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06話 マナの生まれ故郷

マナ・パンポット……浮気性でマフィアの旦那に愛想を尽かし、家を出る。ナイフさばきが上手い。旧姓マーメルを使うことにした。


メリメオン……仮名。パンポット家の物置小屋に監禁されていた、謎の少年。橙色の髪に、透き通るような白い肌。


ジェイミー・ジュースカジュー……マナの昔の男。出所したてのマフィアで、銃の達人。メリメオンに足を刺され負傷。


ピラドス・パンポット……表向きは建設会社の社長。裏の顔はマフィアのボス。


バンズばあや……パンポット家の有能な使用人。

(変わらないなあ……)


 故郷の島に降り立ったマナは感慨にふける。

 トース島。

 人口1000人ほどの小さな島。

 主な産業は柑橘栽培と漁業、そして観光。

 決して裕福とは言えないが、島民が本土へ引っ越さず、この地にとどまり続けているのは、この島が好きだから。

 それだけに、さびれた魚市場にも活気がある。


「メリメオン。どうだい? いいところだろう。あんたと同じくらいの年頃の子も少しならいるはずだし、友達になれるよ」

「……」

「どうした?」


 メリメオンは何かにおびえていた。

 これまでもは、どちらかと言えば、漠然とした不安を抱えている様子だった。

 だが、今は違う。

 ひとつの方向をじっと見つめて、目を離さない。

 具体的な何かを怖がっている。

 不思議に思ったマナがその視線をたどると、一人の若い漁師が魚の端切れを猫にあたえていた。


「……あ」


 マナは思わず声を出してしまい、


(しまった)


 と後悔。

 顔をあげた漁師は、信じられないと言いたげな表情で、


「……マナ?」

「あー……久しぶり」

「おいおい。マジかよ!」


 漁師は駆け寄って、マナの手を握ろうとしたが、


「おっと。今は駄目だな」


 自分の手が魚臭いことに気づき、引っこめた。

 そのはにかんだ笑顔や、短く刈り上げられた金髪、無精髭、汚れた服は、


(こいつも変わってないな)


 マナの口元を緩ませた。


(昔から、こいつは何かに集中すると、周りが見えなくなるんだ)


 久々の再会から来る気まずさは、もうマナの中から消えていた。


「漁師を続けてたんだね、ロックオーツ」

「今じゃ新人の教育係なんだぜ」

「てっきり、クビにされてるかと思ってたら」

「こいつ!」


 ロックオーツと呼ばれた男が、がははと笑うと、驚いた猫が走って逃げた。

 周囲の漁師たちもマナに気づき、挨拶してくれる。

 マナが知り合いの人々に手を振っていると、ロックオーツが煙草を口に持っていきながら、


「里帰りか?」

「まあ、そんなとこ」

「ふーん。で、そいつは?」

「え?」

「そのちっこいやつだよ」


 彼が指したのはメリメオンだ。


(そうだ。この子のことを説明しなきゃ……)


 はたと思い出す。

 メリメオンが何かにおびえていたことを。

 彼の体は今でも震えている。

 ぎゅっとつかんだマナのスカートの後ろに、隠れるようにして立っている。

 どうやらロックオーツに怖がっているようだ。


(これはしょうがない。ロックオーツはマフィア並に顔がいかついからな)


 納得するマナ。

 メリメオンの背中をそっと押し、


「このおっさんはロックオーツ・リブズ。私の幼馴染みだよ。顔はおそろしいけど、中身はまあまあ優しいやつなんだ。ほら。挨拶しな」


 メリメオンはおどおどしつつ、無言で、ぺこりと頭を下げた。

 その様子を見て、ロックオーツは笑う。


「かわいいやつだな。名前は?」

「名前って、この子の?」

「当たり前だろ」

「メリメオンだよ」

「いつ生んだんだ? 知らせてくれりゃいいのに」


 メリメオンを引き取ってから、まだ一日も経っていない。

 他人からメリメオンを自分の子供扱いされると、まだマナはどぎまぎしてしまう。

 それにしても……。

 マナはこの十年間、一度も帰郷しなかったことを喜んだ。

 もし定期的に帰っていれば、


「子供が死んでしまった……」


 ことも告げねばならなかったし、今こうして小さな子供を連れていることの説明がつかなかっただろう。

 島の人たちはマナのことを、


「最初の男では失敗したが、今じゃ玉の輿」


 なのだと信じきっている。

 だからロックオーツはこう尋ねた。


「旦那さんはいないのか?」

「ああ……仕事で忙しいんだ」

「ふーん。で、いつまでいるんだ?」

「さあてね。まだ何も決めてないよ」


 しゃべりすぎたようで、ロックオーツが上司から怒られた。

 ロックオーツが元気よくマナに手を振り、仕事に戻るのを見ながら、マナは黙りこんでいた。

 色々な感情がせめぎあい、自分でも自分がどうしたいのかわからなくなっていた。


(とにもかくにも実家へ行こう)


