第59話
「一体なにがあった?」
騒ぎを聞きつけた賊の長が目を覚ました。
周囲にいるのは彼の仲間達、だが全員が同じ方向を見て驚愕の表情を浮べているのは一体どういうことだ?
「ああ?」
彼らがみている方向に視線を向けてみる。
ここは河口、周りに存在するものと言えば草原と川、昨日略奪した戦利品くらいなものだろうが……
「なんだあれは……女?」
仲間が視線を向ける先、たった一人の女が剣を片手に射かけられる矢を物ともせずに突っ込んでくる。
何本かの矢が手足に当たり相当な痛みのはずだがその顔には怒りの感情以外は無い。
「馬鹿な女だな。死にに来てるぞ。抜剣!ぶち殺せ!!」
剣が届く距離まで来て賊の長の表情が一変した。
「ぎゃあッ!!」
「がはッ!?」
「つ、強い!なん……」
次々とほぼ抵抗も出来ず切り伏せられていく仲間達。
腕が飛び、首が胴から離れ、大地に真新しい血と臓物をぶちまける。
「お、お前等一斉にかかれ!!相手はたかだか一人なんだぞ!!」
長も震える手で剣を抜く、周りの仲間も次々に斬りかかる。
前、後ろ、左右。
だが彼女はまるで全方位見えているかのように片っ端から斬る。
「止まらねぇ!!なんだあの化け物!?」
「ギャアアアアアッ!!」
「逃げろ逃げ………………」
次第に彼女の強さに怯えた仲間が次々と逃げ出し始めた。
自分たちが狩る側だと思っていた。
勝てると確信していた。
死ぬのは女の方だとその場の人間は信じて疑わなかった。
だが結果はこうして斬られ倒れている。
「こんなはずじゃ……」
長の目に女の顔が映る。
怒りを帯びたその蒼の瞳に目を奪われた。
「あっ……」
他の仲間が次々逃げ出していく中、ただ一人呆然と立ち尽くしていた長。
目の前に彼女が迫る。
「…………」
彼女は手にした剣で肩から脇腹まで一直線に切り裂いた。
「本当にあの人が……やったのか……?」
悲鳴が聞こえなくなった辺りでアダン達は恐る恐る近づいてみた。
ずらりと地面に並んでいるのは賊の死体ばかり、夥しい量の血が川に流れ込み水を赤く染めている。
凄惨、ただこの一言に尽きる。
「相変わらずだな。ヘルガ」
「ここまで強いのか……」
死体と血だまりの中、ただ一人立っている人間がいる。
ヘルガだ。
「大丈夫かヘルガ!?」
声に気が付いたのかアダン達に視線を向ける彼女。
肩、腕、足、様々な場所に複数の矢が刺さり血を流している。
それに顔にも血の気が無い。
「かすり傷よ……問題ないわ」
「なわけないだろ!手当してやる」
「必要ないわ」
「いいから来い!」
「要らないと言ってるの。それとも力で私を屈服させてみる?まだ一人ぐらいなら仕留められるだけの力はあるけど?」
どこまでも頑固だ。
血で固まりかけの髪をかき上げ、彼女は歩いてアダンや慌てる村人の脇を抜けていく。
「お前……」
「また会いましょうアダン。その時は遊んであげるわ」
村のはずれにある墓場。
そこには昨日襲われた被害者の埋葬が始まっていた。
ヘルガに熊のぬいぐるみを渡した少女ニナの遺体も。
「あ、あんた!?どうしたんだいその恰好は!?」
「何でもありません。あの子のお墓は?」
そんな墓場に血まみれの女が来ればこんな反応になるのも当然か。
などと考えながらヘルガは少女の墓に案内してもらった。
少女は土を少しかけられたままで止まっている。
傍らには泣きじゃくる母親もいる。
「あ、あなた……」
「『約束』を守りに来ました。お母さま」
「約束?」
悲し気な声音のヘルガ。
懐から出したのは少女から貰ったぬいぐるみだ。
「約束は守ったわ。私は帰ってきた」
母親が気付いたことがある。
彼女が泣いている。
「おやすみ。ニナ」
ぬいぐるみを墓に入れると彼女は何事も無かったかのように去って行った。




