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17話 黒幕

メリメオン……仮名。パンポット家の物置小屋に監禁されていた、謎の少年。橙色の髪に、透き通るような白い肌。


カット卿……政財界の黒幕。ナイト爵持ち。ピラドスにメリメオン誘拐を依頼した。

 男がいる。

 年の頃、三十後半から四十代で、見事な口髭をたくわえている。

 身につけている衣服は高級感にあふれる一方で、髪に艶はなく、頬はこけ、どこかちぐはぐな印象がある。

 食欲不振のようで、みかんなどの果物と、トーストにバターとマーマレードという簡単な食事。

 一言も発することなく、黙々と食べている。


「肉!」


 飴色の松の円卓を囲むのは、男の他に、少年と女が一人ずつ。

 少年は口の端から食べ物をぼろぼろこぼし、くちゃくちゃ音を立てて好き勝手に食べ散らかしていた。

 そして、やたらと、


「肉! もっと肉を!」


 要求する。

 そばに控える人々は困惑した面持ちで、助けを求めるように男を見やるが、まったく指示を出してもらえず、たじろいでいる。


「どうして動かないのですか?」


 注意したのは女。

 黒い髪といい、太めの眉といい、少年にそっくりな容貌をそなえているが、決定的に違うのは、その瞳。

 冷たい。

 人間の体温を感じさせない瞳が従者たちを射抜く。

 彼女の表情筋は最低限の動きで、


「すぐに食事の追加を用意なさい」


 命令をくだした。

 静かな口調。

 なのに、なぜか迫力がある。


「ポンカ王子は育ち盛りなのです。本日は武芸のお稽古によく励まれたので、余計にお腹を空かせておいでなのでしょう」

「馬を走らせながら矢を射ったんだぜー!」

「頼もしいこと。どうかお願いですから、踊りのお稽古にも時間を割いてくださいませ。もうじき舞踏会なのですから」


 その瞬間――


「戯けたことを!」


 ここまで一切会話に加わらなかった男が円卓を拳で叩いた。


「こんな時に舞踏会など! 招待客には中止の案内を出すよう申し伝えたはずだぞ!」

「案内は出されておりません。私が止めました」

「なっ……!?」

「国王陛下。こんな時だからこそ、です。陛下が露骨に慌てておられると、皆々様にご心配をおかけしてしまいます。それに、弱みを見せてはなりませぬ」


 つまるところ、彼女は王妃だ。

 名はカーリー。

 諌められた男は国王キンカ。

 納得できないという想いが、ありありと顔に浮かんでいる。


「だが、あのことは……外に漏れてはいないはずだ」

「箝口令をお敷きになりましたものね。ですが、人の口に戸は立てられぬ、と申します」

「む……」

「だからこそ、舞踏会を――」


 大人同士の真面目な話。

 わんぱくな少年ことポンカ王子は空気を読まず、


「舞踏会なんてくだらねー。武闘会にしよーぜ!」


 机の上に乗っかると、フォークを剣に見立てて振り回し、ガラスのコップを割ったり料理を床に落としたり、大暴れ。


「やめんか!」


 ドラのような大音声が響いた。

 ポンカ王子はぴたっと動きを止め、恐ろしげに父を見つめる。

 見た目は優しげな国王キンカだが、鍛え上げられた肉体は圧倒的なオーラを放つ。

 まだ3歳の小さなポンカ王子は泣いてしまった。


「謝るんだ」

「ごえっ……ごえんなあい……」

「作った人にも謝るんだ」

「うぅ……」

「さっさとしろ!」

「ひっ……ごえん……」


 父子の様子を、カーリー王妃はものも言わず、じっと眺めていた。

 こうして悲惨な空気のまま食事は終了した。

 食堂を出たカーリー王妃とポンカ王子。

 アンモナイトの眠る大理石の床や、宝石がふんだんに施された壁面が、ガス灯によって照らされている。

 まだぐずっているポンカを、


「今夜は添い寝してあげましょう」


 とカーリーは慰めた。

 二人の他には、わずかな従者のみ。

 キンカ王は書斎へ向かったため、ここにはいない。

 美しい王宮を包む夜の静寂は、突如として、静かに破られた。


「王妃陛下……」


 闇の中から、ぬうっと姿を現した何者かが、カーリーに紙きれを手渡した。

 王妃も従者も、これを制止しない。

 カーリーはガス灯のそばへ行き、紙を確かめた。

 そこには、


《探し物を見つけました》


 とだけある。

 王妃は、にやりと笑い、紙を火に近づけて燃やした。


