第3節
~登場人物紹介~
道上 準貴:本作の主人公、高校一年生。イケメンだがオタク。小柄。
高橋 遥 :主人公の幼馴染。元野球部マネージャーで現在諸事情で入院中。
石川 彩音:二年生の先輩。一つ年上の彼氏がいる。
※この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。
その後、美味しい料理に思いのほか箸が進み、俺の方がだいぶ速く晩御飯を食べ終えたので、ごちそう様をした後、キッチンへと食器を下げてしまう。ついでにこれらはすぐ洗ってしまった方が早いだろう。後になると洗うのがめんどくさくなるからな、と思いつつ、キッチンにあるスポンジに食器用洗剤をつけて洗う準備をする。
「なんもいいのに、私洗うよ?」
「いいんですよ。それより先輩は遥のなに聞くか考えておいてください」
「・・・忘れてた。なんかもうこのままおしまいかと思ってたよ」
「俺は別に帰ってもいいんですけどね」
「わかった、考えるからちょっと待ってよ」
そうして俺が先輩の分も合わせてお皿を洗っている間、先輩は居間でずっとスマホの画面を見ていたようだが考えるつもりがないのか、それとも頭の中で既にまとまっているのか、とにかくあまり長居するわけにもいかないので、ちゃっちゃと、でも雑にならないように黙々とお皿を洗ってしまう。
皿洗いをこなした後、軽く手をふき、居間のソファーにいる先輩へ声をかける。
「終わりましたよー」
「あーありがと、さすがだね後輩くん。今すぐでもお嫁に行けるって感じ?」
「嫁を貰わなくてもいいようにこう今から練習してるんですよ」
「君には遥ちゃんがいるじゃない。あ、そっか。遥ちゃんの話」
「忘れてたんですか・・・」
テヘッ、と首をかしげて少しだけ舌を出す。全然可愛くない。(実は少しだけ可愛い)
だけど先輩はまたスマホをに集中してしまうので、俺はとりあえず座布団のある床に先輩と並ぶような形で腰をおろす。
「よっこらせ」
と床に座ってテレビを眺める。しばらくすると用が終わったのか、先輩がスマホをソファの横に放り投げ、「んー」と体を伸ばす。そして俺の横へと足を伸ばしてくる。俺は石川先輩のそのスカートから出たほっそりとした綺麗な足に少しだけ見惚れてしまう。
「先輩、脚」
「やっ、ちょっと・・・」
俺がそれから目を逸らしながらそう注意すると、彼女は焦って脚をひっこめながら恨めしそうな目つきでこちらを睨みつけてきた。
「後輩くん、セクハラ」
「朝の電車のお返しですよ。それで、遥のことですよね。話していいですか」
「うん・・・。なんか私、舐められてない?」
「舐めてないですよ。というかどこまで話しましたっけ?」
先輩は少し納得できないような渋い顔をしていたが、その顔で、今日の朝、俺が話したことも思い出しているようだ。
「うーんと、確か遥ちゃんが野球部のマネージャーが辛くて自殺したかもって話までは聞いたけど・・・。それは私も一応知ってたかな」
「そうですね、とりあえずどっから話せばいいのか・・・。そうだ、このメール見てもらえばいいか」
とここで俺は例のメールを思いだし、スマートフォンの画面をつけ、事件の日の夜、遥から送られてきた絵文字が一つだけ送られてきたメールを先輩に見せる。
「これが事件の日の夜、遥が線路に落ちる前に送ってきたと思われているメールです」
「・・・泣いてるね、この絵文字」
先輩が俺の携帯の画面を見ながら少しだけ悲しそうな顔をする。
「ってことは、やっぱり事故じゃないんだね」
「先輩、冴えてますね。・・・俺、それに気が付かなかったから、クラスメイトの子、泣かせちゃったんですよ」
「後輩くんが鈍すぎるだけだよ。まぁクラスメイトちゃんの話は今は置いておくよ?ってことはやっぱり野球部以外でなにかあったのかな?」
「やっぱりそうなりますよね。マネージャーの仕事が辛くて、俺にメールを送ってきたってのは考えづらいですか?」
「うん、それならマネージャーやめればいいだけだしね。仕事は強制じゃないんだから。あるいはマネージャーやめたらどうにかされる、っていう脅しはあったのかもしれないけど。でもそれじゃあ転落したんじゃなくて、明らかにいじめによる自殺だよね」
「そうですよね・・・」
と二人ともが黙り込んでしまう。だが、俺がふとあることに気が付く。
