第五十四話 模擬戦
訓練場にはいくつかのグループが出来ていた。サムさんとバフィトさんのグループだ。
「おう、来たか。もうお説教はいいのか?」
「そもそもお説教じゃありませんよ。親族が来たからちょっと挨拶してただけですって」
訓練場に着いた僕に手前側で監督役をしていたバフィトさんが声をかけてきた。そして僕の後ろを歩いていたリラさんに気が付くとかしこまった姿勢を取り、礼をした。
「あははは、良いって良いって、そんなにかしこまらなくて。普段通りに喋ってもらっても構わないよ。別に口調だ何だで騒ぐ様な人間じゃないよ私は」
「……ありがとうございます」
そういってバフィトさんは礼を辞めた。……この一か月一緒に暮らしてバフィトさんの敬語なんて初めて聞いた。ちゃんとした敬語も喋れるんだな……。
「私はアルがこれから戦闘訓練をすると聞いてね、ちょっと見学させてもらおうと思ってきただけさ」
「私も見学です」
「わかった、アルノルト準備はいるか?」
「いえ、必要ないです」
「うし、じゃあ早速やるか。今やってんのが終わったら次お前な」
僕は今やってる模擬戦の面子を見た。現在戦っているのは10歳の男の子ジェスト君と件の少年、アラン君だ。戦いは両者素手で行われていて、アラン君が優勢の様だ。アラン君が繰り出す突きや蹴りをジェスト君が防御している。多くの攻撃はしっかり受ける事ができているようだが、何本かに一本はまともに入ってしまっていた。
「よし、そこまで。アランの勝ちだ」
「ってぇ~。最後の方ちょい加減出来てなかったぜ?」
「……悪かった」
「まぁいいけどよ。ってアルノルト来てんのか」
模擬戦を終えたジェスト君がこちらに向かって歩いてきた。
「今日初模擬戦だっけ?」
「ははは、初めてでビビるかもしれねーけど頑張れよ」
ジェスト君はそういって僕の背中を叩いた後、すこし離れた位置で横になる。
僕は既に実戦を経験してしまっているわけだけど、それはこの孤児院の子は知らない。ロザリンドさんは知っているだろうけど、あの性格を考えたらわざわざ僕の過去を言いふらす様な人間ではない。
「さてと、んじゃあ初戦の相手は誰にすっかな。一応実家での訓練経験はあるんだよな?」
「ええ、剣だけですけど」
そういってバフィトさんは見学していた子供達を見渡す。
「よし、レックス、お前が相手してやれ」
「うっす」
レックスは立ち上がり、僕の前まで歩いてくる。
「レックス、よろしくね」
「おう、ちゃんと手加減してやるから安心しろよアルノルト」
レックスは僕よりも少し身長の高い八歳の男の子だ。僕らの年代のリーダー的存在の少年だ。僕も何度か一緒に仕事をしたこともあり、孤児院の中でも話す事の多い人間だ。
相対した僕らは三メートル程の間を取り、共に構える。僕とレックスがバフィトさんに目で合図を送ると、バフィトさんは無言で頷いた。
「アルノルトも今まで何度か模擬戦は見ているな? ルールは同じ、素手のみで行う。身体強化もなしだ。それじゃあ始め!」
その声と同時に僕は距離を詰める。レックスの方が体が大きい分リーチが長い、距離を開けた戦いはこちらが不利だ。対してレックスの方は完全に待ちの構えだ。こちらとの距離を詰めようとする様子はない。
互いの拳が届く距離まで来たところで、レックスは左手でジャブを打ってきた。僕はそれを右手で払いのけ、左拳を握り、同じくジャブを打つ。しかしそれをレックスは体を横に動かす事でかわす。そして、その横に動いた動きの勢いを利用して、膝蹴りを放った。僕はそれを防御しようとするが、間に合わず、もろに腹に食らった。
「がはっ!」
思わず息が漏れる。すぐに追撃が来るだろう事に気が付き、急いで体勢を立て直そうとするが、その時レックスはすでに僕から距離を取り、模擬戦開始前と同じ位の距離に立っていた。
僕はレックスの攻撃を警戒しながら息を整えるが、レックスはまるでこちらに攻め入る様な素振りを見せない。
カウンターしかしないつもりか? それが彼なりの手加減なのだろうか。
僕はレックスのその余裕が悔しかった。レックスの手加減はかなり悔しいが、今はそれに甘えしっかりと息を整える。僕は再びレックスに向かって突進した。
そうして何度か繰り返すが毎度綺麗にカウンターをくらい、僕は体のあちこちが痛くなっていた。
「どーだアルノルト、まだいけるか?」
「まだいけます!」
バフィトさんに返事をしつつ、僕は再び息を整える。そして再び突進を始めた、ある程度近づくと、レックスが前蹴りを放った。それをかわし、膝蹴りをレックスに放つがレックスはそれを肘を打ち下ろす事で受け切った。
そこで僕は引かず、更に距離を詰めた。もはや僕とレックスの胴体がぶつかる程に近づいた。この距離ではどちらもパンチを打ってもそれほど大した威力にならない。
レックスも互いに攻撃できる距離でないと思ったのか、少し後ろに下がった。その瞬間に合わせて、僕はレックスの顎に向かって足をけり上げた。
僕の蹴り上げはレックスの顎に当たり、レックスが体勢を崩した。僕はそのまま追撃を行おうとするが、レックスは体勢を崩しながらも攻撃を繰り出していた。
