↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1484 青春白書  作者: 吉倉 光希
 第4章 「子の心、親知らず」
PR
49/67

第4節

~登場人物紹介~


道上 準貴:本作の主人公、北高商業科一年生。りんごの皮むきが得意。

高橋 遥 :主人公の幼馴染。元野球部マネージャーで現在諸事情で入院中。

石川 彩音:普通科二年生の先輩。スタイル・性格が良い故、彼氏もいる。


※この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。

 両手に大きなお菓子を抱えながら、俺は函館病院のエレベーターに乗っているところだった。


 「・・・買っちまったよ」


あのあと少し冷静になり、この金って、遥のお見舞いと七夕のお菓子代であって、私利私欲のパイナップル代じゃないんだよなぁ、と一人で反省し、後悔していた。確かにこのパイナップル、遥のお見舞い代といえばそうなのだが、俺としてはなにかマンガ本か、小説かを買って渡そうと思っていたのだが、予想外の方向へと向かっていってしまったのは確かだ。そしてこれを遥のために買ったからには、持って帰るのもおかしいと思い、アポ無しではあるが、今日、函館病院六階の彼女の病室へと向かうことにしたのだ。ピンポン、と音が鳴ったと同時にエレベーターの扉が開く。そこには二名の看護師が立っており、このエレベーターを使って下へと向かうところだったらしい。


 「あの、お見舞いでしょうか?」


 「えぇ、お見舞いですけど?」


とある一人の看護婦さんが俺に向かって話しかけてくる。函館病院は四階より上が全て入院患者の病室となっているので、六階まで上がってくる一般人といえば、入院している人か、そのご家族か、またはお見舞いに来た人に限られてくるだろう。その学生服姿の俺に向かって「お見舞いでしょうか?」と尋ねてくる心理がこのときはよく分からなかった。


 「・・・その、お荷物お持ちいたしましょうか?」


 「すごいですね、でもあんまり多いとドクターに注意されますから」


と言われ、ようやく彼女たちがなにを言いたいのかが分かった。俺はそのことを慌てて否定する。


 「いやいや、すみません。これお見舞いの品じゃないんです。ごめんなさい紛らわしくて」


そう言って身振り手振りを含めながら必死に否定すると、看護師さんたちは少し笑いながら「そうでしたか、これは失礼しました」と言ってエレベーターに乗って下へ下がっていった。そうか、確かにこんなところに両手いっぱいお菓子の袋を抱えた高校生が来たらお菓子は入院している人へのお見舞いと勘違いするよな、と一人で恥ずかしさのあまり顔を熱くしながら遥の病室へと向かった。

 その後、昨日と同じように「高橋遥」と書かれたネームプレートがある病室の扉の前まで来たので、扉をノックするため、荷物を片手に持ち替え手の平を裏返したところ、中から少し怒った様子の大きな声が聞こえてくる。


 『あんた、周りの人ばっかり困らせて、なにがしたいの。お母さんだってあんたにつきっきりでいてあげられるわけじゃないんだから。あんまり困らせないで』


 『別にお母さんには関係ないでしょ。嫌ならさっさと帰ればいいじゃない。どうせ私の心配なんか全然してないくせに』


 『私はあんたのことが心配で言ってるのよ。あんたこそずっとだんまりして、どうしたのよ。悩んでることがあるなら話してくれなきゃわからないじゃない』


おっと、これはちょっとタイミングが悪かったみたいだ。やっぱり事前にアポを入れておけばよかった、と今更ながら後悔する。その後暫く、これはどうしたものかと少し冷や汗をかきながら扉の前で棒立ちしていると、ガラッと中の方から扉が開けられ、目の前に遥のお母さんが現れた。


