表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/20

11話 マーマレードのおすそわけ

マナ・パンポット……浮気性でマフィアの旦那に愛想を尽かし、家を出る。ナイフさばきが上手い。旧姓マーメルを使うことにした。


メリメオン……仮名。パンポット家の物置小屋に監禁されていた、謎の少年。橙色の髪に、透き通るような白い肌。


ロックオーツ・リブズ……マナの幼馴染み。トース島で漁師をしている。顔はいかついけど、いいやつ。


マッシュ・マーメル……マナの父親。太っているため、シャツの一番上のボタンをとめられない。


ミティー・マーメル……マナの母親。けばい化粧とド派手なドレスが特徴。


ジェイミー・ジュースカジュー……マナの昔の男。出所したてのマフィアで、銃の達人。メリメオンに足を刺され負傷。


ピラドス・パンポット……表向きは建設会社の社長。裏の顔はマフィアのボス。ジェイミーによって殺害された。


バンズばあや……パンポット家の有能な使用人。


カット卿……政財界の黒幕。ナイト爵持ち。どうやらメリメオン誘拐を依頼したのは、この人らしい。

 その日の夜。

 マナはロックオーツと並んで真冬の海岸を歩いていた。


「で、マナは助けもせずに遠くから見てたのかよ」

「うん」


 この夜も、マナはこっそり実家を抜け出して、〔スペア酒場〕でロックオーツと酒を酌み交わした。

 その帰り道だ。

 ロックオーツとは、先日以来、定期的にこうして密会を重ねている。

 親に内緒にしているのは、


(私が男としゃべってるだけで、間違いなく文句を言うだろう)


 から。

 彼女の両親はいまだに、


「さっさとお屋敷へ帰りなさい」

「今ならまだ旦那様もお許しくださるだろう」

「それとも、何かい? あんた、年老いた私たちにこれ以上の苦労をさせようってのかい? あー、嫌だよ。今さら汗臭い仕事なんてしてらんないもの」

「旦那様に今月分の仕送りもどうぞよろしくとお伝えしておくれよ。な?」


 などとうるさい。

 さて。

 マナはロックオーツに、日中の出来事を話していた。

 メリメオンのことだ。

 彼が頑張って収穫作業を手伝ったことや、野犬に襲われたこと、そして危ないところを島の子供たちに助けてもらったこと。


「私が助けることもできたけど、それじゃあ、ね……」

「ああ。わかるよ。大人の優しさで子供を守ろうとすると、子供を子供の世界から引っ張り出しちまう。それが子供のためになるかって言うと、そんなわけなくて……。特にメリメオンのやつは引っこみ思案だもんな」

