20話 未練
マナ・パンポット……浮気性でマフィアの旦那に愛想を尽かし、家を出る。ナイフさばきが上手い。旧姓マーメルを使うことにした。
メリメオン(ミカ)……ノーリンジ王国の第1王子。橙色の髪に、透き通るような白い肌。王宮内の陰謀により誘拐された。
キンカ……ノーリンジ王国の国王。ミカが誘拐され行方不明になって以来、憔悴している。
カーリー……ノーリンジ王国の王妃。冷えきった目に燃え盛る野望を宿している。ミカ王子誘拐事件の黒幕。
ポンカ……ノーリンジ王国の第2王子。武芸に秀でる。わんぱくで生意気なクソガキ。
レモ……ノーリンジ王国の前王妃。ミカの実母。故人。
ジェイミー・ジュースカジュー……マナの昔の男。銃の達人。メリメオンに足を刺され、バンズに手の腱を切られた。
バンズばあや……パンポット家の有能な使用人。〔パンポット・ファミリー〕先代のボスの娘。
カット卿……政財界の黒幕。ナイト爵持ち。カーリー王妃の父親。
ピラドス・パンポット……表向きは建設会社の社長。裏の顔はマフィアのボス。ジェイミーによって殺害された。
ロックオーツ・リブズ……マナの幼馴染み。ジェイミーの攻撃からマナを守ろうとして犠牲になる。
マッシュ・マーメル……マナの父親。太っているため、シャツの一番上のボタンをとめられない。
ミティー・マーメル……マナの母親。けばい化粧とド派手なドレスが特徴。
さかのぼること3日。
「あの子の本当の名前はミカ。この国の第1王子殿下でいらっしゃいます」
バンズばあやはマナに真実を告げた。
もちろん、誰にも聞かれないように声を潜めて。
乱闘騒ぎの興奮が冷めやらぬ漁港。
人々は右往左往し、ある者は泣き、別の者は消火活動にあたり、二人のひそひそ話に耳を傾けているどころではない。
マナはばあやに手当てしてもらう間、一言もしゃべらなかった。
ただ、指先が震えていることは、ばあやに見抜かれていた。
「手は尽くしたが……」
島の医師が首を振る。
彼はロックオーツの手首を握っていた。
漁師仲間が声をあげて泣く。
そのかたわらでは、子供たちが友達を拉致されて悔しがっている。
マナはのろのろと立ち上がり、ロックオーツの亡骸に触れた。
まだあたたかい。
彼の胸に顔をうずめ、
「私のせいだ」
涙を流した。
「自分の都合で、みんなを巻きこんだ……こんなことになるなんて……」
ひたすら謝罪を繰り返すマナを、島の人々はいぶかしむ。
「なんだか、よくわからないが、マナちゃんは悪くないだろ」
「悪いやつが悪いんだ」
「祭の復興は関係ないよ。あんたは悪くない」
「むしろ島のために頑張ってくれたじゃないか」
「あの覆面野郎どもは、どうせ金目当てでガキをさらってるマフィアだろう」
彼らは真実を知らないのだ。
だから、マナのことを、
「子供を奪われた、かわいそうな母親」
と信じこんでいる。
マナは励ましの言葉をかけられるたび、良心があまりに痛むので、自分を責めてもらうために、
(いっそ本当のことをぶちまけてしまおうか)
と思いつめた。
実際、そうすれば少しだけ楽になれたかもしれない。
が、裏の事情を知らせることで、これ以上の迷惑をかけることにもなりかねない。
だから、
「ありがとう」
と言うことで、かわいそうな女を演じた。
マナはその日のうちに島を去った。
島民が電報で緊急事態を知らせ、本土から船を送ってもらったのだ。
マナは、
「夫の待つ家に帰る」
という理由で、これに乗船した。
ピラドスが死んだことをジェイミーから聞いた両親だけは、娘に疑いの目を向けた。
「本当は何がどうなってるんだ?」
「私たちの生活はどうなるのよ!」
マナが両親に返答をあたえないまま、船は出港。
甲板から眺める景色はとても寂しかった。
島に来る時は一緒だったメリメオンが今はいない。
この現実を思い知らされて、くらくらとめまいがした。
「大丈夫ですよ」
島外からの観光客が彼女の背中をさすってくれた。
マナと同年代の女性だった。
「きっとまたお子さんと会えますよ」
「……そうだね。きっと、そうだ」
自然と、マナの指先は服越しにナイフを触っていた。
* *
現在――
日が暮れ、一番星が瞬いている。
宮殿の影になっており、大した設備もなく、人目につきにくい場所。
ここでマナとジェイミーが睨み合っている。
「決着をつけよう」
不敵な笑みを浮かべるジェイミー。
対して、マナは堂々と仁王立ち。
おびえる様子を見せない。
「怖くないのか?」
思わずジェイミーが問いかけた。
確かに。
どう見てもジェイミーが優勢なのだ。
引き金をひいた瞬間に勝負は決するだろう。
「じゃあ、引けばいいじゃないか」
「撃たれたいのか?」
「撃てないんだろ?」
なぜならトース島にて、ジェイミーは利き手の腱をバンズばあやによって切られている。
