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18話 地下牢獄

メリメオン(ミカ)……ノーリンジ王国の第1王子。橙色の髪に、透き通るような白い肌。王宮内の陰謀により誘拐された。


キンカ……ノーリンジ王国の国王。ミカが誘拐され行方不明になって以来、憔悴している。


カーリー……ノーリンジ王国の王妃。冷えきった目に燃え盛る野望を宿している。ミカ王子誘拐事件の黒幕。


ポンカ……ノーリンジ王国の第2王子。武芸に秀でる。わんぱくで生意気なクソガキ。


カット卿……政財界の黒幕。ナイト爵持ち。カーリー王妃の父親。

 第2王子ポンカこそが次期国王にふさわしい。

 カーリーはメリメオンこと第1王子ミカに対し、そう言い放った。

 娘の主張に、カット卿はうんうんうなずく。


「我が孫、ポンカ王子殿下よ。すべてを犠牲にしても、手前が殿下の即位を叶えてあげますとも」


 さて。

 いつまでもおしゃべりしているわけにはいかない。

 メリメオンを、


「処分しなければ」


 ならないのだ。

 現在、メリメオンことミカ王子は賊に襲われ行方不明ということになっている。

 この情報は王族の他、一部大臣にのみ共有されているが、このままだと、


「まだ生きておられるかもしれない」

「賊の狙いは身代金だろう」

「となると、当然、王位継承権第1位はミカ王子のままでよいな」


 こうなる。

 ミカ王子に死んでもらわない限り、ポンカを王位に据えるという計画は進展しないのだ。

 カット卿は娘カーリーに迫る。


「ご決断を」


 カーリー王妃は考えこんだが、父であるカット卿から、


「どのような方法でしょうと、王妃陛下の仰せのままにいたしましょう」


 と頼もしいことを言われると、口角をあげた。

 心が決まったらしい。


「ただ殺すだけでは飽きたりません」

「と申されますと?」

「餓死させましょう」


 王宮の地下には牢獄がある。

 元々、重大な政治犯や失態を犯した王族などを幽閉するためのものだったが、使われなくなって久しい。

 カーリーは王家に嫁いでから数年かけ、地下牢獄の位置を特定し、鍵を入手した。

 その入り口は厩舎の内部、馬房の床にある。

 扉を開けると、真っ暗な闇が広がっている。

 一行は提灯(ランタン)の明かりで足元を照らしつつ、急な階段をおりていく。

 (ほこり)っぽく、じめじめとした空間。

 まるでコウモリが寝床にしていそうな雰囲気だが、ここにはコウモリどころか虫一匹すらいない。

 完全に外の世界とは遮断されているのだ。


「意外と深いですな」


 カット卿がぜえはあと荒い呼吸をしながらも、口からハンカチを離さないのは、この何とも言えない嫌な空気を吸っているだけで、


(病気になりそう……)


 な気がしたからだ。

 地下空間は縦に6メートルほどの広がりを持っていた。

 螺旋状の階段を10段おりるたび、壁にひとつの牢獄を発見できる。

 カーリーが選んだのは、一番奥底の牢。


「ひっ……ひぃいいぃぃ」


 ポンカが母の陰に隠れて震えているのと対照的に、これから幽閉される当のメリメオンはまったくリアクションをとらない。

 すべてをあきらめきっているかのようだ。

 王室護衛団の兵士が彼を牢の中へ入れようとしたところで、


「あ……」


 カーリーが止めた。


「念のため、身体検査を」


 ふとした思いつきだった。

 結果、メリメオンの服から折りたたみ式のナイフが一本、瓶がひとつ発見された。

 ナイフはマナから護身用にと渡されたもの。

 瓶の中には、マナや島の子供たちと一緒に作ったマーマレードが詰まっている。

 いずれも大切な思い出の品だが……


「処分してしまいなさい。瓶の方は今すぐ、ここで」

「はっ」


 王妃の命令を受け、兵士は瓶をかたい地面へ投げ捨てた。

 瓶が割れる。

 ジャムが飛び散る。

 カーリーがほほえむ。

 それから一行はメリメオンを牢の中へ入れ、階段をのぼり始めた。

 扉を閉める直前、カーリーはこう言い残した。


「どれだけ叫ぼうと、声は地上まで届きません。檻には鍵をかけておきましたし、柵は丈夫ですから腕力で破壊することはできません。あなたはもうおしまいです。残された時間、たっぷり苦しみなさい」


