第3節
~登場人物紹介~
道上 準貴:本作の主人公、高校一年生。オタクで小柄。料理上手。
高橋 遥 :主人公の幼馴染。元野球部マネージャーで現在諸事情で入院中。
石川 彩音:同じ高校の一つ上の先輩。近所のスーパーでバイトをしている。
道上 将貴:主人公の父親。料理は下手だが仕事ではそこそこ偉い人。
道上 智子:主人公の母親。主人公が中学二年のときに交通事故で他界している。
※この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。※
病室へと出てエレベーターとは逆の廊下を歩いていくと、見渡しのいい、広々としたラウンジに出る。空調が完備され、自動販売機や椅子などが複数置かれ、小さな子供たちが遊べるキッズスペースのようなものもあった。その中一際目立っていたのが色鮮やかな短冊たちが飾られている笹。
「あったー。すごいわね」
「ここの階の人たちの分全員が飾ってるのかな」
となると、昨日のうちに短冊が配られてたのか。なんで俺らだけ当日なんだ?とも思ったが特に考える意味もなさそうなので、そのままスルーした。
「ここにあるヒモに通して飾るのかな?とりあえずお前のも飾ってやるよ」
そう言って遥から短冊を貰った俺は、とりあえず一番目につきやすい、高いところにその短冊を縛りつける。
「ちょっと、なんか私のだけ目立ってない?」
「気のせいだよ。じゃあ俺のは茂みの中に忍ばせておくか・・・」
そして、緑色の短冊は目につかなそうな低い位置の、他の人の短冊がごちゃごちゃしているところに縛り付ける。
「・・・まぁいいわ。どうせ誰も見ないわよこんなの」
「どうだか。意外とお前の両親とかチェックするかもしんねぇぞ」
「うちのお母さん、娘が『貧乳になりたい』って書いてるの見たらどんな気持ちになるのかしら」
「・・・それはちょっと分からんな」
俺ですら訳がわかんないのだから、彼女の両親も多分「???」となるに掛けてもいい。一万グァラニくらい。そんなことよりこの『貧乳になりたい』を彼女の両親が深刻な事態に受け止めてしまうという懸念の方を心配した方がいいかもしれない。
「ってか、お前そんな巨乳じゃないだろ」
「・・・死ね」
なんなんだよ。俺が悪いの?巨乳ってのはあのケバい先輩みたいなのを言うんじゃねぇのかよ。遥のはまぁ、あの二人に比べればちゃんと自己主張はしているものの、そんな困るってほどには見えないんだけどな。パジャマの上から彼女のそれを確認し、そこはかとなく感想を持つ。
「なんか、そう言われると腹立つわね」
「はぁ・・・」
願い事と言ってることが一致してないぞこいつ。せめて言ってることとやってることは以下略。
「・・・星、見えるわね」
ラウンジは大きなガラス張りになっており、ここから函館の夜の街並みを一望できる。と言っても六階なので大した風景ではないのだが。
「・・・天の川はさすがに無理か」
「そりゃあな。ここじゃ明るすぎるだろ」
さすが大都市函館。きっと俺たちの住むところで少し山間に入ったりすればもしかしたら見えるのかもしれないが、ここらへんだと街灯やら、家の明かりやらで到底見えそうな暗さではない。俺は遥の乗っている車いすを窓ガラスギリギリにまで寄せ、空を眺める。
「へぇ・・・。こんななってるのね。素敵」
「お前、ここ来たことないのか?」
「えぇ。何気検査以外で車いす乗るのも初めてかもしれないわ」
「引きこもりかな。もっと外出ろよ、売店とかもあるんだから」
「そうね。自分で行くのは面倒だから、あんたが押してくれるなら行ってもいいわよ」
「・・・まぁ確かに片手だけじゃ無理だけどさ」
なんか言い回しが妙だが、確かに一人での移動は大変そうだ。乗るのにも一苦労だったし、先ほどは無理矢理乗せた、とはいうものさすがに俺一人でどうにかなったわけではない。彼女の意思がなければ素人の俺では到底乗せることは不可能だった。
その後、ボーっと窓の風景を眺めながら、特に話すこともないので俺はとりあえず遥の後ろに突っ立っていた。
「・・・暇ね」
「お前、いっつも暇なときってなにしてるんだ?」
「暇なときはそうね・・・。考えたくないことを考えてるかしら」
