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07話 昔はよかった?

マナ・パンポット……浮気性でマフィアの旦那に愛想を尽かし、家を出る。ナイフさばきが上手い。旧姓マーメルを使うことにした。


メリメオン……仮名。パンポット家の物置小屋に監禁されていた、謎の少年。橙色の髪に、透き通るような白い肌。


ロックオーツ・リブズ……マナの幼馴染み。トース島で漁師をしている。顔はいかついけど、いいやつ。


ミティー・マーメル……マナの母親。けばい化粧とド派手なドレスが特徴。


ジェイミー・ジュースカジュー……マナの昔の男。出所したてのマフィアで、銃の達人。メリメオンに足を刺され負傷。


ピラドス・パンポット……表向きは建設会社の社長。裏の顔はマフィアのボス。


バンズばあや……パンポット家の有能な使用人。


「おお。よしよし」


 マナの母はメリメオンをかわいがる。

 頭をなでなで。

 頬をすりすり。

 手をぐにぐに。

 メリメオンはちょっと嫌そうにしていた。


「それにしても……」


 マナは呆れた目で母を見つめる。

 母ミティー・マーメルはすでに60を超えている。

 顔には深いしわが何本も刻まれており、髪はすっかり白くなっている。

 とは言え、


(元々、顔立ちは悪い方じゃない)


 とマナが思うのは決して身内びいきではない。

 確かに、顔は悪くない。

 問題は、これでもかというほど塗ったくった化粧。

 そしてド派手なドレス。


「どこぞの舞踏会にでも行くの?」


 ついマナが皮肉ってしまったのも無理はない。

 ミティーの服装は、のどかな田舎に似合わないものだった。


(昔は普通の格好してたのに……まさか父さんも?)


 そのまさかだった。


「お客さんか?」


 父マッシュが客間へ現れた。

 自宅にもかかわらず、彼が着用しているのは、なんと燕尾服。

 口や手をべちゃべちゃに汚しながらパイを食べていることから、別に外出する予定はないようだ。

 つまり、


「それ部屋着なの!?」


 マッシュは娘のつっこみなどお構いなし。

 どうやら日常的に暴食しているらしく、シャツの一番上のボタンはとめられないし、腹は突き出ているし、随分とみっともない体型をさらしている。

 眼差しに媚びをふくませ、


「お。マナじゃないか。旦那さんは? いらっしゃってないのか?」

「あいつは置いてきた」

「土産は?」

「ないよ」

「食べ物がいいな」

「ないって言ったでしょ」

「なんだ、つまらない。そうだ。マーマレードでも作ってくれよ。お前の作ったマーマレードは美味しいもんな」

「あーはいはい。これからいくらでも作ってあげるよ。これからずっと島で暮らしていくからね」

「……?」

「別れたんだ」


 普通の親なら……


「何があった?」

「浮気されたのか?」

「殴られたか?」

「追い出されてしまったのか?」

「いつまででも、うちにいていいぞ」


 こんな感じで、まず真っ先に娘の心配をしそうなものだが、マーメル夫妻は違った。


「この親不孝者!」


 むしろマナを睨みつけた。


(ま、予想通りだけど……)


 マナは壁に寄りかかり、天井を仰ぎ見た。

 悲しいよりも、


(情けない……)


 マッシュとミティーの夫妻は、毎月、ピラドスから仕送りをたんまりともらっていた。

 彼らからマナへ送られてくる手紙には、何にいくら使ったかが自慢げに書かれていた。

 娘の結婚生活を心配する文言はひとつもない。

 たまに、


〈そちらの生活はどうだ?〉


 と書いて寄越すこともあったが、それは心配ではなく、羨望の現れだった。

 老夫婦は娘の都会生活を夢想し、


「いいなあ。わしも社長になりたいもんだ」

「ジェイミーとかいう男とできた時にはがっかりしたけど、あの子、うまくやったものね」


 これが本音。

 だから、この生活を維持できなくなると思った瞬間、大慌て。

 いくら社長とは言え、妻の実家に過剰な仕送りができることに、


(この人たちは疑問を感じないのかな……?)


