15話 破壊工作
マナ・パンポット……浮気性でマフィアの旦那に愛想を尽かし、家を出る。ナイフさばきが上手い。旧姓マーメルを使うことにした。
メリメオン……仮名。パンポット家の物置小屋に監禁されていた、謎の少年。橙色の髪に、透き通るような白い肌。
ロックオーツ・リブズ……マナの幼馴染み。トース島で漁師をしている。顔はいかついけど、いいやつ。
マッシュ・マーメル……マナの父親。太っているため、シャツの一番上のボタンをとめられない。
ミティー・マーメル……マナの母親。けばい化粧とド派手なドレスが特徴。
ジェイミー・ジュースカジュー……マナの昔の男。銃の達人。メリメオンに足を刺され、バンズに手の腱を切られた。
ピラドス・パンポット……表向きは建設会社の社長。裏の顔はマフィアのボス。ジェイミーによって殺害された。
バンズばあや……パンポット家の有能な使用人。〔パンポット・ファミリー〕先代のボスの娘。
カット卿……政財界の黒幕。ナイト爵持ち。どうやらメリメオン誘拐を依頼したのは、この人らしい。
「こいつが島へ来ることは予想してたからね」
マナは額の汗を拭いて、一息ついた。
「隠し場所もちゃんと用意しておいたんだ」
「さすがでございます、奥様。しかし、本当に殺さなくてよいのですか?」
「私はマフィアみたいな生き方はしたくないからね」
「奥様に代わって、わたくしが手を汚せばよいではありませんか」
「いや、いいから……とりあえず銃をしまってもらっていいかな」
バンズばあやは枯れ井戸の中に銃口を向けていた。
深さ10メートルほどの井戸。
その底に、ジェイミーの姿があった。
彼の体を縛るロープは滑車にかけられている。
女二人の力でジェイミーを降ろすのも大変だったが、引き上げるとなったら数人の男手が必要だろう。
つまり、
「簡単には逃げられないよ。おとなしくしてな」
「おい。待て」
マナはジェイミーの声を無視して去った。
ジェイミーの処遇は祭が終わってから決める。
(警察に突き出すべきだろうけど……逃がしてやってもいい)
甘い考えのマナ。
一方、見張りのために残ったばあやは、
(もう利用価値はないし、殺しておくべきだと思いますがねえ……)
殺意の誘惑に駆られていた。
そんなばあやの殺気を察知したのか、ジェイミーはしつこいくらいに、
「俺を解放しないと大変なことになる」
と言い続けた。
バンズばあやはこれを、
「脅しだろう」
と考え、まったく相手にしなかった。
* *
〔マーマレード祭〕は盛り上がっていた。
人々の歓声や楽器の音が、ジェイミーの銃声を掻き消した。
誰も〝事件〟の発生に気づいていない。
山車に乗っている数名の島民が四方にみかんを投げ、祭の参加者がこれを拾って食べる。
が、そろそろみかんが尽きかけているらしく、投げ手たちは何度もロックオーツに目配せをする。
「早く持ってきてくれ」
と言いたいのだろう。
ロックオーツはマナがなかなか戻ってこないため、
(様子を見に行こうかな……)
心配になってきた。
「どうしたの? せっかくの祭なのに、浮かない顔してさ」
だが、そのタイミングでマナ本人が台車を押しながら登場。
あっけらかんとしている。
台車の上には大量のみかん。
ロックオーツはほっとしつつ、
「おせーよ」
「心配してくれたんだ?」
「うっせえ」
「よし……私もいっちょやるか」
「え? おい?」
マナは山車にのぼった。
みかんの入った箱はロックオーツが山車の上へあげてくれた。
「ほらー。持ってけー!」
マナもみかん投げに加わったのだ。
呆気にとられたロックオーツも、彼女の弾ける笑顔を見ていたら、
「ふっ……」
なんだか楽しくなってきたが、当のマナは別にロックオーツに笑みを向けているつもりではなかった。
メリメオンだ。
祭本番の日にあっても、やはり彼はおとなしく、どこか不安げな面持ちだ。
しかし、彼を狙うジェイミーは捕縛したのだから、
(もう安心だよ。誰も私とあんたを引き裂かない。楽しみな)
まずは親である自分が、
(楽しんでいる姿を示さなきゃ)
その想いが伝わったのだろうか。
メリメオンは島の子供たちに誘われるがまま、みかんを拾い集められるだけ集めて、少し離れたところへ運んだ。
港の近く。
市場の路地裏の、大人は誰も通れないような細い道。
そこに、みんなで木の枝や廃材などを持ち寄って、子供だけの秘密基地をつくっていた。
基地の中で、子供たちはまずみかんを食べた。
もちろん、マーマレードを塗って。
それ用のマーマレードを親から渡されていた。
「まあ……美味いけどさ……」
「甘いものにも食い飽きたよな」
「しょっぱいものとか食いてー!」
「ないよ。今日は。みかんとトーストくらいしか食えないよ」
「魚でも釣るか?」
