第5節
~登場人物紹介~
道上 準貴:本作の主人公、高校一年生。イケメンだがオタク。小柄。
高橋 遥 :主人公の幼馴染。元野球部マネージャーで現在入院中。
小室 江美:主人公の隣の席のクラスメイト。パソコン部。
池田 万理子:一年E組のクラス担任兼パソコン部顧問。教師。
吉田 葵:パソコン部部長の二年生。
※この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。
準備室に入ると、そこには授業で使用する書類やパソコンのソフトが棚の中に並べられていた。中央にはテーブルとソファが置いてある。
「まぁ、とりあえず二人とも、腰かけてくれ」
「はい、失礼します」
俺は一応、改まって一言声をかけた後に座る。江美はというと、突然先生に呼ばれ、少し緊張しているのか、何も言わず無言で俺の隣に腰かける。二人で座るとソファが急に沈み、思ったよりも二人の距離が近くなったことにドキッとしてしまう。
「あの、何の話ですか?」
と動揺を隠すかのように俺が口を開いたが、先生はニヤニヤしたまま二人を見つめている。
「道上はともかく、小室、緊張しすぎだ。別に説教をするわけじゃないんだ。肩の力を抜いていいぞ」
「はい」
と言われて、少し安心したようだが、江美はまだ少し顔が強張っている。彼女、ふだんはのほほんとしているが、こういった雰囲気は少し苦手なのだろうか。
「あのな、ちょっと二人に聞きたいことがあってな。高橋のことなんだが」
「高橋・・・?あぁ、遥のことですか」
今一瞬、苗字で言われて、誰だ?となってしまったが、遥の苗字は高橋だったことを思い出す。
「そうだ。最近、高橋についてあまり良くない噂が流れているようでな、その確認だ」
「良くない噂?」
「うむ、例の事故のことでな。あの一件は、今のところ、彼女がホームから誤って転落した『事故』という扱いになっている。しかし、最近、クラスでのいじめが原因で自ら『自殺』したのではないかという話をちらほら聞いてな」
少し先生が遠まわしに言う。なんで直接言わないんだろう、と少しだけ考え、
「そう言うってことは、俺らのクラス内で、遥のいじめに関して知っていることがあれば教えてくれ、という風に解釈していいですか?」
俺が普通に思ったことを口にする。
「話が早くて助かるが・・・。うーん、でも、その様子だと、知らないようだな」
「まぁ、遥がE組でいじめられていた、なんて話は全然聞かなかったですね」
そうか、と先生は意外と簡単に納得してくれた。
「小室はどうだ?」
「えっ、私ですか。私もよくわかんないです・・・。遥ちゃんがうちのクラスでいじめられているかどうか、ですよね?」
「まぁ、簡単に言ってしまうとそういうことだ」
そんなバカな話があるか、と思いつつ、遥の言動を思い出す。あいつ、マネージャーの仕事が辛いとは言っていたものの、クラスで誰かにいじめられている、なんて話は、一切聞いたことがない。
「確かに、ゴールデンウィーク明けくらいに、女の子同士のトークが夜まで続いて、めちゃくちゃ眠いって話は聞いてましたが、それが原因でいじめられている、って話までは・・・」
「ふむ・・・」
「それにあいつ、どちらかというと気は強い方だし、いじめられるってことはないような気がするんですけど。まぁ、でも逆にそれが仇となって、クラスで浮いちゃうってことはあり得るかもしれませんけど、そんな話俺は聞きませんでしたね。始まってまだ二ヵ月とかですから・・・。まぁこれは男子の意見なので、あまり参考にはならないかもしれませんが」
「いいや、そんなことはないよ。ありがとう。小室はどうだ?」
「そうですね・・・。だいたい準貴くんと同じ感じです。私たち部活の四人と遥ちゃんで学校帰り遊びに行ったり、仲は良かったので。そういった相談があれば聞いているとは思います・・・」
「そうか、ありがとう」
「それに俺、あいつと小、中ってクラスが一緒だったんですけど、遥は、気は強くとも、協調性はありましたし。どんな奴とも仲良くできるって感じですかね。本当に仲が悪い人がいないくらい。そういったのは何回も見てきてるんで、いじめられていた、ってのはあんまり想像できないですね」
「道上は高橋と仲が良いと思っていたら、小・中と学校が一緒なのか」
「そうなんですよ。まぁ幼馴染だから、ってわけじゃないですけど。だからあいつがもし自分から命を絶ったって分かったら、俺、きっとあいつのことぶん殴りに行きますよ。なにしてんだって」
そういうと、先生は少しおかしかったようで、微妙に口角をあげてみせる。
