第3節
~登場人物紹介~
道上 準貴:本作の主人公、高校一年生。イケメンだがオタク。
高橋 遥 :主人公の幼馴染。元野球部マネージャーで現在諸事情で入院中。
小室 江美:主人公の隣の席のクラスメイト。パソコン部。
喜田川 友哉:主人公の親友。黒縁メガネ。読み方は『ともや』
棚木 美月:準貴のクラスメイト。江美の親友。毒舌。
池田 万理子:一年E組のクラス担任兼パソコン部顧問。教師。
※この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。
閑散とした電車に一人乗り、ゆっくり揺られながら五稜郭駅へと到着した俺は、五稜郭駅の六番ホームをチラッと見た後、とりあえず三時間目には間に合うよう、少し速足で駅を後にした。五稜郭駅には学生の姿どころか駅員以外、人の姿はなく、いたのは片隅で駅の清掃をしている清掃員、五稜郭駅の売店のオバサン、そして売店のオバサンと談笑しているお年寄りくらいだった。五稜郭駅は朝と夕方の学生が使う時間帯、あと特急が停車する時間くらいだとそれなりに人はいるのだが、こうやって昼に五稜郭駅の別な姿を見ることができたのは自分として少しだけ新鮮な気持ちだった。札幌から来る特急スーパー北斗などは、終点の函館駅の前に一旦五稜郭駅に停車をするため、時期や時間帯によっては送り迎えのお客さんや出張で電車を利用するスーツ姿のサラリーマンなんかで駅はごったがえすのだ。また、五稜郭駅は江差線と函館本線のちょうど乗り換え駅となっており、七飯方面から上磯方面、またその逆なんかを利用する学生たちの待合駅ともなる。また、地元ではそろそろ新幹線が開通し、少なからず駅は色々な形で盛り上がりをみせている。
ちなみに勘違いしてほしくないのだが、新幹線が北海道で一番最初に停まる(厳密には違うのだがまぁいいだろう)「新函館北斗駅」と、夜景で有名な函館山のある「函館駅」は全く別な駅なので注意してほしい。ちなみに二駅の間の距離は約二十キロ。ふざけてるのか、と最初は思ったが。まぁ、これも大人たちの事情なのだろう。そんな遠くに新幹線の駅を作ったら、ありがたみも薄れるだろうに。全く大人は分かってないな。
ところでなんでそんなに俺がJR事情に詳しいかって? そりゃあ電車と線路をこよなく愛する男だからね。アイ ラブ デンシャ。 アイ ラブ センロ。ライクじゃないよ、ラブなんだよ。
そんなわけのわからない一人芝居を脳内で演じながら歩いていると、あっという間に学校に着いてしまった。春先まで遥と一緒に歩いていた道のりだが、ここ最近は一人で歩くのが普通になっていた。昨日は駅まで先輩と一緒に電車に乗ってきたが、先輩は駅に自転車を停めているみたいで、歩きの俺と一緒に学校へ行くということはなかった。それに一応、先輩には彼氏さんがいるので、他の男と歩いているというのを見られるのは少しまずいのだろう。
階段を上りE組の教室に入ると時刻は午前十時四十分。ちょうど三時間目前の休憩時間だった。
「おはよう準貴、寝坊?」
俺が席に座ると、隣の席の女性がにっこりしながら声をかけてくれた。控えめな胸にポニーテールをシュシュで束ねて後ろでまとめている彼女。今日もにっこり笑顔が眩しいです。少しだけアホの子ってのが玉にキズ、だがそれがいい。俺はてっきり昨日のことで少しお互いの関係が気まずくなっているのでは、と身構えていたのだが、そんな心配は無用だったようだ。自分から蒸し返す話題でもないだろうし、昨日のことについてはスルーを決めていればいいだろう。
「まぁ、寝坊っていうか。寝坊するつもりだったというか」
「どういうこと?」
「そのままの意味だよ」
江美がよくわかんない、と言わんばかりに首をかしげ、しばらく考え込む。しかし結局考えるのをあきらめたようで、その後今までのやりとりは何もなかったかのように自分のカバンをガサゴソと探り始める。
「そうだ。はいこれ、現代文のノート返すね。ありがとう。あと簿記のプリントもありがと」
「そっか、次現代文か。どう?ちゃんと写せた?」
というのも、彼女は基本、授業中睡魔と格闘しており、あまり熱心にノートをとっていないのだ。それで昨日、色々あった中俺が一日ノートを貸していたってわけ。