「先輩、さっきなんて言いましたっけ?」
「え?明らかに自殺だよねって?」
「違いますよ、その前です」
「え、っと、脅されてたのかなーってとこ?」
「それですよ!」
そうか、と今更のように合点がいく。俺はなぜ今まで気が付かなかったのだろうか。
「遥のやつ、きっとマネージャーの仕事が辛くて辛くて、でもやめたくても、やめられない、だから自殺したんですよ」
「そうなの?」
「だって、そうすれば色々説明がつくんです。そもそも学校側の説明ではフラフラしていた遥が誤って線路に転落したっていう内容だったじゃないですか。でも俺にメール送ってきたってことは事故じゃなくて自分の意思、だとしたら彼女を自殺に追い込む何かがあった、ってところまでは話が進んでたんですよ」
「うんうん」
と先輩が少し前のめりになりながら俺の話を聞く。
「だけどその追い込まれた理由ってのがなにかわかんなくて、思い当たることはないか?って、今日担任の先生に聞かれてたんですよ。例えばそう、クラス内でいじめがあったんじゃないか、とか。ですけど結局あんまり目ぼしい答えはなかったんです。でも仮にマネージャーをやめたら先輩方からなにかされるって脅されてたのであれば、納得のいく説明になります。野球部としても遥にはやめてほしくないでしょうし」
「なるほどねぇ」
と言いながら先輩はあんまり納得していない様子だ。
「だとしたら、恭ちゃんたち三年生が遥ちゃんがマネージャーをやめないように脅してたってこと?」
確かに先輩としては、自分の彼氏が遥の自殺に関わっていると言われて、あまりいい気分はしないだろう。だが、恐らくそんなことはないと俺は説明を加える。
「うーん、まぁその可能性もなくはないですけど、多分違うんじゃないですか。確かにマネージャーがやめると選手も困りますけど、一番困るのはきっと仕事をしている同じマネージャーの先輩方なんですよ。だから今回のことに選手はきっと関係ないです。あるとすれば三年生の女性の、マネージャー同士の脅しがあったとかじゃないですか?」
俺は最後に一応、「あくまで予想ですが」と付け加えて先輩に説明をする。
「そっかー。なるほどね、確かに二年生と三年生のマネージャーちょっと怖いんだよね・・・。私、あんまり仲は良くないんだけど」
「そうなんですか・・・。でも自分で話してて思ったんですけど、この場合、もし遥がマネージャーやめたらなにされるって脅されてたんでしょう」
「それは私にも分からないよ。ってかそれが分かったら苦労しないんじゃない?当事者に聞いてみるしかないでしょ」
「それもそうか・・・」
ほんと、女性同士ってのは怖いなぁと実感しつつ、少し話していて興奮してしまったので、肩の力を抜く。
「後輩くん、遥ちゃんのことになると少し熱くなるんだね」
「違いますよ。まぁ確かに遥だからってのもあるかもしれませんが、なんか見つからなかったパズルのピースが見つかった感覚ですよ。なんだか俺が話すつもりが先輩から答えを聞く形になっちゃいましたね」
「そんなことないよ。私だって後輩くんからのメール見ないとなんにも分からなかったし。でもそっか、これでだいたいのことがわかったんだね」
「はい、あとは遥が目を覚ましてくれれば完璧なんですが・・・」
と言いつつ、まだ遥から連絡は来ていない。あいつのツイッターは事故前のつぶやきが最後だ。恐らく今も病院のベッドで眠っているのだろう。
「じゃあその先輩とやらに話を聞くのが一番早いんですかね」
と俺が先輩に提案をしてみる。だが先輩はあまりいい反応をしてくれなかった
。
「うーん、仮に先輩たちに聞いたところで、いじめのことをあっさりと認めるとは思えないけどなぁ。だって遥ちゃんが目覚めてないんだもん。遥ちゃんが目覚めて、『いじめを受けていました』って言ったら、その後に色々聞かれる可能性はあるだろうけど」
「じゃあ遥が眠っているあいだはこのまま放置しろっていうんですか?」
「そうじゃないよ。これはまだ予想なんだよ後輩くん。真実じゃないかもしれないのに先輩方を疑ったら失礼だよ。後輩くんもあくまで予想だって、さっき言ってたじゃない」
「それもそうか・・・」
