第4節
~登場人物紹介~
道上 準貴:本作の主人公、高校一年生。イケメンだがオタク。小柄。
高橋 遥 :主人公の幼馴染。元野球部マネージャーで現在入院中。
小室 江美:主人公の隣の席のクラスメイト。パソコン部。
喜田川 友哉:主人公の親友。黒縁メガネ。読み方は『ともや』
棚木 美月:準貴のクラスメイト。江美の親友。毒舌。
池田 万理子:一年E組のクラス担任兼パソコン部顧問。教師。
吉田 葵:パソコン部部長の二年生。
※この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。
長い一日があっという間に過ぎていき、一時間目から六時間目までのすべての授業が終わった。俺は教室の椅子で大いに背筋を伸ばす。
「ああああ、つかれたー」
「おつかれさま」
「あぁ、江美こそ、おつかれさま」
椅子の上で俺が体を伸ばしている最中、突然隣の江美に話しかけられる。六時間目の授業は数学で、比較的集中してた分、体がだいぶ緊張していたようだ。ていうか、六時間目に数学持ってくるなよ、生徒のこともっと考えて。
「私は、ほとんど寝てたから・・・、エヘヘ」
「ですよねー」
六時間目に限らず、隣からしょっちゅう寝息が聞こえてくるなぁとは思っていたが、本当に寝ていたらしい。寝る子は育つとは言うが・・・。彼女、授業開始からものの数分で机に突っ伏し、チャイムが鳴ったところでやっと起きたようだ。机で寝ていたせいで、顔にノートの跡がついている。
「江美、頬にノートの線の跡ついてるぞ」
「えっ、うそ。でもいいや。どうせとれないし」
「あとよだれ・・・」
「えっ、それは・・・ジュルッ」
もう俺はこの子の将来が心配で仕方がない。彼女はセーラー服の襟で口をごしごしとこすったあと、エヘヘと言いながらこちらを見て微笑む。可愛い、けどちょっとバカっぽい。そんなことを思っていると、池田先生が教室に入ってくる。簡単な連絡事項を済ませ、ショートホームルームはお開きになる。授業自体はこれでおしまいだ。
「準貴、帰ろうぜー」
「友哉、悪い。俺、今日は部活行くわ」
「そうか、俺は今日用事あるから先帰るよ」
「なんだよ、つれないな」
「仕方がないだろ。今日、妹が用あるっていうから」
「お前妹いるのか、知らなかった」
初耳だ。なんといううらやましさ!そんなことを考えている俺をよそ目に友哉が江美と美月に声をかける。
「二人は部活どーするの?」
「私は今日バイトがあるから帰るわ」
「私は・・・、どーしよ」
棚木さんはというと、今日は、アルバイトの予定があるみたいだ。江美は基本、美月と一緒に来るので、今日は来ないのだろう。
「お、じゃあ美月ちゃん、一緒に帰ろうぜ」
「誰があんたなんかと」
こいつ、女の子と一緒に帰るとか、リア充か。そんなことを思いながら江美の方に視線をやる。彼女は少しだけ悩んだ後、結局美月とは一緒に帰らず、部活に行くことに決めたらしい。
「準貴くんが行くなら、私も部活行こうかな」
「えっ、まぁでも、俺一人だとちょっと気まずいし、助かるよ」
「うそ、江美あんた、私と帰るんじゃないの?」
うーん、と唸りながら、やっぱり江美は部活に行くと決めたようで、小さくゴメンと美月に向かって手を合わせる。
「よし、じゃあ帰ろっか、美月ちゃん」
「あんたは黙ってなさい」
「いいじゃん、どうせ帰る方向一緒なんだし」
そう言いつつ、俺らは一緒に教室を出る二人を見送った。
「あの二人、なんだかんだで仲良いよな」
「ふふっ。美月ちゃん、きっと照れてるんだよ」
「それだけはないと思うよ・・・」
美月に限って、あの男に照れ隠し、ということはきっとないだろう。まぁでも、俺と友哉の付き合いより、江美と美月の付き合いの方が圧倒的に長いので、俺にはそう見えなくても、もしかしたら、そうなのかもしれない。
「ねぇ、準貴くん。お願いがあるんだけど」
「ん?なした?」