「そうそう」

「それで……」

「私の賭けは成功したわけよ」


 ついにメリメオンは島の子供たちと打ち解けた。

 仲間に入れてもらい、遅い時間まで島の各地を探検して回ったようだ。

 帰宅した時には身体中、あざや傷だらけになっていて、マッシュとミティーを心底はらはらさせたが、マナはむしろ、


「いっぱい遊んで偉い!」


 褒めちぎった。

 メリメオンは無言のままだが、代わりに満面の笑みを返してくれた。

 幼い子供が日に日に成長していく姿を見ていると、


「母親になるって、こういうことかな」


 じーんと胸にくるものがあった。


「いや、もう母親じゃん」

「え?」

「メリメオンがマナの子供なんだから」

「あ! そ、そうだけど!」


 誤魔化すために、マナは話題を変える。


「色々とありがとうね!」


 ロックオーツはマナのために作業着や手袋など、必要なものをあれこれ用意してくれた。

 それも、かなり品質のよいもの。


「高かったんじゃないの?」

「安物だよ」


 そっぽを向くロックオーツ。

 昔から、こういう男だった。

 困っている人がいたら、そっと手を差し伸べて、決して恩に着せるようなことはしない。

 感謝されると、はにかむ。


「あんたにお礼がしたいんだ」


 マナは真剣な眼差しをロックオーツに向けた。


「お!? おう……」


 ロックオーツは立ち止まり、何を考えたのか、マナの肩にそっと手をかけた。

 目を閉じて、ゆっくり顔を近づけると……


「むぐっ!?」


 突然、彼の口の中にどろどろした物がねじこまれた。


「何だ、これ……!?」

「マーマレードだよ」

「マ……マーマレード?? なんで……」

「だから、お礼だよ。あんたのために作ったの。ほら」


 ガラスの容器に詰められたジャムが、月明かりに照らされ、星のようにきらきらとオレンジ色に輝く。

 マナは瓶にふたをしてから、ロックオーツに渡した。


「お味はどう?」

「うん……甘酸っぱい」


     *     *


 マナはみかんの収穫のみならず、マーマレード作りにも励んでいた。

 畑から、傷んだみかんをもらって帰っては、自宅のキッチンで皮を剥いて千切りにし、実を鍋で煮こんだ。

 当時、砂糖は安くない品物だったが、裕福なマーメル家には売るほどあった。

 マナが砂糖を鍋に投入するのを睨みつつ、母ミティーは恨めしげに、


「旦那さんのために作ってあげてるのよね?」


 ねちっこく尋ねてきた。

 が、マナは自作のマーマレードを職場や近所の人々に無償で配布した。

 とても好評だった。

 例えば、おとなりのおばさんは、


「マナちゃん。この前はマーマレードをありがとうね。あれは売り物にするの?」

「しない、しない。そんなクオリティーじゃないよ」

「もったいない……。あれなら、いくら出しても買いたいって人はいるよ。現に、私だって、もうマナちゃんのマーマレード以外じゃパンを食べられないもの」


 お世辞ではなく本音だった。


「いやいや~。私なんかが作ったのより、そこの工場で作ってるジャムの方が美味しいでしょ」

「ないのよ」

「え?」

「工場は数年前に閉鎖されちゃったの。不景気でね。だから、もうこの島じゃマーマレードもドライフルーツも製造してないの」

「嘘でしょ……」


 嘘ではなかった。

 マナはすぐさま帰宅し、両親を質問攻めにして、島の経済事情を確認した。


「でも、どうして……あんなに美味しかったのに……」


 不思議がる娘のことを、ミティーは逆に不思議がった。


「だって、本土で大量生産されたジャムの方が安いし、それにお祭もやらなくなったでしょ? だから、無理して工場を続ける必要がなくなったのよ」

「え……お祭までなくなったの?」

「言ってなかったっけ? あなたが島を出てから何年後のことだったかな。若い人が少なくなって、祭の担い手もいないし、観光客も減って大した収入にもならないし、そりゃあねえ?」


 不景気が若者を島の外へ連れ出し、人口減少や少子高齢化、島の過疎化が更なる不景気を招く。

 トース島は貧しくなる一方だった。

 マナが本土で暮らしている間、故郷のことを知ろうともしなかったのは、


(いつも変わらず、そこにある)


 ものだと思っていたからだ。

 だが、知ってしまったからには黙っていられない。


「私、決めた。マーマレードを作りまくるよ!」


 それからマナの闘いが始まった。

 畑仕事を休まず続けながら、合間を縫ってマーマレード作りを本格化。

 大きな鍋と瓶を用意し、従業員を雇うなど、以前とはまるで規模が違う。

 とは言っても、従業員というのは、メリメオンとそのお友だち連中だった。


(どうせなら子供たちの親睦の機会にもなれば)


 という思惑があった。

 小さな手でできることは限られているが、


「やっぱり助かるなー」

「報酬はたっぷりもらうぜ」


 島で生まれ育った子供は遠慮がない。


「はいはい。今日の分だよ。どうぞ」

「よっしゃあ!」


 支払われるのはお金ではなく、おやつ。

 ただし、マナが才能を存分に発揮して作ったクッキーやケーキであり、なおかつ都会の最新の流行を取り入れているので、そんじょそこらのおやつとはわけが違う。

 島の子供たちはリスのように頬を膨らませ、限界まで口におやつを詰めこんだ。

 メリメオンも目を輝かせてはいたが、お行儀はよかった。


「にしても、どうしてこんなにたくさんマーマレードを作るんだ?」


 子供の一人がマナに問う。

 マナも一緒に小休憩をとり、茶をすすっていたが、


「祭をやろうと思ってんの」

「祭って?」

「トース島で祭って言えば、そりゃ〔マーマレード祭〕に決まってるじゃない」

「何それ?」

「!?」


 子供たちは知らなかった。

 彼らの物心がつく前に、その祭はなくなっていたのだ。

 若干の衝撃を受けつつ、マナは〔マーマレード祭〕を説明する。


「毎年12月にやるお祭でね、初代国王の大きな紙人形を山車(だし)に乗せて島じゅうを歩いて回るんだ」

「マーマレード関係ないじゃん」

「あるよ。その日は島に、大勢の観光客が訪れるの。その人たちにマーマレードを無償でふるまうのがしきたりになってるんだ」

「へー」


 つまるところ、


「もう一度、観光で稼げるようになれば、トース島は復活するかもしれないってわけ」


 なるほど、とうなずく子供たち。

 唯一メリメオンだけはひどくおびえたような顔をしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