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明日を迎えるための場所 ~炎上した銭湯と、居場所をなくした人たちの再生物語~  作者: 凪子
【結実理編】

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天見家の居間のちゃぶ台には、ガラスの器にりんごがむいてあった。


おばあちゃんの部屋はふすまが閉まっていて、電気も消えている。


私は自分の部屋に二人分の布団を敷いた。ちょっと狭いけど寝れなくはない。


枕元にりんごの器と麦茶を並べて、ごろんと横になった。


いつの間にか雨はやんだらしく、水のような月光が差している。


「ごめんね、泊まらせてもらって」


私が貸したTシャツとハーフパンツをはいた結実理は、申し訳なさそうに布団の上で正座して言った。


「いいよ。でも、明日になったら帰ってね」


きっぱりと言うと、結実理は傷ついた瞳をした。


「そう……だよね」


行き場のない子どもの、途方に暮れた表情。


雨に打たれて走っていたときと同じ顔だ。


「迷惑かけてごめんね」


もう一度、結実理は謝った。


「違うよ」


私はあおむけの体勢から横を向いて、結実理の目を見つめて言った。


「颯太君が待ってるからだよ」


結実理の表情が苦しく歪んだ。


うつむき、堪えられないように両手を顔で覆う。


「私は、母親失格だから……。今まで何も母親らしいことできなかったから。専業主婦なのに、子育てもまともにできなかったから……」


「それは、結実理の本音?」


私は問いかけた。


「誰かにそう言い聞かされて、思い込まされただけじゃない?」


「自信がないの。私みたいな人間が、一人で子どもをちゃんと育てられるわけないって」


「私みたいな人間って?」


「一人じゃ何もできない、まともじゃない……。夫は人格破綻者でも、お金はあるし、社会人経験もあるし。そういうの、私はないから。颯太は夫のところにいたほうが、常識とか礼儀とかわきまえた子に育つんじゃないかって」


「……ちょっと、何言ってんのよ」


ぐっと込み上げた感情を押さえながら、私は茶化すように笑った。


「大好きなお母さんをいじめるお父さんと、一緒に暮らしたいと思う子どもがどこにいるの?

お母さんと引き離されたら、今度は颯太君が、結実理がご両親に『我慢しなさい』って言われたときと同じ思いをすることになるんだよ?」


結実理ははっとした。


気づいて。目を覚まして。


私は心の中で呼びかけた。


目隠しをされて、両手足を縛られて、がんじがらめになっていても、本心からの言葉は必ず届くはずだ。


「中学のころからずっと、結実理は私の憧れだったよ。誰にでも優しくて、みんなに好かれてて、かわいいのに全然それを鼻にかけたところもなくて。いつもうらやましかった。

私がクラスでちょっと浮いてたときも、結実理が声をかけてくれたからいじめられずにすんだんだよ。


一人じゃ何もできないなんて、とんでもない。

結実理に会えるから学校に行こう、会社に行こうって思ってた人はきっといっぱいいるよ。

たくさんの人を癒したり、救ってきたんだよ」


結実理は半信半疑というより、三信七疑ぐらいの表情で他人行儀に微笑んだ。


「ありがとう」


今は信じてくれなくても仕方ない。届くまで話し続けようと思った。


「それと、自分の力で得たものは何もないって言ってたけど、それを言うなら私だって一緒だよ? 『松の湯』は私が自力で建てたんじゃないもん、ただ親から引き継いだだけ。

それを言ったら顔も体も全部、自分の力で得たものじゃないよね。

でも、もらったものはもらったものだからこそ、大事にしようって思うよ」


……あれ? ちょっと説教くさくなってない?


しまった、って思った瞬間、横からスースーと寝息が聞こえた。


「って、寝てるんかーい」


小声で言いつつ、私は結実理の胸が呼吸に合わせてゆっくり上下するのを見つめる。


「いっぱい走って疲れたし、いいお湯だったから、今日はよく眠れるよ」


おやすみ。私は目を閉じて呟いた。


華やかな地獄を懸命に生き抜いてきた彼女が、夢の中で少しでも安らげますように。








































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