 「あら、準貴くん。お久しぶりね」


 「どうも、ご無沙汰してます」


遥のお母さんは今までの話などなかったかのような笑顔で俺を出迎えてくれた。


 「わざわざお見舞い?ありがとね」


 「いえ、近くまでちょっと用があって来たものですから。すみません連絡もなく来てしまって」


 「いいのよなんも。遥―、準貴くん来てくれたわよ」


そうお母さんが部屋の奥にいるであろう遥に声を掛けるが、返事は帰ってこなかった。


 「ごめんなさいね。これから私仕事に戻らなきゃなんだけど、ゆっくりしていって頂戴」


 「わかりました。ありがとうございます」


そう言って、遥のお母さんは病室を後にした。俺は遥の母さんの後姿が廊下の角で見えなくなるのを確認した後、ゆっくりと扉を閉め、部屋の奥へと進む。


 「よっ、昨日ぶり」


 「・・・あんた、暇人なの」


せっかく来たというのに彼女はいきなりこの態度である。しかしその毒舌っぷりに対して何も言い返す気にはなれなかった。彼女の目のまわりは真っ赤に腫れ、目は充血し、髪の毛もぐしゃぐしゃ、彼女自身の声も少し鼻声だった。


 「・・・来るなら言いなさいよ。バカ」


 「・・・すまん」


正直言って、これは予想外過ぎて、来ちゃって申し訳ないとすら思える感じだ。タイミングが悪かったどころではない、最悪の瞬間を狙いすましたかのように病室に着いてしまったのだから当然と言えば当然だろう。


 「・・・話聞こえてたの?」


 「まぁ。大声で話し始めたあたりからずっと扉のところにいました」


そう、今更嘘をついても仕方がないので、ありのままの出来事を正直に話すことにした。


 「はぁ・・・。もういや。準貴にこんな顔見られるとか、死にたい」


そう彼女は俺の顔を見ずにつぶやいた。


 「・・・すまん」


 「・・・もういいわよ。悪気があったわけじゃないのは分かったから、とりあえずそのシケた顏やめてよね。ただでさえ天気悪くてジメッとしてるんだから」


病院に着いたときはまだ雨は降っていなかったようだが、病室の窓から見える空は曇ったままだ。これから夜にかけて一降りありそうな天気だ。


 「そんなことより、私も昨日のこと謝らないと、って思ってたの。ごめんなさい」


 「・・・お前こそ、それは昨日聞いたからもういいって。気にしてないから」


彼女はまだ昨日のことを気にしていたのだろうか、まぁあの内容じゃ無理もないか。


 「昨日はせっかくみんなでお見舞いに来てくれたのに、その、楽しくなかったでしょ。昨日、『今日あたりにもしかしたらお見舞い来るかなぁ』とは思ってたんだけど、久しぶりでなに話せばいいのか分かんなくて・・・。あんたはともかく美月ちゃんとえみりんと、友哉くんと、私のことどう思ってるのかなって考えたらなんか気軽に話せなくて。うち嫌われてない?大丈夫?」


 「なんだよ、別に気にすんなって。まぁ友哉たちもお前の元気のなさに少しびっくりはしてたけどさ。申し訳ないって思うなら早く元気になった姿で顏合わせるのが一番いいんじゃないのか?」


 「また来てくれるかしら。もしよければ三人にまた来てって私が言ってたって・・・」


 「分かった、言っておくよ」


昨日はまぁご飯の時間ってこともあったしちょっとタイミングが悪かったのは仕方がないだろう。美月が昨日「このままじゃ次のお見舞い行きづらい」って言ってたけどまぁ今度は遥が本調子になってからみんなで顔を合わせればきっと大丈夫だろう。遥がいつ本調子になるかはちょっとわからんけどさ。


 「ところで何しに来たのよ、お菓子いっぱい持って。もしかして全部私へのお見舞い?」


 「お前のお菓子じゃねぇよ。家で配る七夕用のやつだ。これを買いに今そこのスーパーまできてからついでに寄ったって感じだ」


 「なるほどね。タイミング最悪だったけど、まぁ暇してたしちょうど良かった」


そう言って彼女が無事だった右手を俺の方に差し出してくる。


 「・・・なんだよ」


 「たけーに短冊七夕祭り、おーいにーわお、ろうそく一本頂戴な」


 「・・・菓子くれってか」


七夕は小学生までなんだけどな、と思いつつそのやる気のない歌に免じてとりあえずうまい棒三十本入りの袋を開ける。


 「お前、いまもの食って大丈夫なのかよ。その、体調とか」


 「・・・もし戻したら準貴がなんとかしてよ」


 「・・・嘘だろおい」


 「冗談よ。今はなんか食べたい気分なの。ヤケ食いってやつよ」


俺は少し彼女の身体のことが心配だったが、まぁ彼女が大丈夫というなら大丈夫か、そう思いうまい棒サラダ味を一本、切り口を切った後、無理すんなよと一言断りを入れた後、彼女に渡す。


