10話 メリメオンの冒険
マナ・パンポット……浮気性でマフィアの旦那に愛想を尽かし、家を出る。ナイフさばきが上手い。旧姓マーメルを使うことにした。
メリメオン……仮名。パンポット家の物置小屋に監禁されていた、謎の少年。橙色の髪に、透き通るような白い肌。
ロックオーツ・リブズ……マナの幼馴染み。トース島で漁師をしている。顔はいかついけど、いいやつ。
マッシュ・マーメル……マナの父親。太っているため、シャツの一番上のボタンをとめられない。
ミティー・マーメル……マナの母親。けばい化粧とド派手なドレスが特徴。
ジェイミー・ジュースカジュー……マナの昔の男。出所したてのマフィアで、銃の達人。メリメオンに足を刺され負傷。
ピラドス・パンポット……表向きは建設会社の社長。裏の顔はマフィアのボス。ジェイミーによって殺害された。
バンズばあや……パンポット家の有能な使用人。
カット卿……政財界の黒幕。ナイト爵持ち。どうやらメリメオン誘拐を依頼したのは、この人らしい。
みかん畑の農家たちは、マナの働きっぷりに度肝を抜かれた様子。
「昔からよく働く子だったけど……」
「さらにすごいことになったねえ」
「わしの収穫の腕前できゃーきゃー言わせたかったのに」
褒めそやされるのがマナにとっては、とても照れ臭い。
なんせ、とっくに成人しているにもかかわらず、島の中高年たちは、
「大きくなったねえ」
だとか、
「お手伝いできて偉い、偉い」
などと、子供扱いするのだから。
こうしたわけで、マナの方はすっかり島の人たちと馴染んでしまったのだが、一方メリメオンはと言うと……。
「お前、名前は何て言うんだ?」
「……」
「おい。返事しろよ」
「……」
「しゃべれねえのか?」
ちょっと苦労していた。
島の子供たちは良くも悪くも元気がいい。
対して、メリメオンはおとなしい性格であり、しかも相変わらず一言もしゃべらない。
だから、気圧されてしまう。
遊びの仲間に入れてもらえても、ここでの遊びは、鬼ごっこや探検ごっこ、昆虫採集など、どれも体を使うもの。
貧弱なメリメオンは、ちょっと押されただけで簡単に弾き飛ばされてしまう。
強靭な島っ子からすると、
「つまんねーやつ」
なのだった。
トース島では少子高齢化と過疎化が同時進行している。
子供の数は極めて少ないため、
「この子とは合わないから、別の子と遊ぼう」
などと選り好みはできない。
他の子なんていうのは、島の裏側まで行かないと出会えないのだから。
馴染めなければ、ひとりぼっち。
ただぼんやりと日が暮れるのを待つだけの生活になる。
そこで、メリメオンは子供なりに考えたのだろう。
「おや。どうかしたの?」
ある日。
メリメオンはみかん畑、つまりマナの職場へやって来た。
いつもだったら、メリメオンはマナの出勤を見送り、老夫婦に猫可愛がりされている時刻。
マッシュとミティーはこの少年のことを、
「血のつながった孫」
と思いこんでいるが、実際には赤の他人。
メリメオンからすれば、最近出会ったばかりの老人に頬擦りされたり必要以上の食事を押しつけられたりするのは、少々きつかった。
外へ出掛けても友達はいない。
そこで畑へ向かい、無言のまま、例のナイフを取り出して、マナの仕事を手伝い始めたという経緯だ。
「……っ」
苦戦の末、メリメオンはひとつのみかんを収穫することに成功……したと思ったのだが、
「あーあ。こりゃ駄目だよ」
見守っていたマナが、首を振る。
「?」
「ほら。ナイフの先っちょがみかんに刺さっちゃったでしょ? これだと、すぐに腐ってしまうの」
「……」
「ま、いきなり私みたいにナイフを使うのは難しいから、最初ははさみにしなよ」
マナは農家の叔父に、メリメオンが参加することへの許可をもらい、作業用はさみを借りた。
メリメオンの急な行動には驚かされたものの、振り返ってみれば、
(私だって子供の頃から畑仕事が好きだったもんなあ)
メリメオンに幼き日の自分を重ね、手取り足取り教えてあげた。
ところが……。
メリメオンは不器用だった。
「強く握りすぎ! みかんがつぶれちゃうよ」
「……」
「へたのところで枝を切って……あー。切りすぎたね」