 まさかピラドスがマフィアのボスであろうとは想像さえしていない。

 挙げ句、マナに対し、


「すぐに帰って謝りなさい」

「額を床にこすりつけるんだよ。いいね?」


 当然、マナは断った。

 すると、マッシュはパイを自棄食い。

 ここで初めてメリメオンの存在に気づいたようで、自分のことは棚にあげ、


「このガキンチョは何だ、汚ならしい。そんな物欲しげな目でこっちを見ても、何もやらんぞ」

「あんたの孫よ!」

「わしの? わしの!?」


 食事の手を止めるマッシュ。

 呆然と立ち尽くす。

 じっとメリメオンに見とれて、うっとりと溜め息をつく。


「わしに似て気品のある顔立ちだ」


 年寄りが孫にでれでれする。

 そこで終わっていれば、マナがこれ以上絶望することもなかっただろう。


「ミティー。この子に最高の食事と布団を用意してあげなさい」

「もちろん。腕によりをかけるつもりよ。あなた、変なことをして、この子に嫌われないでよ?」

「わかってる、わかってる」

「ゆくゆくは、この子が〔パンポット建設〕の跡継ぎなんだから」

「わかってると言ってるだろう。わしらの今後の生活がかかってるんだから」


 耳が遠く、声の大きい両親のこそこそ話を聞いて、マナは唖然とした。

 つくづく思う。

 昔はよかった。

 貧しい暮らしではあったが、まともだった。

 人の心があった。


(少なくとも、今よりは……)


 沈みこんだマナ。

 そのスカートを、メリメオンがくいっと引っ張る。

 何か用なのかと、マナが顔を近づけると――


「……」


 無言のまま、メリメオンはマナの頬にそっと手を添えてくれた。


「慰めてくれてるの? ありがとうね」


 マナは優しく微笑んだ。


     *     *


 夕食を終え、マナは寝室でメリメオンを寝かしつけた。

 彼女にあてがわれたのは、二階の空き部屋。

 娘の帰郷など想定されていなかったが、見栄っ張りの両親は来客用の部屋を用意してあった。

 ここに泊まり客が来たことはない。

 父も母も、


「メリメオンと寝たい」


 強く要望したが、マナはそれを拒否。

 メリメオンがすがるような目でマナを見上げていたからだ。

 今、少年は布団の上ですやすやと眠っている。

 その寝息につられ、マナも眠りへ引きこまれかけている。

 マフィアの妻とは言え、日常生活はドラマチックなものではなく、淡々と日々をこなすだけ。

 だから、今日のように色々な出来事がどっと押し寄せてくると、


(ああ……疲れた……)


 子供は尚更だ。

 食事の後、マナはメリメオンを風呂へ入れようと考えたが、


(メリメオンったら、食事しながらうとうとしちゃってたな)


 思い出し笑いをしたが、すぐに神妙な顔に。

 メリメオンの正体は依然不明。

 どこから拉致されてきたのか。

 なぜしゃべろうとしないのか。

 何をそんなにおびえているのか。

 何もわからない。

 しかし、たった一日いっしょに過ごしただけで、マナはすでに、


(この子を手放したくない)


 想いに駆られている。


「メリメオン……」


 亡くした子供につけた名前をささやいて、涙をにじませた。

 と、そこへ……


「……?」


 こつこつ……という異音が聞こえてきた。

 音の位置を探ると、どうも窓が発生源のようだ。

 そっと近づく。

 片手にナイフを握って。


「……あれ?」


 音の原因を突き止めたマナは警戒を解く。

 ロックオーツが窓に小石を投げつけていたのだった。

 彼は身ぶり手ぶりで、


「外へ出てこい」


 と伝えた。

 マナは足音を忍ばせて外へ出た。


「どうしたの?」

「飲みに行こうぜ」

「はあ? こんな時間に?」


 ロックオーツの耳が赤い。


「色々と話したくてさ……」

「馬鹿なこと言ってないで、とっとと帰りな」

「なんだよ。冷てえな」

「あんたのために言ってんの。奥さんが心配するでしょ」

「……やっぱ聞いてないか」

「何が?」

「別れた」

「おっ……おう……」


 ロックオーツが結婚したのは、マナが島を出るよりも前。

 とても仲のいい夫婦に見えたが……。


「いったい何があったの?」

「飲みながらだったら話しやってもいいぜ」

「こいつ……」


 マナはちょっと迷う。

 実家とは言え、まだ幼いメリメオンを置いて外出しても大丈夫だろうか?

 夜中に目を覚まして、となりにマナがいなければ、きっと不安がるだろう。

 その心配の一方で、


(今後、島で暮らしていくことを考えると、こいつとも関係を構築しておいた方がいいよね……)


 打算も働く。

 結局、マナは参加することに決めた。


「ただし、あまり遅くまでは参加できないからね」

「……おう!」

「なんで、ちょっと残念そうなの?」

「え!? いや……別に! はは」


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