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「ごめんね、急にお願いしちゃって」
二十分ほどで戻ってきた戸波君に、私は冷えたラムネを差し出した。
時刻は十時を過ぎ、お客さんの姿もまばらになってきた。
私とおばあちゃんは、ぼちぼち店じまいをしているところだった。
三井家には本家と分家がある。
祖父が暮らす本家は松の湯のすぐ隣だが、少年の住む分家は坂の下、付属中学の近くにある。
つまり、銭湯まではかなり距離があるのだ。
今どきの中学生がわざわざ一人で、お小遣いを握りしめて松の湯までやってくるのは、若干不可解でもある。
「三井君、自転車で来てたの?」
「はい。俺も今日はチャリだったので、二人で乗っていきました」
戸波君は原付の免許も持っているので、松の湯へも原付で来ることがある。
トレーニングがてら走ってくるときもあるし、さまざまだ。
「どうだった?」
私の問いかけに、戸波君は「いただきます」とだけ言い、ラムネの蓋を静かに開けた。
薄青の瓶に閉じ込められたビー玉が、彼の無言の答えのように、かすかに揺れる。
「別に変な様子はありませんでした。それより店長、今度から、ああいうときは俺も呼んでください」
「ん?どういう意味?」
戸波君は黙っている。
私はようやく、いつも落ちついているはずの彼の横顔が、少しだけ不機嫌なことに気づいた。
「あ、三井君と家で話してたこと?」
「店長は誰でも軽々しく家に上げすぎです。何かあったらまずいでしょう」
「え、何かって何?」
戸波君は仏頂面で答えない。
私は遅ればせながら、まさかの可能性に思い当たった。
「もしかして襲われるとか、そういうこと?ないない、だって相手は子どもだよ?」
「中学生は立派な男です。力だってある」
心配性なお母さんみたいな視線で、珍しくよく喋っている戸波君。
そのギャップが微笑ましくて、おかしくて、笑いそうになるのを必死でこらえた。
「……店長」
こらえきれない表情がばれたらしく、戸波君がにらんでくる。
「ははっ、ごめんごめん。あのときはお店忙しかったし、戸波君と私が同時に抜けるわけにはいかなかったからさ~。これからは気をつけるよ」
戸波君は明らかに「本当に分かってんのか?こいつ」という顔をした。
普段の彼だと、こんなふうに表情から感情がダイレクトに伝わってくることは少ない。
だから新鮮で面白かった。
「心配してくれてありがと。ついでに、お願いがあるんだけど」
「何ですか」
「あの子、また来る気がするんだよね」
私が言うと、戸波君は目を細めた。
「盗撮しにですか?」
「ううん……盗撮が目的じゃないと思う。でもって、その目的はまだ果たされてない。今日、私と戸波君が邪魔したからね。
中学生の子どもが、わざわざ一人で銭湯までやってきて何かしようとしてる。それこそゲームとかユーチューブとかいろいろ面白いことがあるのに、それを放っておいてまで。
よほどの何かがあると思うし、だからこそ目的を達成するまで続けると思う」
あくまで推理だったが、これでも八年、松の湯の女将として人を見続けているのだ。
おばあちゃんほどではないにしても、人を見る目は多少あると自負していた。
そして、そんな私の勘が知らせている。
これを中学生のいたずらと思い、放置しておいてはよくないと。