「……」
「籠に入れる時は優しく、ね」
「……」
仕方ない。
すべての失敗は、
「まだ子供だから」
力加減が上手くできないし、あせってしまうし、背が低くて上の方に全然手が届かない。
「……」
メリメオンは何も話さないが、明らかに沈んだ表情。
眉間にしわを寄せ、小さな拳をぷるぷる震わせている。
それでも立派なのは、よその子だったら物に当たりちらしてもおかしくないところを、我慢していること。
もちろん、人にも当たらない。
黙って落ちこむ。
その様子がいじらしくて、マナはメリメオンを思いきり抱き締めた。
「誰でも同じだよ」
頭を撫でてやりながら、慰める。
「最初は上手くいかないもんだ。つらいよね。でも、あきらめたら終わり。繰り返してごらん。段々上手になって、いつの間にかできるようになるからさ」
「……」
「よしよし。偉いね、あんたは。すごく頑張ってるよ。だから、ほら。泣かないで」
メリメオンは自分でも気づかないうちに涙を流していたようだ。
マナに指摘された途端、慌てて涙を拭き、マナの抱擁から逃れた。
そして、そのまま走り出した。
「……っ!!」
恥ずかしさ。
悔しさ。
もどかしさ。
様々な負の感情にどう対処すればいいのか、まだ6歳の子供にはわからなかった。
だから走った。
目的地などない。
ただなんとなくで道を選び、脇目もふらずに。
「あ……」
普段は意識的に発しないようにしている声が出たのは、走り出してから数分後。
住宅地からも畑からも離れた、ひとけのない場所。
辺りには鬱蒼と木々が生い茂っている。
メリメオンの視線の先には、一匹の野犬。
「トース島は田舎でね、まだまだ手つかずの場所がいっぱいあるんだ。そういうところには危険な野生動物もいるから、気をつけるんだよ」
マナが口を酸っぱくして注意してくれたのを今さらながらに思い出した。
「あ……ああ……」
メリメオンの顔が恐怖にゆがむ。
野犬は少年に狙いを定め、追いかけてくる。
きっと空腹なのだろう。
ぎらついた目はメリメオンを食糧としか認識していないようだ。
口からよだれが垂れている。
逃走劇はほんの少しで終わった。
「あうっ……」
メリメオンはこけてしまった。
当然、すぐ野犬に追いつかれる。
「……っ!」
ジェイミー相手にナイフで立ち向かった少年が、今はナイフを取り出すこともできない。
この子の頭の中にあるのは……
――夜の暗闇。
――大勢の犬が自分を襲う。
――自分を守ってくれる大人たちが次々に殺されていく。
――彼らが息絶える時の眼差し、涙、声、体温。
――小さな心と体では抱えきれない悲しみ。
壮絶な過去のトラウマだった。
メリメオンから抵抗の意志が失われる。
転んだ体勢のまま、立ち上がりもせず、呆然と野犬を見つめている。
とうとう野犬に噛みつかれる……その寸前。
「こんのっ……クソ犬!」
「!?」
後方から、石と罵声が同時に投げられた。
「……!」
振り返ると、そこには島の子供たちがいた。
彼らはよってたかって野犬に石を投げつけ、撃退した。
「ふん。ザコが」
子供たちは、野犬の後ろ姿を満足げに眺め、それからメリメオンに、
「大丈夫か?」
声をかけてくれた。
立ち上がったメリメオンは目を丸くして、こくりこくりとうなずく。
どうして彼らがここに?
偶然、通りかかった?
尋ねずとも、彼らの方から事情を語ってくれた。
「だって、お前と遊ぶ予定だったからさ」
メリメオンはまったく覚えていなかったが、確かにそういう約束があった。
が、彼はそれを聞き流していた。
あまりに馴染めないため、もう関係を絶とうと決心していたからだ。
子供たちは口々に語る。
「森の冒険しようって言ってたのに」
「お前、全然約束の時間に来なかったじゃん」
「もしかしたら先に森へ行ったのかなって思って、俺たちここまで来たんだよ」
「心配したぞ!」
「一人でこんなところ歩くの危ないのに……」
「怖くなかったのか? お前、すごいな」
メリメオンはどう応じればいいかわからず困惑しきりで、ずっと無言だったが、
「じゃ、冒険しようぜ!」
差し出された手をしっかり握り返した。




