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明日を迎えるための場所 ~炎上した銭湯と、居場所をなくした人たちの再生物語~  作者: 凪子
【三井少年編】

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梅雨の晴れ間の、珍しく忙しい日だった。


番台で会計と事務に追われていて、私はしばらく彼の存在に気づかなかった。


ようやくお客さんの波が途切れかけたとき、ふと顔を上げて、その姿が目に入った。


一人の少年がロビーに立っていた。


どこかで見たことがある顔だった。


髪が濡れているから、入浴はすませたのだろうが、いつ来店したのかは全く覚えていなかった。


周りに人はおらず、水泳用のビニールバッグを小脇に抱え、スマホを持ったままぼうっとソファーのあたりに立っている。


一緒に来た誰かを待っているのかもしれないが、空いているのにソファーに座ろうとしないのが不思議だった。


飲み物やアイスを選んでいるわけでもなく、本棚を物色しているわけでもない。


視線の先を追うと、赤い暖簾に『女』と書かれた女湯の入口がある。


松の湯は番台を中心として、奥側が女湯、手前に男湯というふうに入口が分かれている。


彼が立っているのは番台よりやや奥の壁際、女湯の手前の自販機あたりだった。


何をしているんだろうと思っていると、男湯の巡回から戸波君が戻ってきたので、一瞬そちらに視線を向ける。


そして再び少年に視線を戻して、思わず「あっ」と声を上げた。


少年は、ごく自然な動きでスマホを持ち直し、暖簾のほうへふらりと歩き出した。


女湯の赤い布の揺れに手がかかろうとした瞬間――。


盗撮。犯罪。


単語が頭に浮かんだのと、戸波君が動いたのは同時だった。


「何してるの」


少年の腕をつかみ、静かな声で戸波君は言った。


少年は驚きも怖がりもせず、わりと堂々とした態度で戸波君を見つめている。


騒ぎになってはいけないと思い、私は急いで二人に近づくと、小声で言った。


「ここじゃあれだから、とりあえずうちのほうに来てもらって」


戸波君は「えっ」と驚いた顔をしたが、私は「大丈夫」と請け合った。


この少年に見覚えがあったからだ。恐らく、誰かお客さんの血縁だろう。


天見の家の階段を上がって、いつものちゃぶ台にコーラの瓶を置く。


「ちょっとだけ待っててね、すぐ戻るから」


と言うと、少年はおとなしく頷いた。


私は松の湯へ取って返し、掃除をしていたおばあちゃんに声をかけた。


「ごめん、ちょっと番台頼める?」


おばあちゃんは頷くと、唇をほとんど動かさずに何か言った。


「え、何?」


「さっきの子、三井(みつい)さんところの孫やな」


「三井さん?」


私は常連さんの顔を思い浮かべた。


三井さんは近所に住んでいる、元電器屋さんのおじいさんだ。


「あ、思い出した。あの子か~、どっかで見た顔だと思った」


以前、三井のおじいちゃんに連れられて、目のくりっとした少年が来たことがあった。


多分、あのときの子だ。


「どんな相手でも、お客さんはお客さんやからな」


おばあちゃんは平坦なトーンで言った。


でも、覗きはよくないでしょ、さすがに。犯罪だよ?


言葉が喉まで出かかったが、私は急いで天見家に戻った。


三井少年はコーラを飲みながら、ゲームに没頭していた。


「お待たせ。何のゲームやってるの?」


「フォートナイト」


「何か聞いたことある」


返事はなかった。私はゲームに詳しくない。


三井少年はこちらを見向きもせず、物すごい速さで指を動かしている。


仕方ないので、私は会話の糸口をつかもうと問いかけた。


「何年生?」


「中二」


端的な返答だった。


中学生にしては小柄だなと思っていると、


「お姉さんも付中なんでしょ」


今度は三井少年のほうから投げかけてきた。


付中というのは、奈良教育大学付属中学校の略称で、私の出身校だ。


「うん。何で知ってるの?」


「おじいちゃんが言ってた」


「そうなんだ。『も』ってことは、三井君も付中なんだね」


これには返答がない。


音を消しているようだが、ゲーム画面では激しい銃撃戦が繰り広げられている。


家の中に入ったり、建物の影に隠れたりしながら、巧みに銃を使って撃ち合っているようだ。

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