 そして地下牢獄は完全な闇に飲みこまれた。


     *     *


 6年ほど前。

 メリメオン……いや、ミカ王子は、ノーリンジ王国の長子として誕生した。

 それはすなわち王位継承権者の筆頭であることを意味する。

 誰もがうらやむご身分なのだが、彼の心は満たされなかった。

 多くの執事やメイドにかしずかれても、貴族や豪商から高級な貢ぎ物をされても、決して埋まることのない穴があいていた。


「どうして我が王国には王妃陛下がいらっしゃらないのですか?」


 3歳の頃。

 ミカは思ったことをそのまま口に出した。

 これは父を大変に怒らせた。

 後で従者から、


「国王陛下は、王妃陛下を亡くされた悲しみから、まだお立ち直りになれないでいるのです」


 と知らされた時、母がすでに亡き人であるという衝撃よりも、


(国王陛下は本当に愛情深いのかな?)


 父親に対する疑いがまさった。

 それもそのはず。

 ミカ王子は父から優しくされたことがなかった。

 例えば、これも同じくミカが3歳だった時分の話だが……

 何かと多忙な国王キンカが珍しく息子を狩猟に誘った。


(初めての狩りだ!)


 心を弾ませるミカだったが、


「銃もまともに扱えない軟弱者が王になれると思うな!」


 殴られたり鞭で打たれたりと、厳しすぎる指導を受け、身体中が傷だらけ。

 崖から落ちそうになった際には、手を差し伸べてもらえなかった。

 心も傷ついた。


「陛下なりの愛情表現なのですよ」


 狩りを終え、自室にて怪我の手当てを受けながら、従者たちに慰められた


(獅子は我が子を谷底へ突き落とす、ということか)


 頭では理解できても、心は納得できない。

 以来、ミカと父との間に決定的な溝ができてしまった。

 そんな折り、キンカ国王は再婚した。

 相手はカット卿の娘カーリー。

 前王妃ミカの実母レモはもともと隣国の姫君であり、おっとりとした優しい性格の王妃として周囲から好かれていたのだが、出産時に亡くなった。

 対して、新しい王妃は国内の商人階級の出身。

 政財界の黒幕と称されるカット卿と姻戚関係を結ぶことで、


「国内の安定を図ろうとのお考えなのだろう」


 と、もっぱらの噂だった。

 ミカは幼心に、


(そんな結婚に愛なんてないのでは?)


 愛情深いと評判の父を疑ったが、その疑問を直接本人にぶつけることはしなかった。

 結婚後、すぐにカーリーは懐妊。

 生まれた子供はポンカと名づけられた。


(弟といっぱい遊んであげよう)


 ミカは楽しみにしていたが、期待は外れた。

 成長すればするほど、ポンカは生意気で手のつけられない暴れん坊へと変貌を遂げた。

 一部貴族の間では、


「頼もしい」


 と好評だが、ミカはたまったものではない。


「おい、ザコ!」


 ポンカは兄に対する敬意などまったく持ち合わせておらず、ミカを見かけるたび暴力を振るった。

 ミカは優しかった。

 相手がひどいやつでも傷つけたくなかった。

 狩りの獲物は食材だから仕方ないとしても、それ以外の場面ではなるべく虫も殺さないようにしていた。

 庭で蝶とたわむれるミカを見かけたポンカは、


「こんなものの何がいーんだよ!」


 木刀で蝶をはたき殺しまくった。


「や、やめなさい……」

「うっせー!」

「かわいそうだと思わないのか?」

「思わねーよ、バーカ!」


 そんな光景を目の当たりにしても、カーリー王妃は息子を一切とがめない。

 それどころか、満足げににやりとしているのだった。

 ミカはこの不気味な義母にも馴染めなかった。

 こうしたわけで、ミカは孤独だった。


(こんな人生、何の意味があるんだろう)


 6歳になったミカは、毎晩涙で眠りについて、毎朝溜め息で目覚めていた。

 強い不安に駆られたまま悶々と日々を過ごし、そして、あの日を迎える。


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