表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/18

08話 隣の芝生

マナ・パンポット……浮気性でマフィアの旦那に愛想を尽かし、家を出る。ナイフさばきが上手い。旧姓マーメルを使うことにした。


メリメオン……仮名。パンポット家の物置小屋に監禁されていた、謎の少年。橙色の髪に、透き通るような白い肌。


ロックオーツ・リブズ……マナの幼馴染み。トース島で漁師をしている。顔はいかついけど、いいやつ。


マッシュ・マーメル……マナの父親。太っているため、シャツの一番上のボタンをとめられない。


ミティー・マーメル……マナの母親。けばい化粧とド派手なドレスが特徴。


ジェイミー・ジュースカジュー……マナの昔の男。出所したてのマフィアで、銃の達人。メリメオンに足を刺され負傷。


ピラドス・パンポット……表向きは建設会社の社長。裏の顔はマフィアのボス。


バンズばあや……パンポット家の有能な使用人。

 いくらこじんまりした田舎の島だからと言っても、酒場くらいはある。

〔スペア酒場〕。

 港の近くにあるため、主な客層は漁師だ。

 マナが店に入った時、すでに日が暮れていたが、多くの漁師が訪れていた。

 島生まれのマナはすぐ、


(夜の漁に出るんだな)


 ぴんときた。

 せまい島。

 誰もが顔見知りであり、当然マナもみんなに認知されている。

 いつ帰ってきたんだとか、ロックオーツが羨ましいとか、今度は俺ともデートしようなどなど、冷やかしの声がうるさいため、


「ここじゃ話しづらい。個室へ入ろう」

「いいけど……いやらしいことしないでよ?」

「あ、ああ、あ、当たり前だろ!」


 ロックオーツは妙にあせりながら、店長に個室の許可をもらった。

 かなり通いつめているらしく、注文するのも慣れた様子だった。

 酒は白ワイン。

 とれたての魚を大豆やトマトと煮こみ、そこにパセリやミカンの皮を削ったものが添えられている。

 材料が新鮮だと、安くても美味だった。

 二人は料理を堪能しつつ、しばらくは無言だったが、やがて酔いがまわってくると、マナが切り出した。


「で、何があったの?」

「何って……?」

「ごまかさないでね。面倒なのは嫌いだよ。あんた、奥さんと別れたんでしょ」

「ああ、そのこと……」


 ワインを舐めるように飲みつつロックオーツが語ったところによると、別れたのは一年以上前。

 簡単に言ってしまえば、彼の元妻は夢を捨てられず、夫を捨てたという話。


「どうしても歌手になりたかったんだと」

「あんたの奥さん、歌が上手かったもんねえ」


 子供はなかった。

 だから二人は決断できた。

 マナはしばらく思案顔だったが、ぽつりとつぶやくように、


「私さ、勘違いしてた」

「ん?」

「みんな素敵な人生を歩んでるんだろうなって考えてた。カスみたいな生き方してんのは私だけだって。だから、ずっとここには帰れなかった」

「でっかい幸せ、つかんでんじゃねえか」

「私も別れたんだ」


 今度はマナが打ち明ける番だった。

 彼女は家を飛び出してきたこと、そしてこれからは島で暮らすつもりであることを手短に語った。

 ただし、


(ロックオーツを怖がらせないために)


 マフィア絡みのことは一切伏せておいた。

 マナとロックオーツは店を出た。

 柔らかい砂浜に二人の足跡を残しながら、ものも言わずに歩き続ける。

 穏やかで規則的な波の音が心を落ち着けてくれる。

 そのうちロックオーツが下を向いたまま、


「一人で子育てすんの、大変だろ」


 マナも目をあわせずに、


「まあ、ね……」

「育児の経験がない俺なんかが偉そうかもだけど、無理はするなよ。お前って、昔から根を詰めすぎるタイプだからさ」

「そうかな?」

「そうだよ。ま、今後はいっそのこと開き直って、好きなことして生きればいいと思うぜ」

「ありがと」


 マナは顔をあげて、ロックオーツに微笑みかけた。

 笑うと、潮の香りが体に入ってきた。

 海はどこまでも果てしなく続いている。


(恋もやり直そうかな)


 ふと、そんな気になる。

 が、どちらも黙りこんでしまい、相手が仕掛けてくるか、自分から仕掛けるか、腹の探り合いをしていたら、港まで来てしまった。

 マナの足が止まる。

 ここは彼女の生まれ故郷。

 思い出はどこにでも転がっている。


「これって……」


 マナが砂の上に見つけたのは、いくつかのコルク。

 どうしてそんなものが転がっているがというと、


「ガキどもがコルク銃で遊んだんだろ」

「コルク銃……」

「俺らも昔はよく遊んだよなあ」

「……」


 おもちゃの銃で使われる弾。

 それがマナに、ある男を思い出させた。


(ジェイミー……)


