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12話 お久しぶりでございます

マナ・パンポット……浮気性でマフィアの旦那に愛想を尽かし、家を出る。ナイフさばきが上手い。旧姓マーメルを使うことにした。


メリメオン……仮名。パンポット家の物置小屋に監禁されていた、謎の少年。橙色の髪に、透き通るような白い肌。


ロックオーツ・リブズ……マナの幼馴染み。トース島で漁師をしている。顔はいかついけど、いいやつ。


マッシュ・マーメル……マナの父親。太っているため、シャツの一番上のボタンをとめられない。


ミティー・マーメル……マナの母親。けばい化粧とド派手なドレスが特徴。


ジェイミー・ジュースカジュー……マナの昔の男。出所したてのマフィアで、銃の達人。メリメオンに足を刺され負傷。


ピラドス・パンポット……表向きは建設会社の社長。裏の顔はマフィアのボス。ジェイミーによって殺害された。


バンズばあや……パンポット家の有能な使用人。


カット卿……政財界の黒幕。ナイト爵持ち。どうやらメリメオン誘拐を依頼したのは、この人らしい。

 時は過ぎ、12月。

 割と温暖なトース島にも雪がちらほらと降るようになった。

 外を歩くだけで体がきゅっと引き締まるような寒さ。

 マナは休むことなく農作業とジャム作りを両立していた。

 いや、それだけでなく育児も同時進行。

 メリメオンに可能な限り勉強を教えてやったり、身の回りの世話を焼いてやったり、これはこれで大変だった。

 気が滅入る日々だが、ひとつだけ助かっていることもある。


(最近、両親が静かだ……)


