11話 マーマレードのおすそわけ
マナ・パンポット……浮気性でマフィアの旦那に愛想を尽かし、家を出る。ナイフさばきが上手い。旧姓マーメルを使うことにした。
メリメオン……仮名。パンポット家の物置小屋に監禁されていた、謎の少年。橙色の髪に、透き通るような白い肌。
ロックオーツ・リブズ……マナの幼馴染み。トース島で漁師をしている。顔はいかついけど、いいやつ。
マッシュ・マーメル……マナの父親。太っているため、シャツの一番上のボタンをとめられない。
ミティー・マーメル……マナの母親。けばい化粧とド派手なドレスが特徴。
ジェイミー・ジュースカジュー……マナの昔の男。出所したてのマフィアで、銃の達人。メリメオンに足を刺され負傷。
ピラドス・パンポット……表向きは建設会社の社長。裏の顔はマフィアのボス。ジェイミーによって殺害された。
バンズばあや……パンポット家の有能な使用人。
カット卿……政財界の黒幕。ナイト爵持ち。どうやらメリメオン誘拐を依頼したのは、この人らしい。
その日の夜。
マナはロックオーツと並んで真冬の海岸を歩いていた。
「で、マナは助けもせずに遠くから見てたのかよ」
「うん」
この夜も、マナはこっそり実家を抜け出して、〔スペア酒場〕でロックオーツと酒を酌み交わした。
その帰り道だ。
ロックオーツとは、先日以来、定期的にこうして密会を重ねている。
親に内緒にしているのは、
(私が男としゃべってるだけで、間違いなく文句を言うだろう)
から。
彼女の両親はいまだに、
「さっさとお屋敷へ帰りなさい」
「今ならまだ旦那様もお許しくださるだろう」
「それとも、何かい? あんた、年老いた私たちにこれ以上の苦労をさせようってのかい? あー、嫌だよ。今さら汗臭い仕事なんてしてらんないもの」
「旦那様に今月分の仕送りもどうぞよろしくとお伝えしておくれよ。な?」
などとうるさい。
さて。
マナはロックオーツに、日中の出来事を話していた。
メリメオンのことだ。
彼が頑張って収穫作業を手伝ったことや、野犬に襲われたこと、そして危ないところを島の子供たちに助けてもらったこと。
「私が助けることもできたけど、それじゃあ、ね……」
「ああ。わかるよ。大人の優しさで子供を守ろうとすると、子供を子供の世界から引っ張り出しちまう。それが子供のためになるかって言うと、そんなわけなくて……。特にメリメオンのやつは引っこみ思案だもんな」
「そうそう」
「それで……」
「私の賭けは成功したわけよ」
ついにメリメオンは島の子供たちと打ち解けた。
仲間に入れてもらい、遅い時間まで島の各地を探検して回ったようだ。
帰宅した時には身体中、あざや傷だらけになっていて、マッシュとミティーを心底はらはらさせたが、マナはむしろ、
「いっぱい遊んで偉い!」
褒めちぎった。
メリメオンは無言のままだが、代わりに満面の笑みを返してくれた。
幼い子供が日に日に成長していく姿を見ていると、
「母親になるって、こういうことかな」
じーんと胸にくるものがあった。
「いや、もう母親じゃん」
「え?」
「メリメオンがマナの子供なんだから」
「あ! そ、そうだけど!」
誤魔化すために、マナは話題を変える。
「色々とありがとうね!」
ロックオーツはマナのために作業着や手袋など、必要なものをあれこれ用意してくれた。
それも、かなり品質のよいもの。
「高かったんじゃないの?」
「安物だよ」
そっぽを向くロックオーツ。
昔から、こういう男だった。
困っている人がいたら、そっと手を差し伸べて、決して恩に着せるようなことはしない。
感謝されると、はにかむ。
「あんたにお礼がしたいんだ」
マナは真剣な眼差しをロックオーツに向けた。
「お!? おう……」
ロックオーツは立ち止まり、何を考えたのか、マナの肩にそっと手をかけた。
目を閉じて、ゆっくり顔を近づけると……
「むぐっ!?」
突然、彼の口の中にどろどろした物がねじこまれた。
「何だ、これ……!?」
「マーマレードだよ」
「マ……マーマレード?? なんで……」
「だから、お礼だよ。あんたのために作ったの。ほら」
ガラスの容器に詰められたジャムが、月明かりに照らされ、星のようにきらきらとオレンジ色に輝く。
マナは瓶にふたをしてから、ロックオーツに渡した。
「お味はどう?」