「ふっ、なんだそれは・・・。でも言いたいことは分かった。では高橋がE組のクラス内でいじめられているという噂は間違いだと思っていいんだな?」
「はい、俺、女子の奥深い事情とかは分かんないですけど、少なくとも一緒にいてそういう話は聞いてないですね」
「小室も同じか?」
「そうですね・・・。彼女からそういった話は全然聞かなかったです」
「そうか。ありがとうな。二人とも」
と言って、先生は手元にあるコーヒーに口をつける。
「先生も大変ですね、担任しているクラスがスタートして早々ですもんね」
「まぁそれも教師の仕事だからな。それに、私も私の目には自信がある。うちのクラスにいじめなど、いまのところなかったと見ていたからな」
「先生・・・、少しかっこいいですね」
「ふっ、バカにするな。これでも教師だぞ」
と言いつつ、先生が、俺とは対照的に自分ではあまり喋っていない江美に話をふってみせる。
「小室、ずいぶん静かだな。どうかしたか?」
「いえ・・・。準貴くん、前、野球部のマネージャーがどうとか言ってたよね、そのことを先生に話した方がいいんじゃないかと思って」
確かに、そういえばこのことは今のところ、友哉と今朝、石川先輩くらいにしか話はしていないか。江美と美月には「野球部のマネージャーのことで、遥から相談受けたりしたか?」程度しか話していなかったのか。
「あぁ、そうだな。あいつ、事故の一ヵ月くらい前に、野球部マネージャーの仕事が辛いって、そんなことを言ってた時期があって。でも今が頑張りどきだから、って話はしてましたね」
と、俺の知っていることを報告する。しかし、先生は一応そのことは知っていたらしく、
「あぁ、そのことは既に聞いている。だから線路に誤って落ちてしまったのは、部活帰りの彼女が、フラフラの状態で誤って線路に落下してしまった事故だと今のところ推測している。まぁこれは、推測で、それ以上でもそれ以下でもないわけだ」
俺も正直この線が一番現実的で、納得のいく推測だと思う。前も考えた通り、もし自殺であるのなら、線路に落ちなくても、もっと違う方法があるはずだ。
しかしここで、江美が「でも」と言葉を続ける。
「でもね、そうするとなんで遥ちゃんは準貴くんにメールを送ったのかなって・・・。それだけが引っ掛かって・・・」
「道上、お前、メールを貰ってるというのは本当なのか?」
「そういえばそんなのもありましたね」
そう思い出すと、ポケットから自分のスマホを取り出し事件当日に受信した遥からのメールを開く。
「題名は無題で、本文の一番下に泣いている絵文字が一つくっついてあるんですよ。でも俺がこれを見たのは事故の起きた次の日の朝で・・・、送られてきたのは事故の日の夜です。迷惑メールだと思って、気が付かなかったんですよ。ほんと俺がしっかり携帯見てないばかりに」
そう俺が先ほどより少し低い声音で言うと、江美が大げさに両手を振り、とんでもない、と言わんばかりに話しだす。
「別に準貴君が悪いわけじゃないよ。そんなの送られてきたって、私だってきっと困っちゃうもん。・・・でもね、送ったからにはきっと、訳があると思うんだ」
「というと、事故じゃなく、自ら飛び込んだ、と言いたいのか?」
先生が少しだけ、目を細めて江美に問いかける。
「はい・・・、あんまり考えたくはないんですけど・・・。そのメール、私には幼馴染の彼に宛てた『助けて』って遥ちゃんが伝えたかったメールにしか、見えなくて・・・。ごめんね準貴くん」
「別に江美が謝るようなことじゃないさ。そうか、やっぱりなにか言いたかったのかな。でもそうするとこのメールに対する説明もつくよな」
「ふむ、そうか。となると、クラス内のいじめではないが、彼女を追いこむ、なにかがあった、と考えるのが妥当な線なのか・・・」
と先生なりに結論を出した後、俺たちをやっと解放してくれるようだ。
「二人とも、このことは他言無用にすると誓うよ。そして、私が今回話したことも、できる限り他言無用でお願いする。色々と分からないことが多いからな。今日はありがとう。疲れただろ?しばらく二人でこの部屋でゆっくりしてくれ」
「先生・・・、今日は一段と先生らしいですね」
「一応教師だからな、と何回も言わせるな馬鹿者。部長には適当に説明しておく。良い時間になったら出てきてくれ」
「はい、ありがとうございます」
と言って、先生は部室の方へと姿を消した。準備室には俺と江美の二人しかいなくなり、時折隣の部屋から先輩たちの笑い声が聞こえてくる。
「いやー、疲れたね。さすがにちょっと緊張したよ」
