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「もっと話を聞いてあげればよかった」
ようやく言えたのは、それだけだった。
「今からでも、間に合うかもしれないぞ」
「……うん。そうかもね」
春の夜の日暮れは案外早い。
坂道の下まで車が辿りついたとき、辺りはもう薄暗くなっていた。
「どうする?坂の上まで行ってもらう?」
「まー雨だしな。ないと思うけど一応、坂の上まで行ってもらうか」
「でもさ、これって帰り道、歩いて坂降りないといけないわけだよね」
「確かに。膝にくるぞ~。明日確実に筋肉痛だな」
篠っちがおどけて言った。
校門の前で料金を支払うと、私たちは薄暗がりの中ひっそりと佇む白い校舎を見上げた。
「うわー懐かしー」
「成人式以来?」
「だな。マジでよく通ってたわ、毎日毎日この殺人的な坂をよー」
門は当然のことながら堅く閉ざされていて、右手に小さな守衛さん用ボックスがある。
門を入ると緩やかな坂道が左手にあって、自転車置き場と体育館、家庭科室や技術室などの専門教室がある。
正面は校長室や職員室のある職員棟、右手奥に小グラウンドと昇降口、一年から三年までのクラス棟がある。
リアルな話、坂の上と下じゃ気温や天気が違う。
だから中学のとき、麓では晴れていても、学校では雨が降っていることは珍しくなかった。
今もそうだ。タクシーから降りた途端に、雨脚はさらに強まっている。
大通りと違って街灯もないから、辺りはさらに真っ暗だった。
「せっかく風呂入ってあったまったのに、湯冷めしそうだわ」
Tシャツに短パン姿の篠っちは、軽く身震いした。
「学校の怪談思い出すね。怖~」
「っていうより、中二のときの学校合宿な。あのときの肝試しはやばかった」
「ああ、そんなのあったねえ……」
私は目を細めた。
学校合宿――いわゆる『お泊まり会』の思い出が走馬灯のように頭を駆け巡る。
結実理と私とクラスの女子二人で班を作って、家庭科室でカレーを作ったこと。
担任からプール掃除を命じられて、ぶーぶー言いながら掃除して、最後はホースで水のかけ合いになったこと。
裏山で肝試しをしたら、お化け役の子が足を踏み外して怪我したこと。
教室の固い床に寝袋を敷いて、月明かりの中、夜更けまでこそこそお喋りしたこと。
翌朝、一人で図書室に行ったら、静かで頭のいい、ちょっと気になっていた男の子と二人きりになって、結局何も言えなくて、黙ってページをめくり続けたこと。
「麻生は……いるわけないか」
一応、周囲をスマホのライトで照らしつつ、諦め気味に篠っちが言う。
「この前結実理、言ってたんだよね。『あのころが一番楽しかった』って」
「中学時代が?」
私が頷くと、篠っちはやや間を空けて言った。
「それはちょっと……かわいそうかもな」
「かわいそう?」
「だってそうだろ。中学なんて金もないし自由もないし親がいなきゃ生きていけないし、勉強も塾も部活もしなきゃいけないし、イジメとかしょうもないことする奴もいるし、どう考えてもしんどいじゃん。
今のほうが断然楽しいよ」
「意外。人気者だったのに、篠っち。いつも輪の中心にいて、誰よりも楽しそうだった」
篠っちは苦笑した。
「んなわけねーっしょ。ああ見えて、毎日サバゲーみたいなもんだったよ。誰が誰より上か下か、そんなのばっか気にして。俺はその輪の中にいたくなくて、ピエロやってただけ」
「そうなんだ……」
確かに、私も何とか毎日をやりすごしているという感じで、楽しかったという記憶はあまりない。
人は、誰もが仮面をかぶって生きている。中学生だって例外ではないのだ。




