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第十八話 邂逅

「僕を処分だって!? …………笑わせるなよこの忌み子が!」


 殿下の言葉にベネディクトゥスが怒りの声を上げた。それより殿下のことを忌み子って。



「貴様みたいな不貞の子が大臣の息子である僕を処分だと!? ふざけるな、どの口がそんなことをほざく!」

「……」


 殿下はベネディクトゥスの言葉に何も返さない。ただ無言でベネディクトゥスにかけるプレッシャーを強くした。背後の僕ですらビリビリとしびれるようなプレッシャー。ベネディクトゥスも一瞬たじろぎ、一歩後ずさる。


「訂正してください。母様は不貞などしていないと。私は母様と父様の愛により生まれたのです」


 殿下が一歩踏み出す。それにましてプレッシャーがさらに強くなる。


「ぅああああ!」


 プレッシャーに耐えかねたのか、ベネディクトゥスが抜き身の剣を殿下に向けて切り下す。


「危ない!」


 僕は叫んだ。そして身体強化の魔術を足に偏らせ、瞬間の速度を上げる。間に合え! 僕は殿下とベネディクトゥスの間に飛び込んだ。




「え」


 その声を上げたのは僕だったのか、それともベネディクトゥスか。それとも二人ともだったのかもしれない。


 ベネディクトゥスの振り下ろした剣は刃の根元から折れ、刃先が遠くの地面に突き刺さっている。殿下の体には傷一つなく、目の前には唖然としたベネディクトゥスと剣を振りぬいた姿で立っている護衛の女の人がいた。


「王族への攻撃。立派な犯罪です。ロシェル!」


 殿下は護衛の女の人を呼びつける。ロシェルと呼ばれた女性はどこからともなく細いワイヤーを取り出し、ベネディクトゥスの体を拘束する。



「連れて行ってください」


 あっという間に拘束され、身動きの取れなくなったベネディクトゥスはそのままロシェルさんに修練場の入り口のほうにまで連れていかれた。

 ベネディクトゥスの取り巻き立ちも連行の際、ロシェルさんがにらみつけると蜘蛛の子を散らすように逃げていった。



 残されたのは僕とミランダさん、それに殿下の三人。


「えっと、ありがとうございました殿下。おかげで助かりました」

「いえ、狼藉を働くものをとらえただけですのでお気になさらず。それよりお二人とも怪我はありませんか?」

「ええ、僕は大丈夫です。ミランダさんは?」


 僕は部屋の入り口で倒れているミランダさんに声をかけた。


「私も治療が必要な程の怪我はしていません」


 そういって口元を拭うミランダさん。軽く口を切ったくらいで済んでよかった。


 一応みんな無事ってことでいいのかな?




「ロシェルさん……でしたか。凄いですね、あっという間に距離を詰めて、あいつの剣を切ってしまうんですもの」

「ロシェルは私の護衛ですもの。アルノルトさん……ですよね。貴方も素晴らしかったですよ。私の身を案じてか、飛び込んできてくれましたもの。ふふ、かっこよかったですよ」


 セレスティーナ殿下は花の様に微笑んだ。


「先ほど飛び込んできた時に使ったのは身体強化ですか?」

「そうです」

「その歳で魔術がつかえるなんて、随分才能がおありなのですね」

「そんな才能なんて……。僕は四歳の頃から修業し続けてようやくですよ。魔法に関してはあまり上手く使えませんし」

「四歳の頃から魔術の訓練を!? それは貴方のお父様の方針ですか? それともご自身の意思で?」

「僕の意思ですね。幼いながらに魔術に憧れちゃったんですよ。殿下も魔術は使えるのですか?」


 僕の質問に殿下は少し遅れて返事をした。


「え、ああ。そうですね。私は身体強化は得意ではないのですが、初級魔法なら一通り使えますわ。……アルノルトさん、少し魔法を使ってみてもらってもよいでしょうか」


 ……あんまり見せたくないんだけどなぁ。しょうがないか。


「わかりました。それじゃあ見ててくださいね」


 僕は殿下から少し距離を取り、部屋の真ん中に向かう。


 僕は体内に生成した魔力を血中から取り出し、肺を通らせ、口に溜めた。そこから息を大きく吐き出し、空中に白い靄を発生させる。


「クリエイトウォーター」


 白い靄が水へと変わる。その水を指先に集めて、球状に固める。パーティー会場でフィーリネに見せたのとおんなじ魔法だ。僕はそれを三つに分解し、部屋の奥の方にある丸太に向かって射出した。放たれた水球のうち二発は丸太に命中し、一発は丸太の表面を擦る程度にしか当たらなかった。



「こんな感じですね。まだまだ精進が足りませんよ」


 僕は殿下の方を振り返る。


「……」

「殿下?」


 何やら殿下の様子がおかしい。思えば、僕が魔術の話をし始めた位から少しおかしかったかもしれない。殿下は口に手を当て、何やら考え込んでいるようだ。


 殿下は覚悟を決めたような顔をして僕に近づいてくる。


「セレスティーナ殿下?」


 セレスティーナ殿下はゆっくりと口を開いた。


「Where did you come from?」


 殿下の発した言葉はこの世界で聞くことのないはずの言葉だった。それは前世で世界で最も話されている言語で、日本の学校でも習う――英語だった。


「え……え!?」


 僕は突然の殿下の言葉に戸惑いを隠せず、ただうろたえてしまう。


「I was born in Japan. Are you from Earth?」


 僕の出身を聞いているのか? それに殿下は日本生れ?