 「サラダね。私なんだかんだでこれが一番好きかも」


 「無難中の無難ってやつだよな」


そう言いながら彼女は布団の上にボロボロと食べかすをこぼしながらお菓子にありついてく。その姿はさながら七夕後に家に帰っておかしを食べる子供だった。


 「こぼれてるぞ」


 「仕方がないじゃない、左手使えないんだから」


そう言いながら彼女はぼりぼりとお菓子を食べ進めていく。


 「・・・お母さんとなんかあったのか」


 「別に。きっと私もお母さんも入院生活って少し変わった環境でストレス感じてるんでしょ。だからちょっと口論になっただけよ。いっつもはそんなに仲悪くないから」


 「・・・泣くほど口論したのか?」


 「それは・・・」


と彼女が押し黙る。泣くほど遥は何かを伝えたかったのか。彼女の瞳は未だに濁っており、俺にはその先を見通すことはできない。


 「・・・大人が少し嫌になっただけよ」


 「なるほどな」


彼女が言葉を詰まらせながらそう言い訳をしたのを、俺は敢えて何も言わずに肯定することにした。俺にもそう思う節はあったから彼女の言ってることが分からなくもなかったからだ。


 「大人って自分勝手じゃない。先生にちゃんと今回の件のこと話しなさいとか、話さないともう学校行かせないとか、挙句の果てにはあんまり黙ってばっかりなら私を精神科病棟に連れて行くとか言い出すんだから」


 「・・・」


 「なにが偉いのよ、ちょっとばっかり長生きしてるからって。・・・いい子ちゃんのあんたには分からないかもしれないけどさ」


そんなことはない、それには俺も同意見だった。自分もどちらかというと大人は大嫌いな部類の人間だった。なにを偉そうに、なにを知ったような口を聞いてるんだってずっと思ってきた。


 「俺だってたまにそう思うことはあるよ。だから俺は俺が親になったらもっと自由に子供を育てるって決めてるんだ」


 「あんたが親になったらの話だけどね」


遥はそう言って軽く笑ってみせた。


 「俺は・・・、俺を最後まで面倒見ずに死んでいった母親が大っ嫌いだ」


 「・・・そんなの、ずるいわよ」


そう俺が言うと、彼女の笑顔はどこか消え去り、再び押し黙ってしまう。遥がずるいと言いたい気持ちも俺には十分わかっているつもりだった。これは俺の一方的な考えなのかもしれない。だけどこればっかりは今言わなきゃいけない、そう思ったから俺は話を続ける。


 「でも、やっぱりさ、母さんがいるってのはなんだかんだで幸せなことだとつくづく思うよ。俺だってもっと野球がしたかったし、家事なんてやらなくていいならやりたくないさ。遥が大人は自分勝手だと思うのはそれだけ遥のことを心配してる証拠だと俺は思うわけよ。母親ってのは俺らがすっげー小さい、俺らが物心つく前、いや、多分親父と母さんが子供を作ろうって決めたときから気持ちの中ではもう既に俺らの親なんだよ。だから子供を授かったら喜ぶし、無事に生まれてきたらもっと喜ぶし、だから子供を心配しない親なんていないんだよ」


 「でも、私だっていつまでも子供じゃないんだから、それ相応の心配の仕方があると思わない?」


 「うん、そこなんだろうな。多分、親ってのは俺らが何歳になろうが俺らはずっと子供のままなんだよ。俺の親父は俺より先に家出るときいっつも『鍵かけて車には気をつけろよ』って言うんだ、母親が生きてきたときからずっと。俺らを小さい時から面倒みているからこそ、感覚的にはずっと俺らは小さいままなんだよ。だから遥のしてほしい心配と親がしている心配がすれ違う。あっちはガキの遥だけど、自分は自分なりに成長してる自分だからな。どっちかが悪いんじゃない、どっちも正しいんだよ」