と俺は少しだけ考え込む。確かにマネージャーの先輩方が悪いとまだ決まったわけではない、あくまで予想なのだ。それを忘れてはならない。それにもしこれで遥が違うと言ったら、疑った俺たちが非難されるのは目に見えている。遥のためにも、まだ決めつけるのは良くない。そう先輩は言いたかったのだろう。
「後輩くん、やっぱり遥ちゃんのことになるとちょっと周りが見えなくなっちゃうタイプ?」
「違いますよ、って言いたいところですけど。確かにそうかもしれません。俺今日、このまま遥が目覚めなかったらどうしよう、って友達に言われて。俺自身もたまにそう思っちゃうんですよ。皆には絶対目を覚ますから安心しろって言っておいて、実は自分も結構焦ってるみたいです。すみませんでした」
「正直でいいね。そりゃあ遥ちゃんの生死がかかってるんだから、焦るのは当たり前だよ。分かってくれたなら私は嬉しいよ、後輩くん」
と先輩はいつもより優しい声で俺に語りかけてくれた。このときはいつもの学校の先輩ではなく、立派な人生の先輩のように見えた気がする。
「すいません先輩。やっぱり落ち着いてますね。少し羨ましいです」
「ふっ、クールでかっこいい?私」
「えぇ、あとそうやって誇らしげな先輩もちょっとかわいいですよ」
「ちょっと、やめてよ突然」
と言って少しだけ頬を赤く染める。
「先輩って彼氏いるし、結構可愛いのにあんまり褒められ慣れてないですよね」
「どうしたの突然、そりゃあ面と向かって言われれば誰だって恥ずかしいよ」
「そうですか?なんか俺そういう感覚鈍いみたいで」
「後輩くんの場合、顔だけはいいのに・・・ってちょっと残念そうに言われるから耐性ついちゃったのかな。残念だったね」
「まぁそうは言われてますけど」
とことん残念な俺を少し憐れんだ目で先輩が見つめる。
「じゃああとは遥ちゃんが目覚めるのを待つだけかぁ・・・」
「まぁ最初から目覚めるのは待ってるんですけどね。それにしても先輩って、遥が目覚めようが目覚めまいが関係ないですよね?」
「まぁ、直接話したこともないし、ましてや仲が良いわけではないよ。でもやっぱり恭ちゃんのためでもあるし、それに後輩くんの話色々聞いていると、遥ちゃんには元気になってほしいってのはめちゃくちゃ思うよ。じゃないと後輩くん、一生独身になっちゃうもん」
「その理屈はよくわかりませんが、とりあえずありがとうございます。遥の話はこんな感じでいいですかね」
「うん、いい話が聞けたよ。じゃあ早速彼にライン送っちゃうね。一応文章確認してもらってもいい?」
「えぇ、いいですけど」
それはいいのだが、そんなに簡単に教えていいものだったのだろうか、もしかしたら先輩が当事者の可能性もなくはないのだが、それだけ信頼しているのだろう。というかそれ以前に俺と石川先輩が今、一緒の家にいるということがバレなければいいのだが。俺はいろんな心配をしつつ、先輩が彼氏さんへ報告するメッセージができるまで部屋を見回す。部屋の時計はもう既に夜の九時を回っている。
「それにしても、ご家族の方、帰ってこられないですね」
「うん、お父さんは単身赴任でいま札幌にいるんだ。あとお母さんはよくママ友達と一緒にお茶して帰ってくるのが深夜ってのはよくあるよ。次の日にお仕事がないといっつもこうだよ、もう」
と少しだけ呆れたように先輩が話をしてくれた。と、ここで俺は以前に先輩と会った時の会話を思い出す。
「あれ?先輩、妹さんと弟さんがいるって言ってませんでした?」
「あー、ごめん。あれ嘘」
「えっ、ウソ?なんでまたそんな嘘を」
「いや、だって卵欲しかったんだもん。恭ちゃん卵好きなんだもん!彼氏のためって、でっかいオムライスを作るためって言えないでしょ!」
「・・・わかりましたよ。ごめんなさいね、俺が悪かったですよ」
別にどれだけデカいオムライスを作ろうと、一パックもあれば足りるのでは?とは思ったのだが、きっとなにか理由があるのだろう。オムライス以外にもお弁当とかにも使うからね、卵。先輩が何故か少し涙目なので、俺は何も言わずに別の話題へと話を振る。
「そっか、じゃあいっつも晩御飯は一人で?」
「まぁね、あとはスーパーのお弁当貰って来たり」
「スーパーって、あの駅前のですか?」
「そうそう、私あそこでバイトしてるんだ。後輩くん来るのはよく見てたから気が付いてると思ってたんだけど」
「そうだったんですか、全然気がつかなかったです」
