第1節
~登場人物紹介~
道上 準貴:本作の主人公、北高商業科一年生。りんごの皮むきが得意。
高橋 遥 :主人公の幼馴染。元野球部マネージャーで現在諸事情で入院中。
石川 彩音:普通科二年生の先輩。スタイル・性格が良い故、彼氏もいる。
※この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。※
その日の夜、俺が風呂に入っている最中、スマホの方に遥から不在着信が入っていた。現在午後の十時前、病院だしもう就寝時間を過ぎてるかな、とも思ったが一応かけなおすことにしてみた。
「・・・出ないな」
結局、その電話に遥は出なかった。そしてしばらくの後、俺がスマートフォンでアプリのゲームをやっていると、また向こうから電話がかかってきた。俺は少しびっくりしながら横持ちをしていたスマホを電話ができるように持ち直し、緑色の通話ボタンを押す。
「もしもし、どうした?」
「ごめんね、夜遅くに。なにしてた?」
「別になにも、ゲームやってたところだ」
と言っても音ゲーをやっていたところだからタイミング的にはあまり良くはなかった。親指でキャラクターをタップしていくやつで、九人皆可愛いんだよね・・・って、音ゲーの説明は今はいいか。
「そう、その・・・。今日はごめんなさい」
それはいきなりの謝罪だった。彼女の声はとてもしおらしく、元気がないように思えた。まぁ彼女が謝る理由もなんとなく見当がついたし、さして驚きはしなかったが、でもわざわざ電話で言うことでもなかろうに。
「別に気にしてないよ。俺たちこそごめんな、突然押しかけて」
「・・・大丈夫」
「・・・」
その後、暫くの沈黙。電話を切る様子もないので、彼女はなにかを言いたいがそれを躊躇っているのだろうか。俺は遥の様子とほんの少しだけ電話料金のことを考えながら、遥となにを話せばいいのかをゆっくり考えた。
「なぁ、お前、食欲ないのか?」
俺が開口一番本当に聞きたいことは多分これではなかった。けれども正直言って遥が食欲がないなんて正直前代未聞だった。小学校の給食では男子に混ざりいつもおかわりじゃんけんをしていた彼女が何故、という考えから軽率ではあるがそんな質問をしていた。
「・・・まぁ、ないことはないんだけど。たまに食べると戻しちゃうのよ」
「・・・そっか」
それは思った以上に深刻な悩みだった。まぁでもそれであの見た目というのなら確かに納得もできる。だからあの果物の山というわけか。まぁでもあんだけ果物ありゃあいくら食欲があっても飽きてきそうだけど。
「なんか食いたいものとかないのか?」
「うーん・・・。今は別に・・・」
と彼女が歯切れを悪そうにそう答えた。この場合は果たしてどうなのだろう。というのも、これは本当に食欲がないのか、俺には一旦戻してしまった感覚があるため、食べるのを躊躇っているようにも聞こえてきた。
「ごめんな、無理矢理食わせるような真似しちゃって」
「あぁ、リンゴのこと?別にいいわよ。あれくらいじゃさすがに変になったりしないわよ。それと、あんたリンゴ剥くの上手いわね。ちょっと腹立ったわ」
そう抑揚のない声で遥が言う。なんかすごい怖いんですけど。俺はごめんなさいと電話越しに謝ることしかできなかった。
「なに謝ってるのよ。それが特技なんでしょ?ならいいじゃない」
「お前が否定したんだろ・・・」
「ま、腕治ったら私にも教えなさいよ」
そう遥が軽そうに言った。
「・・・死のうと思ったやつが言うのかそれ」
そう思うのは失礼だろうか。そうも思ったが遥は決して怒ることもなく平然としてそれに答えた。
「・・・別にいいじゃない。死ねなかったんだから、生きていくしかないのよ。私は死ねなかったことに後悔してるわけじゃない。こんな中途半端に終わっちゃったのが残念だとは思ってるけど」
「・・・どういうことだよ」
「言ってる自分でもよく分からないわ。今のところ一番困ってるのは生きる目的がないってことよ。私、これから何を目標に生きていけばいいの?」
「そんなこと俺に言われてもなぁ・・・」
彼女がいま何を考え、何を悩んでいるのかなんて正確には分からなかった。でも彼女が落ち込んで、塞ぎ込んでしまいそうだというのはなんとなく分かる。じゃあ、俺は何をしてやればいいのか、何をしてやることができるのか。そう思い、少し恥ずかしい気持ちを隠しながら自分は話を続ける。
「じゃあ生きる目的を失ってるお前に、よく親父がしてくれた『塞翁が馬』って話をしよう」
「なによ、突然ね。さいおうがうま?ことわざかなんか?」
「まぁそんなところ、中国のことわざみたいなもんだ。とある砦に占いの上手なおじいちゃんが住んでいました。このおじいちゃん、馬を飼ってたんだけどある日突然、その馬が逃げちゃったんだよ。人々はおじいちゃんに同情するように彼のもとを訪ね慰めに行ったという。・・・残念な出来事が起きたってことよ」
