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三井君とばったり鉢合わせしてはいけないので、チャイムが鳴るまで待ってから移動を開始する。
二年生の教室近くに向かい、女子トイレの中に身を潜める――まるで不審者だ。
タイルの冷たさ、オレンジ色の扉のざらつき、板張りの簀子のきしみ、小さな窓から差し込む斜陽と夕風。
どれもこれも懐かしくて目を細める。
チャイムが鳴ってホームルームが終わり、生徒たちが教室から出てくる足音やざわめきが聞こえてくる。
私は辛抱強く身を潜め、十五分ほど経ってから女子トイレを出た。
二年一組の教室を覗くと、女性教師と、彼女に何か話しかけている女子生徒の二人だった。
三井君も含め、他に誰もいない。
二人は私に気づくと、警戒したように表情を硬くした。
「こんにちは。急にすみません。卒業生の天見と申します。三井潤君の担任の先生に、少しお話がありまして」
女子生徒はポニーテールの似合う凛々しい少女で、私の言葉を聞いてすぐに言った。
「じゃあ私、クラブ行ってくる。先生さようなら」
「はい、また明日ね」
女性教師は美しい声で言い、彼女に手を振った。
そして私に向き直ると、まだ少し硬い目つきで尋ねてきた。
「どういったご用件でしょう」
若い女性だ。恐らく私より年下で、教師になって二、三年目といったところか。
色白で、明るい茶色の髪を真っすぐに肩までおろしている。
「突然に申し訳ありません。怪しく見えて当然ですよね。
ただ、私は本当にここの卒業生ですし、正式な手続を経て訪問しました。大橋先生に尋ねていただければ分かります」
教頭の名前が挙がったことで、わずかに安心したのか、女性教師は息をつく。
そして言った。
「三井潤君とおっしゃいましたね」
「はい。三井君のお祖父様が私の経営している銭湯の常連さんで、お孫さんの三井君を連れてこられることもありまして、それで存じ上げております」
子どもを預かる立場の教師として、私と三井君の関わりに犯罪的な要素がないか気にするのは当然のことだ。
昨今はSNSや出会い系サイトに関わるトラブルも多く、中学生もターゲットになり得る世の中だ。
この女性教師は真面目で、生徒への責任感も強い。信頼できそうだ。
「銭湯ですか」
「はい、『松の湯』といいます」
名刺は持っていないが、私はスマホでお店のホームページを示した。
女性教師は私とホームページを見比べて、やや目をみはっている。
「女で銭湯経営って珍しいですよね。経営者としては、結構若いほうだと思いますし」
「いえ……。でも、そうですね。ちょっとびっくりしました」
銭湯を経営していると言うと、大抵の人がこういう反応をする。私は慣れていた。
「それで、三井君が何か……?」
「うちの銭湯に来られたときに、学校の制服でいらしたことがあって。時間帯も、まだ授業中のような昼間だったので、少し気になりまして」
まさか、女湯を盗撮しようとしていた、などとは言えない。
ここは、またしても嘘に頼るしかなかった。
「えっと、それは……」
言いかけて、何かに気づいたのか、女性教師は言葉を止めた。
「すみません、お名前、何とおっしゃいましたっけ」
「天見ささらと申します」
「私は北條月子です。四月から二年一組の担任をしております」
丁寧に言って、北條先生は礼儀正しく頭を下げた。
窓から風が吹き込み、薄茶色の髪がふわりとなびく。
「先ほどおっしゃった、三井君が昼間に銭湯に来られたというのは、いつごろのことでしょうか?」
「四月か、五月ごろだったかと思います」
「ああ……」
と言って、北條先生は痛みをこらえるような顔になった。
やはり、何か思い当たる節があるようだ。




