14話 若気のいたり
マナ・パンポット……浮気性でマフィアの旦那に愛想を尽かし、家を出る。ナイフさばきが上手い。旧姓マーメルを使うことにした。
メリメオン……仮名。パンポット家の物置小屋に監禁されていた、謎の少年。橙色の髪に、透き通るような白い肌。
ロックオーツ・リブズ……マナの幼馴染み。トース島で漁師をしている。顔はいかついけど、いいやつ。
マッシュ・マーメル……マナの父親。太っているため、シャツの一番上のボタンをとめられない。
ミティー・マーメル……マナの母親。けばい化粧とド派手なドレスが特徴。
ジェイミー・ジュースカジュー……マナの昔の男。出所したてのマフィアで、銃の達人。メリメオンに足を刺され負傷。
ピラドス・パンポット……表向きは建設会社の社長。裏の顔はマフィアのボス。ジェイミーによって殺害された。
バンズばあや……パンポット家の有能な使用人。
カット卿……政財界の黒幕。ナイト爵持ち。どうやらメリメオン誘拐を依頼したのは、この人らしい。
島の暮らしは穏やかだ。
トース島で生まれ育ったマナ・マーメル。
両親はうだつのあがらない農家で、
「はあ……働きたくない……」
「毎日雨が降ればいいのに……」
仕事を嫌がる。
そんな二人に似ず、マナは農作業もマーマレード作りも大好きだった。
「肉体労働なんてやってて、むなしくならないのか?」
両親は呆れたような目を娘に向けた。
が、実際のところ、マナも両親に共感できなくはなかった。
少しでも考える余裕があると、
「これからの人生、ずっと同じことの繰り返し……」
という最悪の苦しみを味わうことになる。
確かに、島は平穏無事だった。
大きな災害もなく、人は優しく、食は美味しい。
問題なんて何もない。
しかし、何も問題が起こらないことこそ問題だった。
(私は一生、ここで生きていくのかな?)
幼い頃から、マナはずっと海の向こうに想いを馳せていた。
(行きたい……どこか遠くへ……そして何かすごい活躍をしてみたい……)
〝どこ〟へ行きたいのか、〝何〟をしたのかもわからないまま。
18歳になった。
その年の冬。
毎年恒例の〔マーマレード祭〕の準備をおこなうため、本土から〔パンポット建設〕に勤める職人たちが島を訪れた。
彼らは毎年、この時期になると、数日間滞在して作業に従事する。
巨大紙人形や、それを載せる山車を作る仕事だけあって、男たちは屈強で荒々しい。
マナがなんとはなしに作業風景を眺めていると、彼らのうちの若いのが、
「おう。いい女じゃねえか」
近寄ってきた。
おべっかを使ったり恋人がいるか尋ねたりするあたり、一応ナンパのつもりなのだろう。
しかし、その汗くさくて泥にまみれた姿からは、マナの憧れるような、
「洗練された都会っぽさ」
など、かけらもなかった。
「そんなに飢えてるなら森へ行きな」
「お? 誘ってんのか?」
「猪がいるんだよ。あんたにお似合いだろ?」
マナが冷たくあしらったのも当然ではある。
ではあるのだが、当時、まだマナはナイフ術の修業を経ていない、ただの小娘。
相手は体力を資本にして稼ぐ男。
喧嘩を売るのは無謀だった。
「舐めてっと潰すぞ、クソ女!」
「くっ……」
キレた労働者がマナに襲いかかる。
同僚たちは止めもせず、へらへら笑っているだけ。
(ヤバイ……)
身の危険を感じたマナ。
背筋がぞっとする。
腕をつかまれ、地面に押し倒され、もうこれまでかと観念しかけた時……
「鳴き声がとってもかわいい小鳥を知ってるか?」
癖のある黒髪の好青年。
振り向いた労働者の顎に一発。
崩れ落ちそうなところへ、とどめの腹蹴り。
「きゅう……」
「きみだよ。かわいいさえずりだ」
痴漢労働者は変な声を出して失神した。
助けてくれた男はかなり若い。
マナを助け起こして、
「うちの馬鹿がすまない」
「いや……あんたは?」
「俺も〔パンポット建設〕に勤めてるんだ。名前はジェイミー」
「ジェイミー……」
「きみは?」
「わ、私はマナ。マナ・マーメル」
* *
「そうして俺たちは出会い、祭が終わった後で一緒に島を出た」
現在――。
みかんを保管する蔵にて、ジェイミーは煙草をふかしながら、思い出にひたっていた。
「あの頃の俺は幸せだった」
「あの頃の私は世間知らずだったよ」
背中に銃を突きつけられてもマナは強気を崩さない。
数分前。
突然ジェイミーに、
「両手をあげろ」
と指示され、
(私を殺すつもりか……?)
