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第五十五話 トラウマ

 目を開けるとそこは孤児院の医療部屋だった。医療部屋といってもいくつかの薬品や包帯、ベッドが置いてある程度だが。


「アル、目を覚ましたのね。頭の具合はどう?」


 僕が体を起こすとすぐ側にフィーリネがいた。僕は言われた通り頭に怪我がないか探る。自分の頭を色々と触ってみる。額の右側を触った時痛みを感じた。


「ここが痛いぐらいかな」


 僕は痛みを感じた箇所を指さしフィーリネに伝えた。


「ああ、そこは見てわかるわ。腫れてるもの。そういう外傷じゃなくてフラフラするとかそういうのはない?」

「特にそういうのはないな」

「そう、よかった。それで、何があったか覚えている?」


 ええと、模擬戦を始めて、それで、身体強化を使った模擬戦を始めて……。


「僕の身体強化が急に解除されて、それでジェスト君の攻撃を受けてしまって……」

「うん、それで気絶してしまったの。……ちゃんと覚えているのね」

「うん」


 でも何で急に身体強化が解けたのかはわからない。


「私はロザリンドさんとリラさんにアルが起きたって伝えてくるわ。まだしばらく寝ててね」

「うん、ありがとう。お願いするね」


 フィーリネは駆け足で部屋から出て行った。


 僕はベッドに横になり、天井に手を伸ばす。そして、身体強化をかけた。問題なく身体強化を使う事は出来る。


 僕はそのまま起き上がり、ベッドから起き上がる。僕は立ち上がり、その場で突きを何度か行った。身体強化が解ける様子はない。

 

 先ほどの光景を再現してみたが、別に変化はなかったか。僕はその場でジャンプもしてみた。身体強化の強さを弱めにしてジャンプしたので、普段よりも少しだけ高い程度だが、確かに身体能力の強化は行われている。


 

「クリエイトウォーター」


 僕は指先に水を生み出し、それを球状に変え、いくつか生み出し自分の周りをクルクル回す。魔力の操作にも問題はない。であれば、あの急に身体強化が解けたのはなんだったのか。僕は用済みになった水球を霧状に変え霧散させる。


 僕は身体強化をかけずに体の中を魔力で満たす。先ほどリラさんが僕の体にしたような満たし方を思い出しながらそれを再現してみる。


 すると、怪我をしている部分、額の右側の魔力の流れがかすかに滞っている様な感覚がする。しかしそれ以外に違和感のある個所はない。外傷や内傷が原因ではない……と。そもそもリラさんが直前に僕に診断をしていたはずだ。体の不調というのはないか。


 そんな事を考えていると扉が音を立てて開いた。


「ああ、目覚めたようだねアル。……フィーリネ少し席を外してくれないかな? アルとロザリンドさんに話があるんだ」

「わかりました」


 扉の向こうから入ってきたのはリラさんとロザリンドさんだった。廊下にフィーリネが見えるが、軽く手を振って去っていった。


 部屋の中に入ってきた二人はそれぞれ部屋の隅に置かれていた椅子を僕の使っていたベッドのすぐそばに置き座った。僕もベッドに座る。


「さて、大体何が起こったかは把握しているが……一応確認するね。アルは模擬戦中身体強化が解けた、あれは意図的な事じゃないよね?」

「はい、急に体が止まった様な感覚がして、すぐにそれが身体強化が解けた事による錯覚だと気づきました」

「なるほどね、最初身体強化は使えていたんだよね?」

「はい」

「今は使えるの?」

「はい。さっき使ってみたんですけど、問題なく使えました。魔法も問題なく使えました」


 僕は先程の様に身体強化を使って見せる。そして、同じように水球を操って見せた。


「うん、やっぱり問題ないみたいだね」

「そうなんですよね、僕もどうしてあんなことが起きたのかわからないんです」

「ふん、早く本題に入りな。わざわざ私を呼んだんだ、何か重要な話があるんだろ?」

「ええ、すみません。それじゃあ本題に。私はアルが身体強化を使っての攻撃が出来なくなっていると考えている」


 まぁ……そう、だよな。他の可能性は全部潰した。身体強化は使える、攻撃もできる、魔法も使える、身体的不調ではない。ならば僕が身体強化を解除された瞬間、つまり僕がジェスト君に攻撃を仕掛けた事、それが解除の原因だろう。


「それで、私はそれがジギスムント君を傷付けてしまった事が原因だと考えている」

「ジギス……ですか」

「うん、以前話した時の事覚えてるかな? 私が心因性の病について研究してるって事」


 うん、覚えている。それでこの世界では珍しいと興味を持ったんだ。


「自分のした事、見た事、それが原因で特定の事をできなくなってしまう人を今まで何人か見てきた。アルの今回の件はその人達のパターンと似ている」


 前世の言葉を使えばトラウマやPTSDと言われる様な事が僕の身に起こっているという事だろうか。


「ジギスムント君を傷付けた、その時の事を詳しく覚えているかな?」


 僕はあの時の事を思いだそうとした。しかし僕の記憶にあったのは血を流し倒れたジギスを見ていた事だけだった。

 僕はリラさんに対して首を横に振る。


「人の心というのはやっかいで、本人の意識しないところでも心は動いているんだ。こういう事を言うと貴族の人達は怒るんだけどね、馬鹿にするな!ってね。人は自分の事を完全に理解するなんて事はできないんだ、だからその心の傷にも気づく事ができないんだけどね」

