第2節
道上 準貴:本作の主人公、高校一年生。オタクで小柄。料理上手。
高橋 遥 :主人公の幼馴染。元野球部マネージャーで現在諸事情で入院中。
石川 彩音:同じ高校の一つ上の先輩。近所のスーパーでバイトをしている。
道上 将貴:主人公の父親。料理は下手だが仕事ではそこそこ偉い人。
道上 智子:主人公の母親。主人公が中学二年のときに交通事故で他界している。
「すいません、道上です」
「遅いわよ、どうぞ」
あの後結局、急ピッチでお弁当を作り、夕方に電車に乗り込んだのが、病院に着いたのは夕方の五時を軽く過ぎたくらいだった。病室に来るまでのあいだ、夕食の運搬ワゴンとすれ違っており、もしかしたら夕食の時間にすら間に合わなのかも、と懸念を抱きながらドアのノックし、彼女の病室に入る。
「あんた、なにやってたのよ。お弁当っていうもんだからてっきり昼だと思ってたじゃない」
「だからごめんって。昼には間に合わなかったから夜ご飯にしたんだよ」
まぁ開口一番これである。彼女の様子からして、ご立腹なのは言うまでもないだろう。
「私、昼からなんも食べてないんだからね。どうするのよ餓死したら」
「そんな簡単に死んでたまるかよ・・・」
「そ・れ・に。なんで連絡無視するのよ、電話三回もかけたじゃない」
「サイレントマナーになってたから気が付かなかったんだよ。何回も謝ってるだろ」
遥様はそれはもうお怒りでした。まぁ、遅れるのに連絡も入れなかった自分が一番悪いんだけどさ。とりあえず彼女の怒りをこれ以上爆発させないように、俺がカバンから作ってきたお弁当を取り出す。
「はいどうぞ」
「さっさと渡しなさいよね、もう」
俺から手渡されたお弁当をグイッっと受け取った彼女は、そそっかしそうにしながら片手で器用に蓋をあける。
「まぁ・・・、美味しそうじゃない」
いつもの俺の昼飯を入れてる弁当箱で作ってきたのだが大丈夫だろうか。中身はざっと彼女のリクエストには応えているつもりだ。唐揚げに甘い卵焼き、あとは切り干し大根にミートソースパスタ。パスタはお弁当でも食べやすいように茹でる前に乾麺を半分に折ったやつを入れている。そしてご飯には乾いたパイナップルをミキサーで粉々にした、というのは冗談で、ちゃんとのり○まをかけておいた。
「んーおいし。ま、お昼ご飯抜いたから当然っちゃ当然よね」
先ほどの怒りの表情はどこえやら。ごはんにつられてすっかり機嫌が戻ってくれた彼女の様子を見て、ひとまず安心だ。
「お口に合ったようで良かったですよ」
「まぁ文句を言うとすれば冷めてるわね。お弁当」
「そりゃ弁当なんだから許してくれよ・・・」
前に見た駅弁雑誌に「加熱機能付き容器」なんてのもあったな、と思い出すがそれはさすがに無理な話だ。弁当についているヒモを引っ張ることで化学反応を起こし、熱エネルギーが発生して具材が加熱されるのが売りの駅弁というものが世の中には存在する。しかしそれは総じて割高なうえに、生石炭と水を反応させるとかとかよく分からない構造をしているので一般人が作るのは到底不可能だ。ガスコンロでも持ってきてその場で作るのなら話は別だけど。
「運ばれてくる病院の食事もそうだけど、生ぬるいだけで全然温かくないのよね」
「そう思うなら早く退院して家で食うしかないだろ」
そう俺は言ったのだが、遥には無視されてしまった。その後も黙々とお弁当を食べていた彼女だったが、中身の三分の二ほど食べたところで箸が止まった。
「・・・ごめんなさい。ちょっとお腹いっぱいかも」
「・・・」
あれだけ文句言っておいて、結局全部食べないのかよ、と突っ込みたくはなったが、彼女の体調を考えるとそうとも言えなかった。無理に食べて具合が悪くなるよりは正直に残してもらった方が助かるのは確かだ。
「いいよ別に。もういいか?」
「・・・うん、ごめん。うちも全部食べられると思ってたんだけど、思ったより体が言うこと聞かなくて」
「なんも気にすんな。あとは俺が食べるから」
そう言ってさすがに同じ箸では、と思いバッグから新しい割り箸を取り出して、俺が彼女の残した弁当を食べ始める。
「・・・なんかほんとごめん。自分でもショック」
「なんも気にしてないから。・・・そう言ってるけど唐揚げは全部食ったんだなお前」
「うん、美味しかったわ。ありがと、作ってきてくれて」
そう言って微笑んだ彼女の笑顔はどこか寂しい気がした。
そして俺が残りの弁当を食い終わる頃、病室のドアがノックされ、昨日と同じ看護婦さんがドアから顔を覗かせた。
「こんばんはー。遅くなりました、夕食の時間でーす。・・・って、もしかして要らない感じですか?」
「どうする、遥」
「えっ、うん。私はもういいわ」
「そっか。すいません、今日は・・・」
と言って俺が席を立ち、看護婦さんの方に寄っていく。