 遥が大人は自分自身のことばっかり、と言っているがそれはきっと違う。子供のことを思ってこそ、と親本人は思っている。だけど遥からすればそれは親のエゴにしか見えないからこういったすれ違いが起こる。


 「だから自分の心配なんか誰もしてくれていないなんて思う必要ないんだ。きっと誰よりもお前のことを思って心配してくれてるのは遥の両親なんじゃねぇか」


 「・・・」


遥はそう俯いたまま何も言わなかったが、しばらくしてこうつぶやいた。


 「仲直り、できるかな」


 「できるさ。簡単じゃないかもしれないけど、いずれ遥のことを分かってくれるときがくるよ」


俺がそう彼女を諭し、さらに続ける。


 「・・・分かってくれる人が生きてるうちに、仲直りしとけ。後で後悔したくないだろ」


 「・・・だからそれ、ずるいわよ。そんなの・・・ずるいに決まってるじゃない」


彼女はそう何とも言葉にはできない複雑そうな表情で唇を噛みしめていた。


 「はぁ、分かったわよ。今回はあんたに騙されてあげる。だからもうこの話はおしまいにして。あんたにそう言われるとさすがにくるものがあるわ」


 「そりゃあよかった」


そして彼女はあきらめたかのように大きなため息をついた。少し言い過ぎたか?とも思ったがこれはこれで良し、って感じだろう。まぁ散々言っておいてなんだが、あとは遥の母さんと彼女の問題だ。俺が首を突っ込むところじゃない。気長に待つだけだろう。


 「・・・それにしてもあんたも好きね。こんなじめじめした天気の中、薄暗い病院によく来るわ」


 「だから七夕のお菓子を買いに来たついでだって。あっ、そうだ」


そう言って俺がカバンの中をガサゴソしだすと、彼女も興味ありげにこちらを覗いてくる。


 「・・・食べる?」


そう言って出したのはもちろん先ほど買ったパイナップル。手持ちのビニール袋には軽いお菓子を入れて、学校カバンには筆箱・ファイル類たちと一緒にパイナップルが入っていたのだ。彼女はわけがわからなそうに眉間にしわを寄せている。


 「・・・なんでパイナップル?」


 「いや、なんか目についたからお見舞いに買ってきた」


 「あんたバカね。それを衝動買いって言うのよ」


それはぐうの音も出ないほどの正論だった。


 「・・・私、本物のパイナップル食べるの初めてかも」


 「???あぁ、缶詰とかってことか」


 「言われなくても分かるでしょ」


偽物のパイナップルってなんだ?と一瞬思ってしまった俺が悪いのか、遥の言葉遣いがおかしかったのか、とりあえずこの分厚い皮をどうにかすべく、昨日使った果物ナイフを拝借する。とりあえず下にはなにか敷かないと危ないと思い、近くにあった広告と新聞紙を何枚も下に敷き、ものの試しにパイナップルに向かって刃を突き立ててみる。


 「・・・かてぇ」


 「・・・どうやって食べるのよ、これ」


この小さい果物ナイフではまともに刃が歯が立たずひと苦労だったが、とりあえずはなんとかその上のふさの部分を切り落とすことに成功した。しかし、その後どうやって切れば上手く食べられるのかが分からず、結局遥にスマホでパイナップルの切り方を調べてもらい、それを参考に上手に切っていく。パイナップルは真ん中に芯とよばれる硬いところがあり、そこを切り落として食べるので、結局、皮を切るか切らないかの差はあるものの、切り方はりんごと大差なかった。縦に四等分し、その後中央の芯を削ぎ落とし、あとは食べやすいようにカットして、ひとまずは完成だ。