少し深刻そうな顔で、俺に声をかける。
「ノート・・・、見せてくれない?」
「数学か?別にいいけど俺のもあんまり綺麗じゃないぞ?」
自慢ではないが、俺の書く字はあまり綺麗な方ではない。眠かったから、とかではなく素で書く文字が美しくないのだ。生まれつきというか、丁寧に書くつもりがないというのもあるが、あまり人に見せられるようなノートではないのは確かだ。
「全然大丈夫だよ。あと、簿記と国語と英語も見せてもらえれば・・・」
「わかったよ、部室に持っていくからそこで見せる」
俺は苦笑いを浮かべつつロッカーから言われた教科のノートを取り出す。彼女、もう授業中ほとんど寝ているのかもしれない。そして二人で一緒に部室へと向かうのであった。
「こんにちはー」
「おー、今日は二人か。久しぶりだね、そして珍しい組み合わせだね」
部室に着くと、部長さんが出迎えてくれる。既に先輩たちは部室内で女子会を始めていた。六人ほどでテーブルを囲み、お菓子やらジュースやらを頬張っている。ここの教室、飲食禁止のはずですが。それは見なかったことにし、俺たちは、一年生の席である前の方に座り、パソコンの電源を付ける。江美の隣のこの席は、いつもであれば美月が座っているのだが、今回は江美にノートを見せるということもあり、俺がその席にお邪魔する。
先輩方は、活動する様子もなく、女子会を継続中なので、俺はバッグからノートを取り出し、江美に渡す。
「ほれ、まずこれが数学で、あとは国語と、英語、簿記のファイルはこれな」
「うええええぇぇぇ。ありがとうございます、準貴くん」
江美が突然奇声をあげ始めるので、俺は少しだけぎょっとする。
「なした、なした」
「だってぇ、美月ちゃんノート見せてくれないし、もうどうしようかって。授業ついていけなくて置いてきぼりだよ、私」
「大丈夫だって。そんな難しいことはやってないから。てか美月のやつ、ノート見せてくれないのか?」
「うん・・・、ノート見せてくれないっていうか、美月ちゃんの場合、ノート見ても難しくて何書いてあるかさっぱりなんだよ。なんか暗号みたいで、黒板と全然違うんだもん」
「なるほどね。でもたまーにいるよ、そういう人」
恐らく彼女は、板書を書き写すのではなく、自分の理解した点、あるいは分からなかった点、あとは要所などを全て脳内で一度まとめ、メモのように自分専用のノートを作り上げる人なのだろう。クラスで一位というだけあり、美月のノートはだいぶ素人離れしているのかもしれない。少なくとも俺にはそんな芸当はできないし、しようという発想にすらならない。後で自分が見て理解しやすいのであれば、そちらの方で全然問題ないのだろう。
「やばい・・・、真っ白・・・」
「時間はたっぷりあるから」
「うん、頑張る」
と言って彼女はノートの書き写し作業を始める。チラッとみたところ、彼女のノート、一ページ目から真っ白のように見えたが、大丈夫なのだろうか。まぁ俺はというと、六時に五稜郭駅に行けばいいので、あと二時間ちょっと時間がある。それまでにはきっとどうにかなるだろう。とりあえずワープロの早打ちの練習をするため、適当な原稿をキャビネットから持ってくる。早打ちの内容は単純で、十分間の間に、原稿に書かれている文章を、そのまま自分でパソコンに打ち込むというだけである。その速さを競うのだ。パソコンのファイルを開くと、以前、美月が挑戦したと思われる文章があった。打ち込んだ文字数を見てみると
「百六十三文字か・・・。十分間でこれなら、だいぶ遅い気がするけど、こんなもんか?」
四人で部活に出てはいたものの、誰かの記録をしっかりと見るのは初めてだ。十分で約百六十文字、だとすると三秒とか四秒の間に一文字という計算になる。となるとやっぱりだいぶ遅いな。もしかして美月はパソコンが苦手なのだろうか。まぁ今時代、フリック入力の方が早い女子高生はごまんといるだろう。
