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16話 炎の船出

マナ・パンポット……浮気性でマフィアの旦那に愛想を尽かし、家を出る。ナイフさばきが上手い。旧姓マーメルを使うことにした。


メリメオン……仮名。パンポット家の物置小屋に監禁されていた、謎の少年。橙色の髪に、透き通るような白い肌。


ロックオーツ・リブズ……マナの幼馴染み。トース島で漁師をしている。顔はいかついけど、いいやつ。


マッシュ・マーメル……マナの父親。太っているため、シャツの一番上のボタンをとめられない。


ミティー・マーメル……マナの母親。けばい化粧とド派手なドレスが特徴。


ジェイミー・ジュースカジュー……マナの昔の男。銃の達人。メリメオンに足を刺され、バンズに手の腱を切られた。


ピラドス・パンポット……表向きは建設会社の社長。裏の顔はマフィアのボス。ジェイミーによって殺害された。


バンズばあや……パンポット家の有能な使用人。〔パンポット・ファミリー〕先代のボスの娘。


カット卿……政財界の黒幕。ナイト爵持ち。どうやらメリメオン誘拐を依頼したのは、この人らしい。

「待て!」


 港から市場へ。

 市場から住宅地へ。

 覆面の男たちが子供たちを追いかけ回している。


「おら! 捕まえたぞ!」

「くっそ! 離せ!」


 メリメオンと行動を共にしていた子供の大半が確保されてしまった。

 男たちは捕らえた子供をまじまじと見つめ、


「クソッ! これも違う!」

「よく見ろ。標的が変装している可能性もある」

「見間違えるはずはないだろう」

「まあ、オレンジがかった髪の毛の人間なんて、そうそういないからな」

「それに、我々はやつを見知っているんだ」


 その様子を、離れたところからメリメオンと数名の子供たちが眺めていた。

 ゴミ箱の裏に隠れ、


「どうする? 助けに行くか?」

「その必要はないだろ」

「でも、売り飛ばされるかもしれないじゃん」

「いや、あいつらが狙ってるのは一人だけ。それ以外はどうでもいいみたいだぜ。そして、狙われてんのは……」


 子供たちの視線がメリメオンに集まる。


「お前なんだろ?」

「……!」


 メリメオンは返事の代わりに、ぎゅっと拳をかため、目をそむけた。

 その手を子供たちが引っ張る。


「行くぞ」

「……」

「大丈夫。見捨てない。だって、俺たち友達だろ!」

「……!」


 駆け出した途端、


「そこにもガキがいるぞ!」


 見つかった。

 必死で逃げ惑うも、所詮は子供。

 大人の脚力に敵うはずもない。

 瞬く間に追いつかれ、囲まれた。


「当たりだ!」


 黒い覆面の男たちが声をあげる。


「つまらない抵抗はおよしなさい。みっともないですぞ。さあ、こちらへ。ご同行願います」


 絶体絶命。

 完全な窮地。

 突破できそうな隙は一切見当たらない。

 それでも子供たちはメリメオンを守るように両手を広げている。


「誰かー! 助けてー!」


 子供たちは必死に叫んだ。

 どうせ届かないと知りつつ。

 なぜなら今日は祭の日。

 多少の叫びはどんちゃん騒ぎに飲みこまれてしまうだろう。

 しかし……。

 彼らは逃走に懸命なあまり、気づいていなかった。

 祭の音が消えていることに。


「バッカヤロー!」


 願いは届いた。

 マナだ。

 矢のように飛んできたかと思えば、次の瞬間には、覆面の男を一人蹴倒している。


「何のつもりだか知らないけど、子供に手を出すことだけは許さないよ!」

「黙れ! おばさんに用はない!」


 覆面たちは逆上。

 引き下がるそぶりすら見せなかったが、


「マナだけにいいかっこさせるな!」


 ロックオーツを始め、多数の人々が駆けつけてくるのを見ると、さすがにたじろぐ。

 しかも、漁師たちは自分の船が粉々に破壊されたものだから、大いに怒り狂っている。

 観光客もお祭り騒ぎでついてきた。

 老若男女が入り乱れる大混戦。

 マナはメリメオンを抱きかかえ、安全圏まで連れていき、


「怪我はない!?」


 メリメオンはこくりとうなずいた。

 マナはほっとしつつ、


「あんたは一人じゃない。守ってくれる大人が大勢いるんだよ」

「……」


 メリメオンを強く抱き締めた。

 息苦しいほどの愛に溺れるメリメオンは、6年ほどの人生において、いまだかつて経験したことのない感情に襲われていた。

 まだ小さなこの少年には、心の底からこみあがってくる気持ちの正体がわからない。

 ただただ、とめどなく流れる涙にとまどうばかりだった。


 ――と、まあ、ここまではよかった。

 子供に対する大人の責任感で対処できた。

 ところが。


「静かにしろ!」


 銃声が響くと、途端に人々はぴたっと動きを止めた。

 口を真一文字に結んで、一言も発しない。

 はっきり言って、みんなびびっていた。


(無理もないか……)


