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09話 ジェイミーvsピラドス

マナ・パンポット……浮気性でマフィアの旦那に愛想を尽かし、家を出る。ナイフさばきが上手い。旧姓マーメルを使うことにした。


メリメオン……仮名。パンポット家の物置小屋に監禁されていた、謎の少年。橙色の髪に、透き通るような白い肌。


ロックオーツ・リブズ……マナの幼馴染み。トース島で漁師をしている。顔はいかついけど、いいやつ。


マッシュ・マーメル……マナの父親。太っているため、シャツの一番上のボタンをとめられない。


ミティー・マーメル……マナの母親。けばい化粧とド派手なドレスが特徴。


ジェイミー・ジュースカジュー……マナの昔の男。出所したてのマフィアで、銃の達人。メリメオンに足を刺され負傷。


ピラドス・パンポット……表向きは建設会社の社長。裏の顔はマフィアのボス。


バンズばあや……パンポット家の有能な使用人。


カット卿……政財界の黒幕。ナイト爵持ち。どうやらメリメオン誘拐を依頼したのは、この人らしい。

(見えてきた、な……)


 盗み聞きで得た情報に、ジェイミーが知っていることを加えると、あるひとつの仮説が生まれた。

 数日前……。

 ジェイミーはオヴェン大通りでマナと再会した。

 その際、彼女は小さな子供を、


「私の子」


 と言っていた。

 恋人だった女が自分の上司と子供をつくっていた。

 あまりに衝撃的だったため、疑いもせず事実として受け入れてしまった。

 が、今になって考えてみると、


(あまり似てない)


 あの子供は、マナの艶やかな金髪や、きりっとした意志の強そうな目を受け継いでいない。

 ピラドスの底意地の悪そうな切れ長の目も、太い眉毛も。

 もちろん、まだ幼い子供なのだから、親にうりふたつでなくとも不思議ではない。

 だが、嘘をついた可能性もある。


(マナは優しい)


 つまり、マナは、ピラドスが檻に閉じこめた少年を救い出したのではないか。

 ジェイミーの推理はここに達した。


「どう責任をとるのか。これがまさに問題なのですよ」


 客間では、なおもカット卿が説教をしている。

 ピラドスは恐縮しきりで言葉もない。

 なんとも重苦しい空気。

 ジェイミーは窓を蹴破って侵入した。


「なっ……」


 当然、ピラドスは驚いた。

 建設会社の社長でもあり、マフィア組織のボスでもある自分の敷地に白昼堂々とカチコミする者があろうとは、想定もしていなかった。

 おまけに、その不届き者は、


「ジェイミー……!?」


 自分が罠にかけ、収監されたはずの、かつての部下ではないか。

 一方、カット卿にとっては見たこともないやつなわけで、彼はただただ困惑していた。

 ピラドスはすぐさま我にかえり、


「何しに来やがった!?」

「言わなくてもわかるだろう」

「わからねえよ、バーカ」

「じゃあ、はっきり言ってやる。俺と勝負しよう」

「気が狂ってんのか、てめえ!」


 声を荒げつつ、ピラドスの手はナイフを探っている。

 腐りきってもマフィア。

 常に得物を携帯している。

 腰に差していたナイフをダーツのように投げ飛ばす。

 だが、ジェイミーはこれをあっさり回避した。


「ふっ……」


 ジェイミーは失笑する。


(これならマナの方がよっぽど強いじゃないか)


 同じ攻撃を子供用品店でマナから受けていた。


「あんたも老いたな」


 ジェイミーは銃を抜いた。

 カット卿が驚きあわてる。

 経済や政治においては百戦錬磨の強者ではあっても、こうした分野ではずぶの素人らしい。

 スキンヘッドに無数の汗が噴き出ている。

 椅子から落ちて床に倒れると、ぶよぶよの体が踊った。


「お、おい。待て。俺はナイフを使ってるのに、お前は銃を使うなんて、卑怯じゃねえか」


 ピラドスがじりじり後ずさりながら虚勢を張る。

 が、どうあってもジェイミーは動じない。


「卑怯はお前だろ。わかってるんだぜ」

「な、何のことだよ……?」

「お前、マナとガキをこさえたんだろ」

「ガキだと? そんなもん生まれてすぐに死んじまったっつーの」

「ほう……。じゃあマナと子作りしたのは否定しないんだな?」

「あ……」


 銃声が響いた。

 バンズばあやの告げた通り、大きな音がしても、誰も駆けつけて来ない。


(ありがたいばあさんだ)