「パクった釣竿もあるしな」
「どうせなら船に乗ろうぜ」
「おお!」
正直なところ、メリメオンは大人に叱られるようなことはなるべく避けたかったが、そこはやはり同世代に舐められたくない意地もあったのだろう。
無言でこくこくうなずいて、賛同。
友達についていった。
「あ……ちょっと待て」
早速、トラブルが発生した模様。
路地裏で縦一列になったまま、子供たちは停止。
「どうした?」
「早く進めよ。せまいんだよ」
「大人がいるんだ。船に乗ってる」
「ええ~」
「どうする? 別の遊びにするか?」
「でも、あいつら、様子が変だ」
後方にいたメリメオンが、前方の子供たちの隙間をかいくぐって、港を見た。
確かに、いる。
布で顔を覆い隠した黒ずくめの、いかにも怪しい男たちが。
各自、船の上でごそごそしていたかと思うと、一斉に船を下りて建物の陰まで走った。
「……よし。船に乗りこもうぜ」
勇む子供たち。
だが、メリメオンが彼らの服を引っ張り、阻止する。
「何すんだよ」
「……」
「おい」
「……」
「しゃべれって」
いや、メリメオンが言葉を使って説明する必要はなかった。
船が爆破したのだ。
「おわっ……」
爆風が子供たちを転がす。
せまいところで揉みくちゃになり、耳がきーんと鳴るが、幸い誰にも怪我はない。
最初に目を開いた子が、
「ああっ……!!」
驚愕した。
停泊していたすべての船が木っ端微塵。
どれももうまともに使える状態ではない。
黒い覆面の男たちが物陰からわらわらと出てきて、船の惨状を確認した後、その場を立ち去った。
一部始終を静かに見守っていた子供たちは愕然とした。
「どういうことだよ……」
* *
たった一発の銃声とは音量がまるで違う。
島は小さな山のような形状をしており、バンズばあやがいたのは少々小高いところ。
ここは港から距離があるが、それでも、ばあやの耳に爆発音は届いた。
たちのぼる噴煙も視認できる。
「これもあなたの仕業でございますか?」
枯れ井戸の中へ問いを投げる。
「俺ではない」
井戸の底から返答するのはジェイミー。
もうバンズばあやに助けを乞うのはあきらめ、じっとうずくまっている。
「本当のことをおっしゃい。でなければ、痛い目にあっていただきますよ」
「嘘なんてついちゃいないさ。信じておくれ、お嬢さん」
「はい。信じます」
「これはカット卿の企みなんだ」
ジェイミーの説明によれば……。
事前に打ち合わせた時間までに、ジェイミーがメリメオンを回収できなかった場合、船を爆破することになっていた。
島から脱出する手段を封じた上で、カット卿の準備した手の者がメリメオンの〝狩り〟を始めるわけだ。
(なるほど……)
話は理解したバンズばあやだが、
「そもそも、たかが子供ひとりを捕まえるのに、どうしてここまで大がかりなことをするのでございますか? それも、カット卿ともあろうお方が、マフィアとつながりをもつというリスクまで冒されるとは」
「それだけのリターンがあるって話だ」
「いったい、あの子は……」
「ふ。俺も最初に聞いた時はとても信じられなかったがな、あのガキの正体は……」
ジェイミーは明かした。
メリメオンと仮の名で呼ばれる少年の本当の名を。
その出自を。
真実を知ったバンズばあやは、
「奥様が危ない……!」
駆け出した。
「……いなくなったか? ま、せいぜい頑張れ」
取り残されたジェイミーはここぞとばかり、
「おおい! 助けてくれえ!」
大声で騒ぎまくった。
この井戸は住宅地にあるのだが、住民は祭に参加するため家を出払っている。
現状、ジェイミーの声が届く範囲に人はいない。
いや、いた。
この近辺で唯一、祭に対し消極的な姿勢を持つ夫婦が。
「いったい何の騒ぎだ」
「爆発音はするし、人の叫び声はするし、本当にうんざりよ」
井戸の方へ歩いてきたのはマナの両親。
二人は井戸を覗いて、ジェイミーを発見したものの、
「面倒だから見なかったことにしよう」
と引き返しかけた。
しかしジェイミーが、
「ナイフを落としてくれるだけでいい」
と言うから、その通りにしてやった。
ジェイミーは後ろ手の状態で器用に縄を切り、今度はその縄を伝って井戸から脱出することに成功。
この時になって、マナの両親は彼が娘の元彼だと気づいた。
「まさかマナと復縁するつもりか?」
「させるもんですか! 帰れ! 帰れ!」
「助けてやったことを恩に着なさい。そして二度とここへ戻ってくるんじゃない!」
「うちの娘にはね、素敵な旦那様がいらっしゃるんだ。今更、あんたみたいな馬の骨とくっつかせてなるもんか」
唾を飛ばして言いたい放題の両親だったが、
「ピラドスなら死んだぜ。俺が殺したからな」
ジェイミーから衝撃の事実を告げられると、
「ひぇ……」
失神してしまった。