 マナには理解できた。


(この場にいるのは、私以外全員堅気だもんな。きっと、生まれて初めて銃を見た人もいるだろう)


 マナのように、幾度も修羅場をくぐった経験のある方が異常なのだ。

 海の遠くに蒸気船が見える。

 トース島に向かって進んでいるようだ。


「ばあや。それは駄目だ!」


 いきなり叫んだマナに、人々の視線が突き刺さる。

 彼女が止めたのはバンズばあや。

 いつ、どこから現れて、どうしてそうなったのか。

 誰の目にも止まらぬうちに、覆面男の首に枝切りばさみを突きつけ、人質にしている。


「乱暴な殿方には、乱暴でお返しするより他にございませんよ」

「それはそうだけど……ほら。ご覧よ」


 覆面男たちの方でも、子供に銃を突きつける形で、人質をとっていた。


「なるほど……」


 納得したバンズばあやは男を解放。


「クソババアめ!」


 ばあやは覆面男に顔を一発殴られたが、微動だにせず、にっこり笑うだけだった。

 覆面の男たちは子供を人質にとったまま、メリメオンに対し、


「出ておいでなさい。でなければ、ご友人の頭を吹き飛ばしますぞ」


 投降を呼びかけた。

 メリメオンは依然として敵の死角に隠れ潜んでいた。


「出てきちゃ駄目だ!」


 マナは大声で指示を出しつつ、


(どうやって、この場を切り抜けるか……)


 脳をフル回転させていた。

 決して一人の命も見捨てるつもりはなかった。

 ところが……。

 マナの決意に反し、メリメオンが姿を見せた。

 ゆっくりとした足取りではあるが、覆面集団の方へ、まっすぐに歩いていく。


「止まりなさい! あんたが犠牲になる必要はない!」


 とマナがどれだけ言っても無駄で、進み続けるメリメオンがとうとう敵の手中におさまる寸前、マナの顔から鬼の形相が剥がれ落ちた。


「ママの言うことが聞けないの!? 私はあんたのただ一人のママなんだよ!」


 メリメオンは振り返り、無言で、笑った。

 陽光に消え入りそうな、はなかげな微笑。


「行かせない……!」


 何の計算もなく、ただ息子をうしないたくない一心で、マナは駆け出した。

 しかし。

 伸ばした手が息子に触れることはなかった。

 阻まれたのだ。

 巨大紙人形によって……。


「なっ……!?」


 マナのみならず、その場の全員が驚いた。


(紙人形は置いてきたはずなのに、どうして……?)


 疑問はただちに氷解した。


「マナ!!! 借りを返すぞ!!!」

「本当に……しつっこい男だね、あんたは!!」


 ジェイミーが山車に乗っている。

 井戸から脱出したジェイミーは、たまたま見かけた山車をこれ幸いと利用したのだろう。

 そのくらいのことは、いくら負傷していても容易だったはずだ。

 ここは坂道。

 はずみをつければ、車輪は自然と動き始めるのだ。

 巨大人形を載せた山車はマナめがけて一直線。


「マナ!!」


 ロックオーツが突き飛ばしてくれなければ、無事ではなかっただろう。

 次の瞬間――

 山車は転倒。

 人形は大破。

 寸前で飛び降りたジェイミーが煙草をポイ捨てしたせいで、紙人形に火がついた。


「やるじゃないか、色男」


 ジェイミーに声をかけられたロックオーツは、マナの代わりに山車にひかれ、この時すでに息がない。

 船の残骸のそばにボートが浮かんでいる。

 浴びせられる罵声などまるで聞こえないかのようにふるまい、ジェイミーは覆面集団と共にボートへ乗りこんだ。

 拘束されたメリメオンに顔を近づけ、


「また会えたな、クソガキ」

「……!」


 島の人たちはなすすべもなく、ただ呆然と、彼らがボートから大きな船へ乗り移るのを見守るしかない。

 巨大紙人形は今や大きな炎に包まれている。


「奥様。お怪我は……」


 そっとマナに寄り添うバンズばあや。

 だが、返事はもらえない。

 マナはいつまでも海を見ながら、


「メリメオンが……私の子が盗まれた……」


 つぶやいている。

 ばあやはぞっとしながらも、彼女の肩を揺さぶって、


「メリメオン様は……本当に奥様がお生みになったお子様はもう亡くなったではありませんか」

「……ばあや? 何を言っているの?」

「いけません。いけませんよ、奥様。現実を見なくてはいけません」

「ばあや。警察へ通報しなくちゃ。メリメオンが誘拐されたの」

「……よくお聞きください。以前にも申したことですが……わたくしも娘を亡くし、奥様に自分の娘を重ねておりました」


 涙ぐむばあやの声はか細くて、震えている。


「ですが、現実から目をそらそうとしても悲しみは癒えなかったのでございます。奥様。いいですか? 事実をありのままに受け入れ、のたうち回るように苦しんで苦しんで、それでようやく痛みに慣れること。それだけが悲しみとの向き合い方なのでございます」


 船が水平線の向こうへ消えていく。


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