 遅い時間まで夜なべをしたマナが朝寝坊しても、身だしなみをおろそかにしても、あのうるさい両親が小言をまったく言わない。

 少し前までなら、マナの顔を見るたび、


「さあ、今日こそ旦那様のもとへ帰るのよ!」


 と急かしてきたのに。

 今の父母はむしろ笑顔で、


「進捗はどうだ?」

「何か手伝ってほしいことがあったら言ってね」


 マナを気味悪がらせた。

 ある日の朝。

 朝食のトーストにマーマレードを塗りながら、とうとうマナは疑問をぶつけた。

 するとマッシュとミティーは、どうしてそんな当たり前のことを尋ねるんだとばかりに、


「復縁のきっかけになるからじゃないか」


 と答えた。

 一瞬、意味がわからず困惑したマナだが、


「ああ……なるほどね……」


 両親の考えに思い当たり、失笑した。

〔マーマレード祭〕。

 年に一度の祭典は、収穫への感謝と王室への敬意を表すためにおこなわれる。

 観光客に無償でマーマレードがふるまわれるのも、初代国王を模した紙人形が山車(だし)に載せられるのも、そこからみかんが大量にばら撒かれるのも、そのためだ。

 ところで、その紙人形はとても大きい。


「高さは20メートル、幅は10メートル。個人で作れる代物じゃあないもんねえ?」


 ミティーがトーストのかすをぼろぼろこぼしながら、にっこり笑った。

 確かに、そうだ。

 巨大紙人形を制作するとなると、


「旦那様のお力をお借りしなければ」


 まさにピラドスが経営する〔パンポット建設〕こそが、かつて〔マーマレード祭〕の紙人形づくりを担っていたわけだ。

 ミティーは夫マッシュと目をあわせ、


「旦那様が直々においでなさるかもしれないのよ。心を尽くして、おもてなししなくっちゃ」

「わしらに何ぞプレゼントをくださるかもしれんものな」


 にやにやしている。

 ここしばらく、二人は都合のいい妄想にひたってばかりいた。

 近隣住民との付き合いもやめ、ひたすら家に閉じこもって贅沢を享受している夫婦だ。

 島の動向など、まったく知るよしもなかった。


「島民だけでやることになってんだよ」


 マナがしれっと告げた。


「島じゅうの人々にお願いしてあるんだ」


 両親は愕然として、


「そ、そんなのご迷惑でしょ! みんな忙しいんだから!」

「でもさ、そもそも貧しいこの島に、祭の準備を依頼するお金なんてあると思う?」

「あ……」

「強いて言えば、この家にならあるかもだけど……」


 すると、途端に両親は聞こえないふりを始めた。

 何事もなかったかのように、コーヒーを飲んだり食器の後片付けをしたり。

 自分たちの所得を他人のために使おうという発想は微塵もないらしい。

 マナはメリメオンの口を拭いてあげながら、


「こんな大人になっちゃ駄目だよ」


 メリメオンはこくりとうなずいた。

 それが悔しかったのか、ミティーは議論を再開した。


「あなたの旦那様に頼めばいいじゃない。安くしてほしいとか、できればただでとか」

「残念ながら、それは無理でございます」

「え?」


 島では見かけない顔が、マーメル家の扉を開けて、ふらりと入ってきて、ミティーに異議を唱えた。


「お久しぶりでございます、奥様」


 呼びかけられて、マナは我が目を疑った。

 それは、ここにいるはずのない人物。

 そして、とても大切で、二度とは会えないかもしれないと思っていた、


「バンズばあや……!」


     *     *


「いや~、驚いたよ」


 曇り空の下。

 マナとバンズばあやが斜面をのぼる。

 その少し後ろを、凍った水溜まりを割りながら、メリメオンがついてきている。

 遅刻確定の時間だが、マナは急いでいなかった。

 それどころではなかったからだ。


「旦那様はご逝去なさいました」


 急に現れたバンズばあやが衝撃の報告をするや、両親は茫然自失。


「いってきます」

「……」

「おーい」

「……」


 娘が声をかけても返事がない。

 口を開いたまま、天井の一点を見つめ続けていた。

 思い出して、マナは声を殺して笑う。

 それから、ばあやに質問した。


「いったいどんな死に様だったんだ?」

「苦悶の表情を浮かべておられましたね」

「はは。いい気味だ。罪のない堅気の人たちを散々苦しめたんだ。当然の末路だよ。それで? 死因は何だったの? 病気? 食い過ぎ?」

「銃殺ですよ」


 驚きはない。

 建設会社の社長という肩書きが隠れ蓑であると、


(他のマフィア組織に見破られたんだろう)


 マナはそう考えた。

 だから笑っていられた。

 ところが、ばあやの口から、


「下手人は奥様の元恋人でございました」


 と聞かされた時には、さすがのマナも神妙になった。


(ジェイミー……やっぱり復讐したんだね……そして、きっと次の狙いは私……)


 バンズばあやも彼の殺意を見抜いていた。

 だが、


「お嬢さんって呼ばれたんですもの。わたくし、きっとあの方は紳士だと思いましてね」

「はは……」

「ですが、結構なことですよ。奥様もご存じの通り、旦那様は非常に悪どい方でございましたものね」

「うん……」

「それから、わたくしが何をしていましたかと申しますと……」


 邸宅に残された使用人たちに手切れ金を渡した上、再就職先を斡旋。

 組織に所属するマフィアたちに連絡をつけ、ただちに後継者を決定するよう指示を出した。

 なお、ピラドスの死因については、


「病死ということにしておきました」


 だから警察沙汰にもなっていないし、組織も敵討ちなど考えてもみない。

 とにかく堅気の人たちに迷惑がかからないことを最優先した采配だ。


「これでよろしかったでしょうか?」

「い、いいよ……って言うか、そんなことまで、ばあやの仕事なの?? なんでそんなに仕事ができるの??」

「各所に顔がききますもので」

「ばあや……あんた、いったい何者……?」

「ちなみに、旦那様の金庫を破って少々お金をちょうだいしておきました。奥様、お受け取りくださいませ」

「金庫破りもできちゃうの!? 本当に何者!?」


 その疑問に対し、バンズばあやははっきりとした答えはせず、


「ふふふ」


 と優しげに笑うだけだった。

 ところで、マナにはどうしても確かめずにはいられないことがあった。


「あの子の誘拐を依頼した人なんだけど……」


 マナが声を低めたのは、後ろを歩くメリメオンに聞こえないよう配慮したからだ。


「ああ。そのことでしたら、ジェイミー様が訪れた際、ちょうど旦那様に来客がありましてね。なにやら旦那様と揉めておいででしたので、もしかしたら、その方が……」

「そいつは誰なの!?」

「カット卿でございます」


 もちろん、バンズばあやも声を小さくしていた。

 だが、それでもメリメオンの耳に入ってしまったらしい。

 明らかに彼は、


「カット卿」


 という名に驚いていた。

 目を大きく開き、顔はやや青ざめ、体を震わせている。

 水溜まりの氷を割ってはしゃぐのをやめ、うつむいたまままっすぐ歩く。

 そんなメリメオンの様子を横目で見ていたバンズばあやが不意に、


「このお子様、いったい何者なのでございましょう……?」

「何を言ってんの?」

「いえ。だって、不思議じゃありませんか? いまだに、どこの誰ともわからず――」

「どこの誰って、そりゃ私の息子のメリメオンじゃない」

「え? ……奥様……?」


 冷たい風が吹き抜けた。


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