「・・・この七夕ゼリーだけってもらえます?」
「別にいいですよ。あとそうだ。これ」
看護婦さんが笑いながら手渡してきたのは、上に小さな穴が開いた、縦長の色紙いろがみだった。
「・・・短冊?」
「はい、六回ロビーに笹がありますんで、よければ書いて飾ってください」
「それはどうも」
「・・・ところで」
そう言って昨日の看護師さんは少し小さな声で遥かに聞こえないように俺に耳打ちする。
「失礼ですが、高橋さんの彼氏さんですか?」
「・・・違いますって」
「そうなんですか?確か昨日もいらっしゃってましたよね? まぁ、それでは彼氏さんもよければ書いて下さい。それではごゆっくり」
と言って七夕ゼリーと短冊を二枚渡された後、看護師さんは部屋のドアを閉め、そそくさと次の部屋へと向かっていった。なんだあのお茶目な看護師さん、見た感じ結構若そうな人だったけど。看護師ってのはこんな色々とグイグイくるもんなのか。ちなみに高橋というのは遥の苗字だ。いつも名前で呼んでると一瞬誰?となるのはいつものことだった。
「・・・何話してたのよ」
「別になんでもねぇよ。それよりこれよかったら書けだとさ」
そう言って彼女に二枚のうちの一つを手渡す。
「なにこれ、短冊?」
「そうらしいな。短冊って普通七夕の日の前に書くもんじゃねぇのか」
「まぁいいじゃない。せっかくだしなにか書こうかしら」
そう言って彼女が同じく看護婦さんから貰った油性ペンでなにかを書こうとする。
「・・・願い事を書くのよね?」
「まぁ一般的にはそうだけど。おい、書くならなんか下に新聞か敷けよ。写るから」
こんなの一年に一回しか会えない織姫と彦星が見るわけねぇだろ、短冊を見ながらそう苦笑いをする。二人だって一年に一回の出会いなんだからきっと会っていちゃいちゃしてるに決まってる。地上の人たちの願いなんか聞いているわけがない。あと、定番ネタといえば書くことない奴とか、自分のお願いを見られるのが何故だか恥ずかしがる奴とかは「世界平和」とか思ってもないこと書くんだよな。
「・・・世界平和 っと」
「いたよ、ここに」
隣にその恥ずかしがっているのか、書くことないのかよく分かんない奴がいました。短冊の表には漢字四つがデカデカと書かれていた。
「なんだよ世界平和って。お前、近所のガキでも最近はそんなこと書かないぞ」
「いいじゃない。世界が平和でありますようにってお願いすることのどこが悪いの?」
「じゃあお前、今の日本の大統領言ってみろよ」
「バカにしてるの、小泉さんがいなくなって、安部さんがやってるのくらい知ってるわよ」
「まぁ、間違ってはないけどさ・・・」
大いに間違ってるんだけどね。大統領??っていう突っ込みが来ないあたり、こいつの政治への関心はその程度だってのが分かる。まぁ多分、この質問にツッコミが来る女子高生なんて美月とかあとその他少数くらいだろ。多分江美とかは「なにそれ?」とか言い出しそうだ。まぁそんなこといまは比較的どうでもいいか。
「そんなこと書かないで、なんか違うこと書けよ。つまんないやつだな」
「・・・じゃああんたは何書くのよ」
「・・・それはお前の見てから決めるよ」
「ずるいじゃないそれ」
そう言って遥はペンのキャップを閉める。
「じゃあ私もあんたが書いたの見て書くわ」
「前に進まない!」
そう言って結局二人でグダグダし、俺は先ほど看護師さんから貰った病院の七夕ゼリーを食べながらそれぞれの短冊とにらめっこをする。
「・・・お前の場合、早く退院したいとかでいいだろ。違うのか?」
「そんなこと言ったってね・・・。私だって普通に骨がくっついたら言われなくても退院して生活するわよ」
「じゃあ早く骨がくっつきますようにとか?」
「それは私次第じゃない」
「・・・じゃあ早くお母さんと早く仲直りできますように、とか」
そう俺が意地悪を言うと、遥は布団のなかをガサゴソしだした後、例のマジックハンドを取り出して、それで俺を殴ってきた。
「・・・痛いから。それ人を殴るための道具じゃないから」
「うるさい」
「じゃあなんだよ。なんかお願いとか無いの?」
「・・・そうね。こう改めて考えると全然思いつかないわね」
「彼氏が欲しいとか」
「いらないわよ」
そう、ばっさり切り捨てた後、結局なにも思いつかなかったのか、ペンを机の上に置く。
「私ばっかりずるいわよ。あんたが先に書きなさい」
「なんだよそれ」
「なんかないの?」
「うーん、お前が早く退院しますように、って書こうと思ったけど、それは結局お前次第だって自分で言うから、書くことなくなっちまった」
「なんでもいいのよ、どうせ叶いっこないんだから」
「お前がそれ言う?じゃあなんだろ。妹が欲しいとか」
「・・・そういう微妙に突っ込みづらいのはやめて頂戴」
