15
「中学が一番楽しかったってことは、その後よっぽど楽しくなかったんだよ。
人生のピークが今じゃなく過去にあるってのは、ちょっと寂しいな」
「でもさ、これからピークが更新されるかもしれないよね?」
「そうそう、その可能性は余裕である。人生これからだしな」
励まし合いながら、暗く濡れた坂を慎重に下り始めた。
雨に濡れたアスファルトは、想像以上に滑りやすい。
「これをチャリで上ったり下ったりしてた時代があるんだぜ?信じらんねえ」
「勢いつきすぎて溝に落ちたり、ここの森に突っ込んだ人いたよね」
そうでなくとも、非常に足腰にこたえる坂道だ。久しぶりだから余計に大変だった。
坂を下りきる頃には、二人とも汗でびしょびしょ、息も絶え絶えだった。
「つ、疲れた……」
「なあ、誰だよ、坂の上まで行こうって言い出したの」
「その言葉、そっくりそのまま返すわ」
傘を持っていない右手で、私はTシャツの襟元をつかんでパタパタあおぐ。
「とりあえずコンビニ寄ろ。喉乾いた」
麓にあるコンビニは、私たちが通っていたころから学生たちの御用達だった。
すっかり日の暮れた中、入口だけ煌々とオレンジ色の光が差している。
ほぼ空の駐車場から近づいたとき、雑誌コーナーにいた人影と目が合った。
「え!!」
悲鳴と言って差し支えない大声を上げて、私は相手の顔を指さした。
結実理だった。
マスクで顔は隠れているけど、美人だから分かる。
そしてマスクをしていても分かるぐらい、左の頬が腫れていた。
「何なに!」
近づいてきた篠っちも、結実理に気づいたのか「いた!!」と叫んだ。
結実理は凍りついていたが、一瞬後に入口に向かって走り出した。
私たちも入口に向かうが、彼女が飛び出してくるのが早かった。
「ちょっと待って、結実理!!」
「おい、麻生!俺だって、俺俺!」
私たちの呼びかけを無視し、結実理は一目散に逃げていく。
信号は赤だったので渡らず、そのまま道を左に曲がって走る。
当然、私たちは後を追った。
白いワンピースにミュール。肩からは小さなバッグがぶらさがり、傘も持たずに走る細い背中。
見るほどに切なくなる。まるで今にも壊れそうな後姿だった。
「結実理待って!待ってってば!」
「ちょ、何であんな速いんだよ!」
私や篠っちのほうが速いに決まっているのに、なぜか追いつけない。
結実理が傘を持っていないからか、死にものぐるいで走っているからなのか。
けれど、体力はそこまで続くはずもなく、しばらく行ったところでスピードが落ち始めた。
運よく赤信号もついて、足止めを食らう格好になる。
よし、これで追いつける。
そう思ってほっとしたとき、結実理はそのまま車道へ足を踏み出した。
左手から猛スピードでバイクが突っ込んでくる。テールランプの激しい光。
「危ない!!!」
叫んだつもりだったけど、言葉になったかどうかは分からない。
間一髪、本当にすんでのところで、篠っちが結実理の肩をつかんで力ずくで引き戻したのが見えた。
勢いがつきすぎて、結実理はそのまま地面に尻もちをつく。
「何やってんの!!!!!!」
自分でも信じられないほど大きな声が出た。
結実理はぽかんと私を見つめた。赤ん坊のように無垢な目で。
そして数秒後、「う……うわああああああああああああ!!!」と子どもみたいに声を張り上げて泣き出した。
キンキンした泣き声を聞きながらも、沸騰した怒りはおさまらなかった。
「あんた大人でしょう!?こんなとこで飛び出したら、どうなるかぐらい分かるでしょ!!馬鹿なことするんじゃないの!!」
激しい声、我ながら喉が割れて血が出そうだ。
「ちょ、落ちつけって」
「うるさいっ!!」
篠っちが肩に手を置いて宥めるも、思いっきり振り払う。
腹が立って仕方なかった。
「こっちがどんだけ心配したと思ってるの!!え!?何で一人で勝手にいなくなるの!!松の湯に来たらいいでしょうが!!」
雨が降りしきる中、アスファルトにへたり込み、ずぶ濡れで泣きじゃくる女性と、その女性にわめき散らしている女性。
そして、何とか事を収めようとして失敗する男性。
はたから見れば、三角関係の末の修羅場っぽく見えなくもなかった。
「お願いお願いお願い連れ戻さないでお願い、あの人のところに連れていかないでお願いお願いお願いお願い……!!」
びっくりするぐらい早口で、怯えきった瞳で、がくがく震えながら結実理は喋り続けた。
身も世もない嗚咽が響き渡る。
「分かった。分かったから、二人とも落ちつけ。このままだと警察に通報される」
篠っちが出した『警察』という単語に一定の鎮静作用があったらしく、私も結実理もそこでようやく言葉を止めた。




