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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第七章 学園祭
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183 歩む道⑤


「あの子、来ないわね」

「怖気づいたんじゃない?」

「やっぱり、コンサートマスターなんて務められる器じゃないのよ」

「おじい様が有名な演奏者だからって、部長も贔屓しすぎだわ」

「せいせいするわ」


クスクス。ヒソヒソ。

コンサートマスターの空席に向けられる目に、優しい視線はない。

侮蔑、嫉妬、憎悪。

淀んだ視線が、舞台の上で一番目立つ席に向けられている。


「すまない。遅くなった」


少し遅れて登場した部長の姿に、部員の視線はすっと前へ向けられる。


「リハーサルを始めよう」


来栖は指揮台に立つ。


「待ってください、部長。千歳さんがいません」

「コンサートマスターがいないのに、リハーサルは始められません」


クスクスと、隠しきれない笑みが聞こえる。


「千歳ならいる」


来栖が舞台袖に目を向けると、梨緒が舞台上に上がる。

その手には、バイオリンを持っていた。

遠目から見ても、それがストラディバリウスであることが分かる。


ざわざわと、舞台上の空気が揺れる。

梨緒は舞台の上で歩みを進め、コンサートマスターの席に座った。


「始めましょう」


梨緒の言葉に来栖は頷き、指揮棒を振り上げた。




「嘘でしょ?あの子、どうしてバイオリンを持っているのよ」

「誰かに借りたんじゃないの?」

「違うわ。あの子のバイオリンはストラディバリウスのはず。さっき持っていたのは、確かにストラディバリウスだったわ。部員にストラディバリウスなんか持っている人はいないわよ」