「ふーん。私のことなんて眼中になかったんだ」
「なんですかその言い方」
それにスーパーでバイトしてるなら、卵だってお店側でとっておくとか、どうにでもなりそうなものだが。そう思いながらもやはり俺は何も言わないでおく。その後まもなく、先輩が彼氏さんに送る予定の文章を見せてくれた。おおまかなことはさきほど話した通りで、石川先輩が彼氏さんに『マネージャー同士でいじめなどの悪いことはなかったか』あとは『選手同士で遥をいじめてはいなかったか』という旨の文章をふんわりオブラートに包む形で聞いてくれている。彼氏さんとはいえど先輩なので、あまり強くは聞けないのだろう。そう思い俺は一通り目を通してオッケーサインを出す。
「先輩、文章上手ですね」
「そんなことないよ。まぁ恭ちゃん家に帰ったらお風呂に入ってすぐ寝るみたいだから。三年生で大事な時期ってのもあるし、それに部活で疲れてるのに長々と文章送るのも嫌だから、簡潔にわかりやすくしないと」
「そっか、あんまり長々と話してる暇もないのか。確かに部活帰ってきたらヘトヘトだもんな・・・。その気持ちは俺もすごく分かります。でもそれじゃあ話す暇とか全然無くないですか?」
「だから学校の昼休みとか放課後の部活始まるまでギリギリとか、お話したりしてるから。恭ちゃんキャプテンで忙しいから私の方で時間見つけないと。それに恭ちゃん休みの日とかは全部私のために時間を割いてくれているみたいだし、寂しいなんてことはないよ」
確かに、今の話を聞いていると、学校で学年が違うためか会える時間も少なく、そのちょっとした時間のために少し大胆なオシャレをしたり、彼の好きな格好をするのは納得がいく気がする。
「ほんと、先輩ってすごいですね。リアルにもこんな女の人がまだいたんですね」
「リアル?後輩くんは二次元が好きなの?」
「まぁ、幼馴染がアレでしたんで。今はちょっと気が変わりましたけど。あいつほんと気が強くて、俺じゃあとても敵わないんですよ」
そういうと、先輩が少しだけ笑ってみせる。
「そうかな、私はお似合いの二人だと思うけども?」
「そうですか?意外と見る目はないですね先輩」
先輩はまた再び笑って見せたが、今度は少しだけ元気がなかった。
「うん、私、ちょっと二人が羨ましくて。いっぱい話せてるってのもそうだけど、こう何事も包み隠さず、ありのままの自分同士で話せてる気がして」
「まぁ、十年以上も一緒にいればもう隠すこともなにもないですからね。先輩の場合は・・・、どうなんでしょう。今更素の自分ってのもやっぱり変なんですかね」
「うん・・・、それで嫌われたらどうしようって・・・。なんだかんだそうしているうちに一年経っちゃってさ」
と話す先輩の顔は少しだけ不安そうだ。先輩も色々と悩んでいることがあるのだろう。自分の今の姿は本当の姿ではない。だけども本当の姿を晒すのが怖い、なんてこと、俺は経験したことないが、きっとさまざまな葛藤が彼女の中で入り乱れているのだろう。
「そうなることは付き合ったとき分かっていたんだけどさ。まぁでも中学の私に戻りたいかって言われれば戻りたくはないし、ちょうどいいのかな」
「そういえば、先輩って俺と中学同じですよね、俺、先輩のこと見たことがないどころか、知らなかったんですけど」
「私、中学は休みがちだったからね。あ、そうだ後輩くん。せっかくだし中学のときのアルバム見る?」
「ちょっと興味はありますけど」
中学時代の先輩はどのような姿だったのだろうか。少なくとも今ほどケバケバした格好はしていなさそうだ。
「じゃあ私の部屋においでよ。こっちに持ってくるのもめんどうだし」
「えぇ、先輩の部屋ですか」
「なにさ、嫌なの?」
俺が躊躇うのを先輩が少し意地悪そうな顔で様子を見ている。俺が入りたがらない理由も分かっているくせに。
「いや、だって先輩が彼氏さんといつもいちゃいちゃしている部屋に俺が入るんですか?アルバムをこっちにもってきてくれればいいだけの話じゃないですか」
「・・・その言い方はちょっと嫌だけど。でもいいじゃんせっかく部屋片付けたんだし」
「はぁ、それじゃあ・・・。ヘンなものとか落ちてないですよね?」
「無いよ!ちゃんと片付けたもん!」
「・・・」
あまり気は進まないが、先輩の中学時代の顔も気になるので行ってみることにした。