と俺がまた背筋を思いっきり伸ばす。しかし隣からの返事はない。そこでふと江美を見てみると、何故か彼女の瞳には溢れんばかりの大粒の涙が浮かんでいた
。
「・・・、どした?」
「ごめんね、準貴くん。私、ひどいこと、言ったよね?」
「なんでだよ。もしかしてメールの話か?俺は全然大丈夫だって。確かに俺は遥からの大事な手がかり的なメールは見逃しちまったけど、江美が気にするようなことじゃないだろ」
「だって・・・、私、自分のことじゃないからって、・・・準貴のせいにするような言い方しちゃった・・・、最低だよ・・・」
「ほら、とりあえず鼻かんで。泣くことなんてこれっぽっちもなかっただろ」
とりあえず彼女の瞳がうるうるして今にも涙が頬を伝いそうなので、ティッシュとハンカチを差し出す。しかし、彼女は鼻をチーンとかんだところで、また少し泣き出してしまう。
「ごめんね・・・、私なんにも力になれなくて」
そして、彼女の瞳から涙が溢れ、少しずつ頬を伝って流れていく。俺は今、十六年間生きてきた中で初めて女性を泣かせてしまったのかもしれない。彼女はなにをそんなに悲しんでいるのか、俺には少し理解しがたいところもある。しかし、自分は迷った挙句、勇気を出して彼女の手に自分の手のひらを乗せる。
「大丈夫だ。遥は絶対生きて帰ってくる。みんなで鶴も折ったんだ。待っていればいつかひょっこりツイッターでも更新するさ。そのときは皆でお見舞い行ってやろうよ」
「うん・・・。ありがと」
「だから泣くなって」
彼女は優しいのか、感受性が豊かなのか、俺が泣くなと言えばいうほど、涙が溢れ出てくる。なのでしばらく一人にしてあげよう、そう思い、江美にポケットティッシュとハンカチを渡し、自分は準備室から先に出る。
部室に戻り、隣とのドアが完全に閉まると、先輩方と先生が冷やかしの目でこちらを見ていることに気が付く。
「おっ、女泣かし」
「なんでばれてるんですか」
「彼女、私が部屋を出る前からそんな顔をしていたからな。それと、彼女の鼻をすする音がこっちにも聞こえてきたんだよ」
そう先生が教えてくれた。だからと言って、女泣かしは酷いだろう。
「なんで、江美ちゃん置いてきちゃったんですか?」
部長さんにそう尋ねられる。
「いや、あいつ、なんだかよく分からなくて・・・。俺が近くにいると泣いちゃうんですよ」
「女泣かし」
「女泣かしだー」
と、名前の知らない先輩方からまでも、女泣かしと呼ばれてしまう。
「こら、彼も彼なりに悩んでるんだ。あまり茶化さないでやれ」
そう先生が一応フォローしてくれてはいるものの、そもそも先生のフォローがしっかりしていれば、俺は先輩方から女泣かしと言われずに済んでいるのではないだろうか。そのなかでも部長さんだけは、俺の味方でいてくれるらしく、色々と悩んでくれているようだ。
「でも、彼女を一人、隣の部屋に置いてくるのはどうなんでしょう・・・」
「それは俺も思いましたけど、でも仕方がないんですよ。落ち着くまでこっちで待ちます・・・」
俺が自分の席に座り、少しだけしんみりしていると、先生が呆れたように話し始める。
「バカか道上は。彼女を泣かせておいて、放置はいかんだろ」
と、皆さん、部長さんと同意見のようで、半分笑いながら、先生までもが冷かしてきた。
「ひどいですよみなさん。じゃあどうすればいいんですか。ってか、そんないじめるなら俺もう部活来ないですよ」
「それは困る」
「それは困ります―」
「それはダメだ」
「なんなんですか・・・」
俺が少しキレ気味に言うと、部長さんが笑顔で対処法を教えてくれた。
「自分のと、彼女のカバン持っていますぐそちらの部屋に向かってあげたらどうですか?準備室のドアから外に出れますので、そうすれば私たちと会わずに済みますよ」
「さすが部長。優しいな」
「よっ、フラグ修復士」
「やめてくださいよ、なんですかそのあだ名は」
先輩たちの冷やかしを、部長さんがすかさず突っ込む。しかしその発想はなかったな、さすが部長さん。少し茶番っぽい気もするが、そうと決まれば今すぐ実行しかないだろう。
「みなさん・・・、というか部長さんだけですが、ありがとうございます。いや、皆さんも色々と気をつかってくれてありがとうございます」
「ほぉ、皆が気を使っていることには気が付くんだな」
「当たり前じゃないですか」
先生にそう返しをしながら、机の上に出ている教科書を適当に突っ込み、江美のカバンと俺の学生カバンの二つを背負う。
「では、また次回」
「はーい、お疲れ様―」
と皆に見送られながら俺はまた再び、隣の部屋へと移動する。