「うん。今返した二つはバッチリ写したよ!明日英語と数学返すね。今日、授業無いからノート二冊とも家なんだけど。大丈夫・・・?」
「全然オッケー。俺、家であんまり勉強しないし」
さすがに一日で四教科分のノートを写せっていう方が無茶ってもんだ。俺もそのつもりで貸したのだから、全然問題はない。家で復習をするっていっても高校から習い始めた簿記のプリントをざっと眺めるくらいだし、宿題も確か出ていなかったはずだ。
「ありがと、明日必ず返すね。・・・あと、準貴に借りたハンカチもまだおうちなんだよね」
「???」
と言われて、俺が江美に昨日貸した青色のハンカチを思い出す。
「あぁ、別にいいよ。俺も忘れてたくらいだし」
「でもね、あれうちの化粧とかついて汚くなっちゃったから」
「あぁ・・・それじゃあ」
と言ったところでふと言葉に詰まる。こういう場合なんて言葉を返せば正解なのだろうか。洗って返して、と言うのも少し図々しい気がする。自分が借りたものを「洗って返すね」と言うのならともかく、相手に洗うのを強要しているように聞こえはしないだろうか。別に悪いことではないだろうけど、少し気が引ける。だからと言って「そのまま返して」というのも変だろう。その、涙とか鼻水とかついてるのを貰っても困るし、下手したら変態だと思われかねない。もう既にハンカチは洗ってるとは思うけど。
「えっと、普通に、洗ってくれれば、大丈夫、だよ?」
「なんでカタコトなの」
と江美が少しだけ笑ってみせる。
「いや、洗ったんだけどさ。なんかそのまま返すの悪いかなって」
「別にいいって、なんも気にしないから」
「えー。なんかそれじゃあ私の気が収まらないんだって」
「そうか?」
「・・・私、新しいの買おうかなって思ってたんだけど」
「いやいや、そこまでしなくていいって。別に大したもんじゃないし、あげるからそれじゃあ。新しいの要らないって」
「えーでも」
そう言って彼女は口を尖らせてしまう。話している途中で三時間目の授業の鐘が鳴り、同時に現文の教師が教室に入ってきてしまう。
「とりあえずまた後で話そ」
「えぇー」
と江美は言いながらも、先生が来てしまっては話もできないので仕方がなさそうにこちらに向いていた両足をもとに戻す。授業中、江美がこちらをチラチラ見てきていたような気がするけどそれは気のせいだろう。別にそんな気を遣わなくてもいいのに・・・。ってそういう意味合いじゃないのか。
その後、四時間目が体育だったこともあり、江美と話す機会はなかった。ちなみに体育は男女別で、男子はバドミントン、女子は卓球だった。体育自体は友哉とペアを組み、適当にシャトルを追いかけて遊んでいたら授業は終わっていた感じだ。俺自身、運動自体は苦手ではないけど、野球以外のスポーツはやってこなかったからどれも技術的にはからっきしだ。きっと本気を出せばもっとできる、と自分の中では思っている。そういう系男子、というかそう思わないとやっていけない系男子か。
体育が終わり、友哉と一緒に教室へ帰ると、女子グループは既に着替えを終えていたようで、江美は自分の席で親友の美月と二人でお弁当を食べているところだった。ちなみに江美と美月は中学校からの同級生のようで、二人と話しているとその仲の良さ、というか相性の良さというのが傍からも伺える。
「あっ、準貴」
「はいはい」
江美にやっと来たか、と言わんばかりに声を掛けられるが、きっとハンカチのことだろうとほんの少しだけ適当に返事をする。
「さっきのことだけど」
「なんも気にしなくても大丈夫だって」
なんのことか分からず隣で一緒にお弁当を食べていた美月が首をかしげる。
「二人とも、なんかあったの?」
「いや、江美に貸したハンカチを買って返すか、洗って返すかってちょっと話してたんだよ」
「ふーん、別にどっちでもいいじゃない。・・・ってかあんた、なんでハンカチなんか借りたのよ、一緒にトイレでも行ったの?」
俺が「まずった」と思った時には既に遅かった。美月が江美の方を不思議そうに見つめる。別に秘密にしているわけではないけれど、さすがに少し直球すぎたか。江美はと言うと、少し細い目で睨みつけるようにこちらを見ている。