「なぁ、江美。美月ってパソコン苦手なのか?」
「えっ、まぁ確か得意じゃないとは言ってたけど。どうして?」
「いや、美月の記録があってさ。どうなのかなぁって」
「前、家にパソコンが無いって言ってた気がする・・・」
なるほど、それでは仕方がなかろう。確かに今時代、パソコンがなくても生きていけるようにはなったからな。スマホ様々である。
「ねぇ準貴、ところでこれ・・・、なんて書いてあるの?」
「あぁ、簿記か。これは多分『当座預金』だな。ごめんな字汚くて」
「ううん。ありがと」
「にしても簿記ならプリントだし、美月に見せてもらうことできそうだけど」
簿記、とは商業科特有の科目で、なんだか俺たちもよくわからないが、会社の経理とか、事務とか、そういうことをするのに必要な知識らしい。簿記の場合、ノートではなく、毎授業ごとにプリントが配布され、穴埋め方式のような問題ばかりなので、わざわざ汚い俺のプリントを見なくてもいいような気がする。
「うーん。簿記ってさ、なにを言っているのかがよく分からなくて。私も美月ももう全然意味が分からないよって話してるんだ。よく理解できるね、準貴。今度美月にもプリント見せてあげればきっと喜ぶよ」
「美月も苦手な教科があるんだな」
江美はただ寝ているだけでは・・・、と思いながら、確かに高校に入って初めて出てきた授業なので、面喰ってしまうというのも分かる気がする。それで分からなくなって、授業中は寝てしまう、というのは気持ちとしては理解できる。そして簿記、というのは高校に入学したての頃に行った実力テストの教科には当然含まれていないので、これからのテストでどう影響するのか、という感じなのだろう。
江美はノート写しに集中しているようなので、自分もワープロの打ち込みに十分間だけ集中する。肩に力入れすぎるとあんまり記録が伸びないんだよなぁと思いつつ、タイマーのスタートボタンを押す。ちなみに先輩たちは未だに女子会中だ。彼女たちのお喋りで少し気が散るが、これも訓練のうちの一つだろう。
十分後、タイマーがけたたましく室内に鳴り響く。このタイマー、音量大きすぎだろ。と思いながら急いで止める。そしてふと周りを見ると、先輩たちと江美が俺のパソコンをじーっと見つめ、部長さんがボソッと口にする。
「千文字超えましたね・・・」
「部長、ゲームでは勝ってるけど、原稿打ち、負けてるじゃん」
部長と副部長が呆然としている。他の女性陣も未だに目をパチクリとさせている。
「うわぁあああ、部長としての立場がぁあ」
「落ち着いてくださいよ部長さん、たまたまですよ」
と部長さんが発狂しているのを俺がなだめていると、前のドアから池田先生が入ってきて、発狂している部長さんに問いかける。
「どうした、部長」
「道上くんに・・・、記録を越されました・・・」
「お前ら、練習もせずに後ろでお菓子ばっかり食べているからだろ」
「この時期にブラインドタッチをマスターしている一年生、見たことないですよ」
「まぁ道上はそのなかでもだいぶ速いからな。ほら、練習しろ練習」
池田先生が珍しく先生らしいことを言っているので、俺は少しだけ感心する。というか室内飲食についてはお咎めなしなのか。
「良かったな道上、今日からお前が部長だ」
「すごいね、準貴! 部長昇格おめでとう」
先生と江美が冗談なのか、本気なのか、そんなことを話している。
「さすがに嘘ですよね。俺辞めますよ?そんなことになったら」
「冗談だ。ところで、今日一年は二人か?」
「はい、友哉くんも、美月ちゃんも用事があるって、帰りました」
と美月が説明してくれた。
「そうか、じゃあ二人でいい、ちょっと隣の部屋に来てくれないか」
「?? ここじゃダメなんですか?」
「まぁな。あっちの部屋の方がいいだろう」
「???」
俺と江美は顔を合わせ、なんの話だろうと思いながら池田先生の後を追って、隣にあるコンピュータ準備室に入るのであった。