「もーちょっと明るく生きようぜ」
なんなんだろう、こいつは。昔はもっと明るいやつだったんだけどな。なにが彼女を変えてしまったのだろう。いや、それは分かってるんだけど。その本当の原因、見えないものが見えない、とでも言えばいいのだろうか。
「なんか暇つぶしできるものない?暇だとどーしても暗いことばっかり考えちゃうのよね」
「・・・そうだなぁ。なんか本とか?」
「まぁそれも悪くないわね」
「俺さ、お見舞いに本かなんか買ってやろうかと思ってたんだけど、そのお金、昨日のパイナップルと七夕のお菓子代で消えちまった」
「・・・バカなの?衝動買いも大概にしなさいよ」
ぐぅの音も出ず。昨日も出なかったし今日も同じく出なかった。なんで俺、パイナップルなんて買っちゃったんだろう。
「ってか、別にそんな気遣わなくていいからね。バカなの?とか私言っちゃってるけどそんな私のためにお金使わなくたっていいんだからね」
「いや、別にそこはいいんだよ。俺さ、結局お前のお見舞いになに買ってやればいいのか分かんなくて。本って言っても結局なに買うかまでは決めてなかったし。読書ならそれなりに時間は潰れるし良いかなって思ったんだけど」
「うーん。私も本読まないからなぁ。マンガなら『君に届け』とか、『花より男子』は読んだんだけど。マンガなら一冊五分で読んじゃうからあんまり時間つぶしにはならないかも」
マンガ読むの早すぎない?それってちゃんと文字読んでる?とも思ったのだが一冊読むのに一時間ほどかけてる自分も少しおかしな自覚はあったので追及はしなかった。
「あんたの読んでるあのオタクっぽい小説みたいなのは?暇だし面白いのあるなら読んでみたいんだけど」
「・・・あれって基本男子向けだからな。まぁテキトーにいいのがあったら持ってくるよ」
オタクっぽいって、まぁ間違ってはいないが。一般大衆からすればあの「挿し絵」が描いているものは大概オタクっぽいものだろう。最近は世の中に浸透してきている傾向もなくはないが、まだまだ知名度は低いのかもしれない。
「えみりんがなんか面白いのあるって言ってたわね、なんだっけ。短いやつなんだけど。トラ?なんとかっていうやつ」
「あぁ、わかったわかった。じゃあそれ持ってくればいいのな。でもお前が面白いって思うとは限らないから。俺的には超オススメだけど」
「そんなの分かってるわよ、ってかあんたも持ってるのね。じゃあそれ、待ってるから。貸すだけなら別にお金もかからないしいいでしょ?」
「そうだな。俺としても助かるから全然いいんだけど」
お見舞いの品がこんなのでいいのかと少し拍子抜けな部分もあるが、まぁこれはこれで本人が望んでいるんだからアリだろう。とりあえず明日トラなんとかってやつの一巻だけでも持ってくるとするか。
「・・・って、明日?」
「別に明日じゃなくてもいいわよ。あんまり来過ぎると看護師さんに彼氏とかと間違われそうだからほどほどにしておきなさいよ」
それはもう手遅れなんだけどな。まぁ知らない方がいいことってのも世の中にはある。だから遥にはそれは言わないでおこう。その後十分ほど病院からの夜景を眺めていた二人だったが、特になにもすることもないので病室に戻った。帰る際にロビーに飾ってある笹と短冊を再び眺め、「飾っているお願いごとがなんか病院っぽいな」と遥に言ったら、「ここ病院だから」と突っ込まれたくらいだろう。早く退院できますように、とか誰々の病気が治りますようになど。色々なお願いがあった。字もまた個性的で、おじいちゃんやおばあちゃんが書いたような達筆のものや、小学生の頃の俺が書いたような鏡文字になったお願いの短冊などもたくさんあった。この字だと多分、織姫も彦星も読めないだろうな、と少し前の自分の面影を重ねて苦笑いをした。
そして時間も時間なので、今日のところは帰宅することにした俺は大したない荷物をせっせと遥の横でまとめていた。隣にいる遥はどこかぼけーっとしながら窓の外を眺めている。
「おい」
「・・・」
「遥?」
「・・・あぁ、ごめん。なに?」
そう俺が話しかけるが、彼女の返事はだいぶ遅かった。なにか考え事でもしていたのだろうか。ちなみにもう既に車いすからは降り、ベッドに横になっている。
