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22話 再会

マナ・パンポット……浮気性でマフィアの旦那に愛想を尽かし、家を出る。ナイフさばきが上手い。旧姓マーメルを使うことにした。


メリメオン(ミカ)……ノーリンジ王国の第1王子。橙色の髪に、透き通るような白い肌。王宮内の陰謀により誘拐された。


キンカ……ノーリンジ王国の国王。ミカが誘拐され行方不明になって以来、憔悴している。


カーリー……ノーリンジ王国の王妃。冷えきった目に燃え盛る野望を宿している。ミカ王子誘拐事件の黒幕。


ポンカ……ノーリンジ王国の第2王子。武芸に秀でる。わんぱくで生意気なクソガキ。


レモ……ノーリンジ王国の前王妃。ミカの実母。故人。


バンズばあや……パンポット家の有能な使用人。〔パンポット・ファミリー〕先代のボスの娘。


カット卿……政財界の黒幕。ナイト爵持ち。カーリー王妃の父親。

 雲の少ない夜だった。

 月の光によって王宮の庭は明るく照らされているため、隠密行動には限界がある。


「そこのお方。どうされました?」


 マナは警備兵に見とがめられた。

 話術で誤魔化している猶予はない。

 ナイフは使わず、徒手空拳で顎を叩いて倒す。


「ごめんよ!」


 ところが、その一部始終を別の兵士に目撃されてしまった。


曲者(くせもの)がいるぞ! こっちだ!」


 呼びかけに応じ、数名の兵士が駆けつけた。

 王宮勤めの兵士は、あらゆる不測の事態を想定し肉体を鍛え抜いているし、もちろん銃を携帯している。

 不審な女の一人くらい、いともたやすく制圧できると思われた。

 だが、マナは一人で戦っているのではない。


「うわあ」

「切られた!」

「何だ、こいつ……」

「気をつけろ。こいつ、できるぞ」


 バンズばあやがいた。

 枝切りばさみを自在に操り、人体の急所を的確に切り、裂き、突き刺す。

 ただし、マナから、


「殺しちゃ駄目だよ」


 言いつけられた通り、死者は出していない。

 接近戦において、銃は必ずしも強力ではない。

 むしろ、はさみやナイフの方に分があった。

 とは言え次々に応援を呼ばれ、きりがない。


(一刻を争うってのに……)


 マナのあせりを察したのか、バンズばあやが低い声で、


「奥様。ここはわたくしにお任せを」

「何を言うんだ。見捨てやしないよ」

「ご安心くださいませ。わたくしは幾度となく修羅場をくぐってきております。奥様は奥様のなすべきことをなさいませ」

「……ごめんよ、ばあや!」


 マナは全力でその場を走り抜けた。


     *     *


 外の騒ぎは舞踏会場まで届いていた。


「何事だろう……」


 暴動……暗殺……革命……。

 不穏な単語を連想し、来客はダンスどころではない気分になる。

 ざわめきを消したのはカーリー王妃だった。

 彼女は窓を覗きこみ、あえてゆっくり酒を飲み干すと、


「野犬が侵入したようですね」


 事もなげにつぶやいた。

 もちろんカーリーは適当な嘘をついたに過ぎないのだが、この鷹揚なふるまいが奏功して、人々を落ち着かせることができた。

 彼女自身、まさかミカ王子奪還をもくろむ侵入者がいようとは思ってもみない。

 だからこそ余裕を保っていられたわけだが、


(これは……)


 庭のどこかで笛の音が鳴り響いた途端、細長い目を見張った。


(お父様の笛!)


 が、すぐにいつもの能面に戻り、


「陛下。少しだけ離席させていただきます」

「どうかしたのか?」

「まあ。嫌なことをお聞きにならないでください。女のたしなみのためです」

「ふうん……」


 舞踏会場を後にするカーリー。

 キンカ国王はその背中をじっと見つめている。

 何かを問おうとして開いた口を閉じた。


「……おや?」


 ふとキンカは気づいた。

 いつの間にか、ポンカ王子もいなくなっている。


     *     *


「くそっ。あのじじい、笛を吹きやがったね。こんなことなら、のしちまえばよかった」


 マナは走りながら後悔していた。

 大切な〝息子〟を奪った男だから、


(殺してやりたい)


 とも思ったが、どんな人間も誰かの子供なのだという考えがふと浮かんだため、裸にひんむいて縛っただけで放置してやることにした。

 必要な情報はすべて吐かせたものの、それが信用できるかどうかは別問題。

 だが、


(今はとにかく行動するっきゃない)