「うん……甘酸っぱい」
* *
マナはみかんの収穫のみならず、マーマレード作りにも励んでいた。
畑から、傷んだみかんをもらって帰っては、自宅のキッチンで皮を剥いて千切りにし、実を鍋で煮こんだ。
当時、砂糖は安くない品物だったが、裕福なマーメル家には売るほどあった。
マナが砂糖を鍋に投入するのを睨みつつ、母ミティーは恨めしげに、
「旦那さんのために作ってあげてるのよね?」
ねちっこく尋ねてきた。
が、マナは自作のマーマレードを職場や近所の人々に無償で配布した。
とても好評だった。
例えば、おとなりのおばさんは、
「マナちゃん。この前はマーマレードをありがとうね。あれは売り物にするの?」
「しない、しない。そんなクオリティーじゃないよ」
「もったいない……。あれなら、いくら出しても買いたいって人はいるよ。現に、私だって、もうマナちゃんのマーマレード以外じゃパンを食べられないもの」
お世辞ではなく本音だった。
「いやいや~。私なんかが作ったのより、そこの工場で作ってるジャムの方が美味しいでしょ」
「ないのよ」
「え?」
「工場は数年前に閉鎖されちゃったの。不景気でね。だから、もうこの島じゃマーマレードもドライフルーツも製造してないの」
「嘘でしょ……」
嘘ではなかった。
マナはすぐさま帰宅し、両親を質問攻めにして、島の経済事情を確認した。
「でも、どうして……あんなに美味しかったのに……」
不思議がる娘のことを、ミティーは逆に不思議がった。
「だって、本土で大量生産されたジャムの方が安いし、それにお祭もやらなくなったでしょ? だから、無理して工場を続ける必要がなくなったのよ」
「え……お祭までなくなったの?」
「言ってなかったっけ? あなたが島を出てから何年後のことだったかな。若い人が少なくなって、祭の担い手もいないし、観光客も減って大した収入にもならないし、そりゃあねえ?」
不景気が若者を島の外へ連れ出し、人口減少や少子高齢化、島の過疎化が更なる不景気を招く。
トース島は貧しくなる一方だった。
マナが本土で暮らしている間、故郷のことを知ろうともしなかったのは、
(いつも変わらず、そこにある)
ものだと思っていたからだ。
だが、知ってしまったからには黙っていられない。
「私、決めた。マーマレードを作りまくるよ!」
それからマナの闘いが始まった。
畑仕事を休まず続けながら、合間を縫ってマーマレード作りを本格化。
大きな鍋と瓶を用意し、従業員を雇うなど、以前とはまるで規模が違う。
とは言っても、従業員というのは、メリメオンとそのお友だち連中だった。
(どうせなら子供たちの親睦の機会にもなれば)
という思惑があった。
小さな手でできることは限られているが、
「やっぱり助かるなー」
「報酬はたっぷりもらうぜ」
島で生まれ育った子供は遠慮がない。
「はいはい。今日の分だよ。どうぞ」
「よっしゃあ!」
支払われるのはお金ではなく、おやつ。
ただし、マナが才能を存分に発揮して作ったクッキーやケーキであり、なおかつ都会の最新の流行を取り入れているので、そんじょそこらのおやつとはわけが違う。
島の子供たちはリスのように頬を膨らませ、限界まで口におやつを詰めこんだ。
メリメオンも目を輝かせてはいたが、お行儀はよかった。
「にしても、どうしてこんなにたくさんマーマレードを作るんだ?」
子供の一人がマナに問う。
マナも一緒に小休憩をとり、茶をすすっていたが、
「祭をやろうと思ってんの」
「祭って?」
「トース島で祭って言えば、そりゃ〔マーマレード祭〕に決まってるじゃない」
「何それ?」
「!?」
子供たちは知らなかった。
彼らの物心がつく前に、その祭はなくなっていたのだ。
若干の衝撃を受けつつ、マナは〔マーマレード祭〕を説明する。
「毎年12月にやるお祭でね、初代国王の大きな紙人形を山車に乗せて島じゅうを歩いて回るんだ」
「マーマレード関係ないじゃん」
「あるよ。その日は島に、大勢の観光客が訪れるの。その人たちにマーマレードを無償でふるまうのがしきたりになってるんだ」
「へー」
つまるところ、
「もう一度、観光で稼げるようになれば、トース島は復活するかもしれないってわけ」
なるほど、とうなずく子供たち。
唯一メリメオンだけはひどくおびえたような顔をしていた。