「・・・準貴、もうちょっと気遣ってよ」
「ごめんごめん」
「??? あんたら昨日なんかあったの?」
「まぁ色々な」
「何話してんだ?」
三人で話していると、弁当とペットボトルのお茶を持った友哉が俺の席の前までやってくる。一応こいつがさっき言った、バドのとき俺とペアを組むくらい仲が良い親友だ。「二人組作ってー」というときに一緒になるくらいの友好度、と言えば伝わるか。黒縁メガネでほっそりとした体形の彼だが、趣味は自転車やキャンプなど結構なアウトドア派らしい。あとちなみに、うちのクラスの男子は偶数だから、一人余るなんていう悲しいことは有り得ないんだけどね。
「江美と準貴が昨日、私たちに内緒で色々やってたんだって」
美月が友哉に向かってそう意味ありげな説明をする。
「なんだよ。隠し事か?」
「別にそんなんじゃねぇよ。ただ、貸したハンカチを江美が買って返すって言うもんだから、そこまでしなくていいよって話をしてたところだ」
「・・・それだけ?」
「それだけだ」
「江美の止血をしたとか?」
「んなわけあるか」
別にやましいことをしたわけじゃないんだけどな。その後友哉が俺を見て、江美にも少しだけ視線をやったあとこう口を開いた。
「別にやましいことしてないなら江美ちゃんも普通に返せばいいんじゃない?買うってなるとお金もかかるし、準貴もいいって言ってるしさ」
「うん・・・。そうかな?」
「そうそう。まぁ俺たち事情よく知らんけど」
と言って美月の方に目配せをする。
「あんたにしてはまともな意見ね。そこは二人が昨日なにがあったか根掘り葉掘り聞くところじゃないの?」
「ま、俺は後で準貴からこっそり聞くからいいんだよ」
「それもそうね。私も後から江美に話を聞くことにしましょ」
と言いいながら、二人の顔には少し邪悪な笑顔が伺える。
「なんで二人で一致団結しちゃうかな」
「まぁいいじゃない。気になるものは仕方ないんだから」
「事情を聞かないっていう選択肢はないのかよ・・・」
と言って俺は肩をすくめる。二人してほんと意地悪だな。そう思いながら買ってきたコンビニのおにぎりとお茶を取り出す。
「珍しいわね、準貴がコンビニのおにぎりだなんて。それも江美と昨日なにかあったのが関係してるの?」
「それは全く関係ないって」
寝坊した原因を深層まで突き詰めれば、全く関係ないというのは少しだけ嘘だが、まぁ別にいいだろう。にしても美月のやつ鋭いな、と少しだけ彼女に感心する。ちなみに彼女はクラス一の秀才で、学年テストでは二位の俺を押さえ、堂々の第一位だ。自分的にはライバル意識というより、きっと三年間では彼女には勝てないだろう、というくらい頭の良さ、キレのある人物だ。
「寝坊して弁当作る暇がなかったんだよ」
「そういえばお前、なんで寝坊なんかしたんだ?」
「そういえばお前らにまだ話してなかったか」
そう俺が言ってやると、江美と美月、友哉の三人が同時にこちらを見つめて俺の次の言葉を待った。
「遥のやつから今朝メール来てさ、意識戻ったって」
そう言った瞬間、三人はもちろんのこと、近くを偶然通りかかったクラスメイトまでもが「マジで?」といった顔をしながら少し立ち止まり、そして通り過ぎていった。
「はぁ?! お前、なんでそれを早く言わないんだよ」
「そうよ、えっ、本当なの?!」
美月と友哉が上半身を少し乗り出すような形で俺に迫ってくる。
「まぁ落ち着けって。今朝電話もした。ちゃんと遥は生きてるよ」
「遥ちゃん!良かったです!」
江美もまるで自分のことかのように喜んでくれており、何よりも江美は少しだけ泣いているようにも見える。
「そっか、良かったな。にしても準貴、もっと少し早く教えてくれても良かっただろ」
と友哉が不満そうな口調で俺に訴えかける。
「いや、俺はてっきり」
学校から教えてもらってるとばっかり、と言いかけたが、今朝、遥が「今は忙しいから、昼過ぎあたりに連絡する」みたいなことを言ってたっけ。すっかり忘れていた。
「悪い。隠してたわけじゃないんだけどさ。学校にはそろそろ連絡が来ると思うぜ」
「それじゃあお見舞いにも行けそうですね!」
と江美が嬉々とした表情で話す。