深い傷だった。
おそらく一生ものだろう。
つまりジェイミーは二度と銃をまともに使えない。
現に、いま彼が銃を握っているのは左手。
狙いが外れる可能性は十分にある。
「状況は五分五分。違う?」
「違うんだな、これが」
弱点を指摘されたはずのジェイミーだが、余裕をうしなっていない。
「ほうら」
ジェイミーは左手を使って、銃をくるくる回し、腕の上を滑らせ、ホルスターに入れたり出したりした。
再び銃口をマナへ向けて、
「俺は左右両方の手を同じくらい上手に使える。プロだからな。俺の器用さは、きみも体で知ってるはずだぜ」
「ああ、覚えてるよ。あんたの下手な愛撫。ついでに思い出したけど、あんたって昔はずいぶん早撃ちだったね。今日はどうしたの? まだ撃たないの?」
「きみだって昔は声を我慢してたのに、今日はよく吠える……いや、やめよう」
ジェイミーは不意に笑う。
銃を下ろしはしないものの、殺気は消えた。
「マナ。俺たち、やり直そう」
「……はあ!?」
まったく予想だにしない提案だった。
マナは驚きと軽蔑の入りまじった目で元カレを見る。
ジェイミーはいたって真剣な様子で、
「きみの旦那は俺が殺した。ガキの件も片づいた。もう俺たちを邪魔するものは何もないんだ」
「私は大切な子を取り戻しに来たんだ」
「よせ。俺はもう知ってるんだ。あれははきみの子じゃないってこと」
「私の子だよ」
「マナ……」
ジェイミーは切り口を変えた。
「国家を敵にまわすつもりか?」
マナが自分の子供だと言い張るのは、この国の王子だ。
二人は王宮の内幕にくわしくないが、ミカがうとまれ、命を奪われそうになっていることは理解している。
もしマナが無理に連れだそうものなら、たちまち護衛兵に囲まれ、その場で首をはねられるだろう。
「うまく王宮を出られたとしても、手配書が出回る。罪人をかくまってくれるやつなんていない。賞金目当てのハンターどもに追われることになる。わかるか? ノーリンジ王国のすべてが敵になるってことだ」
ジェイミーの主張はまったくもって正しい。
それがわかるだけの冷静さはマナも持ち合わせている。
だが……
「手を引け。きみが思い描いていたのとは違うだろうが、俺と一緒に小さな幸せをつかもう。約束する。今度こそきみを離さない」
冷えた空気の中で銃を添えたプロポーズがおこなわれている一方、あたたかい宮殿の中では晩餐会が終わり、雅やかな音楽が流れ始めた。
人々はダンスホールへ移動。
きらめくシャンデリアの下で、それぞれパートナーと手をとり、床の上を滑るように踊りだす。
舞踏会が始まった。
「ジェイミー。あんたはひとつ勘違いをしてるよ」
マナの眉間にしわが寄る。
「いなくなった方がいい子供なんていやしないんだ!」
言うと同時にマナはナイフを飛ばした。
服の中に隠し持っていたものだ。
すかさずジェイミーは左手の人差し指に力をこめた。
ところが……。
「ぐっ……」
喉にナイフが深々と突き刺さり、ジェイミーは後ろへ倒れた。
「どうして……」
初めてマナがジェイミーに憐憫のまなざしを向ける。
「どうして撃たなかったの!」
駆け寄るマナ。
ジェイミーはおびただしい量の血を流しながらも、微笑を浮かべている。
「撃つつもりだったさ……だけど……はは」
「何?」
「ジャムっちまった……」
「……本当?」
「俺、大切な時にへまばかり……情けない男だな……」
「ジェイミー……」
「マナ……俺って本当は野望なんてないんだ……ずっと……きみとの生活を……」
そこでジェイミー・ジュースカジューの言葉は途絶えた。
マナはそっと彼のまぶたを閉じてやった。
「奥様……」
背後から声をかけたのはバンズばあや。
足音も立てず、いつの間にかマナのそばに立っていた。
「ばあや。見てたの?」
「申しわけございません。わたくしが手を下した方がよろしかったでしょうか?」
「ううん。これでいいんだ。私が自分でやらなきゃ、こいつは浮かばれやしないだろうから」
ばあやはジェイミーの死体を隠蔽し、マナの体についた血をさっと拭き取ると、背負っていたバッグから衣装を取り出した。
「それでは、すぐに……」
ばあやはマナの着替えを手伝った。
あっという間の早着替え。
その結果……
「まあ、お美しいこと。どこからどう見ても、いいところのご令嬢でございますよ」
「へへっ……なんだか照れるね」
マナが身にまとうのはドレス。
庶民には一生縁のない類いの、絢爛で、派手で、ド豪華なドレス。
手には扇子を持っている。
ばあやは不安げに、
「うまくいくでしょうか?」
「やるっきゃないよ。思いきったことをしなけりゃ、メリメオンの居場所はわからないんだから」
「でも、他にもっと安全な方法が……」
「私は所詮ヤクザな女さ。舞踏会にカチコミ。これが一番私らしいやり方だよ」




