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24話 ママ

マナ・パンポット……浮気性でマフィアの旦那に愛想を尽かし、家を出る。ナイフさばきが上手い。旧姓マーメルを使うことにした。


メリメオン(ミカ)……ノーリンジ王国の第1王子。橙色の髪に、透き通るような白い肌。王宮内の陰謀により誘拐された。


キンカ……ノーリンジ王国の国王。ミカが誘拐され行方不明になって以来、憔悴している。


カーリー……ノーリンジ王国の王妃。冷えきった目に燃え盛る野望を宿している。ミカ王子誘拐事件の黒幕。


ポンカ……ノーリンジ王国の第2王子。武芸に秀でる。わんぱくで生意気なクソガキ。母に撃たれて死亡。


レモ……ノーリンジ王国の前王妃。ミカの実母。故人。


バンズばあや……パンポット家の有能な使用人。〔パンポット・ファミリー〕先代のボスの娘。


カット卿……政財界の黒幕。ナイト爵持ち。カーリー王妃の父親。

 バンズと名乗った老女は、ミカ誘拐事件のあらましをかいつまんで説明した。


「ともかく、急がねばなりません」


 彼女に言われるがまま、キンカは厩舎へ突入をこころみた。

 それをなぜか邪魔しようとするカーリーのことは、


「王妃を向こうへ」


 兵士に捕縛を許した。

 もはや舞踏会どころではない。

 客人は皆、舞踏会場から出てきて、事態の行く末を見守っている。

 さて。


「まず、煙を消すことだ」


 扉を完全に開け放ち、さらに壁を壊すなどして換気をおこなった。

 煙が減少したところで厩舎の中へ。

 キンカ、ばあや、兵士たちが内部をくまなく捜索するも、どこにも人の姿は見当たらない。


(無事、ここを逃げ出したのだろうか? それとも、私はあのバンズなる者に騙されたのか? そうだ。きっと、そうに違いない)


 キンカがバンズばあやを疑うのも無理はない。

 誘拐された息子が王宮に、それも厩舎にいるなど信じられなかった。

 おまけに、妻と義父が事件の黒幕だという。

 ほんの一時でもバンズの言うことを信じてしまったのは、もう一度ミカに会いたいあまり、夢物語にすがってしまったからだ。


(あきらめよう……)


 視線を落としたキンカ。

 すると、床がぐらついているではないか。


「これは……?」


 床に扉がある。

 迷ったが、膝をつき、恐る恐る開けてみると……


「なっ……!?」

「……!」


 ミカがいた。

 何者かに奪われ、もう二度と会えることのないと思っていた息子が、地下から現れた。

 まるで理解が追いつかない。

 が、心より先に体が動いていた。


「ミカ!!!!」


 小さな体を引き上げ、強く強く抱き締めた。

 涙とともに、


(この子のためならすべてを捧げよう)