 「お見舞いにこんな食べづらい果物買ってくるバカ初めてよ」


そうか、お見舞いにパイナップルがないのは圧倒的に食べづらいのが原因か。でもそれを言ったら果物なんてどれも食べにくいと思うんだけどな。皮がなくて食べやすいといったらせいぜいいちごくらいなものだろう。

とりあえずやっとの思いでパイナップルを食べられる状態にまでもってこれたので、俺は一口大に切った一切れを味見がてら口に入れる。


 「―――――」


酸っぱかった。なんだこれ、自分の経験から、今まで食べてきたパイナップルのような杏仁豆腐なんかに入っている甘いものを想像していたのだが、それとはまったく違う食べ物だった。なんというか、その、衝撃的な酸っぱさ。


 「・・・なによ、すごい顔してるわよ」


すごい顔、というのは多分> <←こんな感じだろう。いや、これは正直食べてくださいと言って人にあげるものじゃない。なんというか、果物には当たり外れがあるとは言うものの、これははっきり言って後者のタイプのモノだ。大外れ、口にできないとまでは言わないがお客さんに食べさせるのは少し気が引ける。例えるのであれば口の中で誰かと誰かが喧嘩、殴り合いをしているような酸っぱさ。俺は長時間の死闘の末、なんとか四分の一カット、五切れほどのパイナップルを食べ終わる。その間遥は、俺の狂喜乱舞の表情を隣で黙って見ていたのだが、四分の一食べ終わったところで、少し不満そうに俺を指でつついてくる。


 「・・・あんた、私には食べさせてくれないの?」


 「お前、俺の顔を見て察しろよ。ヤバいぞこれ。買ってきた本人がびっくりするレベルだ。食べない方がいい」


 「なによ、逆に気になるじゃない。そんなに酸っぱいの?」


 「あぁ、多分口に入れた瞬間爆発するぞ」


遥には少しだけ大袈裟に食レポを伝えておくことにする。失敗したな、正直こんなことになるなら買わなきゃ良かった、と少し後悔しつつ、とりあえず残り半分はスーパーで貰ってきた無料の袋に入れて持って帰ろうとかそんなことばっかりを考えながら、二切れ目を黙々と食べ続ける。


 「・・・」


 「・・・ちょっと」


 「なんだよ」


 「なんで私にくれないのよ」


 「だから酸っぱいんだって。やめとけ、病やまい明けのお前には刺激が強すぎるから。それに仮にこれで体調悪くなったら困るだろ」


そう言って遥に食べさせないようにしてると、彼女がベッドから俺の方をバシバシと右手で叩いてきた。


 「私は大丈夫だから、よこしなさいよ、私のお見舞いに買ってきてくれたんでしょ?」 


 「服叩いたら埃舞うだろ。だからこれは失敗なんだって。すまんな」


と言って遥が叩けない、届かない範囲まで座っていたパイプ椅子を移動させる。すると彼女はなにやら布団をがさごそしだし、中から一メートルほどあるだろうか、よくおもちゃ屋なんかで売っているマジックハンドを取り出してみせた。その後またそのマジックハンドの先端で俺を殴ってきたあと、先端のアームで俺の左腕をガシッっと掴む。なんだよその便利なアイテム、ちょっと面白いじゃねぇか。


 「食・べ・さ・せ・な・さ・い・よ・!」


 「痛いって、それ人を叩く道具じゃないから。暴力反対」


 「じゃあさっさとその一切れ寄越しなさいよ」


 「ほんと食うのか?これホントにヤバいぞ?」


 「だから逆にそこまで言われたら気になるじゃない」


そこまで彼女が言うので、渋々ながら別の爪楊枝を用意し、パイナップルを一切れ刺した後、紙皿と一緒に遥の近くまで持って行ってやる。


 「・・・」


彼女は黄色いそれを少し見つめた後、パクリ。


 「――――――――」


ほら、言わんこっちゃない。> <←こんな顔になりながら必死に口に入れた黄色いそれを租借し、呑み込んでこう言い放つ。


 「・・・あんた、お見舞いのセンス無いわね」


 「だから言ったろ・・・」


なんで散々やめろと言ったものを渋々食べさせた挙句、文句を言われなきゃいけないんだよ。理不尽すぎる。まぁでも、結局のところ自分のチョイスが悪かったってわけか。やっぱり衝動買いにはこれからも気をつけよう。特に普段食べないものとかは。