「ポンカ王子。少し散歩をいたしましょう」

「えー! なんで!? ねみーんだけど!」

「きっと王子もお楽しみになれますよ」


     *     *


 一台の馬車が王宮の門をくぐった。

 車体に王家の紋章はなく、部外者の可能性があるにもかかわらず、門兵は身元確認もしないで、これを通した。

 馬車は複数の男たちによって囲まれている。

 護衛なのだろう。

 彼らはいずれも黒い覆面をかぶっている。

 トース島を襲撃した者たちだ。

 御者はゆっくりと馬を走らせていたが、やがて厩舎のそばまで来ると停止した。


「お足元にお気をつけて……」

「はい、はい」


 男たちに甲斐甲斐しく世話を焼いてもらい馬車から降りてきたのは、カット卿。


「みなさんね、もう覆面は要らんでしょう。外していいですからね。それとも、まだ着けてたいかね。防寒になるものね」


 カット卿は太った体を震わせた。

 ふわふわの手袋でやけに頭を撫でさすっているのは、毛が一本も生えていなくて冷えるからだろう。

 12月の夜。

 王都には雪が降っていた。


「お。お見えになられましたな」


 かすかな明かりは従者の持つ提灯(ランタン)から漏れていた。

 子供の歩幅に合わせた、ゆっくりとした足取り。

 カーリー王妃とポンカ王子が数名の従者を連れたのみで現れた。

 カット卿は頭を下げて、王族二人を迎えた。


「このような遅い時間に、ご足労をおかけしまして、まことに申しわけございません」

「例の〝品物〟は?」


 カーリーは挨拶も抜きに本題へはいった。

 カット卿は馬車の扉を開け、


「ここに……」


 少年が馬車から引きずり下ろされた。

 メリメオンだ。

 いつものおびえた表情が浮かんでいないのは、疲れきっているからか。

 髪はぼさぼさで、目の下にはくまがあり、全体的に垢じみている。

 ろくな扱いを受けていないのは明らかだ。

 カット卿はカーリーにうやうやしく頭を下げ、


「手間取りましたが、どうにか捕らえることができました。このたびは王室護衛団から助っ人を派遣していただくというお手間までかけていただきまして、大変恐縮です」

「こちらこそ、ありがたいことです。さあ、報酬です。取っておきなさい」

「そんな……王妃陛下が頭をお下げになっては……」

「お父様には感謝していますのよ」

「ふふふ……」


 カット卿は、金貨のたっぷり入った袋を受け取った。

 随分と重たい。

 カーリーは続けて、


「天下をとった暁には、お父様に、もっと多くのお返しができますから」


 実父であるカット卿に冷たい微笑を向けた。

 その時、ポンカはいらだちのあまり、メリメオンをどつき始めた。


「こんなやつに会うために散歩かよ!」


 それから、メリメオンのことをつまらないとか弱いとか、散々に悪く言った。

 メリメオンは言い返さない。

 それが気に入らなかったのか、ポンカは握った拳を顔の前まで持ち上げ、腰を落とし、ファイティングポーズをとった。

 そして、メリメオンの顔に寸止めパンチを繰り出した。


「へへっ。俺、いろんな武術やってっからな? つえーぞ」

「……」

「おい。かかってこいよ、カス!」


 カット卿はこれをたしなめ、


「こんなやつにお構いになりますな」

「こいつ、むかつくんだもん」

「あなたがかわいいお手々にお怪我でもなさったら、私はとてもつらいですよ。さ。もういいでしょう」


 が、カーリーの意見は違った。

 メリメオンを縛る縄をほどくよう命じ、


「ポンカ王子と戦いなさい。もしあなたが勝てば逃がしてさしあげましょう」


 カット卿は驚いたが、しかし、こうなってしまっては止められない。

 ポンカ王子vsメリメオン。

 戦いの火蓋が切って落とされ、両手をだらりと垂らしたまま動かず、何もしなかったメリメオンが一方的にボコられて終わった。

 この間、たった5秒。

 カーリー王妃は、倒れたメリメオンを真顔で見下ろし、


「やはりポンカ王子こそ次期国王にふさわしいようですね。これだけ武芸の才能を持っておられるのに、ただ生まれた順番が2番目だからというだけで、あなたごときに王位を譲らなければいけないなんて、おかしなことです」


 ここで彼女は不意に冷たい微笑を浮かべ、


「あなたもそうお思いになりませんこと、ミカ王子?」


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