13話 祭の日
マナ・パンポット……浮気性でマフィアの旦那に愛想を尽かし、家を出る。ナイフさばきが上手い。旧姓マーメルを使うことにした。
メリメオン……仮名。パンポット家の物置小屋に監禁されていた、謎の少年。橙色の髪に、透き通るような白い肌。
ロックオーツ・リブズ……マナの幼馴染み。トース島で漁師をしている。顔はいかついけど、いいやつ。
マッシュ・マーメル……マナの父親。太っているため、シャツの一番上のボタンをとめられない。
ミティー・マーメル……マナの母親。けばい化粧とド派手なドレスが特徴。
ジェイミー・ジュースカジュー……マナの昔の男。出所したてのマフィアで、銃の達人。メリメオンに足を刺され負傷。
ピラドス・パンポット……表向きは建設会社の社長。裏の顔はマフィアのボス。ジェイミーによって殺害された。
バンズばあや……パンポット家の有能な使用人。
カット卿……政財界の黒幕。ナイト爵持ち。どうやらメリメオン誘拐を依頼したのは、この人らしい。
「とうとう完成したなあ……」
マナは感慨深そうに言った。
かつて巨大紙人形の保管場所として使われていた倉庫。
祭がおこなわれなくなってからは使われず、手つかずのまま放置されていたが、有志で作業し、再び使えるように清掃と補修がなされた。
他にも、島のあちこちで清掃活動がおこなわれており、マナはみかん畑の仕事を休み、そちらの方に従事していた。
祭の開催を数日後に控えた今日。
マナは清掃のため、久々に倉庫の近くを通った。
「ありがとう、みんな……」
現在、紙人形は小さくたたまれていて、全体を確認することはできないが、製作陣によると、
「最高の出来映えだ。楽しみにしててくれよな、マナちゃん」
とのこと。
彼らは意味深に笑っていた。
紙人形づくりにかかわってくれたのは、主に漁師の人たち。
例の夜散歩の時、ロックオーツはよく、
「本業じゃねえからな。あんまり期待すんなよ?」
申しわけなさそうに言っていたが、マナからすると、自分の無茶振りに応じてくれただけで充分ありがたい。
「みんなにありがとうって伝えといてちょうだい。ごめんね。言い出しっぺのくせに、なんやかんや忙しくてさ。ろくに差し入れもできてないや」
「気にすんな。みんな結構楽しんでやってっから」
ロックオーツをはじめ、トース島の海の男たちは図々しくない。
むしろマナの方が、
(もっと威張ったっていいのに)
恐縮するほどに。
無論、トース島に観光客が訪れたら、彼らにも恩恵はあるのだし、実際そうなるようにマナが采配していた。
それにしても、
(身を粉にして働いて、立派で優しい人たちだよ……どっかのマフィアに見せてやりたい……いや、もう死んだのか、あいつ)
晴れて自由の身になった喜びと、故郷の人たちへの感謝に包まれながら、マナは塵ひとつ見逃さないつもりで清掃に励んだ。
ふと、海を見る。
トース島は小さい。
ほとんどどこからでも海をのぞむことができる。
海には何隻かの漁船が浮かんでいた。
今日も漁師たちは働いており、そして、
(あのどれかにロックオーツが乗ってる)
思わず、
「ありがとう」
が口をついて出た。
そして、祭の当日――。
* *
〔マーマレード祭〕の日。
トース島ではあらゆる飲食物にマーマレードがかけられる。
「お前のおかげで、今日一日がつまらなくなるじゃないか……」
父マッシュは朝食の場で、娘を睨んだ。
髪の毛が真っ白になってなお食欲の旺盛なこの年寄りにとって、食事が制限されるというのは、
「死ぬほどつらい」
らしい。
マナにもその気持ちはわからないでもない。
当たり前だが、マーマレードは甘酸っぱい。
相性の悪い食事にかけてしまうと、
「おえっ……」
吐き気と後悔をもよおすことになる。
かと言って、マーマレードをかけた食べ物を捨てると、
「ばちが当たる」
よってトーストなど、安牌なものしか食べられないわけだが、食い意地の張ったやつらは我慢ができない。
衝動に身を任せ、食べたいものなら何にでもマーマレードをかけて食べる。
その中で、
「意外といける……!」
組み合わせを見つけることもある。
スペアリブなどは最たる例だ。
マッシュは文句を言いつつ、朝から500グラムの肉をたいらげた。
こうして……。
〔マーマレード祭〕は幕をあけた。
「おはよう!」
「今日は楽しみだなあ」
「わしが生きているうちは、もう二度と祭はできんと思っていたが……」
「マナちゃんのおかげよ」
外に出たマナは、島の人たちからあたたかい言葉を送られた。
自宅で浴びせられる冷ややかな言葉とは、まるで違う。
前の日から島へ来た観光客もいる。
「あなたがお祭を復興させてるんですってね」
そうした観光客の一人に話しかけられた。
身なりのいい、年配の女性。
