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今日は月曜日。『松の湯』の唯一の定休日だ。
珍しく燃料の仕入れや修繕費の見積もり、給料精算などもなく、本当にまるっとしたオフである。
そんなオフに私が出かけたのは、奈良教育大学付属中学校近くの電器店『ミツイデンキ』だった。
白い壁に、色あせた青の看板。
自動ドアのある狭い間口をくぐると、冷蔵庫、洗濯機、テレビが所せましと並んでいる。
昔ながらの町の電器屋さん――そんな言葉がぴったりだ。
松の湯の常連さんである三井のおじいちゃんは、もともとこのミツイデンキを営んでいた。
それを息子さんが継いだのが、二代目ミツイデンキである。
【一年365日、エアコン付け替え承ります!】
店の前には大きな字の書いた黄色い旗がはためいている。
地元民にとって、こういう町の電器屋さんは本当にありがたい存在だ。
店に一歩踏み込むと、ピンポーンという自動ドアの音がして、カウンターに座っていた男性が顔を上げた。
「いらっしゃい!」
「こんにちは」
私は愛想よく言って、店長らしき人物に近づいた。
ベージュの作業着の胸元に、緑の刺繍で『ミツイデンキ』の文字。
いかにもこの店の歴史と責任を背負っていそうな、貫禄のある男性だ。
「いきなりすみません、あの、三井君のお父様でしょうか」
書類らしきものを書いていた男性は、その言葉にばっと顔を上げた。
「えっ?何でしょうか」
「あのー、私、三条通り近くで『松の湯』という銭湯をやっております、天見ささらと申します」
名刺なんて洒落たものは持っていないから、とりあえず私はお辞儀した。
「ああ、はいはい、松の湯さん。うちの親父が毎日のように通わせてもらってますわ。え、あそこのお嬢さん?」
「はい。今は私が店を継ぎまして」
「へえー、そうでしたか。えらい若いのに大変ですなあ」
三井父の鼻の頭に玉の汗が光っている。
店にはクーラーがよく効いているけれど、出たり入ったりの仕事で忙しいのだろう。
今も私と如才なく会話しつつも、目線はせわしなく動いている。
ひやかしだったら帰ってほしいし、用があるなら早く言ってほしいのだろう。
時間を無駄に取らせるつもりはないので、私は本題に入った。
「それで、昨日お宅の息子さんがうちに来てくださいまして」
「あいつ、また何かしましたか」
言い終える前に、かぶせるようにして三井父は言った。
しかも、目つきが険しくなっている。
私は気を呑まれて、思わず「えっ」と口ごもってしまった。
この超速反応、三井父の頭にも、息子に対して何か懸念があるとしか思えない。
これで、ますます三井君を放っておくわけにはいかなくなってきた。
「すみません。せがれは何をしでかしたんでしょうか」
私の沈黙に、業を煮やしたように三井父が重ねて尋ねてくる。
「あ……いえ、そういうことではなく」
と言って、私は急ごしらえの嘘をつくために、準備してきたタオルを鞄から取り出した。
白地にオレンジの文字で、こちらも『ミツイデンキ』とプリントされている。
「ロッカーにタオルをお忘れになっていたようで、お届けに伺いました」
もちろん三井君は、このタオルを松の湯に持ってきていない。
これは、私が家にあったもの(多分おばあちゃんが三井のおじいちゃんからもらったやつ)を勝手に持ってきただけだ。
三井父は目をすがめるという表現がぴったりな目つきで、じいっとタオルを見た。
疑っている。
タオルのことも、息子のことも、そして目の前にいる私のことも。
「……そうでしたか。わざわざどうも、ありがとうございます」
そう言って頭を下げつつ、三井父は恭しく私の手からタオルを引き取る。
だけど、その間もずっと目には疑念が浮かんでいる。
それに、懸念も。
「昨日、帰りが遅いとは思ってたんですが、松の湯に行ってたんですね」
独り言のように口の中で呟いている。
「お忙しいところ失礼いたしました」
私は言って、頭を下げる。
でも、どうしても気になって、無駄だと分かっていながら質問をした。
「あの、さっき『また』っておっしゃいましたよね。また何かしでかしましたかって」
「え?」
きょとんとした顔で三井父は言った。
さっきの会話を覚えていないはずがないのに、完璧にとぼけている。
「いえ、何でもありません。では、私はこれで」
「ありがとうございました」
商売人同士、お互いにっこり笑って、私はミツイデンキを後にした。
ここで化かし合っていても仕方ない。
謎は深まるばかり。でも、こっちにもまだ切り札はある。