「そうだな。でも今は精密検査とかで結構忙しいって遥のやつ言ってたんだよ。それにご家族同士で色々募る話もあるだろうし、もう少し落ち着いたら、みんなでお見舞い行ってやろうぜ」
「そうだな」
「うん」
「わかったわ」
そう三者三様に答えた。俺らの他にもクラスの皆が「よかった」と口を揃えて話をしていたところに、ちょうど担任の池田先生が教室に入ってきた。
「みんな、聞け。さっき連絡があって、高橋のやつの意識が戻ったそうだ」
「聞きましたよ! じあ本当なんですね!よかったー遥ちゃん意識戻ったって!」
そう答えたのはクラスの秋月さんだった。いつの間にか俺たちの話は教室にいたクラスの人たちにも多少は知れ渡っていたようだ。彼女とはまだ直接話したことはないのだが、クラスのリーダー格のような人だ。彼女たちは六人ほど机をくっつけて、仲が良さそうにお弁当を食べている。
「聞いたって? 誰から聞いたんだ?」
「さっき、有希が道上くんがそう言ってるのを聞いたって」
そう言うと、当然先生は俺の席へと視線を向ける。そして先生は教壇を降り、左頬の口角を少し上げながらこちらに近づいてきた。
「おはよう道上」
「おはようございます?」
先生がなんだか妙に威圧的だなと思ったら、俺が今日遅刻してきたのが原因か。鬼の形相、とまでは言わないが池田先生の怒りは十二分に伝わってくる。
「よくもぬけぬけとおにぎりなんか食ってるな」
「まぁ、お昼なんで・・・」
と俺は少しだけすっとぼけてみせる。
「今日の遅刻は、高橋と色々と連絡をとっていたからか?」
「まぁ、そんな感じです。すいません、遅れた上に連絡もせずに」
「・・・それならまぁ仕方がないか。仲が良いんだったな、二人とも。次からはきちんと連絡を、・・・ってのもスマホで電話をしていれば無理か。ま、今回は勘弁しておいてやろう」
そう言って先生はあっさりと遅刻を認めてくれたようだ。まぁ遅刻の直接の理由は遥ではないんだけどね・・・。細かいことはいいか。素直に謝ったのが功を奏したのだろう。
その後、先生は「今はきっとあちらも忙しいだろうから、お見舞い行くのはもう少し後になってからな」とだけ付け加えその場を後にした。
「学校にも連絡がいま来たって感じだったな」
「そういえば、遥ちゃんってすぐ退院できる感じなのか?」
友哉がそう尋ねてくる。
「いや、きっとすぐに退院は難しいだろうな。検査の話は全然してないからわかんないけど、体は普通に痛いって言ってた」
「そっか・・・。じゃあもしかしたら一年留年ってことになるかもしれないな」
そう友哉が暗い声音で言うと、江美も美月も少しだけ表情が曇る。
「そっか・・・。そんなこと全然考えてなかった」
俺には遥の今の状態がどうなのかは全然分からないので予想もつかないが、骨折でもしていれば留年という可能性も無くはないだろう。一年間で欠席してもセーフな授業の数というのが予め決められている以上、それを超えて欠席すれば当然、単位は出ず、もう一年同じ学年で過ごすことになるだろう。特別な事情があろうと、そこのルールは基本変わらないはずだ。
「じゃあ、もう私たち遥ちゃんと同じ教室で授業が受けられないってこと?」
「そういうことよ。しかも、仮に遥ちゃんが留年ってことになったら、学校祭とか修学旅行も違う学年、違うクラス。卒業だって一年違うってことになるのよ」
江美の言葉に美月が答える。
「そもそもそうなると遥ちゃん、うちの学校に戻ってくるのかな。もしかしたら別の学校に転校ってことも・・・」
友哉のその言葉に江美が驚きを隠せない様子でいる。美月はというと、分かっててそれを敢えて言わなかったのか、それでもやはり表情は暗いままだ。
「まぁまだそう決まったわけじゃないし、とりあえずあいつが良いって言う頃にお見舞いに行ってやろうぜ。行けばどんな調子かも分かるだろうしさ」
そう俺が元気付けるように言ってみたものの、友哉と江美と美月の三人の表情は暗いままだった。
重たい雲に覆われた空が、辺りを次第に暗くしていく。しばらくすると、外からポツリ、ポツリと窓ガラスを叩く音が聞こえ始める。
「今日午後からは雨か・・・。折りたたみ傘があるから別にいいけど」
その雨粒の音は教室の雑踏によってかき消されることなく、次第に強さを増していくのであった。




