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23話 野望の代償

マナ・パンポット……浮気性でマフィアの旦那に愛想を尽かし、家を出る。ナイフさばきが上手い。旧姓マーメルを使うことにした。


メリメオン(ミカ)……ノーリンジ王国の第1王子。橙色の髪に、透き通るような白い肌。王宮内の陰謀により誘拐された。


キンカ……ノーリンジ王国の国王。ミカが誘拐され行方不明になって以来、憔悴している。


カーリー……ノーリンジ王国の王妃。冷えきった目に燃え盛る野望を宿している。ミカ王子誘拐事件の黒幕。


ポンカ……ノーリンジ王国の第2王子。武芸に秀でる。わんぱくで生意気なクソガキ。


レモ……ノーリンジ王国の前王妃。ミカの実母。故人。


バンズばあや……パンポット家の有能な使用人。〔パンポット・ファミリー〕先代のボスの娘。


カット卿……政財界の黒幕。ナイト爵持ち。カーリー王妃の父親。

「へっへっへー」


 厩舎を遠目に笑うのはポンカ王子。

 あらゆる武芸をたしなんでいるだけあり、気配を消すことくらい容易だった。

 茂みや木陰を利用し、誰にも見つかることなく外を徘徊し、とうとう、ここまでやってきた。

 月の光にナイフがきらめく。


(こいつで、やっつけてやるぜ!)


 まだ3歳の王子には、大人の汚ない欲望や権謀がわからない。

 彼は今夜の騒ぎの原因を、


(あのバカミカが俺のママを困らせてる)


 のだと考えた。

 満足げにナイフを眺めた後、折りたたんでポケットにしまい、再び前進。

 現在、厩舎の入り口にはマナが立ち、それを取り巻くようにしてカーリーおよび5名ほどの兵士が立っている。

 そこでポンカは一計を案じた。

 厩舎の裏へ回ったのだ。

 要するに、マナやカーリーがいるところの反対側だ。


(みんなを出し抜いて、俺が真っ先にあいつをやっつけちゃうもんね。そうしたら、きっとママは褒めてくれるだろーな)


     *     *


 その時――

 マナは死を覚悟していた。

 多勢に無勢。

 加えて、ミカを背負っているし、守らねばならないし、おまけに相手は銃を持っている。

 マナが所持している武器はナイフだけ。

 どう考えても、


(殺される……!)


 カーリーが、


「殺しなさい」


 と命令を出し、兵士が狙いを定めた瞬間。

 彼らの銃から弾丸が発射される寸前。

 マナは賭けに出た。

 いや、出るしかなかった。


「食らえ!」


 一度に投げられる限りのナイフを投げた。

 2名の兵士に命中。

 ただし、それなりに距離があったため、ほんの軽傷を負わせたに過ぎない。

 と同時にマナは走っている。

 背中でおぶっていたミカを、体の前でだっこする形に変えたのは、


(この子だけでも助けなきゃ)


 との想いからだった。

 とりあえず厩舎の中へ逆戻り。

 仕方がない。

 そこしか行き場がないのだから。

 馬房でミカをおろすと、そこらに落ちていた鞍をかぶせてあげた。

 盾の代わりだ。


「何もないよりはましだろうよ。気休めだけどね」


 出入り口は正面と裏にひとつずつ。

 裏口の方は戸締まりされてある。

 壁の上に、換気のための隙間があるものの、大人が通れる大きさではない。

 マナは正面だけに注意していればよかった。

 敵が侵入して来ようものなら、ナイフを飛ばす。

 あとはひたすら籠城。


「そのうち、ばあやが来てくれる」

「……」

「ここから逃げ出す方法はばあやに任せよう。もう、それっきゃないからね」


 ミカに話しかけながら、ナイフを兵士の体に命中させていると、ドレスの裾を引っ張られた。


「?」


 振り返ると、ミカがどこかを指差している。

 何かを伝えたい様子だ。

 指の先は、裏口に近い壁を示している。

 より正確に言うと、壁と天井の間の隙間。

 何者かが壁をよじのぼり、そこから侵入しているのだ。


「ありがとよ、メリメオン……!」


 ナイフを投げようとしたマナの手をミカが止める。


「……?」


 不可解な行動。

 だが、すぐに謎は解けた。


「ガキじゃん!」


 マナはあっさりと侵入者をつまみあげた。

 黒髪で、鼻の上に絆創膏を貼った、小さな子供。

 ミカよりも一回りか二回りは小さい。

 この子の正体がノーリンジ王国第2王子ポンカだとは知らず、マナはまじまじと見ながら、


「何、このちっこいやつ? メリメオン。あんたの知り合い?」

「おい! 無礼だぞ! 離せ!」

「生意気なガキだね。口の聞き方がなってないよ。親の顔が見てみたいもんだ」

「うっせー! バーカ、バーカ!」


 かわいげはない。

 が、子供は子供だ。


(争い事に巻きこむわけにはいかないよね)