 彼との出会いや別れを想うと、今でも心が苦しい。

 が、今となっては、それだけでは済まない。

 恐怖だ。


(いつか、あいつはここに来るかもしれない。私に復讐するために……)


     *     *


 それから数日後のこと……。

 トース島ではなく本土にて。

 パンポット邸の門前に、ジェイミーの姿があった。


「さて……」


 腰に帯びた銃をなでる。

 この男の考えは単純。

 真っ昼間から敵陣へ侵入し、ピラドスに勝負を申しこむつもりだった。

 理由は当然、


「俺をはめて監獄送りにして、その上、マナを奪ったから」


 早速、ジェイミーは塀を乗り越えようと、壁に手をかけた。

 ところが……。


「ちっ」


 そのタイミングで馬車が来た。

 ジェイミーはとっさに身を隠す。

 派手ではないものの、四頭立ての高級感ある馬車で、どう考えても庶民の乗り物ではない。

 通りがかっただけかと思いきや、御者がパンポット邸に向かって、開門を呼びかけた。

 使用人は怪しむこともなく素直に門を開き、これを迎え入れる。

 馬車が敷地の中へ入る一瞬……


(ん?)


 ジェイミーの鋭い目は、車内の人物の横顔をはっきりと捉えた。

 布で顔を覆っていたが、


(どこかで見たような……)


 馬車が視界から消えた後も、ジェイミーは立ち尽くしていた。

 思案にふけったのは数秒ほど。

 彼は意を決して塀を飛び越えた。


「く……」


 着地の際、ジェイミーの顔が歪んだ。


(あのガキめ……)


 治療の甲斐あって、傷口を塞ぐことはできたものの、メリメオンに刺された箇所は今でも痛む。

 そのため足の運びがぎこちない。

 敷地内のあちこちで、使用人たちが仕事をしている。

 物置小屋や木に隠れるなどして、彼らの目をやりすごし、ジェイミーは本邸に到達。

 窓をこっそり覗いて、


(あの男は……!)


 驚いた。

 ピラドスを怒鳴りつけているのは、


(カット卿じゃないか!)


 造船から貿易、果ては高利貸しまで幅広く事業を手がける豪商であり、数年前には実の娘を国王の後妻として嫁がせることに成功。

 長年の功績を称えられ、王室よりナイト爵をたまわった。

 政財界を牛耳る、ノーリンジ王国最大の有力者だ。

 ジェイミーのような半端者でも、その顔と名前を知っている。

 そんな人物が、一体どうしてマフィアの自宅に来訪したのか?


(いや、ピラドスの野郎がマフィアとは知らず、ただの建設会社の社長と思って会いに来たのか?)


 だとしても、


(わざわざカット卿みずから訪れるとは何事だ?)


 おまけに、カット卿はピラドスと何やら揉めている様子。

 俄然、気になって、ジェイミーは壁に耳を当てた。


「何かご用でございますか?」

「……っ!」


 あやうく甲高い声を出しそうになった。

 振り返ると、いつの間にかジェイミーの後ろに、一人の老婆が立っている。

 その服装と、手に持っている枝切りばさみからして、この家の使用人のようだ。

 おぼろげながら、ジェイミーにも見覚えのある顔だった。

 それにしても、


(俺が背後をとられるとは……足音も気配もしなかった。こいつ、何者だ……?)


 しかし、ジェイミーはあせりを顔には出さず、窓から離れてお辞儀をする。


「あら。お懐かしい。ジェイミー様でございますね」

「いかにも、その通りです」

「旦那様にご用で? つなぎましょうか?」

「いえ、お嬢さん。それには及びません」

「まあ……」


 バンズばあやは顔を赤らめる。


「お嬢さんだなんて……」

「急いではいないのです。ここで待たせていただきますから」

「そうですか。では、お好きなようになさいませ」

「どうも」

「使用人一同、しばらくこのあたりには近寄りませんので、どうぞ、お気兼ねなく」


 その言葉のふくみにジェイミーは気がつかなかったわけではない。

 が、あえて触れず、彼女が立ち去るのを見送った。

 再び聞き耳を立てる。

 カット卿は怒っている。


「あなたもプロであるならば、それはきちんと事の経緯を説明して、理解を得なければならんのではないですか」

「いや、だから……計画通りに進んでたんです……」


 ピラドスの声は弱々しい。


「計画通り? ほう! では、宝石を盗んだり人を殺したりも、あなたの計画の中にあった、と?」

「い、いや、それはついでの別件で……」

「こんな大きな仕事に、ついでの用事を持ちこむとは! いやはや、驚きましたな」

「う……」


 口調こそ丁寧だが、カット卿は声を張り上げ、ねちねちと責める。

 それに対して、マフィア組織のボスたるピラドスは、平身低頭。

 よほどの力関係、そして、よほどの失態が想像できる。

 カット卿が続けて、


「たかが子供一人を誘拐するだけの仕事でしょう。捕まえたのに逃げられただなんて、通用しますか?」


 と言った時、ジェイミーの頭の中で点と点がつながり始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