第2節
~登場人物紹介~
道上 準貴:本作の主人公、高校一年生。イケメンだがオタク。
高橋 遥 :主人公の幼馴染。元野球部マネージャーで現在諸事情で入院中。
お昼の零時になる前。親父がもう仕事場に行くというので、俺はそのついでに病院へと送ってもらうことになった。さすがにこの荷物たちを持って病院に行くというのは少し大変だということで、せめて行きだけは親父の車に助けてもらうことにした。・・・そう言っても帰りは自力で持ち帰らないといけない事実は変わらないが。
「・・・なぁ、そのキャリーケースの中なに入ってんだよ」
運転席でハンドルを握っている親父が、眉間にシワを寄せながら後部座席にあるキャリーケースを指差す。
「まぁ・・・。遥へのプレゼントみたいなもんだよ」
そう俺は曖昧な返事をした。決して嘘はついていない。
「ふーん。そうか」
親父はまだなにか言いたそうだったが、俺がイヤホンをして音楽を聞いていたので、それ以上の質問はしてこなかった。遥へのプレゼントの割には、バッグの中からガシャンガシャンと、具体的には金属の鍋とかがぶつかる音がしていた気もするがきっと気のせいだと親父は思ってくれたのだろう。
家から三十分ほど車に揺られたところで目的地である函館病院へと到着した。病院の前で降り、親父に軽く礼を言った後、病院の出入口へと向かう。今日は日曜日ということもあり、昨日まで出入りのために使っていた回転扉は封鎖されていたため、別のところから入ることになった。
「暑いなぁ・・・」
少し汗ばむ陽気の中、俺は遥の反応を少し楽しみにしながら病院の中へと入っていった。
見慣れない入り口から病院内に入った後、入り組んだ廊下を抜け、いつものエレベーターに乗った。六階のボタンを押し、いつものふわっとした感覚に身体中悪寒が走る。何回乗ってもこのエレベーターの感覚だけは好きにはなれなかった。あと、一階ですれ違う人たちには俺とこのキャリーケースを交互に見つめ、「なんだこいつ」といった顔をしてくる人が大勢いたがあまり気にしないことにした。
俺が病室の前について、ドアをノックすると中からなにも返事がなかった。いないのかな、と思いながらもう一度ノック、返事はない。恐る恐るトビラを開くと、目の前には遥のお母さんが立っていた。ちょうど向こう側からも開けようとしていたところなのだろう。
「あら・・・、準貴くん」
「・・・準貴か。久しぶりだな」
「・・・お久しぶりです」
少し開いた扉の向こうのには見慣れた男性が椅子に座っていた。その男性は遥の父親でありながら、俺が野球をやっていたときのコーチ兼監督でもある人。俺がドアの隙間から彼に向かって恐る恐るお辞儀をする。野球を辞めてしまってからはあまり接点がなかったのだが、こうしてみると当時とあまり姿は変わっていないようで少し安心する。遥には兄がいて、兄もまた優秀な投手だった。そしてその投手の父であり、教育者でもあるのが遥のお父さんであり、俺の野球をやっていた頃の監督でもあった。しかし、久しぶりの再会にのほほんとしているのは俺だけのようで、遥のお父さんも険しい顔をしており、また遥のお母さんも、少しだけ開かれたそのドアをそれ以上開けようとはしなかった。
「・・・申し訳ないが取り込み中だ。準貴、今日はすまないが・・・」
部屋の奥にいる遥のお父さんがゆっくりと落ち着いた声でそう言った。
「あっ、すいませんでした」
そう言われ、怪訝な雰囲気を感じ取った俺は遥の母さんの顔色を見つつ、下がろうとする。お母さんはごめんね、と言った雰囲気の顏はしてるものの、今回ばかりはあまり俺をかばってくれるゆとりも無さそうに見えた。
「ちょっと待って。せっかく来てくれたのに帰さなくてもいいでしょ?」
そして聞こえてきたのは部屋の影に隠れているであろう遥の声だった。
「日曜日に話をすると予め言っていただろう。それに、休日の今日に来る方にも多少なりとも問題がある。準貴に悪気がないのは十分分かっているつもりだ。・・・すまんな準貴、ちょっと今日は遠慮してくれんか」
「はい、俺は全然大丈夫ですけど」
「・・・ちょっと待ってよ」
まぁ仕方がないか、と思いつつ少し残念な思いで俺はその場を後にしようとしたところ、再び遥の声が聞こえてきて、その声音には少しだけ怒りが籠っていた。彼女はその俺に対する父親の言葉遣いが気に喰わなかったのか、扉越しにではあるが、彼女が怒っているのは声を聞いた瞬間すぐに分かった。
「日曜日にお見舞いに来るところのどこが問題なのよ。それはあんたたち大人の勝手な都合でしょ?それに準貴に来てって私が頼んだの。休日に来る方が悪いってのはさすがに失礼よ。準貴に謝って」
そう遥が言ったものの、お母さんも、お父さんも無言を貫いていた。
「・・・なんか言ったらどうなの?ねぇ」
「・・・」
それでも遥の両親は無言だった。少しだけ開いている扉から遥のお父さんも、お母さんも、遥の顔を見ようとはせず、俯いているのが分かった。
「・・・ねぇ、謝れって言ってるでしょ」
その二人の無言を遥は否定と捉えたのか、少し間があった後、彼女のまるでガラス片のように尖った声が室内に響き渡った。
「なんだその口の利き方は」
「・・・謝れっつってんだよ!」
そう言って次に俺の視聴覚に入り込んできたのは鋭さを増した彼女の癇癪声かんしゃくごえと、父親目がけて投げつけられたマジックハンドだった。それは結果として彼女のお父さんには当たらなかったものの、後ろにある机に激突し、虚しく床に落ちていった。
「おい遥・・・!」
「なんで謝らないのよ。今回の話に準貴は関係ないじゃない。準貴に謝って。謝る気がないならここから出ていって。そしてもう一生ここに来ないで」
一瞬の出来事に、驚きを隠せない様子でいる彼女の両親に追い打ちをかけるよう、遥が遠慮なく言い放った言葉。
「・・・早く消えて」
「・・・・・・」
そう言われた遥のお父さんは、ゆっくりと椅子から腰を上げてこちらに向かってきたと思えば、俺には目を合わせようとせず横を通り、エレベーターの方へと向かっていった。お母さんはというと、俺の方に軽く一礼した後、急いでお父さんを追いかけていった。取り残された俺はとりあえずもう一度扉をノックする。返事はないので、ゆっくりと扉を開け、キャリーケースと一緒に病室内へと入る。
「・・・お父さんに向かってさすがに言いすぎじゃないのか?」
「・・・ごめんなさい。イラっとしちゃって」
俺は壊れてしまったマジックハンドを拾い、先ほどまで遥のお父さんが座っていた生暖かい椅子に腰を掛ける。
「・・・ごめんなさい。ごめんなさい」
俺が座ったのも束の間だった。
「うっ、ううっ、うぅぅぅううぅ」
「・・・」
もう、なにもかもが手遅れな気がした。謝ったって謝るべき相手はそこにはいない。残っているのは後悔と虚しさだけ。
「ごめんね、準貴。ごめんなさい・・・。」
俺は隣で泣いている彼女をただただ見守ることしかできなかった。




