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道上準貴:主人公、高校一年生。父と二人で暮らしている。
高橋 遥:主人公の幼馴染。現在諸事情で入院中。
道上 知子:主人公の母親。主人公が中学二年生のときに交通事故で亡くなる。
少しくたびれながら自分の家に帰った俺は、洗濯や掃除、あとは学校の予習など一通りのことを済ませた後、和室にある仏壇の扉を開けた。そこには俺が生まれる前の、もっと若いころの母親の顔写真がぽつんと置いてある。俺は写真の前にある二つの燭台に蝋燭を立て、擦ったマッチでそれに火を灯す。その後鈴を数回鳴らし、手を合わせる。
忘れもしないあの光景。それは病院で全身を包帯でぐるぐる巻きにされ、目だけが少し出ている真っ白な姿。親父に連れられ午後の授業を早退し、学校から急いで駆けつけた俺が見たのはそんな変わり果てた自分の母親だった。祖母も祖父も、パート先の店長と思われる人も既に来ており、俺たちが関係者の中では一番最後だったらしい。みんながその変わり果てた母親の姿にショックを受けていたというのは当時の俺でも分かったくらいだ。しかし自分は何が起きたのかすら呑み込めずにいた。その日の朝、俺がぶっきらぼうに言った「いってきます」が母親に言った最後の言葉になるなんて、自分でも信じられなかった。それでも現実はそこにあり、自分はただただ目の前の光景に立ち尽くすことしかできなかったのを覚えている。
「こんばんは、母さん。久しぶりだね」
手を合わせた後、自分は誰もいない部屋で一人語り始める。蝋燭に火を灯し、鈴を鳴らした後なら、ほんの少しだけ母親が目の前にいるみたいで、少しだけ安心する。目の前にあるのはただの遺影で、誰も俺の話なんか聞いていない。そんなものは百も承知だった。だけど自分は今の胸の内にあるものを誰かに話さずにはいられなかった。
「遥・・・、戻ってくるのかな」
誰もいない部屋で自分はそう口にした。遥は少しわがままで、態度だってそっけないやつだと思う。だけど、それでも。俺と小学校の頃から一緒に成長してきた大切な友達の一人だ。そしてその友達がいま、命の危機に瀕している。ここ数週間、遥の様子が少しおかしいというのは薄々ではあるが感じていた。しかしあいつ自身、気分屋なところがあるし、もう少しすれば元気になるだろう。そう勝手に自分が思っていたのだ。それに事故直前に遥が送ってきたあのメール。それに俺が反応してやれれば、なんらかのアクションを起こしてやれば、もしかしたら彼女は助かっていたのかもしれない。彼女はきっと、本気で悩んでいたのだ。そう考えるたび、自分のなかの得体の知れないなにかがふつふつとこみあげてきた。ただ考えることは一つ。もう大切な人を失いたくない、ただそれだけだった。母親のいない悲しみを実感したのは、葬式が終わり、母親の死後はじめて学校に行った日。俺はその日は部活動にもきちんと参加し、俺が家に着く頃には既に太陽は沈みきっていた。玄関のカギを開け、室内に電気をつけた。そこで目にした異様な室内、俺が家を出てからなにも変わっていない居間。キッチンには朝に使った洗い忘れのコーヒーカップ。床には脱ぎっぱなしの服とズボン、そして誰も座っていない三人掛けのソファ。その瞬間俺は泣き崩れた。家族が一人いないってのはこんなにも悲しいことなのかとそのときはじめて実感した気がする。
「お願いだ。遥をまだそっちの世界に連れていかないでくれ・・・」
自分が遺影にそう語りかけたときには自然と涙がこぼれていた。もうあんな思いはしたくない。なぜ俺ばかりこんな目に遭わなきゃいけないんだ。クラスのやつらにとっては、出会って数か月の女の子かもしれない。でも俺にとって遥は、幼少期から一緒に過ごしてきた大切な人だ。神様は俺からどれだけの人を奪えば気が済むのだろう。そんなやりばのない憤りを覚えずにはいられなかった。俺はあいつの彼女でもなければ、ガールフレンドでもない。ましてや婚約者なんか絶対に有り得ない。でも、それでも今では一番大切な友人だ。
自分はただただ祈るしかなかった。今、病院で寝ている彼女にこの願いが届かなくとも。
第二巻へつづく。