 「あーやばいわこれ。なんか中毒性あるかも。もう一切れ切ってお皿にちょうだい」


 「文句言い散らかしておいてまだ食うの?! 無理だけはすんなよ? 別に気遣わなくていいんだからな」


 「わかってるわよ。んーーーーー、酸っぱい」


やべぇよ。こいつ、完全にパイナップルキメちゃってるよ。そう言って今度もまた同じように爪楊枝に刺した黄色いそれを差し、彼女はそれをパクり。そしてまたもう一切れというのでさらに切ってパクリ。・・・結局四分の一カットほぼ全部彼女が食べつくしてしまった。


 「・・・ふぅ」


 「ほら、これで手と口拭け」


そう言って俺が水道場で少し濡らしてきたティッシュを二つ彼女に差し出す。


 「口はいいけど手どうやって拭くのよ」


 「・・・俺に聞かれてもな」


確かにそれもそうか。こういう場合ってもしかして俺が手伝ってあげなきゃダメなの?いや、でも女の子とそんなイベント起きるほど俺スキル持ってないし、とか変なことを考えてると彼女は器用にに指の先端にティッシュを挟み、糖分でベタついた手を拭いていった。


 「・・・はい、ごちそうさま」


そしてそのゴミはそれまた器用にマジックハンドに挟み、少し離れたゴミ箱に確実に捨てるのであった。


 「ほんと、すっごいとんでもないお見舞いの品だったわ」


 「・・・俺と同じくらい食っておいてそれ言うのかよ」


 「だってあんた、物凄い顔して食べてるんだもん。どんな味か逆に気になるじゃない。ヤバかったわよあの顔」


と言いながら彼女の思い出し笑いが始まる。


 「あっははは、やばい。写真撮っておけばよかった。もう一回やってよ」


バカにしてんのかこいつ。そうも思ったがその笑顔は俺が今まで見てきた中で一、二を争うほどの良い笑顔だった気がした。その赤く腫れぼったい目で笑う彼女は少しだけ新鮮で先ほどのこともあり、少しだけ彼女の顔を見て笑いそうになる。


 「お前も食ってるとき同じような顏してただろ」


 「私はあんなにブサイクじゃないですぅ。もっとマシな顔してるわよ」


 「お前、人様に向かってブサイクとか言うなよ。傷つくからな」


その後、彼女が「じゃあさっきのあんたの顏の真似する」とか言って変顔してきたのでマジでぶん殴ってやりたかった。その母親との口論で泣いた顏で俺の顏真似をした彼女は冗談抜きで本当に変な顔だった。早く普通に戻ってくんねぇかな、と少しだけ寂しい気持ちにはなったのだが、目の前で変な顔をされているのと、あとそれが俺の真似だという憤りと呆れとが複雑に混ざり合い、とても傷心的にはなれず、結局自分も遥と同じくらい笑っていたのだった。


 「はぁ、笑わせんなよ。その顏真似をビデオに撮ってネットにあげるぞ」


 「やめなさいよ。そんなこと言ってそれYoutubeとかVine とかにアップされたら、私もう一回自殺しなきゃいけないでしょ」


そう言って久しぶりに二人で童心に帰ったかの如く笑い合った。やっぱり自殺だったんだ、とはとてもじゃないけど言えなかった。そんなこと言ったらこの儚くも笑い合える時間があっという間に崩れそうな気がしたから。今までは俺がやんわりと聞いても、彼女はなんとなく明言を避けて答えてきた彼女だったが、これで本当に自殺だったということを俺は知ってしまった。


 「はぁ、疲れた」


そんなのは全く関係なさそうな彼女は、横でゆっくりと呼吸を整えていた。するとドアからコンコン、と優しいノックの音が聞こえ、返事を待つことなくその扉がゆっくりと開く。