「本当は夫と来たかったんだけどねえ……」
「ご都合が合わなかったんですか?」
「先立たれてしまったの」
「まあ……すみません」
「いいの、いいの。気にしないで。天寿をまっとうしたんですもの。私ね、夫とは、このお祭で出会ったんです。お祭に来る時は一人だったけど、帰る時は家族と一緒だったんです」
「素敵な話……」
老婦人の語りは、マナの心の深いところに刺さった。
(私にも同じような出会いがあったから)
それからマナは婦人に、
「来てくれてありがとう。きっと最高の祭にするよ」
と言って別れた。
その時の彼女の顔はあまりに引き締まっていたため、婦人も通りすがりの人たちもぎょっとするほどだった。
マナの決意はかたい。
長い間、マフィアの妻として生きてきた負い目がある。
(この祭では堅気の人たちに絶対迷惑をかけちゃいけない……完璧にすべてをこなさなきゃ……)
そんなマナの足がつんつんとつつかれた。
「どうしたの?」
メリメオンだ。
マナとつないでいない方の手で、海を指差す。
「あ……あれは……」
観光客は船に乗って来る。
定期便だけでは対応しきれないため、漁船も協力してくれている。
その中に、ロックオーツの姿があった。
彼は船を停めると、マナの姿をみとめ、近づいてきた。
「よう。久しぶりに会ったな」
「ここ数日はお互い忙しかったもんね」
「それじゃ、さっそく行こうぜ」
「紙人形だね?」
「歴代最高のものができたぜ。マナも絶対びっくりするだろうな。なんせ……くくく」
「何がおかしいの?」
「まだ秘密だよ。な?」
ロックオーツはメリメオンに笑いかけた。
メリメオンも微笑を返す。
(お……?)
マナは驚いた。
メリメオンは不安以外の感情をあまり表に出さない子供だ。
しかも、人見知りがひどい。
(私でさえ、この子を笑わせるのは難しいのに……ロックオーツ。やるじゃん)
三人は連れだって倉庫へおもむいた。
紙人形を一刻も早く見ようと、すでに大勢の人がつめかけていた。
山車に載せられたまま、紙人形が倉庫から出される。
この時点では、まだくしゃっと折りたたまれており、
「何が何だかわからない」
状態だったが、ロックオーツを始め、屈強な男たちがこれを展開し、やがて高さ20メートルを超える巨大な胸像が立ち上がった。
金色の髪とたくましい髭。
勇壮な顔つきのこの男は、ノーリンジ王国初代国王。
地方の下級士族から、たった一代で国王の地位まで登り詰めた、伝説的な人物だ。
「おお~……」
歓声があがる。
(って! おかしいでしょ!)
マナは心の中でつっこみを入れた。
と言うのも、この紙人形、どう見ても、
(私そっくりじゃんか!)
マナが男に生まれていたら、こんなふうだっただろう、という想像を形にしたようなものだった。
幸い、観光客たちは誰もマナとの類似に気づいていない。
人形の準備を終えたロックオーツの脇腹を、
「ちょっと! どういうこと!」
マナは割りと強めに小突いた。
「ちょっ……やめ……やめろって。何回もやるな。痛い!」
「なんで私をモデルにしてんの!」
「お前、意外と力が強いんだな」
「そんなこと、どうでもいいから!」
すると、ロックオーツはメリメオンを指して、
「こいつのためなんだ」
「メリメオンの? どういうこと?」
ロックオーツの説明によると、メリメオンは島の子供たちと探検ごっこをしている際、偶然、この倉庫に立ち寄ったのだという。
どうしたわけか、制作中の紙人形を見て、
「メリメオンは震えたんだ」
まるで悪魔を目の当たりにしたかのように。
当初、国王の人形は、完成形よりもずっと勇ましく、筋骨隆々とした、いかにも男らしいデザインだった。
大人たちは作業の手を止めて介抱したが、メリメオンが口をきかない子である以上、誰にも原因はわからない……はずだった。
「だけど、俺、ふと思い出したんだよ。ほら。俺とメリメオンが初めて会った時、こいつ俺のこと見てめっちゃびびってたじゃん?」
「顔が怖いからだろ?」
「ちっ。そうだよ。そうだけどさ。そんなはっきり言うなよ」
「で、私の顔に寄せたわけか……」
今現在、メリメオンは巨大紙人形を見ても、平気な顔をしている。
「おーい」
漁師の一人が、山車の上からロックオーツに叫ぶ。
「みかんが足りないかもしれん。もっと持ってきてくれ」
「おう」
が、マナがみずから進んで、
「私が取ってくるよ。メリメオンのこと、お願い」
みかんを保管する蔵へ走った。
祭の当日ということもあって、この近辺にはひとけがまったくない。
薄暗い蔵の中でマナが、みかんの入った箱を持ち上げようとした、その時――
「動くな」
背中に銃を突きつけられた。
「決着をつけに来た」
「しつこい男だね、ジェイミー」