 マナが厩舎へたどりついた時、追っ手の数は10メートルほど後方に5名。

 馬を片っ端から解き放ち、鞭を打つ。

 兵士たちは急停止して散開。

 突進してくる馬の群れを回避しようとしたわけだが、うち3名が馬に蹴られて重傷。

 1名が転倒して軽傷。

 残る1名は恐怖のあまり逃げ出した。

 一方、マナははいつくばり、干し草をかきわけ、


「あっ……本当にあった……」


 床に扉を見つけた。

 鍵がかけられていたが、細長いナイフを鍵穴へつっこんで破壊し、真っ暗な闇の中へ足を踏みこんだ。


     *     *


 鼓動の音だけが聞こえる。

 ミカは自分の命の灯火(ともしび)が燃えつきようとしているのを感じていた。

 空腹が体力を損ね、衰弱が気力を消耗した。

 かろうじて薄く開けられた目は、マーマレードが散乱しているであろう場所へ向けられている。

 闇。

 何も見えないはず。

 が、確かにミカは見ている。

 心の中に描いたマナの姿を。

 祈りにも似た想いが叶えられたかのように、すうっと、一筋の光が差した。

 地面の上に、わずかに残ったマーマレードが照らされる。

 鮮やかな橙色が光を帯びる。

 視覚のみならず、聴覚も感じていた。

 扉のきしむ音、誰かの足音、そして……


「メリメオン!!!!!」


 懐かしい声だ。

 駆け足で階段を一気に下りてくるのが音でわかる。

 徐々に近づいてきて、とうとうミカの顔を間近で照らした提灯(ランタン)の光は、数日間、完全に闇だけを見てきた目には、


(まぶしい……まぶしすぎる……)


 目の前にマナがいた。

 夢でも幻覚でもない。

 本物だ。

 顔をくしゃくしゃにして、涙で顔を濡らしている。

 彼女が柵越しにあれこれ呼びかけてくれるが、ミカは声が出ない。

 言葉の代わりに笑顔で応じた。

 少年も涙が止まらなくなっている。


「待ってなよ」


 マナは鍵の破壊を試みる。

 その姿を見ながらミカは、


(初めて会った時と同じだ……)


 思い出にひたっていた。

 あの日も……。

 彼女はこうして檻の中からミカを助け出してくれた。

 マナはてこずったが、最後は力ずくで鍵を壊した。

 そして、柵をへし折るくらいの勢いで檻のドアを開ける。


「メリメオン!!」

「……」


 あたたかい抱擁。

 これだけでもうミカの心は満たされた。

 空腹も、疲れも、生きることの虚しさも、すべて吹っ飛んだ。

 とは言え、


「立てる?」

「……」


 自力で立ち上がるだけの体力も残されていなかった。

 それでも、


(もしまた会えたら、これだけは絶対にしよう)


 と心に決めていたことを実行した。

 キス。

 頬に、そっと。

 マナは驚いたが、


「よしよし。よく頑張ったね」


 キスのお返しをしてくれた。


「さあ行こう。悪魔の手が届かないところまで」


 ミカはマナにおぶってもらう。

 階段をのぼり、久しぶりの地上へ。

 まだ厩舎の中だが、それでも充分に、


(新鮮な空気)


 を感じることができた。

 そして、このまま二人はずっと遠くへ旅立った……


「そうはさせませんよ」


 厩舎の外。

 王室護衛団の兵士に囲まれ、一人の女性が立っている。

 百戦錬磨のマナでさえ、その女性の凍てついた瞳を見た途端、


(堅気とは思えない……!)


 鳥肌が立った。

 続けて、その女性は淡々とした口調で、


「その子に自由は似合いません。土の下で誰にも看取られることなく朽ち果てる運命なのです。さあ、元の場所に戻しなさい。指示に従うなら、あなたの命は奪いません」

「何を馬鹿なことを! 自分の子供を穴蔵に閉じこめる親がどこにいますかっての!」

「ほほう?」


 月の光が、冷たい微笑に不気味な陰影を添える。


「これは、おかしなことを。肌は傷だらけ。服は砂まみれ。そのような格好の者が王子の母だと申しますのか?」

「……あんた、王妃様?」

「いかにも、その通りです」


 カーリー王妃は胸を張った。

 その風格にミカは気圧されるが、マナが背中をとんとんと叩いてやった。

 無言のうちに、


「大丈夫だよ。あんたを傷つけさせやしない」


 と伝えたのだ。

 少年が落ち着きを取り戻したのを背中に感じつつ、マナは王妃に向かってガンを飛ばす。

 許しを乞うつもりなどない。

 正面切って堂々と言葉で殴りかかる。


「あんたにも子供がいるらしいけど、何もわかっちゃいないね」

「どういうことでしょう?」

「あんた、子供と遊んでる? 一緒に走ったり、料理したり、本を読んだりさ。してないだろ? だって、あんたの笑顔はまともじゃないもんね」

「……」

「親ってのは身分じゃあないんだよ。笑顔だよ。心から笑って、子供と喜びを分かち合う。それができなきゃ子供はあんたといても楽しくないし、そんな親だったら、いる意味がないね」


 よどむことなく、最後まで一気に言い放った。

 返事はない。

 辺りは静まり返っている。

 兵士たちもマナの迫力にのまれたようだ。

 相変わらず感情のない顔つきのカーリーは、やがて抑揚のない声で命じた。


「殺しなさい」


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