「そうね。でもそれがどうしたの」
「でもそのおじいちゃん、『これは良いことかも分からんぞ』って言うんだ。占い師だからね。そしたら数か月後、その馬が北方にある国から質の高い優秀な馬を何頭か連れて帰ってきたんだ。おじさんの予想通り良いことが起きたってわけだ」
「へぇ、良かったじゃない」
電話の向こうの遥はよほど暇なのか、俺の話をいたって真面目に聞いている様子だった。俺はその様子に少し安堵しながら話を続ける。
「そう思うだろ?でもまたおじいちゃんが『これは災いに転じる』って言うんだ。そしたらしばらくするとそのおじいちゃんの息子がその連れてきた馬に乗ってる途中に落馬して色々骨折しちゃうんだ」
「は?ずいぶんややこしいわね。それで終わり?」
「いや、これで最後。そんで砦の人々は息子さんやおじいちゃんのところにお見舞いに行って慰めたんだけどおじいちゃんはまたさっきみたいに『これは良いことかも分からんぞ』って言った。その予言の一年後、おじいちゃんの砦とその馬を連れてきた北方の国とやらで戦争が起きて、若い村人は徴兵に駆り出されて次々と死んでいったんだ。だけどその息子さんは骨折のおかげで兵役を免れて生きのびることができたって話だ」
「だからなんなのよ」
遥は結論を急ぐが、そこで俺は一呼吸置いた。そして彼女にどう説明しようかと悩みながら言葉を続ける。
「・・・遥は今の状況をどっちかっていうと悲観的に捉えてるけど、そうとは限らないってことだよ。なにが良いことで、なにが災いになるかなんて誰も分からないってことの意味だ。って前、親父が言ってた気がする」
「それって災い転じて福となす、みたいなことでしょ?」
「・・・まぁそんなところだな。福も転じて災いにもなるってことを付け加えれば全く一緒の意味だと思うよ」
「恰好つけて言ってる割には大したことないのね」
別に恰好付けたわけじゃないんだけどなぁ・・・。と自分に悲しくなっているのも束の間、遥はさらに言葉を重ね、反論を続ける。
「それに結局、隣の国と戦争起きて、骨折した若者は生きてるけど、他の若者たちは戦死してるんでしょ?その骨折した若者、これから生きてて楽しいの?私なら申し訳なくなりそうだけど。・・・だって、周りの同級生の親たちから白い目で見られるのは明らかじゃない。・・・しかもそれがことわざになっちゃうあたり、なんというか、皮肉な話よ」
「・・・お前、俺に散々説明させておいてその感想はひどくない?」
何だろうこの仕打ち、結局言い負かされたようなそんな気分だ。まぁでもその言葉の捉え方なんて十人十色だってことなのだろう。・・・遥の持論の方が説得力ある気がするけど。『あそこの息子さんだけ生き残って、同級生であるうちの息子は死んだのよ』と近所からねちねち言われる姿は確かに想像に容易い。
「・・・冗談よ。要するに私を元気づけようとしてるのは伝わったわ。ありがとね。別にことわざに諭されたってわけじゃなくて、話をしたらって意味ね」
「・・・お前って、俺をいじめてるときはちょっとだけ元気だよな。本気で凹むぞ」
「そうね、私、あんたをいじめているときは少しだけ元気かもしれない。あんた、話すの下手くそっていう意味が何となく分かったわ。あと、女の子にモテない理由も少しわかった」
まぁこの通りひどい言われようである。確かに話すのは苦手だけどさ。そこまで言わなくても・・・。でもこうやって結局最後まで聞いてくれる彼女ってのは、なんだかんだで本当に優しいのかもしれない。あるいはもう慣れたのか、相当暇なのか、呆れてるだけなのかもしれないけど。人を励ますってのは難しいんだということを改めて痛感する。
「元気出せよ、って言っても無理かもしんねぇけどさ。生きてりゃいずれいいことあるよ」
「あんたほど適当に慰めの言葉を贈る人もなかなかいないわよ。・・・でもなんか本当に慰めてくれてる感じ。ありがと」
「みんな本当じゃないっていうのかよ」
しかし俺のその言葉に、遥は答えなかった。
「それじゃあね、また明日」
「おう、えっ」
そう言って電話は切れてしまった。
「また明日って・・・、あいつ、明日も電話してくるつもりなのか」
そう思いながら今まで耳に当てていたスマホをぼんやりと眺める。通話時間十五分、だいぶ話したな。イッその後、結局音ゲーの続きをやる気力も出なかったので、テキトーにツターを更新してその日は寝た。
『この口下手症候群直したい』
先ほどの電話の内容を省みながらそう勝手につけた病名ツイートを送信し、その日は寝た。すると翌朝、起きてスマホをチェックすると、とある人物からこのツイートに対する返信が届いていた。
『@jun0909 自覚あったんだ。大丈夫、いつか良い薬が出るわよ(絵文字)』
・・・誰のせいで悩んでると思ってるんだか、この人は。
余談だが、いいね! もしっかり2つ、つけられていた。