僕はレックスに軸足を蹴られすっころんだ。背中から勢いよく倒れてしまい、仰向けになる。すぐに体を起こそうとしたが、その時にはもう目の前にレックスの足の裏が見えた。
レックスは僕が倒れた間に体勢を立て直し、追撃にでていたのだ。
「そこまで!」
バフィトさんが声を上げ、レックスは足を下ろした。僕も土埃を払いながら立ち上がる。
「はっはっは。おいアルノルト、初戦から散々だなぁ! はっはっは」
そう言ってバフィトさんは大声で笑った。
「笑わないでくださいよ……」
「いやぁ悪い悪い、お前が予想外に動けるもんだからよ、びっくりしてな」
「……嫌味ですか?」
「いや、そうじゃねぇよ。レックスは十歳以下じゃそれなりに強い方だぜ? そいつに今日初模擬戦のやつが一発でも当てたんだ、十分だろ。なぁレックス?」
ニヤニヤしたバフィトさんはレックスの名前を呼びながら、レックスの事を見る。僕も一緒に視線を動かすとレックスは複雑そうな顔をしていた。
「『ちゃんと手加減してやるから安心しろよアルノルト』だっけか? あっはっは、最後の足払い、あれガチだったじゃねぇか。お前もまだまだ未熟だなぁ」
「うるさい! からかわないでよバフィト! 俺だって一発貰って悔しいんだから察しろよこの年長者!」
そういってレックスはバフィトのみぞおちに正拳突きを放った。
……そういえばレックスは模擬戦中僕にカウンターを浴びせた後に追撃してくることは無かった。最後の一回を除いて。あれは僕がレックスに一撃入れた事がきっかけで彼の手加減が緩んだという事だろうか。
そんな事を考えていたらバフィトさんが近づいてきた。
「ったくあいつあんなに怒んなくてもよ」
ぼやくバフィトさんの後ろではレックスが水球を顎に当てて冷やしている。
「バフィトさんがからかうからじゃないですか」
「だからって全力パンチはないだろ……にしてもアルノルトお前結構戦いなれてんな? なんつーか思い切りいいよな」
「思い切りですか?」
「ああ、模擬戦を始めてやった奴ってそれなりに相手を攻撃するのを躊躇しちまう事があるんだけどよ、そこらへんアルノルトは問題ねぇ。最初の立ち合いの時、真っすぐに突っ込んだろ? そもそもの格闘技術が拙い事は問題だが、それでも背丈考えたら自分から距離を詰めるのは悪くねぇ」
自分の判断が褒められるというのは嬉しいものだ。バフィトさんのいう思い切りの良さというのは僕が実戦で得た物だろう。ベネディクトゥスとの実戦やスラムでの戦いに比べたら素手での攻撃というのは恐怖感が薄れる。
「ありがとうございます。元々何度か戦闘の経験があったので」
「にしてもだろ。結構激しい戦闘だったろ」
「そうですね。身体強化もバリバリ使ってましたし、魔法も使っていましたしね」
「おっと、そんなにか。つかそーなら身体強化を使ったままの戦闘の訓練もしなくちゃならねぇか。おい、アルノルトこのまま連戦いけるか?」
「身体強化を使ってですよね? 行けます」
「んじゃあ相手はジェスト、お前がやれ」
バフィトさんは先ほどから休憩をしていたジェスト君に声をかけた。ジェスト君は嫌々そうにしながらも立ち上がり、こちらに歩いてくる。
「いいんですか? アルノルトは今日初日じゃないですか」
「さっきの戦い見てたろ?」
「いや確かにあれは中々いい戦いしてましたけど、いくら何でも身体強化ありは早いですって」
「いいからやれ」
「ったく」
ジェスト君は渋々といった様子で構える。僕もそれに合わせ構える。
「んじゃあアルノルトの第二戦、始めるか。身体強化のみ使用可だ。いくぞ……始め!」
僕は全身に身体強化をかけた。とりあえず拳の届くだろう範囲まで距離を詰める。先ほどの戦いから僕がいきなり特攻をしかける事を予測していたのだろう。カウンターでパンチを繰り出そうとしていた。だが、僕も先ほどとのレックスとの戦闘で――不甲斐無い話だが――カウンターをくらいなれた。対応はばっちりだ。
……と思っていたが、そもそもそれ以前の話だった。ジェスト君のカウンターは繰り出される前に僕の拳の方が早く相手に届く事がわかった。
動作の速さを見れば、僕が攻撃を当てた後、脚力強化に切り替えればカウンターもかわせそうだ。
僕はジェスト君が攻撃の為に腕を引いた事によりできたスペースを狙い拳を振りぬく――ことは出来なかった。
世界が止まった。
突然僕の体の動きが止まった。なんだ、これ。僕は突然の事態に困惑する。
本来であれば拳はジェスト君の腹部に向けて振りぬかれているはずだ。だが、僕の拳は未だ腕を引いた状態で止まっていて、振りぬくとかそれ以前の状態だった。
それから刹那の間にこの異変に気が付いた。僕は止まった様に感じていただけで、実際は僕の身体強化が解除されただけだった。その速度の落差により僕は自分の体が止まった様に錯覚していただけなのだ。
僕は次第に周囲の時が動き出す様に感じた。僕はゆっくりと歩み、ゆっくりと腕を振りぬこうとしている。だが、ここで既に僕とジェスト君の間の速度の差は逆転していた。明らかに早い速度で僕の顔面に向かって拳が迫ってくる。
そして僕はここで気を失った。