 メリメオンと手をつないで歩き始めた。

 隙間から小さな雑草の生えた石畳の道。

 土地は均一にならされておらず、元からある斜面をいかし、雛壇のように多くの家が建ち並んでいる。

 緩やかな階段をのぼっていると、


(ああ。こんな人もいたな……)


 懐かしい面々と再会。

 小さな島だけに、すれ違う誰もが知り合いなのだ。

 都度、マナはメリメオンを我が子として紹介し、


「今年のみかんよ」

「すみません。いいんですか、こんなにいただいても……?」

「子供のくせに遠慮しないの」

「え? えへへ……」


 自分まで子供扱いされて困惑したり喜んだりした。


「どうだい? おいしいだろ?」

「……!」


 お裾分けされたみかんを口にふくんだメリメオン。

 ぱあっと顔を輝かせ、言葉を発することなく、


「おいしい!」


 と表現した。

 そんなふうに、ゆっくりゆっくりと歩みを進めた。

 港から家までの道筋はぼんやりとしか記憶になかったが、誰にも道を尋ねる必要はなかった。


(体が覚えてるんだ……)


 不思議な感覚に感動を覚えつつ、やがてマナは一軒の家の前に到着した。

 それは奇妙な家だった。

 トース島は決して豊かではない。

 よって、衣食住のすべては収入相応に慎ましい。

 ところが、この家に限って、妙に新しく、大きい。

 無駄にきらきらした建材を用いているのも特徴的。


(うう……)


 不安と不快感が、マナの体をずしんと重くする。

 きびすを返して走り去りたい衝動に駆られるも、


(あ……)


 メリメオンがこちらを不安そうな目で見つめてくるのに気づいき、マナは思いきってドアをノックした。

 それでもマナは信じていた。

 きっとこの家に住む人たちは、自分に、


「おかえり」


 と言ってくれるだろう、と。

 だが、扉を開けて出てきた人は開口一番、


「あんた、何してんの!?」


 けばけばしいメイクをほどこした老女。

 その鬼気迫る表情からして、彼女が何を言わんとしているのかは明白だった。

 が、マナはそれ以上何も言わせず、


「あがらせてもらうよ」

「ちょっと!」

「あーあ。趣味が悪い家だね」

「いきなり訪ねてきて、どういうつもりなの!? いったい何が目的よ!?」

「目的も何も、ここは私の実家じゃない」


 つまり、この話し相手は、


「ただいま、母さん」


 母親だった。

 マナは屋内を眺め、溜め息をつく。

 彼女の実家、マーメル家は元々貧乏だった。

 近隣住民と同じく、教育も教養もなく、肉体労働で生計を立てていた。

 それがどうだ。


「娘が金持ちと結婚して、仕送りをたっぷりもらうようになったら、こんな下品な家が建っちまうんだ」

「何だって!?」


 マナは家の中の物ひとつひとつをあげつらった。

 金持ちが狩猟した鹿の剥製を飾るのを真似したかったのだろうが、


「猪の頭を壁に飾るのは馬鹿げてるよ」


 さすがに高級な絨毯を買うほどの経済的余裕がなかったのはしょうがないとしても、


「バスタオルを床に敷くのはいかがなものかな」


 酒を並べてかっこつけたかったのは理解できるが、空き瓶を花瓶として利用しているのは、


「まるで依存症患者みたいでみっともないよ」

「マナ! いい加減にしなさいよ!」


 とうとう母親の怒りが頂点に達した。

 当然だろう。

 結婚してから一度も里帰りしなかった娘が急に帰ってきたかと思えば、痛いところを突きまくってきたのだから。


「そもそも、このガキンチョは何なの!? あんた、誰? どうしてしゃべらないの! 私を馬鹿にしてるのかい!? うっとうしいったら、ありゃしない。もしかして物乞い? だったら、出ていきなよ。あんたにあげるものなんて、ひとつもないんだからね!」

「私の子供だよ」

「あんたの? どうりで、あんたに似て生意気な……あんたの子供!?」

「そう」

「ってことは……」

「母さんにとっては孫だね」

「ええ……っ」


 老女は目と口を大きく開いて、絶句。

 メリメオンはおびえている。

 しばらくして我に返った老女は、


「どうりで、私に似て、かわいいわけだ」


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