そう言って彼女が複雑そうな表情をする。いや、俺的には変態かよ、とか言われた方がまだマシだったんだけどな。ラノベとかマンガとかそういったものに疎い彼女的には逆に気を遣わせてしまったようでこっちとしてもちょっと複雑だ。
「うーん・・・。なんだろ、世界平和かなぁ」
「結局?」
そう言われ、世界平和って言葉がいかに便利な言葉かを実感する。いや、願いたいことなんて山ほどあるのは確かなんだけどな。彼女が欲しいとか、金が欲しいとか、あとは背が高くなりたいとか。要するに俺らは双方の出方を伺っているだけなのだ。たかが短冊、されど短冊。
「背が高くなりたいでいいか」
「・・・気にしてたのね。確かに卒業までに百七十くらいになっていれば合格かも」
「なにが合格なんだよ・・・」
よく分からないが、とりあえず願い事が決まったので、油性ペンを取り出し、下に新聞を敷いた短冊に願い事を書いていく。
『背が伸びますように 道上準貴』
「小学生みたい」
「・・・うるせぇ」
「あと、綺麗に名前書くあたり、必死よね」
「お前、さすがの俺も傷つくぞ?」
そう俺が怖い顔で言ったのだが、彼女はケラケラと笑っていた。
「ごめんごめん」
「さぁ、じゃあお前の番だぞ」
俺を散々笑いものにしたのだ、彼女にだってなにか書いてもらわないと割に合わないだろう。
「・・・うちはいいわ」
「ずるい!ずるいから」
「なによ、うるさいわね」
「なんでもいいんだって。お前こそ、背高くなりたいとかでもいいんだぞ」
「私、身長は別に今のままでいいから」
「うーん、そっか。まぁ女子は大して背の高さとか関係ないもんな」
「強いて言うなら・・・、ひ、貧乳になりたい、かな」
「・・・は?」
彼女の意外なお願いに俺は素っ頓狂な声をあげる。
「うっさい。死ね」
そしてその俺の反応がウザかったのか、マジックハンドでガシャン、と頭を殴られました、ガードをする暇さえないスピードで。なんなんだよ、理不尽すぎる。
「痛いから。なんでよ、普通逆だろ」
「いいのよ。決定」
結局、冗談だと思っていたのだが、彼女自身は比較的本気らしく、片手で油性ペンのキャップを外し、短冊に文字を書き始める。
『貧乳になりたい。あと温かいご飯が食べたい』 高橋遥
・・・突っ込みづれぇ、なんだよこのお願い。しかもちゃっかり二つ書いてるし。温かいご飯が食べたいというのはともかくとして、貧乳になりたいってなんだよ。隣に男子がいるときにこんなこと書くのか普通。ってかこれ、江美と美月が見たらなんて思うか。それを考えるだけならこの字面は少し面白い。
「・・・はい、次。アンタの番よ」
「俺はもうさっき書いただろ」
「ウラがあるじゃない」
そう言って俺の緑の短冊(ちなみに彼女のはピンク)を裏返し、何も書かれていないところを右手で指差す。
「ウラにも書くのかよ」
「普通よ。頼めるならできるだけ頼んでおいた方が得じゃない」
さっきどうせ叶わないとか言ってたのはどこの誰なんでしょうね。せめて過去の自分と言ってることとやってることは一致させてほしいものだが。
「お前、裏は?」
「私は世界平和に二重線引いたやつがあるから」
と言ってピンクの短冊の裏を見ると、デカい文字で「世界平和」と書いたものに、二重線が引かれているのが分かる。でもこれじゃあ世界平和願ってない人みたいだけどいいのか? まぁどうせそう聞いても「どうせ誰も見てないわよ」と返されるのが想像できたので聞かなかった。
「はい、準貴の二つ目」
「なんで二個お願いしなきゃいけないんだよ・・・」
「なんでもいいわよ」
「・・・じゃあ普通に病院らしく、お前のことについて願っておくよ」
そう言ってペンをとった。
『遥さんが早く退院して、学校に戻ってきてくれますよに』
「・・・なによ、そんなに早く戻ってきてほしいの?」
「これは多分俺だけじゃなくて。クラスのやつらみんなが思ってることだから。そんな深い意味はないよ」
「ふーん。そういうことにしておいてあげる」
素直じゃないんだから、と言いながら彼女は少し満足そうだ。さて、そうしたらあとはこれを笹につけるだけだ。確か同じ階のロビーに笹があるとかさっきの看護師さんは言ってたっけ。
「よし、じゃあつけに行くか」
「えっ、何それ聞いてないわよ。そもそも笹なんてどこにもないじゃない」
「六回の共同ロビーに笹があるんだとさ。ほら、行くぞ」
「待ってよ、じゃあ私もっとまじめなの考えるから」
「お前はもうどっちの面にもびっしり書いただろ。ほら、車いす乗れ。短冊は飾らないと意味がないだろ」
「えー。やーだー。飾るとか聞いてないし。貧乳になりたいとか誰かに見られたらどーするのよ」
そう言って彼女は駄々をこねだが、俺が無理矢理彼女を車いすにのせ、二人は同じ階のロビーに向かうのであった。