身構えたものの、ジェイミーは撃たず、延々と昔語りを聞かせた。
「小さいが新しい家を買ったよな。きみが望んだから、俺は壁を真っ白に塗り直したっけ。満ち足りた日々だった。この世のすべてを手にした気分だった」
「ああ、もう。じれったいね!」
「楽しんでくれないのか?」
「私にとっちゃ黒歴史だよ、そんなの!」
遠くに祭の音が聞こえる。
肌を刺すような冷気の中にあっても、マナの体に震えはない。
「あんた、何のために島へ来たの?」
「わからないか?」
「さっさと撃ちなよ」
「……」
「そして失せな。二度とこの島の土を踏むんじゃない。ここは堅気の人が暮らすところだ。あんたみたいなマフィアがいていい場所じゃない」
「勘違いしてもらっちゃ困るぜ」
「何だって?」
「ガキはどこだ?」
マナの顔からさっと血の気が引く。
「きみの言う通り、所詮、俺はマフィアだ」
ジェイミーは淡々と、
「どうあがいても生き方は変えられなかった。そうだ。結局のところ、ロマンスよりも野望を選んだわけだ。言え。別にきみを殺す必要なんてない。ガキの居所さえ吐いてくれれば、それで構わない」
「私にだけ復讐すればいいでしょ。子供を巻きこまないで!」
「まだわからないのか? 俺は金がほしいだけだ」
「うちの子が金になるわけないでしょ」
「無駄だ。カット卿からすべて聞いたんだ。驚いたぜ。あのガキ、大した御身分なんだな。納品すれば金になるっていうのも納得だ」
「ありえない! 私はもうピラドスの野郎とは別れた。メリメオンはマフィアの子供じゃないんだ。命を奪われる理由なんてないよ!」
「……名演技だな。演技は誰から教わった?」
ジェイミーが煙草を捨て、靴で踏みにじった。
その瞬間。
マナは振り返りざま、ナイフを抜き打った。
「ぐっ……」
ジェイミーの腕にかすり傷をつけた。
苦し紛れに引き金を引いたジェイミーだが、弾丸は明後日の方向へ。
マナはすかさず第二、第三の攻撃を放つ。
せまい蔵の中で、箱が倒され、みかんが舞う。
取っ組み合っていた二人はやがて蔵から出て、坂道を転げ回った。
前夜にうっすら降り積もった雪のせいで、地面はぬかるんでおり、マナとジェイミーは泥にまみれる。
「メリメオンには絶対、手出しさせない……ここで必ず、あんたを倒す……!」
「いい加減に……しろ!」
ジェイミーは足を負傷していた。
メリメオンに刺されたところだ。
そのため歩行すらぎこちない。
マナが健闘できたわけだ。
しかし……。
「女は男に勝てない。それがまだわからないのか?」
マナはとうとうジェイミーによって組み敷かれてしまった。
「離せ、クソ野郎……!」
「誰が離すものか」
「じゃあ絶対に離すなよ?」
「……?」
真意をはかりかねたジェイミー。
質問するために開いた口から、
「あっ……」
苦痛が漏れた。
手首から血が噴き出し、彼の手から銃が落ちる。
と同時にマナは動いた。
ジェイミーの寝技から逃れると、すぐさま彼の首元にナイフの刃先をあてがった。
「女が男に勝てないって言ったっけ?」
「う……」
「ま、私一人じゃ勝てなかったけどさ」
「どうして、きみがここに……」
汗ばむジェイミーの視線の先には、バンズばあやが立っていた。
彼女の右手には枝切りばさみ。
左手にはジェイミーの落とした銃が握られている。
「ありがとう。助かったよ、ばあや」
「お安いご用でございます」
抵抗するすべをうしなったジェイミー。
その横っ面を、
「畜生め!」
マナは一発だけ殴った。
「本当は殺しても飽きたらないくらいだけどね。私はマフィアみたいなまねはしないんだ。それにしても……」
ジェイミーを縄で縛り上げてから、あらためてマナはバンズをまじまじと見た。
呆れたような目で。
「ばあやが元マフィアだとはね」
「お恥ずかしいことでございます」
「いやいや。見事なはさみさばきだったよ。扱いはやっぱりピラドスに教わったの?」
「いえ。父が先代でございまして」
「……?」
「〔パンポット・ファミリー〕の先代のボスなのでございます。父からナイフ類の扱いを教わり、次にわたくしがピラドス様に教えを授けました」
そしてピラドスがマナに仕込んだ、と。
唖然とするマナ。
(昔マフィアだったって打ち明けられた時も驚いたけど……)
ばあやはにっこり笑って、
「若気のいたりでございます」