「それは……」


 僕はそれを否定できない。実際に僕は身体強化を使う事ができなくなっているのだから。


「身体強化を使った状態で人を攻撃する。それがジギスムント君を怪我させてしまった時の事を思い出させてしまうんだ」

「なるほどねぇ」


 ロザリンドさんが口を開いた。


「アルノルトが身体強化状態での攻撃が出来ないってのはわかったよ。あんたは私に何を望むんだい」

「訓練や日々の生活における配慮をお願いしたいです」

「いいだろう。あんたにいわせりゃ現状は病気なんだろう? そんな人間を他の奴と同じ様に扱うわけにはいかないからねぇ。配慮しようじゃないか」

「ありがとうございます」

「で、アルノルトのこれは治るようなものなのかい?」

「わからないとしか言えません。心の傷というのは外傷の様に他人が治せるようなものではないので。本人がどれだけ心の傷と向き合えるのかですので」

「そうかい」

「さて、今回はアルに今の現状を伝えようと思っただけだからね、そろそろ席を外そうかな」

「わかりました」

「さて、アル。今のアルの状況はそこまで深刻なものじゃない。ただ、今後もっと酷くなる事があるかもしれない。呼吸困難や発熱、何か異常があったら私に連絡をよこして欲しい」


 それだけ言ってリラさんは席を立った。

ロザリンドさんも立ち上がる。二人はそのまま部屋から出て行った。


 トラウマ……か。僕はベッドに横になり目を閉じる。そして思い返す。ただ一シーンしかない記憶。それでも色濃く残った手の感触、人の頭を割った感覚、香る血の匂い、全身から熱が奪われる様な焦燥感。


「やめよ」


 鮮明に思い返そうとすると手が震えてきた。これは……来ているな。言われて初めて自覚した。僕は……ジギスに謝りたいんだ。僕のしでかした事を償わせてほしいんだ。


 そんな思いと共に僕の意識は暗闇へと沈んでいく。









 院長室に二人の女性が対面している。


「それで、アルノルトは大丈夫なのかい?」

「ふふふ」

「笑ってるんじゃないよ」


 机に肘を乗せ手を組んだ老婆は向かいの椅子に座った女性を睨みつける。

 その女性は老婆の睨みをものともせずに笑みを浮かべる。


「ふふ、これは失礼。院長様の子供を心配するような優しい一面を見れて私は嬉しいですよ」

「ふん、気に食わない奴だね。その性格は腐っても貴族ってわけかい」

「アルやフィーリネの様に真っすぐなだけでは貴族社会では生きていけませんから」

「御託はいい。アルノルトの前で話せなかった事を洗いざらい話しな」

「そうですね。まずこれからしばらくアルの症状は悪化するでしょう。これは症状の自覚によって起こりえます。それが発作――この場合身体強化が解けることですが、その条件が緩くなるのか、それとも発作の症状がひどくなるのかはわかりません」

「前者なら攻撃行為自体ができなくなり、後者なら身体強化が解けるだけではないってことだね」

「ええ、その通りです。特に後者の場合手足の震えや吐き気、そのような心の傷とは関係のない部分の不調が起こる場合があります」

「……そこまでわかっていながらなぜ、あんなことをした。あの小僧の心の傷を自覚させたのはあんたじゃないか」


 老婆は低く、相手を威圧するような声で女性を問い詰める。女性は悲しげな顔をしてどこか遠い場所を見ながら呟く様に声を発した。


「私の妹は……死にました。病死……という事になっています」

「真相は違うと?」

「私はそう思っています。そしてその犯人は義弟の第一夫人だと考えています」

「確か、アンネローゼだったか。アルノルトがここに来るに至った経緯で何度か見た名だね。屋敷内で随分と対立しているそうだね」

「ええ……。屋敷はほぼ全ての人間がアンネローゼの派閥の人間です。アンネローゼは……いずれアルを殺そうとするでしょう。そうなればアルは今後あの屋敷と戦わなければなりません。その為には現在の様に問題を抱えたままではアルは乗り越える事が出来ません」

「そうかい」

「今、この場所はアルにとってかなり安全と言える環境です。ここにいるうちにアルの内の問題は解決してしまいたいのです」

「悪化させているだけじゃないのかい?」

「これはまだ第一段階です。荒療治になりますが……協力していただけますか?」

「話してみな」



 その部屋での話し合いはその後も日が暮れるまで続いた。


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