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「ここで口論していても、結実理は見つからないと思います。教えていただけないのであれば、自分で捜してみます。見つかったらご連絡したいので、連絡先を教えていただけますか?」
『……分かりました』
と言って、桂さんは携帯番号を教えてくれた。
「ありがとうございます。では、失礼いたします」
『あ、あの、』
切ろうとした矢先に、今度は桂さんのほうが慌てて止めた。
「何でしょう」
『……セミナーのことで少し、言い争いになりまして』
歯切れの悪い口調で桂さんは切り出した。
「セミナーというのは、桂さんが主催されたんですか?」
『いえ、妻が参加していたようです』
桂さんは、さっきから一度も『結実理』という名前を口にしていない。
あるのは『妻』という記号だけだ。
そのことが気になって、私は反応が遅れた。
『もしもし?』
「あ、すみません。もう一度お願いします」
『ですから、妻が変なセミナーで金を騙し取られたらしく、そのことが発覚したので少し注意しました。その電話を最後に、行方をくらましたようです』
「変なセミナーというのは、内容は?」
『詳しくは知りません。聞いても絶対に言いませんでした。ただ参加費が法外で』
「いくらですか?」
『回によって違いますが、一回につき二十万から五十万で、それを今年の初めから月に一、二回ほど行っていたようで。気づいたら三百万以上つぎ込んでいました』
私は目が回りそうになった。
『普段使っていないクレジットカードに請求書が来ているのを見つけて、大金だったので問い詰めたところ、このようなことが発覚した次第です。お恥ずかしい話です』
恥ずかしいと言いながら、桂さんの口調はむしろ怒っていた。
そして、どことなく言い慣れているような感じがした。
「もしかして、こういうことって初めてじゃないんですか?」
一度話してしまって心理的抵抗感が消えたのか、桂さんは『はい』とすぐに認めた。
『妻は甘やかされて育ったせいか、浪費癖が激しく、限度というものを知らないんです。家計の管理も任せていましたが、算数レベルの計算もできないので、諦めて私が管理するようになりました』
この見下した感じから推すに、桂さんから結実理への評価はかなり低そうだ。
今までも妻の失敗を叱ったり、他人に謝りつつ間接的にけなしてきたのかもしれない。
妻の不注意で申し訳ない、何分未熟者でして、本当に至らない妻で……。
夫のほうがずっと年上で、裕福でしっかりしていて社会的地位もあり、結実理は甘えて養ってもらうばかりで、頼りにされることなど一切なかったのだろう。
与える側と受け取る側の一方通行だ。
そこへいきなり、顔の前にぱっと手が伸びてきて、私は「わっ」と声を上げた。
『どうしました?』
「いえ、すみません、ちょっとこっちのあれで」
いつの間にか来ていた篠っちが、自分の顔に指をさして何やらジェスチャーしている。
私は顔をしかめて「あっちへ行って」と手を払う仕草をした。
『身内の恥を長々と話してしまい、失礼しました。私は私で心当たりを探してみます。天見さんも、もし妻の行きそうな場所を思い出されたら、ぜひご一報ください』
「分かりました。念のため伺いますが、結実理の大学の友達には連絡を取られたんでしょうか。私は結実理と大学が違うので、そちらの交友関係はよく知らないのですが」
『妻は大学時代の友人と、ほとんど交流がないようです。自宅に遊びに来たこともありませんし、大学の友人と遊びに行ったという記憶もありません。ですから、大学の友人のお宅にお邪魔しているというのは、恐らくないと思います』
「そうですか……ありがとうございます。では失礼します」
通話を切ると、窓ガラスの縁に涙がこぼれたような水滴がついている。
五月闇に混じり、淡く薫るような緑雨が降っていた。




