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数週間後、結実理から電話がかかってきた。
『別れることにした』
吹っ切れたような、さっぱりとした声だった。
『あれだけ「離婚だ」って脅してきたくせに、こっちが「別れよう」って言った瞬間、泣きわめいて取り乱してさ。それ見たら、一気に冷めたの。何でこんな人のために悩んでたんだろうって、急に全部が馬鹿馬鹿しくなった。
絶対別れないって駄々こねてるから、弁護士立てて離婚調停になりそう』
「大変だね。今はご主人と一緒に住んでるの?」
『ううん、一旦実家に戻ってきた。親はすっごい不機嫌で、厄介者扱いしてくるけど、どうでもいいやって。落ちついたら出ていってやるわって思って、今はどや顔で居候してる』
あはは、と語尾で笑う。
その後ろで、子ども向けのテレビの音が聞こえてくる。
強がっているのではなく、強くなったんだな、と私は思った。
「私に何かできることある?」
『ありがと。たまに電話して、愚痴ってもいい?調停ですむか裁判になるか分からないけど、集めた証拠で絶対離婚まで持ち込むから、離婚成立したら一緒にお祝いしてほしい』
「うんうん、もちろんだよ。いつでも電話してよ。落ちついたら、ゆっくりご飯食べに行こう。温泉とか行ってもいいし」
『なに言ってんの、温泉なら松の湯があるでしょ』
「そりゃそうだけどさ~、たまには行きたいじゃん。有馬とか城崎とか」
『若女将も楽じゃないもんね』
ふふふ、と今度は私が笑う。
そして言った。
「いつものゆみりーに戻ったね」
電話の向こうが、少しだけ沈黙した。
『……そうかも。私、ずっともやもやして、自分は駄目なんだ、どうしようもないって思い込んでた。現実を変えたくてあがいてたけど、焦って空回りするばっかりで、自分のこと見失ってた気がする。
今は何か、靄が晴れたような感じ。視界が明るくて、はっきり見えるの』
「よかった。それでこそゆみりーだよ」
結実理は照れたように笑うと、「あのね」と切り出した。
『私ね、ネイリストになりたいの。ちゃんと勉強して、経験積んで、お金貯めて――いつか自分の店を持ちたい』
あっ、と思わず声が漏れた。
頭の中に電球がついた感覚だった。
「そうだよ!結実理、中学のときからおしゃれで、いつも自分でマニュキア塗ったり、百均で売ってるシール使って私にネイルアートとかしてくれてたよね。めっちゃ向いてると思う」
『でしょ~?私もそう思う』
と言って、あははっと笑い声が弾ける。
『ずっと怖かったんだ、別れたらどうなっちゃうんだろうって。
でも今はね、不思議なくらいワクワクしてる。確かにお金もないしキャリアもないし小さい子どももいるし、世間的に見たら大変なのかもしれないけど、全然楽しい』
「うん、何かそんな感じする。それに今は行政のサポートもあるから。一人で頑張ろうって思わなくていいからね」
『ありがと。ささらちゃんと松の湯には、ほんと命救われたと思ってる』
そう言ったとき、ガラガラと扉が開く音がして、本日一人目のお客がやってきた。
同時に、電話の向こうで『ママ~』と颯太君の声がする。
『はいはい。ごめん、颯太が呼んでるから切るね』
「ううん、颯太君によろしく。また来てね」
『行く行く~。ありがとう、じゃあまたね』
電話を切って目を上げると、番台の前に仁王立ちしていたのは篠っちだった。