 「晩御飯お届けにきました。随分楽しそうですね」


そう言って入ってきたのは先ほどエレベーターですれ違った看護師さんの一人だった。


 「いや、すいません。ちょっと面白かったもので。うるさかったですか」


遥はなにも答えない様子だったので、間を見て俺が適当に看護師さんにそう答えた。


 「そこまでうるさくないので大丈夫ですよ。それでは、ここに置いておきますね。ごゆっくり」


そう言って看護師さんは、彼女の夕食を俺と扉の間にある小さなテーブルに置いた後、すぐに部屋を後にしてしまった。まぁあの人たちも仕事でこれからいろいろな人に届けなきゃいけないから大変だろうな。廊下からは食事を運ぶ大型のコンテナを転がす車輪の音が静かに聞こえてきた。


 「・・・食うのか?」


 「・・・今日は、ちょっと食べる」


そう静かに答えた彼女だったので、俺がさっき置いていったテーブルから遥のベッドテーブルまでお盆をこぼさないように慎重に運んで置いてやる。


 「・・・なんで看護師さんと喋んなかったんだよ」


 「いいじゃない別に。いただきます」


彼女はそうぶっきらぼうに答えると、器用に端を持ち、おかずをひょいと食べてみせた。茶碗や皿は左手で持てないので、スライドテーブルを胸の前までギリギリに寄せ、こぼさないように上手に食べている。


 「・・・じゃあ俺もちょっと」


そう言って俺が先ほどの爪楊枝を取り、味の薄そうな肉じゃがのにんじんを差し、口に放り込む。


 「・・・あんた、私の夜ご飯勝手に食べてるんじゃないわよ」


 「・・・味薄いな」


 「人の話を聞きなさいよ」


そしてさらにじゃがいもも半分に割り、口に入れる。見た目通り、その肉じゃがの味は薄かった。そのほかの献立は、ホッケの塩焼き、みそ汁、玄米のご飯、小鉢にはきんぴらごぼう、あとはデザートにプリンが出てきた。


 「うーん、見た目は悪くないんだけどなぁ」


 「・・・食べる気失せない?」


 「まぁ他の患者さんのことを考えると仕方がないんじゃないか」


彼女がそう言うのにも納得ができた。きっと健康な彼女であればこんな量ではきっとお腹いっぱいにはならいだろうというくらいに量は少ないし、それに味も薄めで健康にはいいのかもしれないが、やっぱり少し物足りなさを感じる。


 「・・・ねぇ、図々しいお願いしていい?」


 「言うと思った」


俺はなんとなく彼女がそう言われると思い、少しだけニヤニヤしている自分が気持ち悪かった。しかし、遥も遥で少しだけニヤニヤしていたのでこれでお互いおあいこだろう。


 「なんで私の言いたいこと分かるのよ。気持ち悪いわよ」


 「話の流れ的になんとなく想像がついただけだって」


まぁそれに昨日、ちょっとそんなこともできるかな程度には思っていたし、全く考えていないわけではなかったからなのかもしれない


 「そうね、じゃああんたがいっつも学校でお昼食べてるようなやつがいいわ」


 「まだやるなんて誰も言ってなし、内容すら聞いてないんだよなぁ・・・」


 「唐揚げと卵焼きは好きよ。あとはなんかご飯とは別に炭水化物のものがあればとっても最高かしら」


 「遥はもうちょっと人の話を聞いた方がいい。特に俺の」


 「そんなのお互い様よ」


まぁアポなしで突然お見舞いに来るやつに言われてもな、って感じなのか。彼女は聞く耳すら持たず俺にお弁当のリクエストを叩きつける。しかもご丁寧に近くにあったメモ帳に食べたいものをリストし、本当にそれを俺に物理的に叩きつけてきた。


 「はい」


 「はい、って・・・」


そこには汚い字で(普段は綺麗なのだが、もう片方の手で紙が抑えられていないため)


 ・美味しいお米

 ・からあげ

 ・たんすい化物(特にスパゲッティ)

 ・卵焼き(甘いやつ)