「明日もなんか食べたいものとかないか?」
「・・・さすがにそんな毎日毎日来てもらっちゃ悪いわよ」
「いいんだよ。俺が勝手にやってるだけだから遠慮することないって。で、なんかリクエストないのか?」
「・・・あんた、優しすぎてちょっと気持ち悪いわね。あと私に聞くことといえば食べ物ばっか。なんかもうちょっと違うお見舞いはできないの?」
酷い言われようだった。確かに今まで三回来てりんごと、パイナップルと、お弁当だもんな。俺的には色々考えているつもりなんだけど何故か最終的に食べ物に落ち着いてしまう。
「人間、エネルギーの源は『食』にあるんだよ。欲求階層の一番最初にくるものは『衣食住』の三つだ。それを満足に満たせてないと人間としてどーしよもないんだよ。マズローさんがそう言ってるんだから」
「変な理屈捏ねはじめて、そもそもマズローって誰よ。・・・でもそうね、食べ物ならあったかいお弁当が食べたいかしら」
その温かいのってのがすごい難しいんだよなぁ・・・。基本、お弁当ってのは冷めてるもんだし、俺の家と病院の距離的にもあの炊きたてのお米のような温度を保持し続けるのは難しい。しかし、病院食がいくら進化しているといえど、彼女がその温かいご飯にこだわる理由は昨日、なんとなく分かった気がする。彼女の場合、生きるということのモチベーションが絶賛だだ下がり中なので、とりあえずそれの底上げをしなければならない。だからまず食だ。生理的欲求を満たさなければ話にならない、と自分の中では推理していた。俺が料理しか能がないとか、別にそういうわけではない、決して。
「・・・電子レンジってあったっけ?」
「いきなり発想が手抜きなんですけど、・・・って言ってもしょうがないか。なんでもいいわよ。あんたが作ってくれるのだいたい美味しいし。ってかあんた、私を元気づける手段は食べ物しかないわけ?ほんとどーしよもないわね。女子力は高いけど、同じことしかできないのはどうなのよ」
「・・・能無しだから許してくれよ」
「冗談だって、本気で落ち込まないでよね。・・・ありがと。じゃあ明日も待ってるわね。私も一人で病院にいると暇でやることないし、嫌なことばっかり考えちゃうから来てくれた方がありがたいからさ」
せっかくの日曜日に来られると、遥としても迷惑じゃないかとも思ったのだが、彼女がこういうのだから遠慮しなくても多分大丈夫だ。やっぱり今の遥は傍から見て少し心配だった。元気な頃の彼女と比べれば尚のこと。
「・・・お前、本当大丈夫か?」
「ごめん・・・。こんな自分だと迷惑かな?」
「謝り過ぎだって。なんかこっちこそすまんな。お前だってほんとは俺じゃない方がいいだろうに。同性の方が話しやすいことだってあるだろうしさ」
「まぁそう思ったこともあるけど。でもなんかさ、入学当初から色々話してたクラスの人とかとも全然連絡取ってないし。結局、私が北高に戻るかどうかも分からないからなのかな」
まぁあっちも意図して連絡をしていないわけではないだろう。話しづらいというかなにを皮切りに連絡をすればいいのか困っているのかもしれない。別に彼女が悪いのでもなく、クラスの女の子が悪いわけでもないと俺は思う。強いて言うのであればこのメッセージという連絡ツールが悪いのだ。人と手軽に連絡がとれる便利なものは、結局のところ人と人とのつながりを希薄に、犠牲にして、手軽さを優先した道具に過ぎない。それに、まだ出会って数か月しか経ってないというのも大いに関係しているのだろう。人間関係というのは、構築するのは難しくても、崩れるのは一瞬なのだ。
「・・・ごめんね。迷惑じゃない?私なんかに休日の時間割くなんて」
「だから何回も謝るなって。どうせ休日は俺も暇してるしちょうどいいって。特に用もないしさ」
今日も結局どうにかしてやりたいけど、どうにもしてやれなかった。だから明日また来る予定を立てているのかもしれない。そうも考えられたがいまの俺にしてやれることはこれが精一杯だった。
「じゃ、今日はもうだいぶ遅いし帰るよ。じゃ、また明日」
「えぇ」
彼女のお見送りを背に、俺は病室を後にした。