「なんでもありません」


 殿下はこちらの世界の言葉でそう呟くと悲しそうな目をして僕から離れていく。



「『待って!』」


 僕はとっさに前世の言葉で殿下に声をかけた。


「あ、アイアムジャパニーズ。えっと、アイムフロムジャパン」


 僕はたどたどしく英語で彼女に話し返す。


「ふふ」

 

 殿下はこちらに振り向いた。その時の彼女の表情はパーティー会場で見た時の様な王族らしい微笑みでもなく、先ほどベネディクトゥスに見せた凛とした表情でもなく、ただ普通の、ただの少女の様な笑顔だった。


「『ふふ、なにそのへたっぴな英語。私、日本人だって言ったでしょ?』」


 殿下は先ほどまで僕らに見せてた表情も、言葉遣いも全て変え、僕に話しかけてきた。


「『地球で一番通じるのが英語かなって思ったから英語で話してみたけど、日本人だったんだね。人口の割合的には中国人かインド人かもって思ってたけど』」


 殿下は――いや、目の前の少女は僕の目をじっと見つめる。


「『改めて挨拶しよっか。私は日本の女子校に通っていた学生、新見千沙にしてルンドグレン王家第一王子の長女セレスティーナ・ルンドグレン。アルノルト君と同じ転生者だよ』」



 彼女は日本語でそう名乗ったのだ。







 それから僕らは久しぶりに日本語で話し合った。日本ではどう過ごしていたのか、こちらで生まれてからはどうしていたのか。


 セレス――前世の自分はもう別人であるとの意見からこちらの世界での名前で呼び合う事になった――はこちらの世界で生まれてすぐにお城の中で過ごす事が決まってしまったという。ベネディクトゥスが言っていた通り、セレスは母親が王子以外の人間と不貞をはたらき生まれた子供だと疑われたのだ。その理由は髪色であった。現在の王族に黒い髪を持つものはいない。そしてセレスの母親の家系にも黒髪はいなかったそうだ。


 不貞の子として王城の中で扱われる事になったセレスは暗い部屋でひっそりと本を読むような暮らしをしていたという。不貞の子とはいえ、仮にも王族の末席に位置する子供である。それなりの教育は受け、すぐに言葉も文字も話せるようになったという。



 ただ、部屋で本を読むだけの生活が続いた。転機はセレスが三歳の頃に起きた。二歳上の兄・・・・・レオンハルトがセレスの扱いに文句を言い始めたのだ。



 王家では五歳になるまで子供の誕生を世間に隠す事になっているらしい。おかしな慣習だと思ったが、文明のそれほど発達していなかった頃、王族と言えど、五歳まで生きる事の出来ない子供がいた時代。下手な発表は周囲に混乱を招くとの事でそのようになったらしい。



 当時五歳のレオンハルト殿下はセレスの扱いは不当だと言ってきかなかった。実際セレスは不貞の子などではなかった。この国を建国した初代王様、偉大なる冒険者はこの世界転移してきた日本人であったことが図書館の記録で明らかになった。


 つまるところセレスはとてつもないほどの先祖返り影響で髪が黒くなっていたらしい。


 セレスがその事を知ったのは初代王様の手記が日本語で書かれていた事から推察できたらしい。しかし、その事を周りに伝えようにも、日本語を読める者がいない。セレス自身はあきらめていたそうだ。


 しかしレオンハルト殿下はあきらめなかった。妹の言葉を聞き入れ、セレスが不貞の子ではない証拠を集めた。


 先祖の髪が黒かった事を示す文献を漁り、城の者達に証明して見せたのだ。


 それがつい最近の出来事であった。その頃セレスは六歳、レオンハルト殿下は八歳であった。本来ならばレオンハルト殿下は存在を周囲に発表され、王族として認められ、パーティーにも参加しているはずの歳だ。


 セレスも王族としての発表がされているはずなのだが、不貞の子を王族として認めるわけにはいかないという一派の主張を完全にはねのける事は出来ず、セレスの母親の潔白が証明されるまで発表を控えるとの結論に至った。


 レオンハルト殿下はセレスが認められないなら俺も認められなくていいと頑なに自分の発表を拒んでいたのだ。



 その結果が昨日のパーティーでの初お披露目になった。



 レオンハルト殿下は七歳・・の王子として、セレスは七歳・・の姫として王族の仲間入りを果たす事になった。



 護衛にいたロシェルさんはセレスの母親の親友だった者らしく、レオンハルト殿下と共に王城でのセレスの立場確保に尽力してくれていたのだとか。


お読みいただきありがとうございます。

ご指摘ご感想などいただけたら幸いです。


今回はキリの悪い所での投稿となってしまう事をお詫びします。

また、作中での「『』」の『』部分の会話は日本語で話しているものと考えて下さい。



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