 安全圏へ逃がしてやろうと思い、


「おーい! 一時停戦しよう!」


 外にいる王妃と兵士たちに向かって呼びかけた。


「ふん……命乞いですか」


 厩舎内の事情を知らないカーリーは顎を上げ、マナのいる方を見下す。

 まさかそこに自分の息子がいるとは、つゆ知らず。


「親のあり方がどうだこうだとお説教していた割には、ずいぶん弱気になりましたね」


 となりに控える兵士がおずおずと、


「どうなさいます?」

「知れたこと。停戦などしません。私は会場に戻って踊らねばなりません。今日はまだ全然踊れていませんから。ここでこれ以上、時間をついやすつもりはありません」

「では……」

「発煙弾を投げ入れなさい。(いぶ)せば、そのうち耐えきれなくなって外へ出てくるでしょう。そこを……」


 撃ちなさい、と言いかけて、ふとカーリーは思いついた。

 急いで指示を変更。


「銃を」


 兵士から受け取ると、不気味な笑みを浮かべた。


「私みずからとどめを刺してくれましょう」


 ただちに命令は実行された。

 発煙弾が厩舎の中へ放たれる。

 ナイフで対処できるものではない。

 瞬く間に厩舎の中が煙で満ちる。


「こうしちゃいられない……」


 マナがポンカを床におろし、代わりにミカを持ち上げようと、腰を落としたところを……


「死ねー!」


 ポンカが刺した。

 ミカから奪った、あの折りたたみ式のナイフで。

 そして、すぐさまマナの脇腹から引っこ抜く。

 幼児のくせに、


「突き刺した刃物を無理に引き抜くことが、多量の出血をもたらす」


 という知識を持っていたのだ。

 マナは干し草の中へ顔をうずめるように倒れこむ。


「ざまー!」


 満足げな表情のポンカ。


(次はバカミカを……)


 と思ったものの、この時点ですでに屋内は煙一色。

 まともに呼吸もできない。

 さすがにポンカはたまらず、外へ飛び出た。

 息が苦しい。

 しかし、嬉しい。

 悪いやつをやっつけたと思いこみ、その充実感と、


(ママに褒めてもらえる!)


 期待感で、胸がいっぱいだった。


「ママー!」


 外へ出た。

 手にしたナイフが月光を反射する。

 出入り口からもうもうと煙がたちこめ、人の顔もろくに見えない状況で、刃物の反射は標的の場所を知らせるにはこれ以上ないほど最適な目印だった。

 ポンカの胸を一発の弾丸が貫いた。


「あっ……」


 ポンカとカーリーから同時に声が漏れた。

 煙が風に吹かれた。

 子供の全身があらわになる。

 見間違えようがない。

 自分が撃ったのは、


(ポンカ……)


 だとわかった。

 わかったが、カーリーは動かない。

 彼女は銃を構えたまま、息子が血を噴き、崩れるように倒れ、そのまま動くなるのを、呆然と見つめている。

 まるで彼女だけ時間が止まったかのように静止したまま。


「王妃陛下……」


 たまりかねた兵士が声をかける。

 すると、


「反逆者が……」

「え?」

「反逆者がいる! 何をしているの! 撃ちなさい!」

「しかし、誰の姿も……」

「私の言うことが聞けないなら……」


 カーリーは銃口を兵士の額に押しつけた。

 その目は完全に狂っている。

 兵士は迷った。


(このまま撃たれて死を受け入れるか、それとも王妃陛下を制圧して自分の命を守るか……)


 周囲の兵士も同様だった。

 彼らは王妃の警護を担当している兵士の中でも、ミカ王子誘拐にも荷担しているほど、カーリーに近い関係にある。

 つまり、この頑固で無慈悲な王妃に逆らうことの怖さをよく知っているというわけだ。

 それゆえの沈黙。

 誰にも彼女を止められない。


「やめないか!」


 ここで一人の男が行動に出た。

 彼は王妃から銃を取り上げ、頬に一発食らわせた。

 兵士たちは、これを阻止するでもなく、むしろ男に対してひざまずいた。


「陛下……!」


 そう。

 この男は国王キンカ。

 王妃を叱ることのできる唯一の人物だった。

 彼は銃声を聞きつけるや、すぐさまお供を引き連れ、この場へ駆けつけた。

 来てみれば、このありさま。


「いったい何事だ!?」


 妻を問い詰めようとしたが、


「ああ……う……」

「はっきり答えないか!」

「う、うう……」


 まるで会話にならない。

 そうこうしているうち、


「王子殿下!!!」


 国王直属の護衛兵たちの叫びがした。

 困惑と驚きの入り混じった叫びだ。

 間もなく、そばへ運ばれてきた次男を目にして、キンカは仰天。


「ポンカ……?」


 毎日毎日、いくら注意しても騒ぎ癖のなおらなかった子供が、今や言葉ひとつ言わない。

 他人の空似?

 人形?

 あらゆる発想で目の前の現実を否定しようとしても、しかし、それは間違いなくポンカなのだ。

 脈はない。

 死んでいる。


「これは何としたことだ……!?」


 放心している妻の代わりに、彼女の護衛兵たちに問いかけるが、彼らは目をあわせようともしない。

 キンカが歯ぎしりした時。


「わたくしに説明をさせていただきとうございます……」


 見知らぬ老婆が手をあげた。

 血まみれの枝切りばさみを持ち、返り血にまみれた服を着ている。


「きみ、何者だ?」

「畏れ多くも国王陛下とお見受けします。陛下。なにとぞ、わたくしめの申しますことを信じてくださいませ。あなたのお子様のお命にもかかわることでございますから」

「何を……我が息子は死んでしまったのだ」

「いいえ。もう一人いらっしゃるではありませんか。そうです。ミカ王子殿下です。陛下。ミカ王子殿下はご存命でございますよ」


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