 ピラドスは胸を撃ち抜かれ、大量出血。

 まだ息がある。

 がくがく震えるカット卿の横を通り、ジェイミーはかつてのボスに問う。


「どうして俺を裏切った?」

「意味がわからねえな」

「あんたを信頼してた」

「ふ」

「答えろ」

「ほしいものがあったら、力ずくで奪う。それがマフィアだ。お前は負け犬だ」

「クズめ」


 一発、二発、三発、四発、五発。

 弾が尽きるまで、ジェイミーは引き金をひき続けた。

 殺しても飽きたらず、死体を踏みにじった。

 唾を吐く。

 鼻を鳴らして微笑。

 満足したようだ。


「わ、わしのことも殺すんですか……?」


 カット卿はかろうじて失禁を免れていた。


「できることであれば、どうか、命だけは……」

「ほしいものがあるんだ」

「お金? お金ですか? い、いくらでも……」

「俺を雇ってくれないか」

「!?」


 ジェイミーは銃をしまって、どかっと椅子に座る。

 ふんぞりかえったまま、机の上のマーマレードを紅茶にたらし、かきまぜる。


「ガキの居所を知ってる」

「なっ……」


 詳しい事情をせがむカット卿。

 それを相手にせず、ジェイミーはゆったりまったり紅茶を楽しもうとして……


「何だ、これ」


 顔をしかめた。


「マナが作ったにしては不味いマーマレードだ」


     *     *


「すげえ……」


 人々が作業の手を止め、マナに見入っている。

 人間とは思われないほどの速度と正確さで、みかんを収穫しているのだ。

 彼女の得物ははさみではなく、ナイフ。

 しかも、


「二刀流だ」

「そもそも、なんでナイフを……?」

「さあ……?」


 農家も首をかしげる。

 マナがマフィアのボスによってナイフ技術をしこまれたとは、想像もつかないだろう。

 さて。

 通常、初心者は両手を使い、片方の手でみかんをつかみ、もう片方の手ではさみを使う。

 軍手をはめており、指を動かしにくいためだ。

 まずは、みかんから数cm離れたところで枝を切り、次に、へたぎりぎりのところで枝を切り落とす。

 二度切りというやり方だ。

 だが、マナはナイフを握った手でみかんをつかみ、へたの真上で枝を切る。

 一本の木の周りを3分もかけずにぐるっと回ると、その後には、すっかり木からみかんがなくなっている。


「マナちゃん。そんなに張り切らなくても……」


 農家の人から心配されても、


(もっと……もっと早く!)


 一度火のついたマナの熱血は誰にも止められない。

 収穫中、誤って刃先をみかんに突き刺したり、あるいはうっかり地面に落っことしたりした場合、傷口から腐ってしまうので、捨てなければならない。

 だが、マナに限って、そんな失敗はしでかさない。

 あっという間に籠が満杯になる。


「収穫したものは蔵へ運んでおいてね。……いや、さすがに、それはわしがやろう」


 年配の男性農家がマナから籠を取ろうとした。

 重い荷物の運搬は、


(若い女性にやらせるには酷な仕事だ)


 嫌味ではなく、心からの思いやりだった。

 ところが、マナはそんじょそこらの女性とは鍛え方が違う。

 数kgの重量を背負ったまま、往復およそ100メートルの傾斜を歩くことくらい、へっちゃらだった。


「ついでに、おじちゃんのも運んどいてあげるよ」

「!?」


 そんじょそこらの男性に比べても、マナの方がよっぽど頼もしかった。


「でも、毎日毎日その調子じゃ、さすがに疲れただろ?」

「いや、もう仕事が楽しすぎて! 余裕だよ!」

「はは……」


 マナがみかん畑で働き始めてから、およそ2週間。

 11月下旬。

 ますます寒い。

 だが、マナの心はぽかぽかあたたかい。

 トース島での暮らしを満喫していた。


「好きなことをして生きろ」


 あの夜。

 ロックオーツに背中を押されたマナは考えた。


(私が好きなことって何だっけ……?)


 ここ十年ほどは、マフィアの妻としてやるべきことをやるだけで、自分の時間なんて無いに等しかった。

 夫が罪のない人々を殺す一方、マナはひたすら自分を殺す日々。


(……そうだ!)


 思い出をとことん振り返った結果、ある結論に達した。

 マナが好きなこと。

 それは、


「みかんの収穫! そしてマーマレード作り!」


 子供の頃から畑仕事や料理が好きだった。

 親に言いつけられた家事は面倒で仕方ないのに、不思議とその二つだけは率先してやっていた。

 今や両親は畑を売っ払い、労働とは無縁の生活をしていたが、マナは親戚に、


「仕事を手伝わせてほしい!」


 頼みこんだ。

 人手の少ない田舎だ。

 当然、断られるはずもなく、マナは望み通りの新生活を始めることができた。


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