 という気持ちがこみあげてくる。

 王の嗚咽を聞いて、人々が集まってくる。

 彼らも王子の無事を驚き、


「それにしても、このような場所に地下室があったとは」

「あれじゃないか。かつて使われていたとかいう地下牢獄……」

「なるほど」

「煙は上へ昇る。だから、王子殿下はとっさに地下へおりられたのだろう」

「聡明なお方だ」

「ん!? 王子殿下、血が!!」


 確かに、ミカは血だらけになっていた。

 しかも痩せこけている。

 ようやくキンカもそれに気づき、


「怪我でもしているのか?」


 だが、ミカはしゃべらない。

 口を動かし、下に向かって指をさす。

 何かを伝えたいのに伝えられないもどかしさのためか、とうとうミカは父の手を振り払い、階段を転がり落ちた。

 戸惑う国王に先んじて、バンズばあやが地下空間へ駆けこんだ。

 兵士たちが止めるのも聞かず、キンカも後に続く。

 すると、地下では……


「奥様!!!!」


 バンズばあやが金髪の女性に救命措置をほどこしているところだった。

 提灯(ランタン)に照らされた床は、彼女の血で真っ赤に染まっている。


「この者はいったい……?」


 キンカは困惑しつつ、ミカを抱き支える。

 兵士の一人が負傷女性の体を見て、


「傷が深いですな。かなり危険な状態と見ます。もう手遅れかもしれません。陛下、どうなさいます?」

「ふむ……よくわからないが、こやつも誘拐事件の関係者なのだろうか? ならば強いて助けることもあるまい……」


 当然、キンカとしては息子の安全と健康を最優先にしたいわけで、一刻も早く医者に見せようと、きびすを返した。

 ところが、ミカはふらふらになるくらい弱っているにもかかわらず、父を突き飛ばして、


「ママー!!!」


 泣き叫んだ。

 そして、女性の体にしがみついて、わんわん泣き続けた。

 その様子を、誰もが唖然と見つめている。

 はっと我にかえったキンカが急いで命じた。


「何が何だかわからないが、至急、この者の手当てを……」


     *     *


 ミカ王子を涙させた謎の女性――マナ・マーメルが目を覚ましたのは、それから数日後のことだった。

 意識が戻ってから最初に発したのは、


「メリメオンは……!?」


 だった。

 急に上体を起こしたことで、体に激しい痛みが生じた。

 枕元に控えていたバンズばあやが、すぐ医者を呼んできてくれた。

 医者が到着するまで、


(時間がかかるだろう)


 と思っていたマナだが、1分も待たされなかったことには驚いた。

 老医師は目尻が垂れ下がっていて優しげなのだが、診察時の眼光は鋭く、腕には期待できそうだ。

 彼いわく、経過は順調とのこと。


「傷は塞がっていますし、顔色もよろしい。大事にはいたらないでしょう。じき、良くなりますよ」


 王族の健康を管理する、国内最高クラスの医師がそう言うのだから間違いないだろう。

 と言っても、目が覚めたばかりのマナは、自分が寝ている場所を宮殿の一室だとすら理解できていない。

 それに、あくまでマナが知りたいのは、


「あの子は無事なの……?」


 この一点だった。

 バンズばあやは思わしげな表情で、


「無理がたたったのでしょう。寝こんでしまわれまして……」

「なんだって!?」

「ですが、それも昨日までのこと。すっかり体も良くなって、ちょうど今朝、床払いをされましたよ。奥様より、ずっとお元気です」

「びっくりさせないでよ……誰か来たみたいだね?」


 部屋の外が騒がしい。

 人々のざわめきが静まり、それから、数名の兵士を引き連れた男性が入室した。

 金色の口髭をたくわえ、しわひとつない服を身にまとい、背筋がまっすぐ伸びている。

 明らかに、


(いいご身分)


 の男性がうやうやしい態度でマナに一礼。


「意識が戻ったと聞きまして馳せ参じました」

「あの……どちらさんで?」

「キンカです」

「キンカ? その名前、どこかで……」


 男性の顔をまじまじと覗きこむマナ。

 ばあやが慌てて、


「国王陛下でいらっしゃいますよ!」

「え? ……えええぇ!?」


 マナは腰を抜かしかけた。


(まさか……)


 とは思ったものの、


(そうだ。私は王宮へ忍びこんだんだ。じゃあ国王がいたって、おかしくないよね……あれ? ってことは、私、まだ王宮の中にいるんだ……?)


 脳みそを高速回転させ、急いで現実を受け入れる。

 冷静に周囲を見渡すと、なるほど、確かに庶民の部屋ではないし、この男性は威厳に満ちている。

 それに何より、バンズばあやはくだらない嘘をつかない。

 マナは礼儀作法にのっとった挨拶をしようとするも、


「あいてて……」


 胸の傷が痛くて、ベッドからおりることもできない。

 キンカ国王は笑顔で、


「まあまあ。無理はせず。楽にしてください」

「はあ……申しわけないです……」

「ところで、みなさん……しばらく二人きりにしてもらえますか」

「……ん?」


 ばあやも兵士も余計な質問などせず、さも当然かのように、さっさと退室した。

 残されたマナはドキドキ。

 日頃のおこないがよければ何もおそれることはないのだろうが、思い起こせば、王宮へ侵入したり、名のある豪商を裸にして縛り上げたり、兵士をしばいたり、王妃に喧嘩を売ったりと、やりたい放題なのだ。

 極刑でもおかしくはない。

 マナの体がじとっと汗ばむ。


「ありがとう。本当にありがとうございました」

「!?」


 キンカは頭を下げた。

 思ってもみない事態に、マナは言葉も出ない。

 続けてキンカは、


「事情はうかがいました」


 マナが眠っていた間の出来事をざっと説明してくれた。

 関係者の取り調べは終了。

 事件の全容は解明され、カーリーもカット卿も、兵士も逮捕されたとのこと。


「もちろん、誘拐の実行犯であるマフィアたちも、ね」

「!」


 ぎくりとするマナ。


「大丈夫です」


 キンカはいたわるように、


「あなたに累はおよびません。ばあやが熱心に語ってくれましたよ。私の子を助けようと奮闘してくださったんですってね。本当にありがたいことです」

「……」


 マナは沈黙した。


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