 ・あとなんか


と書かれていた。


 「・・・お前、図々しくない?」


 「・・・だめ?」


 「いや、いいけどさ・・・」


なんでそういうときに限って少ししおらしくなって聞いてくるんだよ。ダメとは言えねぇじゃねぇか。


 「まぁどうせ明日土曜日だし暇でしょ?」


しかし彼女は良いと言った途端態度を変え、ケロっとした様子でそう言った。


 「・・・明日かよ」


 「あっ、用事あるなら無理にとは言わないけど」


 「・・・まぁ気が向いたら作ってくるよ」


 「そう」


そう言って彼女は満足げな顔をして、食事を再開した。


 「でもよ、この美味しい米ってなんだよ。そんなの農家に言えよ。俺にはどーしよも無い気がするんだけど」


 「別に何でもいいわよ。白米なら文句は言わないわ。ちなみに私の好きなふりかけはあの黄色いやつよ」


 「・・・パイナップルのふりかけとか斬新だな、お前」


 「・・・その返しは想像してなかったけど。もし私のお弁当にそれ持ってきたらぶっ殺すわよ」


彼女からの罵声を適当に聞き流しながら、叩きつけられたメモをズボンのポケットの中にしまう。


 「・・・あと、もし明日作ってきてくれるって言うならこのプリン、食べてもいいわよ」


 「・・・えっ」


それは衝撃だった。彼女が人に食べ物を譲るなんて、と少し考えたが今はあのハンバーガー三つ食べる彼女とは少し違うんだった。そう思い出し、お盆にあったプリンに手を伸ばし、ゆっくりとスプーンで食べ始める。しばらくは呆然としていた遥だったが、俺の様子を見て呆れたように自分の食事を再開する。


 「・・・あんた、そんなすぐに私にお弁当作りたかったのね」


彼女が引き気味にそう言った。


 「私の大好物食べたからにはちゃんと明日もお見舞い来なさいよ」


俺が甘いもの大好きなのを利用したってことだな。まぁ今回はプリンに免じて明日もちょっと頑張ってやろうじゃないか。別にプリンが無性に食べたかったとかそういうわけではない。決してそんなことはない。ちなみに俺の一番好きなものはモンブラン、次いでプリン。最近はロー○ンのプレミアムロールケーキなんかも大好物だ。遥はこいつ基本食い物ならなんでも食べるけど特に棒状のスナック菓子系をよく好んで食べているような気がする。


 「・・・お前こそ、そんなに俺の飯食いたいのか」


 「えぇ」


そう何の躊躇いもなく頷かれると、聞いたこっちが逆に恥ずかしくなる。


 「別にあんたと話したいわけじゃないから。とりあえず美味しいご飯が食べたい」


 「・・・無理だけはすんなよ」


そう期待されているからには、今日帰りスーパーかどっかに寄って食材買ってこないとな。せっかくさっき寄ったばっかりなのに、二度手間じゃねぇか。

 その後、俺はプリンを食べながら遥の食事の様子を見ていたが、やはりというか彼女の食がとても細くなっていたのが見て分かった。半分ほど残っているところで箸を置き、今日はごちそうさまと言って満足そうに備え付けのテレビをみていた。俺としては少し複雑な気分だったが、まぁパイナップルとか色々食ってたし、こんなもんかと自分を納得させた。そしてこれから良くなることを期待し、その日の夕食は終わった。その後七時くらいまでボヤーッと二人でテレビを見ていたのだが、外で雨が降り始めたのを見てさすがに帰るか、と重い腰を上げた。こっからこの買ったお菓子たちを持って帰るのは少し億劫だな、とは思ったものの、置いて帰るわけにもいかないので仕方がないだろう。遥が余ってる丈夫な紙袋と大きめのビニール傘をくれたので紙袋にお菓子を丸ごと詰め込み、一つにまとめた後、病室を後にした。


 「明日、期待してるからねー。デザートでプリンもあったら嬉しいかも」


とか最後なんか言ってたが、さすがにプリンを作るとは約束しなかった。まぁ作らなくてもプリンなら買っていけばいいか。そんなことを思っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。