「ねぇ。ちゃんと隠したのよね?」

「そのはずだけど…」

「もし見つかってたら…」

「大丈夫よ。気の弱いあの子が、犯人捜しなんてするわけないじゃない」

「それはそうだけど…」

「一応、確かめに行った方がいいわよね」

「えぇ。そうね」


ガチャリと、扉を静かに開ける。

他の部員は舞台にいるので、周りに人気はない。

足音を立てないようにそろりそろりと目的の場所に向かうと、ロッカーの鍵を開ける。


「え?」

「どうしてここに…」

「あぁ、こちらにいらっしゃったんですね」


突然聞こえた男の声に振り返ると、金髪碧眼の執事がそこに立っていた。

深紅の制服を着ていなくても、それが誰かはすぐに分かった。


「つぼみの…周防くん?」

「はい」

「…どうして、ここに?」

「実はさっき、オーケストラ部の演奏を聴いていたんです。その中でも素晴らしい演奏をしていたのが、あなたたちでした」


晴はにこやかな笑みを浮かべると、女子生徒たちに近付く。


「ぜひお話をしてみたいと思って、どこにいるか探していたんです」

「…私たちを…探していたんですか?」


女子生徒たちは晴に目を奪われながらも、少し警戒したように後ろに下がる。

それを見て晴は足を止める。

そして王子様のような微笑みを浮かべる。

3人のうち2人は、晴の笑みにぽうっと頬を赤らめる。


「皆さんはバイオリニストですよね。おれ、楽器の中でバイオリンが一番好きなんです」

「それは…もちろん、知っています。周防くんは有名でしたから」

「ヨーロッパのコンクールで金賞を総なめしていましたよね」

「はい。おれ、演奏するのも好きだけど人の演奏を聴くのも好きなんです。みなさんの演奏はとても耳に残る音でした」

「コンクールで金賞常連の周防くんが、私たちの演奏を褒めてくれるなんて…」


手前に立っている2人は、嬉しそうにきゃっきゃと喜ぶ。

しかし奥に立っているポニーテールの女子生徒は、晴のことを訝しげに見ている。


晴は少し歩み寄ると、ポニーテールの女子生徒に顔を少しだけ寄せる。

金色の前髪がさらりと揺れ、碧色の瞳がゆっくりと細められる。

あまりに美しすぎる一挙一動に、女子生徒は顔を赤くして固まる。


「曲の中盤、難しいと言われている魔の四小節。とても上手でした」

「…そ、そこは…一番、練習したところ、です」


しどろもどろになりながら、髪の毛を手でいじっている。


「ほ、本当に…私たちの演奏が良いと…?」

「えぇ。もちろんです」

「あ、ありがとうございます」

「是非、使っている楽器についてもお聞きしたかったのですが…これはあなたのものではないようですね」


はっとしてロッカーを閉めようとすると、ロッカーの中にバッグがない。

ロッカーの中にあったはずのバッグは、いつの間にか晴の手にあった。


「よかった。見つかって」


そういって晴は、奪い返そうとする女子生徒から距離をとる。


「これで間違いないですか?」


晴は、振り返ってバッグを渡す。

部屋の入口には梨緒が立っていた。


「間違いありません。私のものです」


晴は女子生徒たちに振り返ると、にこやかな笑みを浮かべる。


「人のものを盗むのは、犯罪なんです。知っていますか?」

「い、いいえ。私たちは…」

「私たちじゃありません」

「鍵付きのロッカーの中に入っていたのに、ですか?」

「そ、それは…」

「千歳さんがバイオリンを持って舞台上に現れた時、驚いた顔をしたのはあなた方3人でした。高円寺(こうえんじ)さん、加賀(かが)さん、由利(ゆり)さん」


名前を知られていると知って、3人の表情が固まる。


「リハーサルの休憩時間になれば、盗んだバイオリンを確認しに行くと思いました。当たって良かったです」


梨緒は鍵でバッグを開けると、中身を確認する。

そこには、祖父に借りたストラディバリウスが収まっている。


「…良かった…」


見たところ、傷もない。

鍵を開けられた形跡はなかったので中身は無事だと分かっていても、実物を見るまでは安心できなかった。


「…どうして…どうしてあなた、ストラディバリウスを2つも持っているのよ」


ポニーテールの女子生徒、高円寺が悔しそうに梨緒を睨みつける。

舞台上に現れた時に持っていたのもストラディバリウス。

ロッカーの中に隠していたのも、ストラディバリウス。


「簡単なことです。さっき千歳さんが持っていたストラディバリウスは、千歳さんのストラディバリウスではありません。つぼみが所有しているものをお貸ししたんです」


つぼみの部屋に長年保管されている、所有者不明のものだ。

晴が入学式でバイオリンを演奏する時に使用したのは、このストラディバリウスである。


「ストラディバリウスが2つもあるなんて…」


女子生徒たちは、がっくりと項垂れる。

ストラディバリウスは、高価なバイオリンである。

1つ数億円というのは珍しくなく、手に入れるのも困難なため持ち主も少ない。

まさか梨緒以外にストラディバリウスの所有者が静華学園に存在するとは思わなかったのだろう。


「部員としての処遇は、部長である来栖さんに任せます」

「はい」


梨緒の後ろから、部長の来栖が現れる。


「3人には、今回の演奏会の出席を禁じます。一度部活連に判断を委ねますが…退部は覚悟しておくように」

「つぼみからの処遇は、追って伝えます」


晴一人で決めても問題ないのだが、みんなと相談して決めた方が公正さも出るだろう。


「あなた方は、どうして千歳さんのバイオリンがストラディバリウスだと知っていたのですか?」

「そ、それは…」


加賀と由利という女子生徒は、ちらりと高円寺を見る。

しかし高円寺にぎろりと睨みつけられ、口を閉ざす。

どうやら、鍵を握っているのは高円寺という女子生徒らしい。


さてどうしようかと、晴は少し考える。

ここで聞きだしても良いが、時間がかかるだろう。

演奏会まで時間がないし、人が多い場所で聞くのもためらわれる。

高円寺という女子生徒とは後で一対一で話した方が良さそうだ。


『まだ分からないこともあるけど…一応、解決かな』


ストラディバリウスは無事に持ち主に戻り、演奏会は開催される。

ストラディバリウスが盗まれたことは公にされていないし、穏便に解決したと言えるだろう。

そして、全てが予定通りに。



「そろそろ、観客の入場が始まるみたいよ」


会場の様子を見に行ってくれていた菜久流が、梨緒と来栖に伝える。


「そろそろ行こう」

「はい」


梨緒がバッグを閉じようとした時だった。


最初に気付いたのは、晴だった。

誰かが身動きをした音を耳に拾った。

振り返った時には、高円寺という女子生徒がロッカーの中から何かを取り出していた。

その手に持っているものがどういうものであるかは、海外暮らしが長い晴はすぐに分かった。


「伏せて!」


晴の大声に、その場にいる者たちの視線が高円寺に集まる。


梨緒はバッグを守ろうと抱え込み、菜久流は梨緒に覆いかぶさろうとしている。

来栖が2人を守るように手を伸ばす。


時がゆっくり流れているかのように、それぞれの動きが遅い。


晴が伸ばした手が、届くことはなかった。




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