ思うさ」
「なんで?」
「なんでって・・・」
そりゃあそれが遥のためだと思うからなんだけど。俺としてはどうなんだろう。彼女が戻ってきたところで俺はもう既に進級しているはずだ。クラスメイトではない。それに北高じゃなくたって別の高校を卒業したって高卒の資格は取れるはずだ。
「そりゃあお前、俺が寂しいからに決まってるだろ」
「はぁ?!」
遥はちょっとだけ頬を赤くしながら恥ずかしそうに視線を逸らした。
「な、な、なに言ってるよの。こんな真っ昼間から」
しかし、そんな遥の態度をよそに、俺は比較的真面目な態度で答える。
「俺はお前がいなけりゃ友達も作れないただのコミュ障ぼっちだ。それにこないだなんて俺一人で学校行って、乗るバス間違えたんだからな。しかも雨の日。もう散々だよ」
「だから私に北高戻ってこいと?」
「そゆこと」
「なによそれ・・・」
そう言って遥は先ほどの態度から一変、つまらなさそうに右足をぶらんぶらんさせていた。
「あんた、バスにも乗れないの?」
「お前が自殺した次の日か?五稜郭駅からバス乗ろうと思ったら全然違う方に向かっていくんだぜ。すぐ気が付いたから良かったけどよ。全身びっしょになって学校行ったんだぞ。どうしてくれる」
「それって私が悪いの?」
「お前が自殺してなけりゃこんなことにもならなかったんだからな」
「・・・なによそれ」
さっきと同じセリフを吐いた彼女が今度は目を細くしてこちらを見てくる。
「・・・だから戻ってこいよ。また一緒に学校行こうぜ」
「・・・全然ロマンチックじゃないんですけど」
そう言った彼女はもうとっくに呆れている様子だった。まぁ俺にカッコイイことなんて期待してないと思うけど。それに期待したところで無駄だっていうのも彼女自身がよく身に染みて分かっているはずだ。
「あんたの保護者として戻ってこいってことね」
「そーだよ。いつまで病院のベッドでくつろいでんだよ。早く戻って俺の世話しろよ」
「自分何様のつもり?」
そう言って彼女は軽く笑った。
「・・・ありがと。元気づけてくれてるのかどうか知らないけど、嬉しいわよ」
「ちげぇよ。普通に心から俺の介護役として戻ってきてほしいだけだ」
「だとしたらとんだクズね、あんた」
「そりゃあどうも」
そう言って俺は適当に返事を返したした。しかし、そのほかにも彼女には北高に戻ってくる、戻ってこなければいけない大きな原因が一つだけあった。
「・・・それにさ。お前、今回の件を事故だってことにするなら北高に戻ってこないと逆に不自然だろ。お前が北高に戻ることは、いじめによる自殺じゃないってことの間接的な証明にもなるんだ。俺のためにも、お前のためにもきっと北高に戻るってのは悪い選択肢じゃないと俺は思うぜ」
「なら最初からそう言いなさいよ・・・。変にびっくりしたじゃない」
そう、彼女は自分から進んで、嘘をついてまで茨いばらの道みちを選んだのだ。俺には到底理解できないことだが、彼女はこれを墓場まで持っていくというのだ。秘密はどうであれ、今の俺はその彼女を手助けしてやることがきっと最善だと思う。だから俺は決断しかねている彼女の背中を少しだけ押してやったに過ぎない。
「・・・あんた、私に協力してくれるの?」
「協力?」
「そう。今回の件はなにがあっても『事故』ってことにするってやつよ」
「俺にはそれが最善なのかがよく分からんが・・・。お前がそう言うなら、協力しないわけないだろ。それに、理由はどうであれ戻ってきてくれるなら俺としても嬉しいしな」
「ありがと。まぁあんたが言い出したことだし、当然っちゃ当然よね」
「やめろよ。まぁ言い出したのは俺だけどさ」
何故なのだろう。何故嘘を貫いてまで彼女は辛い道を選択するのか。だって、本当のこと、部活内でいじめがあって、そのせいで生きるのがつらかったということを周りに言えば、彼女は救われ、加害者(誰かははっきりしていないが)は罰せられる。それが今回の件の正しい対処の仕方なのではないだろうか。しかし現実は違った。被害者は目を覚ましてみればとにかく黙秘を貫き、挙句の果てには「誤って線路に落ちました」だ。先生や生徒たちがこの件をどう認識しているかはこの際はどうだっていい。問題は今、目の前で偽りが真実になろうとしているということ。そして俺はそれに加担しているということだ。
「・・・なぁ、本当に良かったのか?」
「なにがよ」
彼女は俺の今更のような質問にそう尋ね返した。
「いや、その。本当に事故ってことにして良かったのか?」
「いいのよ。これはあんたの提案とはいえ、私が決めたこと。後悔はしないわ」
「そうか。いや、お前がそう言うならいいんだ」
そう言って俺たちは再び空を見上げた。またこの大きな空がすべてを忘れさせ、なるようになるとしか教えてくれなかったことを改めて思い出す。遥が広大な空に向かってぽつりとつぶやく。
「これできっと、合ってるのよ」
「合ってるかどうかは試合が終わってからじゃなきゃ分かんねぇよ」
俺も遥を見習い、大空に向かってそれに応えた。
「ねぇ準貴。いつになったら試合、終わるの?」
「そうだなぁ・・・」
それはきっと、もっと先。
二人が幼馴染である限り、彼はマウンドに立ち続ける。




