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「ありがとう、忙しいときにいろいろ説明してくれて」
丁寧にお辞儀をする、その仕草に育ちのよさが滲み出ている。
「ううん、ちょうど人が少なくなるところだったから。
あ、そうだ。うち十一時までだから、一応お知らせね」
「うん。ささらちゃん、阪大だったよね?」
いきなり話題が変わったので、私は目をぱちぱちさせた。
「一応そうだね。どうしたの?」
私が『松の湯』を継ぐために大学を辞めたのは九年前、大学に入学した直後のことだった。
両親と祖母が亡くなり、店をたたむこともできたけど、継ぐという選択をした。
成人式で会ったときに話したから、結実理も知っているはずだ。
「あ、ううん。私ね……あのとき、すごくもったいないなって思ってたの。
だって、ささらちゃんは中学のころから頭がよくて、何でもできて、多分お医者さんとか弁護士とかになるんだろうなって思ってたし。
でも、今日来てみて分かった。
ささらちゃんは、こんなに素敵な銭湯を大事に大事に作り上げてきたんだなって。
やっぱり、ささらちゃんはすごいよ」
悩みながら手探りでやってきただけだけど、結実理の目には綺麗に映っているらしい。
苦笑して黙っていると、結実理は口元を手で覆った。
「何か……ごめん。私、事情とかよく知りもしないで、勝手なこと言って……。本当にごめんなさい」
怯えた表情で頭を下げるので、私は慌てて手を振った。
「いいのいいの。大丈夫だから、顔上げてよ。ね?」
周囲の常連さんたちは大人だから、私たちのやりとりに見て見ぬふりをしてくれている。
単に、それぞれの会話に花を咲かせているだけかもしれないけど。
「ささらちゃんは私の憧れだから」
そう言った結実理の唇が震えているのが、ひどく気にかかった。
かすかな予感が胸をかすめる。
けれど、まだはっきりと焦点は結ばない。
「何言ってるの。中学のころから男子も女子もみんなゆみりーのことが大好きで、モテモテだったじゃん。私のほうこそ憧れるよ」
あえて明るい声で言い、私は結実理の肩を軽くたたいた。
「あのころが一番楽しかったな……」
遠い目で呟くと、結実理は華やかな笑顔に戻る。
まるで一分前の会話など、なかったかのように。




